12話 闇夜穿つ双星!?
「深夜にうるさいですよ。まったく...ちょっとそっちの軍内で位が高いからって何やっても許されると思ってるあたり、本当に浅ましいのよねぇ。」
そう言ったジュリエルは、私の方を見やり微笑みかけた。
直感で分かる、今私を救い、奴を倒せるのは彼女しか居ない。
そう、初めての女友達が私の窮地を救う。これこそが、私の成長の証だったのだ。
私は少し、目頭が熱くなるのを感じた。
だが、だがである。
そんなかっこいいことこの上ない登場に口を挟むのは私としても本意では無いのだが、ツッコまずにはいられない。
「あらあらあらあら、何かと思えば貴方は誰かしら?今ここは......って、は!?何やってんの!?」
どうやら奴も気づいたらしい。彼女の摩訶不思議な行動に。
そう、ジュリエルは登場して間もないと言うのに、何を血迷ったのか突然おもむろにパンツを脱ぎ始めたのだ。
それも、もしパンツを脱ぐのに作法があるのなら完璧にそれをこなしていると言える程に、心に迷いがなく、洗練された美しい動作であった。
もう一度言う。脱いでいるのはパンツだ。断じて上着などでは無い。
これには小さくなり悄気ている竿もニッコリだ。
(え、何やってんのあの人。)
『僕にもちょっとよく分かりません。でも良いね、大人の黒パンツ。』
「貴方、四天王のくせに魔法なんて使ってるんですね。魔法なんてパンツの下位互換でしかないのに...」
すると彼女は困惑を隠せぬ3名をほったらかしに、パンツを持つ手とは逆の手で長い黒髪を”フワサッ”とやり、これまた『この世の理は全てパンツで説明出来る』と言わんばかりの顔で奴にそう言った。
その目には少々の侮蔑と嘲笑が入り混じっていた。なかなかに良い目だ。
まぁ、言っている事が正しいとするならば、奴に完全敗北した私をもあざ笑う事になるのだが。
しかし、それにしても意味不明である。
頭がおかしいのか、あるいは何か悲しい事でもあったのか...
いくらクズを自称していようとも、常識の破片は備わっている私には、そう思わざるを得なかった。
───この後、いかに自分の”パンツ”に対する基本的認識が偏ったものであったかを思い知らせるとも知らずに。
「は、はぁ?貴方...いきなり乱入して来たかと思えば何をいきなり...。」
ほらぁ、そんな事言ってるから敵の目も冷ややかなものになってるじゃないか。
『だがアリシア、彼女の目を見ろ。あの目に宿る強者の輝きを。』
(強者の輝き...ねぇ。)
私は”それ”の言う通りにジュリエルの目を見やる。
すると確かに、極まった変人や変態が独特の強者感を身に付けるが如く、彼女からもまたそれと似た強者感を醸し出していた。と言うかそれだった。
「ほぉ、ならば驚くものを見せて上げましょう。」
彼女はそう言うと、右手に持ったパンツを掲げて見せ、そのパンツの中に左手を突っ込む。
私は寝転びながら、もはや宴会芸を見るようなテンションで彼女の一挙手一投足を見守っていたのだが......
すると、何と言う事か!パンツの中から...
「「『な、何...だと!?』」」
何と言う事か...パンツの中からパンツが出てきたではないか!
これにはニッコリしていた竿もビックリだ。
「ほ、ほぉ...なるほど。手品としては見事なものだ。だが、それで私をどうすると言うのだ?」
「はっ、この程度で驚かれては困りますね。これは私が単にパンツを二枚履いていると言うだけでそれ以上でもそれ以下でもないと言うのに...」
と、さも当然のように常日頃からパンツを複数枚履いていた事を告白するジュリエルなのであった。
しかし、彼女の言う通り...本当に恐ろしいのはここから始ったのだ。
「ふぅ...、」
ジュリエルが息を吐くと、それに応じる様に辺りの空気が次第に変わって行き、ジュリエルの表情も変わって行く。
まるで、今までの人生を全てパンツに費やしてきたかの様な、パンツによって幾つもの修羅場をくぐり抜けてきたかの様な...そんな顔だ。
「オパンツカッターーーッッッ!!!」
瞬間、彼女の手からパンツが掻き消えた。
いや、それは私があまりの速さに目で追えなかっただけだろう。
その瞬間、パンツは飛んだのだ。
何故なら...
「ギヤャァァーーーァァァ!!!」
その双星の如く空気を裂いたパンツの直撃を受けたであろう奴が、苦しみに藻掻く悲鳴を上げたからだ。
彼女の投げた、まさに”カッター”と言うべきパンツは空中で恐ろしい回転を見せ、布とは思えない非現実的な切れ味で奴の両腕を切断し、あろうことか私の固定観念さえもバラバラにして何処かへやってしまった。
一応念の為に言っておくと、あのパンツは摘まれた手から垂れ下がる感じや、布の質感から言って、普通に市販されている黒パンで間違いないだろう。
変態の肩書を恣にする私が言うのだから違いない。
「ぐはっ...な、なんだその技、いや、絶技は...!?なるほど、貴様の手の内は分かった。だが、魔族は基本的に物理的な外傷で死ぬ事は無い。そのオパンツカッター...だったかで私を完全に殺す事は不可能だ!」
「そうですかね?魔力と言うものは両手両足の末端部分からしか放出出来ない。私が貴様の両足を切り飛ばすのと、貴様が魔法で私を殺すのどちらが早いか...と言うのは今の一撃でハッキリしたと思いますが?」
「確かに先程の一撃は大したものだった。だが、一時は醜態を晒したが、これでも私は魔王軍四天王だ。若干十数年生きただけの小娘に上を行かれる程墜ちてはいない!」
「そこまで言うのなら、もし私が貴様より早く両足を切り飛ばした時には、その身体を9つに分け、それを各地に埋めてそれを集める為の大陸横断レースを開催させて貰いましょう。ね、魔王様。」
『ね、魔王様』じゃねーよ。
「ふっ、それで私を煽っているつもりか?甘い甘い実に甘い。魔王軍四天王たる私をバカにしているのか!?」
「くっ、ならばその身体を88に分け、それを首都圏内の教会に一つずつ渡して88箇所巡りだ!」
恐らく今世紀最大の意味不明な張り合いであろう。
「ぐぬっ、88箇所巡り...だと!?そうか、貴様がそこまで言うのなら...今回は一度引き上げた方が良さそうだ。」
奴はジュリエルの『88箇所巡り』と言う言葉が効いたのか、悔しそうにそう言った。
助かった。これで本当に彼女が危機を退けてくれたのだ。
「また来よう。その時には貴様ら二人を確実に始末させて貰う。」
奴がそんな捨て台詞を吐くと、背後の空間に”空間の穴”と言うべきものが開いた。
ジュリエルがもう一度パンツを投げた頃には、奴はその穴の中へと姿を消し、奴とジュリエルの投げた二枚のパンツを吸い込むと同時にその穴も消失した。
後に残ったのは、穴が消失する直前、穴の中から吹き出た何者かの血潮だけであった。
「遅っかたか───。魔王様、怪我は無いですか。」
「え、あ...うん。大丈夫。」
「そうですか、良かった。」
これで一夜に渡る騒動は一旦の幕引きを迎えたようだ。
『また来よう』と言っていた事から、きっと近い内にまた相まみえる事になるのだろう。
その時は、この私が練りに練った卑劣な策でぐうの音も出ん程に...
寝不足と”射光”による疲労、極度の緊張からの安堵も手伝ってか、未だ玉座は炎上を続けているにも関わらず、私の意識は次第に朦朧として行く。
薄れ行く意識の中、私は昨日だか一昨日だかジュリエルが言っていた話を思い出した───。
◇◇◇
彼女の名は”マジョーレ・クリメニア”。
それはジュリエルの祖母に当たる人物の話であった。
彼女は首都郊外に住む22の苦学生であった。
何とかその時代の最低限の学歴を得る事は出来たのだが、よんどころのない家庭的な事情により彼女は学問的退廃を余儀なくされる。
容姿は端麗であり、元は学問にも光る物を持っていたのだが、それを生かせる場面は決して訪れる事は無い、そんな薄暗い人生を送って来たマジョーレであったが、そんな彼女にもある日転機が訪れた。
それは20代の内に購入すれば、必ずやその後の人生で成功を収められると言う、王城近くの貴族街の端に位置する土地の一角を売り出したビラであった。
それには、確かにその土地を20代の内に購入した者の全てが今現在この国の未来を担う重要人物へと成り上がっていると言う耳障りの良い文言が書かれていたのだが、そのビラが貼られていたのが建物と建物とに挟まれた裏路地と言う事もあって尚更判然としない。
しかしながら一つの事実として、決して彼女の怠慢と言うわけでは無いのだが、才はあったがそれを磨く機会に恵まれなかった為、マジョーレは非常にバカであった。
そんなマジョーレは、普通ならば鼻で笑ってそれで終わってしまう筈のそのビラにあろうことか手を伸ばしたのだ。
いや、彼女にもそれが出来の悪い詐欺の類である事は薄々分かってはいた。
だが、今の人生に満足出来ない彼女は、それでもその幻想に縋ったのだった。
500万異世界ドル。
貴族街の土地を買うと言うならば破格だった。
しかし、その時のクリメニア家は非常に貧しかった為、彼女が自由に使える金に限らず500万と言う大金を用意する事は困難であった。
マジョーレは500万を借金をした。
そして、それが痛恨撃となり、ただでさえ仲の悪かった家族からマジョーレは遂に勘当を言い渡さた。
更に不幸は続き、そのビラの発行元が違法な不動産会社であった事で、既に取引を成立させていたマジョーレにも、それが摘発されると同時に火の粉が降り注いだのだ。
たちまち彼女には短いが懲役刑が下された。
騙されたくらいでそこまでなるか?とも思ったが判決が覆る事は無かった。
一時の気の迷いで私は全てを失ってしまった...
暗然とした独房の中でマジョーレは一人、そう思っていた。
強いて言うならば...残った物は、この何日履き替えていないかも分からない薄汚れた”パンツ”くらいのものだ。
パンツ... そう、パンツだ。
その時、マジョーレはその薄汚れたパンツに何か運命じみたものを感じた───。
「私は...この牢獄から抜け出して見せる...っ!」
───それから一年。
彼女は模範囚を演じると同時に、毎日牢の鉄格子にそのパンツを投げていた。
人目を避けながら、毎日毎日昼も夜も無く投げ続けた。
『絶対に極めてやる...』彼女はそう固く決意していた。だから決して挫けなかった。
人は追い込まれてこそ成長すると言わんばかりに、マジョーレは著しく技も心も成長を始めて行った。
そして、マジョーレが牢に捕らえられて丁度一年が経つその日、マジョーレは遂に”パンツの回転”で鉄格子を切断し、牢獄から抜け出したのだ。
それからは驚く程にトントン拍子だった。
マジョーレはパンツを片手に首都の街を放浪していただけなのだが、まるで運命かのように彼女の元には次々と好機が訪れ、終いには国王に牢獄で身に付けた技術を気に入られ、それを生かせる職をも手に入れた。
そして、マジョーレはある貴族の子息と恋に落ちた。
その頃には王が国王の権限で彼女の罪を帳消しにさせ、気づけばマジョーレは全ての業を晴らし、有力貴族となっていたのだった。
貴族となったマジョーレは当然貴族街に住んでいた。
それは奇しくも、あの運命を分けた日に裏路地で見たビラに書かれていた場所の近くだった。
マジョーレは気づかぬ内に、あの土地を買っていた場合と同じ状況を自分の手で手にしていたのだ。
とある休日、彼女は無性に気になりビラに書かれていた”あの場所”へと赴いた。
そこは貴族街らしく綺麗に整備された、庭園と公園の中間のような場所だった。
そして、彼女がふと足元を見ると、そこには誰が刺したのか白い紙の巻かれた小さな御幣が道端に刺さっていた。
「そうですか...此処には神様が居るんですね...。」
マジョーレは道の真ん中で一人、小さくそう漏らした。
奇妙な話だが『あの日、私は”パンツの神”に魅入られた』のだと、マジョーレは自分なりに理解した───。
◇◇◇
以来、クリメニア家の子孫は”あの場所”で小さな御幣に祈る事で”秘技”が継承され、当然の如く孫のジュリエルにもそれが継承されたと言う事らしい。
目の前でそれを見せられては流石に信じる他無い。
おぉ神よ、その話を聞いた時『つまらない』だの『嘘八百』だのと言って突っぱねた私を呪いたまえ...!
しかし、そんなジュリエルの表情が、時折何と表現すべきか......嘘っぽく見えるのは私だけだろうか?いや、私だけだろう。
きっとそれは私だけに見えるたちの悪い幻覚に違い無い...。
「魔王様、遅れてすいません!大丈夫ですか!?」
王女がツインテールを振り回しながら走って来る。
「き、君が居ても...あんま意味なかったと思うから...大丈...夫。」
「酷いです魔王様!」
私がそう答えると、瞬間、ドッと疲れが押し寄せ、ただでさえ朦朧としていた私の意識は完全に途絶えた。
おぉ神よ......やっぱ呪うのはやめて下さい。