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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)5.4 < chapter.5 >

 ブレーキさえ利けば、手漕ぎトロッコでの山下りは快適か。

 そう問われたら、答えは『No』だ。

「ウオワアアアアアァァァァァーッ!? 全裸ァァァーッ!?」

「なんだあのトロッコ! 保線用じゃないよな!?」

「何してんだ、アイツら!」

 山深い谷間を、炭鉱列車が下りてくる。重厚なレールの響きは鬱蒼と茂った木々に遮られ、すぐ間近まで迫らねば、そこに鉄道が走っていることに気付かない。炭鉱のある山それ自体が国有地であるため、地元の人間もそうそう気軽に立ち入れず、電気機関車も、貨車も、そこに積まれた大量の石炭も、誰に知られることも無く、ひっそりと何処かへ運ばれてゆく──。

 ゴヤは勝手に、そんな光景を想像していた。

 ところがどうだ。

 これは本当に同じ山なのか。

 反対側の斜面には大量の木々が生い茂り、下草と呼ぶには大きく育ちすぎた熊笹で前方の視界は完全に遮られていた。しかしこちら側には、ほとんど木が生えていない。

 線路のすぐ脇には六頭立ての大型馬車同士でも楽々すれ違える立派な国道が走り、斜面のあちこちに、つい最近建てられたような真新しい集合住宅がある。よく見れば、何も建っていない場所にも開発予定地の立て看板が設置されている。それも一つや二つではなく、数十、数百という単位で広大な斜面いっぱいに、だ。

「た、宅地開発中……ッ!?」

 ここは国有地である。低所得者向けの集合住宅を建てようと思ったら、真っ先に候補に挙がる条件が揃っている。


 民間から土地を買い上げる必要が無い。

 先住者とのいさかい、新旧住民間での所得格差が発生しない。

 炭鉱や貨物線との距離が近く、ある程度の騒音や振動が予想されるため、住宅斡旋条件から外れる中間所得層からも批判が湧きにくい。


 まだ建設途中のようだが、線路沿いには駅舎らしき建物とプラットホームも見受けられる。既にある炭鉱列車の線路を、人員輸送にも活用する計画なのだろう。

 これは困った。

 予想外にもほどがある。

 緑に囲まれた大自然の中ならば、と、全裸四人をそのまま乗せてきてしまった。こんなに視界が開けていて、なおかつ往来の激しい道路と線路が並走しているだなんて、思ってもみなかった。

「ちょ、あの、やめ……みんな前隠してくださいよ! なんでフルオープンで仁王立ちしてんスか!」

「はっはっは! 風を感じる! 素晴らしい!」

「久々だものね! 身体があるって、最高だよ!」

「君を駅まで送り届けたら、僕らもいい加減、行くべきところに往かねばならない。だから、今は……」

「ヌーディストの本懐を遂げさせてくれ!」

「えええぇぇぇ~?????」

 ヌーディストの本懐って何だ。

 表情だけでそんな疑問を目いっぱいアピールしてみたが、現世との別れを惜しむヌーディストたちに、ゴヤの思いは通じなかった。

「えっ!? 全裸!?」

「なんだありゃあ!」

「ママー、おちんちん!」

「シッ! 駄目よケンちゃん! 見ちゃいけません!」

 沿道から上がる様々な声、浴びる視線。誰がどう見ても、自分は今、『仲良し変態チーム』の一員である。あまりの恥ずかしさに、ゴヤは霊を実体化させている魔法、《鬼哭》を解除しようかと思った。けれども斜面を下るトロッコは、放っておけばどんどん加速してしまうだろう。この全裸男たちが風の魔法でブレーキをかけてくれねば、ゴヤは列車の発車時刻までに、安全に駅には辿り着けないのだ。

「く……耐えろ! 耐えるんスよ、俺ッ!!」

 サッと駆け抜けてしまいたいときに限って、勾配が緩やかで、ほぼ水平な個所に差し掛かっている。必死にトロッコを漕ぐゴヤだが、実体化中の四人が重いのか、あまり速度が出ない。

 全力で漕いでも進まない。

 いや、いくらなんでも、加速が鈍すぎる。

 遮二無二トロッコを漕ぎ続け、汗だくになりながら、ゴヤはふと、鉱員の言葉を思い出す。


〈風の魔法で速度調整する前提で造られてて、はじめからブレーキついてないんだわ〉

〈ブレーキ無しでも一応は安全って言われても、どうしても怖くて乗れなくてね~〉


 そう、鉱員は確かに言っていた。ブレーキがついていない、ブレーキ無しでも一応は安全、と。

 その前に「風の魔法で速度調整する」と言っていたこと、目の前の線路が明らかな下り勾配であったことから、ゴヤはすっかり「魔法無しでは速度が出すぎる」と思い込んでいたが──。

(……ひょっとして、逆? このトロッコ、そもそも『絶対にスピードが出ない構造』なんじゃ……?)

 そう思えば、ここまでの急勾配でも、危惧していたほどの速度は出ていなかった気がする。カーブで脱線するのでは、とも考えたが、それにしては滑らかなコーナリングだったし、曲がる瞬間、内側に沈み込むようにサスペンションが効いていた。全裸マッチョのインパクトに呑まれて深く考える余裕も無かったが、ひょっとしたら、これは手動ブレーキが無い代わりに必要以上に速度が出ないよう調整された、自動ブレーキングシステム搭載の高性能トロッコという可能性も──。

(……あ、ダメだ。これ、よく考えると病むヤツ……)

 余計なことをしたかもしれない。

 というより、した。

 これはもう明らかに、余計なことをしてしまった。

 さわやかな笑顔で肛門日光浴を楽しむ幽霊を四隅に配し、ゴヤは鬼神の形相でトロッコを漕ぎ続けた。


 そんなこんなで目的地、ヴェインハイブの町に降り立ったゴヤは、幾多の試練を乗り越えた勇者の貫禄を身につけていた。

 身につけたくも無かったが、身につけざるを得ない危機的状況の連続だった。貨物駅から先もビックリドッキリ珍道中のお買い得パックといった様相で、特務部隊で奇々怪々な超常現象を見慣れていなかったら、十四回くらいは心臓発作を起こしていたに違いない。

 そんな苦労を知る由も無いマクヴェイン家の使用人は、駅前広場に降り立ったゴヤを一目見るなり、こう思ったという。

(き、鬼神だ……! ただならぬ『氣』を感じる……!)

 謎の気迫と歴戦の勇者のオーラを纏ったゴヤは、マクヴェイン家の馬車に乗せられ、ジュディ・デラムの待つ屋敷へと向かった。




 その頃、ベイカーとロドニーも最終調整に奔走していた。

 デラム家は爵位を持たない地方の小貴族である。領地面積だけを見ればそれなりの規模に思えるが、住民数、農産物の収穫量、鉱物資源や主要産業等の経済指標と照らし合わせてみれば、領地の大部分が雑木林と荒地ということに気付く。

 この家を取り潰し、領地は一旦国有地扱いにし、それから周辺の貴族に分割譲渡、管理を委ねる。そこまでは貴族院議会にも内々で話を通し、根回しを済ませてある。資産価値の低さもあって、噂を聞き付けた第三者が横槍を入れてくることも無かった。明日の議会の冒頭でこの件を議題に挙げ、何食わぬ顔で打ち合わせ通りの質疑を行い、全会一致で『デラム家取り潰し』が議決される予定だ。

 問題は、現当主とその娘の今後の扱いについてだ。

 現当主エンジュレアム・デラムは高齢故の記憶力と思考力の低下、軽度の認知症に加えていくつかの臓器に疾患が認められるため、療養設備のある中央刑務所に収監される。本当は死刑に追い込みたいところなのだが、見せしめに処刑するには、年老いて心身の機能が衰えた人物像は都合が悪すぎる。予見される諸々の面倒事を回避するためにも、療養名目で収監することが最適解なのだが──。

「あんなクズ野郎、国民の税金で養う価値がありますかね?」

 ロドニーの言葉に、ベイカーは大袈裟に肩をすくめる。

「無い。まったくもってそんな価値は無いし、今すぐ殺してしまったほうが世のため人のためだ。が、世の中、けっこう大勢いるからな。経緯を説明されても理解できない人間が。『弁明の機会も与えられずに処刑された可哀想なおじいちゃん』と認識する連中も、必ず出て来るぞ」

「それ、脳機能に問題があるんじゃないですか?」

「第三者目線で見れば明らかにそうだが、そこそこ権力を持った連中にも頭のおかしいのが混ざっている以上、それなりの予防策を講じておかねばならん」

「はぁ~……クソ面倒くせぇ~……」

「まったくだ。今のところ、上院のほうは上手く根回しが出来ている。しかし、下院はなぁ?」

「あー、いますね。ヤバそうなのが何人か」

「下院からの反対意見は無視して、上院だけで処遇を決めるつもりだが……」

「また騒ぐんじゃないですか? あの自称・優等生」

「だろうな。まったく知らない話題でも、誰よりも早く手を挙げて発言することが格好良いと勘違いしているからな、あれは」

「あいつこそ、まさにアレですよね。経緯を説明されても理解できない人間」

「理解できないだけならまだ良いが、謎の独自解釈を加えてくるから困る」

「僕はそんなもの知りません。だから存在しません。嘘をつかないでください……でしたっけ? また意味不明なコト言い出すんじゃないですか? 僕が見ていないんだからそんな事件は起こっていないはずです、とか」

「他所の家のベッドルームで発生したレイプ事件を、どうやって目撃するというのだろうな?」

「まあ、本当に目撃してても怖ぇんですけど」

「どこから入ってどこに隠れていた、という話になるな」

「自分が見ていないから存在しないって理論、ガチで謎すぎますけど……ついこの間も言ってましたからね……」

「ああ。ヘイルダード城砦近辺の、国境侵犯の話だな」

 ベイカーとロドニーが思い出していたのは、先月開かれた貴族院議会である。東部国境の検問所の一つ、ヘイルダード城砦で、遊牧民に扮した他国のスパイが捕縛された。その件に関して話している途中、問題の下院議員が勢いよく手を挙げ、こう言い放ったのだ。

「遊牧民に扮したスパイなんて、僕は聞いたことがありません。だから何かの間違いです。可哀想なので、はやく遊牧民の方を自由にしてあげてください」

 呆れて物も言えないとはこのことかと、ベイカーもロドニーも、心の底から痛感した。スパイがいる・いないの判断基準が、「僕が知らないから」とはどういうことか。それが何の根拠となるのか尋ねてみたい気もしたが、その議員は、さらに頭の痛くなる演説を始めていた。中でも最も印象的なのは、この部分だ。

「僕は経済学部を卒業後、社会学部を受験し直し、合計八年も大学で学んでいたのです。いずれの学部も首席で卒業しました。だから、僕に分からないことなどありません。僕が知らないのだから、スパイなんているはずが無いのです!」

 こうなるともう、どこから手を付けて良いか分からない。この日は議長判断で審議を打ち切り、国境警備部隊に対応を一任することが決まった。

 議題によっては上院のみ、下院のみの開催もあるが、今回の議題は『家の取り潰し』という、貴族社会全体に関わる話だ。上院下院の議員が一堂に会す『大議会』が開かれるため、件の下院議員との衝突は避けられない。

「……ロドニー、胃薬を準備していこう」

「頭痛薬も必要ですよね?」

「ああ。もしかしたら、酔い止めも必要かもしれんな……」

 学校の成績が優秀でも、頭が良いとは限らない。一般常識レベルの話が通じないモンスター相手には、抗炎症作用のある薬剤は必須である。

「しかし……ゴヤは間に合うだろうか? 面倒な連中が押し黙るくらいの、決定的証拠を掴んでほしいものだが……」

「明日の議会までに、となると、ちょっと……ですよね?」

 話をしながらも、ベイカーとロドニーは議会出席者に配布する資料の、最終チェックを進めていた。二人は何度も何度も事件の概要説明を読み直し、その都度、ジュディ・デラムの今後について頭を悩ませる。

 性被害に遭った女性にとって、世間への告発も、その後の裁判も、勝ち負けで語れるような単純な話ではない。被害を公にすれば自らに『傷物』のレッテルを貼ることになるし、何も言わなければ、これまで通りの地獄の日々が続くだけだ。どちらを選んでも、被害に遭う前の幸せな日々が取り戻せるわけではない。

 それでも行動を起こした以上は、最終的には世間に向けて『加害者の非』と『己の正当性』を示す必要がある。

 ジュディ・デラムにとっての最強カードは、『エンジュレアム・デラムの実子であり、その男に強姦されて妊娠したこと』だ。だがそのカードを使うには、赤の他人が大勢いる裁判の場で、自分の言葉で『強姦された時の様子』を証言せねばならない。それは被害女性に対して、あまりにも過酷な要求である。そのためベイカーとロドニーは前半部分のみ、『エンジュレアム・デラムの実子』という部分だけで話を通す算段を立てている。その部分だけなら、遺伝子鑑定の結果を提示するだけで、母シンディが『叔父によって孕まされたこと』を証明できるからだ。

 けれどもやはり、それだけでは弱い。

 ジュディの母、シンディが妊娠・出産したのは成人してからのこと。しかも本人はこの世を去っていて、何も証言できない。あまり褒められた事ではないが、ネーディルランドの国内法において、血の繋がった叔父と姪の交際・婚姻は必ずしも禁止されてはいない。特に血統を重んずる貴族社会では、適当な縁談がまとまらない場合、例外的に近親婚が許可されることがある。そうなると、成人済みの姪と叔父の間に生まれたジュディは、はたして本当に『強姦の末に孕んだ子』だったのか、という話になってしまう。

 ハドソン伯爵も、シンディと同じ大学に通っていたイヴァン・マクヴェインも、「叔父にレイプされた」という話を聞いただけだ。本当に無理矢理だったのか、客観的な証拠を示すことが出来ない。もしも面倒な下院議員がそこに言及したら、デラム領の分割譲渡、エンジュレアム・デラムの扱い、ジュディ・デラムの今後について、無用で不毛かつ時間の無駄でしかない、余計な論戦が繰り広げられることになる。

 願わくは、そのあたりの『決定的な何か』を、ゴヤが掴んでくれたなら──。

 ロドニーとベイカーは、ほぼ同時に溜息を吐いていた。そのタイミングがあまりにもピタリと一致したことに、二人は思わず吹き出してしまう。

「ま、なるようになれ、だ。うちの『ガッちゃん』のことだ。きっちり成果を上げてくれるさ」

「そうですね。なんたって、あの『ガッちゃん』ですからね」

 年齢が一桁のころからの付き合いだ。何をやらせても規格外の結果を叩き出す後輩に、二人は全幅の信頼を寄せている。

 あいつならやってくれる。

 そんな信頼は、二人の想定をはるかに上回る形で成し遂げられようとしていた。


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