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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)5.4 < chapter.4 >

 ゴヤはその日の晩に出発し、翌日の夕刻には目的の町、ヴェインハイブに降り立っていた。通常ならば夜行列車と鈍行列車を乗り継いで丸二日の距離だが、ハドソン家が手配したのは最短・最速で移動できる特急券と、漁協への紹介状、普通は乗れないはずの炭鉱列車の乗車許可証だった。中央からヴェインハイブへと向かう鉄道ルート上には、竜族によって建造された超巨大ダム湖ララカカと、国営鉱山ブラック・ラックが立ちはだかる。湖は登録された漁業者以外の立ち入りが禁じられた自然保護区、鉱山は関係者以外には非公開の国有地だ。いずれも、真っすぐ通過する公共交通機関は無い。湖と山を大きく迂回するコースとなるため、通常移動では二日かかってしまうのだ。

 けれども、そこを通れるようにしてしまうのがハドソン家の力である。

 ゴヤは指示されたとおりに、『ララカカ湖観光センター前駅』で下車した。すると駅には観光センターの職員が待っていて、「こっちだ、早く」とゴヤを急かす。言われるがまま付いていくと、湖畔には小型の水中翼船が。ゴヤは船体のペイントを見て、自然保護区にありがちな、ネイチャーガイドツアー用の船だと理解した。どうやらハドソン家は、この船でゴヤを対岸まで運ぶよう指示を出しているらしい。

 船に乗り込む際、船長はため息交じりにこう言った。

「三時間後にガイドツアーの予約が入っているんですよ。お客さんを待たせるわけにもいかないんで、限界速度出させてもらいますよ? ちょっと荒っぽくなりますけど、覚悟しておいてください」

「あ、はい。どうもすみません……」

 通常の運航予定に、強引に割り込みをかけたのだろう。だが、それでも無茶な依頼を受けてしまったということは、ハドソン家はよほどの金額を提示したに違いない。見るからに金持ち向け設備の船をたった一人の乗客のためにチャーターするには、いったいいくらかかるのか。それも運航スケジュールへの割り込みと、通常航路外の移動という無理を押し通す条件で、だ。

(うぅ~ん……大貴族の金銭感覚って……)

 それだけの金を出してでも、ロドニーとハドソン家はこの件を早期解決したいと思っている。その事実を胸に刻み直し、ゴヤは束の間の船旅を楽しもうと思ったのだが。

「えっ!? なにこれ浮いてるっ!?」

 ゴヤは水中翼船の性能を舐めていた。これはベイカー家とハドソン家が立ち上げた合同会社、『B&Hジェットカンパニー』が誇る、世界最速水上ジェット機である。水上に浮かんでいる以上は『船』と定義されているが、水中翼船は飛行機と同等のジェットエンジンを搭載し、加速と同時に離水する。離水後は水中に残した翼で姿勢の制御と方向転換を行う。

 通常航行における最高速度は120km/h。試験航行では357km/hという記録を叩き出したものの、358km/hに突入した時点で船体が破損、テストパイロットが死亡する事故を起こしている。そのため幾度かの設計変更と機体の強化を経て、安全に航行できる最高速度を120km/hと設定した。

 船内放送で船の概要と開発ヒストリーをざっと話し終えると、船長は、非常に恐ろしいことを口にした。

「ツアーの予約は三時間後ですが、整備と燃料補給に一時間ほどかかるので、二時間で往復しなければなりません。ララカカ湖はほぼ正円で、対岸までの距離は約300kmです。離岸と着岸時にはグッと速度が落ちるため、二時間で往復するには、試験航行で記録した357km/hに迫る速度で『ぶっ飛ぶ』必要があります。ですが、まあ、試験航行から何度か設計変更されていますから。きっと大丈夫でしょう」

「え……ええぇ~……?」

 当然のことながら、船舶マニアでないゴヤに、速度を出しすぎた船に起こる異変について予備知識はない。

 次第に速度を上げていく水中翼船。と、あるところで、それは始まった。

「ヒッ、ヒイイイィィィーッ!?」

 ギギギギ、ガタガタ、ブウウウゥゥゥーン──と、不穏な振動と異音を奏で始める船体。窓の外の景色はあり得ない速度で流れ去り、加速によって生じたGにより、しがみつくまでも無く身体が座席に押し付けられる。

 それは誰がどう見ても、安全航行とは程遠い船旅だった。




 一時間後、船酔いとは別種の頭痛、めまい、吐き気に襲われながらも、ゴヤはどうにか対岸に降り立った。

 船長に礼を言い、ロドニーに指示されたとおり、湖畔のロッジに向かう。するとロッジの前には、体高2mを超える大型のゴーレムホースが用意されていた。

「えーっと……あれかな……?」

 国営鉱山ブラック・ラックまでの移動は馬だと聞いている。ゴヤはてっきり、山道に慣れた荷運びの駄馬を使うものと考えていた。ゴーレムホースには感情や生存本能が存在しないため、山道を進むのは危険である。よほど性能の良いゴーレムホースでなければ急な坂道でも人間を気遣ってくれないし、今にも崩れそうな危険な斜面を恐れることも無い。振り落とされるか、馬ごと滑落するかの二択である。

「……船以上の難易度かも……?」

 と、呟いた瞬間、誰かにギロリと睨まれた。

 ハッとしてよく見れば、ゴーレムホースの足元に、木箱に腰かけた老人がいるではないか。あまりにも小柄な老人だったため、すぐ近くに寄るまで、そこに人がいると気付けなかった。

「あっ! こ、こんにちは! ロドニー・ハドソンの紹介で参りました、ガルボナード・ゴヤと申します!」

 慌てて挨拶すると、老人は無言で手を出す。事前に教えられたとおり、ゴヤはハドソン家の封蝋が押された封筒を手渡した。

「どれどれ……ほほう? これはこれは……」

 老人は封筒の中身を確認すると、途端に相好を崩し、好々爺然とした笑みで言う。

「炭鉱までの道はインストールされとるから、アンタはただ乗っとりゃええ。使い終わった馬は、適当に放しといておくれ。勝手に帰って来よるからの」

「あ、はい、分かりました。お借りします」

 ゴーレムホースの横には、乗り込むための足場も用意されていた。通常の乗用馬サイズならいざ知らず、これは体高2m超えの大型ゴーレムホースだ。乗るにも降りるにも、足場が無ければ届かない。

 よっこいせ、と掛け声を発して馬にまたがると、馬はひとりでに歩き出し、なぜか道ひとつない、緑生い茂る手付かずの原生林へと向かってゆく。

「え、ちょ、あの! これってもしかして……っ!」

「なぁ~にしとるかいのぉ~! さっさと《銀の鎧》を使わんと、ズッタズタになりよるぞ~っ!」

「やっぱりかあああぁぁぁーっ!」

 大急ぎで発動させた防御魔法、《銀の鎧》。光の鎧が展開されるのと、馬が森に突っ込むのとは同時だった。

「ギイイイィィィヤャアアアァァァーッ!?」

 魔法で全身を防御しつつ、大型ゴーレムホースのパワーで枝葉をへし折りながら直進する。いや、枝葉どころではない。どんな無茶なカスタムチューンを施したのか、大木と呼んでも差し支えない幹回りの木まで、バッキボッキとなぎ倒している。

「確かに! これは! 近道かも! しれないけど! でもおおおおおぉぉぉぉぉーっ!?」

 防御魔法で打撲や骨折、擦過傷と裂傷は防げても、衝撃と振動はゼロにはできない。

 世界一過激な森林浴を体験しながら、ゴヤは炭鉱を目指して突き進む。




 道なき道を突き進むこと二時間。体力もつきかけてきたころ、ようやく視界が開けてきた。

「あ……あああ……あああああああ、あ……」

 人間、体力の限界に近付くと言語を喪失するものである。悲鳴とも嗚咽とも溜息ともつかない謎の音声を発しながら、ゴヤは炭鉱の入り口へと近付いていった。

 ハドソン家の執事からは、ここで乗車許可証を見せれば、炭坑内を移動するトロッコに乗れると説明されたのだが──。

「あ、ああ、あの、こ、ここ、これ……」

 入り口近くの警備員詰所で許可証を提示するも、疲労と精神的ショックのせいで、上手く言葉が出てこない。許可証を持つ手も、まるで薬物中毒者のようにガタガタブルブル震えている。


 自分でも思う。何だこの不審者は、と。


 けれども警備員は特に何を言うでもなく、許可証の番号を照会し、炭坑事務所の人間を呼び出してくれた。少し離れたところのプレハブ小屋から、いかにも炭鉱作業員らしい作業服姿の男性が駆けてくる。

「ありゃま! お兄さん、本当に森の中を突き抜けてきたんですか!? いや、来るとは聞いてましたけど……すごいですね!」

「あ、アハハ、ありがとうございます……?」

 おそらく、褒められてはいない。けれども他に適当な返しも思い浮かばなかったので、とりあえず礼を言っておくことにした。

 鉱員の案内で炭鉱に入り、薄暗い坑内を進みながら、ゴヤは気になっていることを問う。

「あっのぉ~……? 線路があるのって、三番坑道なんじゃあ……?」

 坑道が四方八方に伸びる大きな鉱山では、採掘物の運搬用に複数の線路が敷かれている。だが、この炭鉱は違う。ほんの三十年前に採掘がはじまった『最新の炭鉱』であるため、無計画に手掘りした古い鉱山のように、複雑なアリの巣構造にはなっていないのだ。真っすぐな坑道が並行して七本。坑道同士は所々に掘られた横穴で繋がっており、坑内に走る炭鉱列車は一路線しか存在しない。

 坑内の随所に設置された『緊急避難経路図』によれば、炭鉱列車が走っているのは三番坑道のはずだが──。

「あー、あっちは新線。お兄さんに乗ってもらうのは旧線のほうですよ」

「旧線?」

「そう、旧線。三十年前、一本目の坑道を掘るときに使った手漕ぎのトロッコですね。ところでお兄さん、属性大丈夫?」

「え、属性?」

「あれねえ、風の魔法で速度調整する前提で造られてて、はじめからブレーキついてないんだわ」

「は?」

「風属性の連中にとっては、怖くも何とも無いんでしょう? いっやぁ~、俺には駄目ですわ~。ブレーキ無しでも一応は安全って言われても、どうしても怖くて乗れなくてね~。あっはっはっは~」

「……マジッスか……」

 ここの坑道は山の反対側の斜面に抜けている。炭鉱列車の線路はそこからさらに麓の貨物駅まで続き、貨物駅の横には石炭の仕分け作業場がある。そこで石炭とそれ以外の石とに仕分けし、石炭の等級ごとにコンテナに詰めたら、貨物駅から全国の主要都市へと出荷されていく。鉱員の説明によれば、一番坑道のトロッコでも、その貨物駅までは行けるらしい。

「あ、これです、これ」

 鉱員が指差すほうを見ると、資材置き場のような空間の片隅に、幅二メートル、長さ四メートルほどの手漕ぎトロッコが置かれていた。定期的にメンテナンスされているようで、サビやホコリは見当たらない。トロッコの状態を見て、ゴヤはひとまず安堵した。

「はい、じゃあ、乗って……そう、その足マークのところに立ってくださいね。ハンドルを上下に動かすだけで動きますから、操作は大丈夫ですよね?」

「あー、はい、たぶん……あの、使い終わったのは、貨物駅に置きっぱなしで大丈夫なんスか?」

「ええ。手動で上り勾配上げるの大変なんで、次に列車出したとき回収します。それじゃ、どうぞお気をつけて」

「どうもありがとうございます。お世話になりまして……」

 と、曖昧な笑顔で頭を下げると、鉱員はさっさといなくなってしまった。彼は本当に、ただの案内係だったようだ。

「……え? 俺、風属性ないんスけど……??」

 ブレーキも無しに、どうやって下り坂を進めというのか。

 大爆走の水上ジェット機、森林破壊ゴーレムホースに続き、ブレーキの無いトロッコが登場してしまった。自分は何を試されているのか。この試練を乗り越えた末に、何を得るというのか。というより、これは人狼族にとっては、試練でも何でもない「ちょっと無理して急いじゃお♪」程度の負荷なのではないか。

「先輩……俺が人間なの、忘れてねえッスよね……?」

 忘れている。

 これは絶対に、微塵も覚えていないパターンだ。

 ついつい自分基準で、「うん、行ける!」と考えてしまったに違いない。

「……でも、ここまで来たんだからっ!」

 いまさら引き返すことは出来ない。ゴヤは必至に知恵を絞り、風属性の魔法を使う手を思いついた。

「く……ここに誰がいるかは分からねえッスけど……この山でお亡くなりになった幽霊の皆さーんっ! 申し訳ねえんスけど、ちょっと力貸して貰いてえんス! 出て来て下さあああぁぁぁーいっ!」

 ゴヤは霊的能力者だ。その言葉には、霊たちの耳に届く特殊な言霊が乗る。

 呼びかけに応え、坑道に青白い人魂が集まってきた。

「このトロッコで麓の駅まで行きたいんスけど、これ、ブレーキがついてないんス! 速度調整に風の魔法が必要なんで、誰か、風属性の人いませんか!?」

 するとこの問いに、手を挙げる者がいた。

「ええっ!? ひ、人魂って、直接挙手できたんスか……?」

 青白い炎から腕だけがニョキっと生える様は、なかなかシュールである。

「え、ええと……ブレーキ係、お願いしていいッスか?」

 人魂たちは揃って親指を立ててみせる。サムズアップの人魂も非常にシュールだが、感動している場合ではない。

「あざっす! そんじゃ……《鬼哭》発動!」

 ゴヤが使ったのは、霊を実体化させる特殊な魔法である。この魔法が効いている間は、霊は仮初の肉体を得て、生前、それも体力や魔法能力が最も高かった全盛期の力を発揮することができる。

 実体化した霊は四人。いずれも人狼族らしく、フサフサの犬耳と尾の生えた、筋骨隆々とした大男たちである。だが、非常に困ったことが一つ。

「その……なんでみんな、素っ裸なんスかね……?」

 通常の霊は、本人にとって最も馴染みのある衣服を纏って実体化する。たとえば騎士なら甲冑姿で剣を装備しているし、聖職者ならば礼拝用の正装を身につけ、聖典を手にしているものなのだ。

 職業不明の全裸マッチョ四人は、誇らしげにポージングしながら、ゴヤの問いに答えてくれた。

「俺たちはヌーディスト友の会! 生まれたままの姿でありのままに生きる、同好の志さ!」

「森林ヌードウォーク中に事故って死んじまってな! 死体は今も谷底にあるぜ!」

「大自然と一体化したんだから、ま、悔いはねえけどな!」

「急いでいるんだろう? 大丈夫! 僕らが君を送り届けてあげるよ!」

「ア、ハ、ハイ。ドウモアリガトウゴザイマス……?」

 森林ヌードウォークなる催しが何一つ理解できぬまま、ゴヤと四人のマッチョを乗せて、トロッコは動き出した。


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