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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)5.4 < chapter.2 >

 騎士団本部を出たロドニーは、迎えの馬車で中央市内の『自宅その➂』へと向かった。

 彼の家は建国当時から続く名門、ハドソン家である。父の爵位は伯爵。歴代当主は数えきれないほど多くの勲章、褒章を受けている英雄一族で、女王、王族、他の上級貴族からの信頼も厚い。ザックリと表現すれば、彼は『大富豪セレブ一家』の御坊っちゃんなのだ。一口に「家に帰る」と表現しても、それは庶民が考える帰宅風景とは程遠い。

 中央市内に『ハドソン邸』は七つある。その中で今帰宅したこの家、『自宅その➂』は、春から初秋にかけて使用するプライベートな邸宅だ。ごく親しい友人を招くことはあっても、基本的には家族専用。茶会や舞踏会には、すぐ近くの『自宅その④』を使用する。

 立派な拵えの馬車が、これでもかというほど大きく厳つい門を抜ける。長く美しいアプローチは、手入れの良き届いた蔓薔薇のアーチだ。馬車は咲き乱れる薔薇のトンネルを潜り抜け、城と呼んでも差し支えない、巨大な煉瓦建築の邸宅前で停車する。

 車寄せには、既に使用人たちが待機していた。執事が馬車の扉を開け、ロドニーの両足が大理石のタイルに接地した瞬間。ピタリと呼吸を合わせ、使用人たちが頭を下げる。

「おかえりなさいませ、ロドニー様」

 一般市民ならば怯んでしまうような見事すぎる統率も、ロドニーにとってはいつもの挨拶である。メイド長、執事長に声を掛け、それ以外の面々には軽く笑みを見せ、労をねぎらう。

 ロドニーが歩く速さに合わせて、若手の執事たちがサッと進み出て扉を開ける。ロドニーは足を止めることも速度を落とすことも無く進み、エントランスの中ほどで立ち止まった。するとすかさずメイドたちが両脇につき、ロドニーの剣や外套を受け取っていく。

 幼少のころからごく自然に、当たり前のこととして身につけた動作である。砕けた言葉でバカ騒ぎに興じることが多くても、彼は間違いなく、正真正銘の上級貴族なのだ。

 身軽になったロドニーは、執事長に父の居場所を尋ねる。普段は最上階の書斎で政務に励んでいるハドソン伯爵だが、息子からの連絡を受けて談話室のほうへ降りているらしい。

 ロドニーは一階南側、午後の日差しが心地良く差し込む談話室へと向かう。

「……あ、そういや、兄貴から連絡は? 俺宛の手紙とか届いてない?」

 何気なく尋ねると、執事長は「いいえ」と答え、それからこう言った。

「ロドニー様。レヴィー様のことは、どうかお名前でお呼びになってください。ハドソン家の長男は貴方様です」

「え~? いいじゃねえかよ、自分ちの中なんだからさぁ」

「なりません。身分の違いを無視されては、使用人たちに示しがつきません」

「ったく、面倒だなぁ……」

 頭をボリボリ掻きながら、わざとらしく、大袈裟に溜息を吐いてみせる。

 執事長はロドニーのリアクションが見えていないかのような素振りで、目的の部屋の扉に淡々と声を掛けた。

「旦那さま。お坊ちゃまがお戻りになられました。開けてもよろしいでしょうか」

 すると室内からは、野太い声で「入れ」と返事があった。

恭しく扉を開ける執事長。

気怠さ、面倒臭さを隠しもせずに、ロドニーはだらしない足取りで入室する。

「オッス親父。帰ったぜー」

 貴族らしからぬ挨拶だが、ハドソン伯爵はそれを気に留めること無く、けれども息子に着座を促しもせずに話を始める。

「今朝方、私のところにも手紙が届いた。お前、女を孕ませたらしいな?」

「いんや、孕ませてねえ。マジで知らねえ女だ」

「本名を知らなかった、という話でもないと?」

「俺は身元のハッキリした女にしか手ぇ出してねえよ。偽名や芸名の女はいなかった。それだけは断言できるぜ」

「なるほど。では、騙りか」

「ああ、百パーセントな。でもよ、それにしちゃおかしいんだ。その女、なんでわざわざ、夜行列車で二晩かかるようなクソ僻地の親戚を選んだと思う? 母系繫がりのマクヴェイン家とうちが親戚筋に当たるなんて、その辺で市販されてる貴族名鑑見たって分からねえだろ? 中央市内にもうちの親戚筋は何十人も住んでんのに、どうしてマクヴェイン家に……」

「あー、そのことだがな。実は、デラムという家名に心当たりがある」

「家名? ってことはもしかして、その女貴族なのか? これ、親父の持ち込み案件?」

「いいや。誓って言うが、私もあちらの当主……イヴァン・マクヴェインも、デラム家の女に手を出してはいない」

「マクヴェイン家の当主って、親父と同い年だったよな?」

「ああ。イヴァンは中央の大学に通うため、いっとき、うちに居候していたこともある。彼とは何度も飲み歩いたぞ」

「ならこの案件、その頃の話か?」

「だと思う」

「なんだよ、そのいい加減な返事は」

「私が知るデラム家の女は、私たちと同い年で、イヴァンと同じ大学に通っていたシンディ・デラムだ。ジュディ・デラムなんて名の女は知らん」

「シンディ……ジュディ……名前も似てるよな。年齢的に、母娘かな?」

「そう考えれば、列車で二晩かけてでも、彼の家を訪ねる理由も察しが付くが……」

「どんな理由だ?」

「母と同じ被害に遭ったのかもしれん」

「被害?」

「大学四年の秋のことだ。シンディはイヴァンに、自分が強姦被害に遭い、妊娠したことを相談した。犯人はシンディの叔父、エンジュレアム・デラム。病気療養中の父親に代わって、彼女と弟たちの学費や生活費を工面していた。シンディは中央では、この叔父の所有する屋敷に下宿していてな……」

「あー……面倒見てやってるんだから誠意を見せろ、みたいなアレか……?」

「おそらくな。詳しいやり取りまでは知らんが、弟たちの生活を盾に取られて、肉体関係を迫られたらしい」

「で、その件、どう始末つけたんだ?」

「彼女自身の希望により、事実は公にせず、暴漢に襲われたことにした。その時、『暴漢から女子学生を救った騎士』として、起こってもいない事件の証言をしたのが私だ」

「じゃあ、つまり……野放しにしちまったワケか。クソみてえな強姦魔を」

「ああ……本当は狙撃手でも雇って、頭に風穴を開けてやりたかった」

 ハドソン伯爵は大きく頭を振って、両手で目元を覆った。

 不本意だったのだろう。

 表沙汰にすれば、シンディ・デラムは大学にいられなくなる。彼女の弟たちも生活費を得る手段を断たれ、路頭に迷うことになる。姉弟のためにも、ハドソン伯爵とイヴァン・マクヴェインはありもしない事件をでっち上げ、真犯人を放置するしかなかった。

 しかし、そのせいで──。

「スッゲー嫌な予感がするんだけど、生まれた子供は? 学費も生活費も丸ごと世話になってたなら、赤ん坊の養育費なんて出せねえよな……?」

「諸悪の根源が資金援助を名乗り出て、正式に養育権を得た」

「どこまでもクソだな。外面だけ見りゃあ、限りなく善良なパトロンってワケかよ。その後は?」

「分からない。何度か調べてみたこともあるが、『エンジュレアム・デラムの子供』の消息は掴めなかった。何をどう手続きすればそうなるのか、子供の存在自体が、まるではじめからいなかったかのように隠されていてな……」

「子供の将来のために名前を変えて里子に出した……って考えるのが普通だろうけど、絶対に違うよな?」

「ああ。そんな人格者だったら、そもそも姪を脅して肉体関係を迫ったりしないさ」

「それ、親父が二十二の頃の話なんだから……?」

「三十年前だ」

「三十年間も消息不明だった『デラム家の子供』が、妊娠した状態で、いきなりフラッと現れた……ってことか。怪しすぎるな……」

「それもそのジュディ・デラムと名乗る女は、シンディ・デラムが真相を明かした二人のうち、一方の家に逃げ込んで、もう一方の息子の名前を騙った。どう考えても、シンディしか知らない話を知っている。ロドニー、すまないが、この件はしばらく私に預けてくれ。彼女が本当にシンディの娘であるならば、今度こそちゃんと救ってやりたい」

「まあ、そういうことなら……けど、生まれるまでにちゃんと手ぇ打っとけよ? 変な噂が広まる前に」

「ああ、もちろんだ。早急に手を打って……もう俺たちが二十代の若造じゃあ無いことを、あのクソジジイに分からせてやるさ……!」

 父親の顔を見て、ロドニーは軽く肩をすくめた。おそらく、これが『革命前夜の空気感』というヤツだ。声色こそ落ち着いているが、額やこめかみにはくっきりと青筋が浮かんでいるし、組み合わせた両手は力の入れすぎで指先が白くなり、腕も肩も、小刻みに震える様子が見て取れる。

 ロドニーは、ハドソン家の歴代当主が電光石火の早業で兵を動かし、数々の武功を上げた逸話を思い出す。


 たった一晩でマフィアの闇市を壊滅させ、公営市場を開場。

 賭場と周辺の町を制圧し、奴隷たちを解放。再開発事業に着手・成功。

 大規模アヘン農場の場所を特定し、山ごと焼き払って手配犯百名以上を『火刑』に。

 隣国と通じて国家転覆を目論んだ地方貴族を討伐。ついでに隣国にも攻め込んで国土拡張。


 ハドソン家の人間は、やると決めたら行動が早い。そしてやらかす事がデカい。ハドソン伯爵がこれだけ本気で怒っているということは、場合によっては、複数の貴族領を巻き込んだ武力衝突に発展するだろう。

 こうなれば、息子にできることはただ一つ。

 少しでも勝率を上げるため、徹底的な根回しに奔走するのみである。


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