そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)5.4 < chapter.1 >
騎士団員にあてられた手紙が、未開封で届くことはない。すべての手紙と小包は必ず検閲係が開封し、その内容が検められる。文書や同封物が法規に反していないと確認されれば各隊の隊長、もしくは担当部署長の元に届けられ、直属の上官のチェックを経た上で各隊員の手元に届く。
そんなわけだから、母親からの「○○ちゃん」呼びも、恋人との愛の囁き合いも、何もかもが上官に筒抜けになってしまう。恥ずかしい内容の文書をやり取りするなと言われればそれまでなのだが、それでもやむにやまれず、送られる手紙はある。
この日届いた手紙も、まさしくそのようなモノだった。
「ロドニー。お前宛の手紙が届いているのだが……」
特務部隊長サイト・ベイカーは、問題の手紙を手に、ひどく複雑な表情を見せていた。普段なら笑顔で手紙を渡し、「返事を書くなら、俺からも一言添えさせてくれ」と声を掛けていく。家族や親類に隊員の活躍を知らせてやるのも、隊長の務めと考えているからだ。
だが、この日は違った。
「悪いことは言わない。もし本当のことならば、責任はとれ」
「え? なんですかイキナリ??」
「いいから、早くこれを読め」
「えぇ~?」
受け取った手紙を開き、何行か読んだところで、ロドニーは真顔になった。
そして二枚目、三枚目と読み進め、同封されていたコピー用紙に目を通し──。
「……何ですか? この怪文書……」
「心当たりはないのか?」
「ありませんって! つーかこんな女知りませんし!」
「剣に誓って?」
「剣にも神にも女王陛下にも誓えますよ! 俺、ジュディ・デラムなんて女と寝た覚え無いんですけど!?」
「ふむ……まあ、友としてお前を信じよう。だがお前の親戚は、このジュディなる女性の言い分に、一定の信憑性があると考えたようだが?」
「いや、親戚ったって、俺、高校からずっと寮生活ですから。実家にだってたまにしか帰らないのに、ほとんど会ってもいない親戚のオッチャンがどうして……つーか、これを騎士団宛に送るっておかしくありません? 本当だとしたら、めっちゃ身内の恥じゃないですか。わざわざ検閲係を通してまで、『特務部隊のロドニー・ハドソン宛』で送って来るって……」
「それは俺も妙だと思った。あえて身内の問題を第三者の目に触れさせようとしているのなら、これはお前へのSOSに他ならない」
「それも、あっちの一存じゃ始末に負えないデカいヤマ、ってことですよね」
「ともかく、お前は今すぐ家に戻れ。この手紙の内容に心当たりが無いというのなら、女の行動は怪しすぎる。既に何らかの企みが進行している可能性がある」
「ですよね……あ! そうだ、隊長。この手紙、情報部のほうには?」
「既に連絡してある。お前の素行調査名目で、この女の身元を徹底的に洗ってくれるそうだ。俺のほうでも探りを入れてみるから、こっちは気にせず、身内との話し合いに集中してくれ」
「ありがとうございます。それじゃ、ちょっと行ってきます!」
「気をつけてな」
「はい!」
オフィスを飛び出していくロドニーを見送り、ベイカーは改めて、手紙のコピーを読み直す。
〈親愛なるロドニー様
今年もケトケト鳥が愛を歌う季節となりました。中央はこちらより季節の巡りが早いと聞きますが、もう吟遊詩人たちの歌会は終わってしまったでしょうか?
季節の音は違えども、ロドニー様のご活躍は当地にも広く、風より早く届いております。ハドソン家次期当主であらせられるロドニー様は、私共にとっては実の息子も同然。事件解決の報道を耳にするたび、とても誇らしく、自分のことのように嬉しく思っています。
そんなロドニー様だからこそ、この件は、きっと何かの間違いであると信じております。
実は先日、ジュディ・デラムと名乗る女性が当家を訪ねて参りました。その女が言うには、自分はロドニー様の御子を身籠っている、とのこと。まさかと思いましたが、女が持参した手紙には、確かにロドニー様の筆跡で、しばらく彼女を預かってほしいと書かれているではありませんか。
ですが、手紙にはハドソン家の封蝋も、魔法による認証タグもつけられていません。筆跡を真似るだけなら、少し腕の良い代筆屋を雇えば可能なことです。手紙を偽物と判断し、追い返すこともできました。
それでも、彼女が妊娠していること、中央から長旅をしてきたことは事実でありました。万が一にも事実であったら、ロドニー様の御子を命の危険に晒すことになります。熟考の末、当面は当家で世話をすることにしたのですが、こちらの手紙は、本当にロドニー様が書かれたものでしょうか? コピーを同封させていただきましたので、ご確認の上、速やかなご回答をお願い申し上げます。
不躾な手紙をお送りいたしましたこと、平にご容赦を。〉
手紙を読み終え、ベイカーは溜息を吐いた。
貴族の子を身籠る市民階級の女は多い。最も多く聞く話は、屋敷に務める若いメイドの懐妊。次いで多いのは風俗嬢たちだ。貴族を相手にする高級コールガールたちは、基本的には避妊薬を服用した上で行為に及ぶ。しかし中には故意に避妊薬の服用をやめ、狙った相手の子を身籠ろうとする女もいる。よく狙われるのは未婚の長男だ。正妻が決まる前に出産し、認知させてしまえば、子供が成人するまでは養育費と生活費を受け取れる。不安定な生活を送る風俗嬢たちにとって、これは最も確実に、定期収入を得る手段となる。
その上、この稼ぎ方はかなりの高確率でアタリが出る。自分が男子を産み、正妻が女子しか生まなかった場合、自分の子は次期当主候補として高度な教育を受けることができる。また、正妻が不妊症だった場合は大アタリだ。他に子供がいない・生まれる可能性も無いのだから、面倒な跡目争い無しに、自動的に次期当主候補となる。よほどのことが無い限り、この段階で暗殺される女はまずいない。子供の親権者として、衣食住を保証されるのが通例だ。
これは己の身体以外に何一つ財産を持たない最下層の女たちの、一世一代の大博打なのだ。どの女も、ありとあらゆる手を駆使して認知を迫って来る。
が、近年では、この手法は通用しづらくなっている。
法律によって王族、貴族、士族にDNA鑑定の実施と遺伝情報の登録を義務付けたことで、「あなたの子よ!」という言葉の真偽が、科学的に証明されるようになったからだ。
コールガールが相手にする男は、一晩に一人とは限らない。指名が殺到する人気の嬢は一晩で複数の仕事をこなし、市民階級の平均月収をはるかに上回る日銭を稼ぎ出す。
つまり、特定の相手を狙って妊娠したつもりでも、実際には別の男の子供という可能性があるのだ。残念ながら、それは妊娠した本人にも分からない。すべての交渉は子供が産まれてから。DNA鑑定を経て、晴れてターゲットの子と証明されてからの話になる。
今回の件でも、一応はそういった流れになるのだろうが──。
「……ロドニーの奴、酔っているときは見境が無いからなぁ……?」
友を信じると言いつつも、友人だからこそ、信じられない部分もある。
ベイカーは眉間にしわを寄せたまま、隊長室へと戻った。