聖女は俺らと何か違った
祝宴の席で事件は起こった。
「聖女ローレル殿、貴女との婚約を破棄する! ソフィ嬢を愛しているんだ!」
「申し訳ありません、聖女様! いけないと知りつつ、ディオン様を愛してしまいました!」
場内がシンと静まり返る。貴族たちは沈黙し、国王陛下と妃殿下は失神していた。アベル王太子殿下に至っては、アイツやりやがったという驚愕の表情で、弟ディオンを二度見した。
やらかした二人は震えている。すでに覚悟を決めており、ここから逃げ出す気配は無い。来世で一緒になろうと誓い合い、婚約破棄に挑んでいた。
七年前、魔界から暗黒門が出現した。悪魔軍が進攻を開始した時、聖ファウラ教の信徒ローレルは、邪を滅せよと神託を授かり聖女として覚醒したのだ。
彼女を旗頭に討伐隊が結成され、人魔大戦が始まった。十四歳の少女だったローレルも二十一歳。暗黒門を破壊して人類を救済した聖女へ、リリカル王国では莫大な褒賞金と共に、第二王子との結婚を約束していた。
この宴は聖女の勝利と帰還を祝い、婚約披露のために開かれた集いであった。突然の暴挙に場が凍るのは当然といえよう。しかし、ディオン王子にしてみれば、多忙な聖女へ婚約破棄を申し出る最初で最後の機会だったのである。
パァン……!
その音は、静寂の中で一際大きく響き渡った。
パァン、パァン、パァン!
今度はどこの馬鹿だと、アベル王太子殿下は目を剥いた。空気を読まない不逞の輩を、彼は再び二度見する。
そこには、力強く両手を打ち鳴らす聖女ローレルの姿があった。
「赦しましょうッ!」
聖女の双眸から感動の涙がどっと溢れた。
「男女和合、大いに結構! 善き哉、善き哉!」
「いいんですか!?」
「人を裁くのは神です。聖女たるわたくしは、犯した罪を告解し悔いる者を赦すのみ。もし気が咎めるなら、奉仕活動に励みなさい」
「怒って報復したり、不当に追放されると危ぶんだりは……?」
「わたくしの信仰心と信念は、いかなる試練にも揺るぎません。そも、わたくしはいつ婚約したのでしょうか?」
「戦地へ送った書状に、承諾したとお返事がありました」
「ああ、寄進の件ですね。今回の戦で沢山の被害がでました。救済費用にあてましょう」
ゴリゴリの信徒ローレルは、褒賞金しか念頭に無かった。両手を広げた聖女が厳かに口を開く。
「地に満ちる生きとし生けるもの全てに祝福あれ!」
聖女は俺らと何か違った――――後に即位したアベル王の晩年回顧録には、そう記されたという。