第6話:北の閃光(核爆発)
怪しげな男女が新潟県の海岸の沖で見たもの、
それは味方の工作船ではなく日本の海上保安庁の船舶だったわけだが、
この上なく驚く男女のその後の話は後回しにするとして、
この1時間ほど前、国家非常事態即応隊の作戦室では極めて重大な進展があったようで ・・・
2020年9月7日午後9時頃。
国家非常事態即応隊の作戦室。
作戦室の隊長専用内線電話の着信音が鳴った。
その電話には隊長本人が出たわけだが、相手の話を1分ほど聞いたところで隊長の表情がこの上なく険しく緊張したものになった。
隊長は、電話の相手に、どもる寸前のようなたどたどしい話し方で確認した。
「官房長官、これは訓練ではないのですね?」
電話の相手の内閣官房長官はこのように答えた。
「これは訓練などではないよ。そこで早速だが、私のコードをこれから伝えるので、そちらの端末に表示されるコードと照合してくれ」
訓練ではないと聞いた隊長の顔には冷や汗が滲み出した。
ともかく、隊長は官房長官に返事をした。
「はい、それでは、今、端末のディスプレイにコード照合画面を表示しますから少々お待ちください」
そして、隊長は必要な操作をした。
隊長はコード照合画面が表示されたことを官房長官に伝えた。
「官房長官、コード照合画面が表示されました。では、官房長官のIDコードをお知らせください」
「わかった。それでは言うぞ ・・・ i 6 x α 7 a o θ ・・・」
IDコードの照合が終わると、官房長官からシーケンスを開始するに至った経緯の短い説明があり、
「経緯の説明は以上だ。間もなくそちらに陸海空の各幕僚長が到着するから、詳しいことが聞きたければ彼らから聞いてくれ。防衛大臣には私から既に話してあるし、統合幕僚長も承知している。もちろん、これは内閣総理大臣からの命令だ。今回の命令は戦後としては我が国で最も重大な決断となる。だから、シーケンスを間違いなく完遂してもらいたい、いいな。それでは、これで切るからな」
そして、官房長官の方から電話が切られた。
電話が切れる頃には隊長の顔が冷や汗にまみれていた。
しかし、一息ついているような暇はなく、隊長はすぐさま副長を呼んだ。
隊長が副長を大声で呼んだので、副長は急ぎ足でやって来た。
「隊長、どのような御用でしょうか?」
「シーケンスを開始する。副長はIDコードを身に着けているな?」
「もちろん常に身に着けていますが、シーケンスというと、イプシロン発射のシーケンスですよね?」
「ああそうだ。そのように呼称することは予め決めてあっただろ」
「はあ、それはそうですが。あの、これは訓練ですか?」
「実戦だ。訓練ではない。今、内閣官房長官から電話で命令を受けた。官房長官のIDコードは既に確認済みだ。発射の実行は22:00だ。それではシーケンスを開始する。何か質問があればシーケンスを完遂してタイマーをセットした後で受け付ける。いいな!」
「はい!」
隊長と副長の二人は、それぞれが各々の端末で必要な操作を実行し、シーケンスを完遂してタイマーがセットされた。
丁度その時、陸海空の各幕僚長が到着した。
作戦室のドアの近くにいた3佐が三人の幕僚長の入室を告げた。
「隊長! 陸上幕僚長、海上幕僚長、航空幕僚長のお三方が入室されました」
三人の幕僚長の姿を見た作戦室の一同に緊張が走った。
このように、作戦室では何らかのクライマックスを迎えようとしているようだが、
ここで、一旦、日本海に浮かぶ男女のその後に戻ることにする。
2020年9月7日午後9時30頃。
新潟県の某海岸の沖合。
さて、ゴムボートに乗り日本海に浮かぶ「ウーベル食べるよん!」配達員をしていた男女の二人だが、二人の表情は途方に暮れたものになっている。
女が男に質問した。
「あの海上保安庁の船は我々を探しているのでしょうかね?」
男が答えた。
「さあな、今のところは分からん」
「我々を探しているとしたら、もう見つかってしまっているのでしょうかね?」
「だから、今はまだ分からん」
「同志の工作船はどうしているのでしょうね?」
「この辺にいるとしても、海上保安庁の船がいるのでは現れるわけにはいかんだろ」
「それもそうですね。で、どうしましょうか? 撤収を中止して海岸に戻りましょうか?」
「いや、このまま待機しよう。我々が海上保安庁にまだ見つけられていないとすれば、保安庁の船が去った後に同志の工作船が来てくれるかもしれんからな」
「なるほど、では待機ですね」
「ああ待機だ。とにかく音を立てるな」
「はい」
海上保安庁の船舶は、同じところに留まり、サーチライトを回し続けていた。
海上保安庁が何かを探していることは明らかだった。
そのまま待機することにした二人だったが、30分以上の時間が何事もなく経過した。
すると、北の方角に閃光が見えた。
それを見た女が男に聞いた。
「今のを見ましたか?」
「ああ、何かが光ったな。かなり強い光だった。遠いが、あれは我らが祖国の方角だったな。おい、ラジオで短波放送を聴いてくれ」
「どこの短波放送を聴くのですか?」
「祖国の首都の放送局だ」
「わかりました」
女はイヤホン専用ラジオを取り出し、男に言われたとおりにした。
女はラジオを1分ほど聴いたのだが、
「ノイズしか聴こえません。何も放送していません」
これを聞いた男は半信半疑の表情になったが、とにかく女に指示を出した。
「じゃあ、祖国の放送局ならどこでもいい。とにかく電波を拾って聴いてくれ」
女は男の言うとおりにしたのだが、
「放送はしていますが、混乱しているようです。どこかで爆発があったようですが ・・・ ああっ、もうっ! この女性アナウンサー、何を言っているのか分からない!」
「だったら、南チョソンの放送を聴いてみろ!」
「はい ・・・ え! ええっ!」
「どうした?」
「祖国の首都でかなり大きな爆発があったようです」
「なんだと!?」
このように、目前に海上保安庁そして祖国の首都の大爆発という深刻極まりない現実に直面して混乱に陥ってしまったゴムボートの二人なのだが、
さて、
国家非常事態即応隊の作戦室では何が起きているのだろうか?
2020年9月7日午後10時10分頃。
「隊長、イプシロン・ミサイルの着弾と弾頭の爆発を確認しました。誤差は30メートルほどです」
ミサイル制御担当の1佐がミサイル攻撃の成功を隊長に報告した。
そして報告を受けた隊長は、
「わかった、命中だな。つまり、我々はやってしまったわけか。ふうっ」
大きな溜息をついた隊長は傍らに立つ陸上幕僚長の顔を見ながら言った。
「幕僚長、誤差30メートルですから、ほぼ的中です。作戦は成功しました」
陸上幕僚長は当然の言葉を返した。
「御苦労、よくやった」
しかし、隊長にとって、ありふれた言葉など、どうでもよく、北チョソンに対する核攻撃という暴挙とも言える決断に至った経緯の詳しいところを知りたかった。
「幕僚長、今回の成功は、シミュレーションの結果から当然予想できたことですが、それよりも、どうして核攻撃なのですか?」
陸上幕僚長は冷静な態度で返答した。
「今回の作戦に至った経緯については内閣官房長官から聞いているだろ?」
「あらましは聞きましたが、それでも解せません。北チョソンの生物化学兵器による攻撃で犠牲になった日本国民は現時点で300人ほどです。しかし、シミュレーションによれば、我が国の核ミサイルによって北チョソンの国民がおよそ300万人も死んだはずです。敵の犠牲者の数は我が国の1万倍です。これは、やり過ぎではありませんか?」
陸上幕僚長は、少しの間目を閉じ、そして隊長の問いに答えた。
「量的には確かに1万倍だが、質的には対等だ。生物化学兵器は貧国の核兵器と言われている。死者の数はともかく、彼らはそのような兵器を使用した。それに、米国政府からの情報によれば、北チョソンは我が国への核攻撃を予定していた。我が方が何もしなければ、彼らは我が国を1ヶ月以内に核攻撃するという情報だった。いいか、だからこれは、やり過ぎなどではない、相応の反撃だ。生物化学兵器を使用した北チョソンは日本に宣戦布告したのも同然なのだよ」
陸上幕僚長の説明を聞いた一同の間にしばし沈黙の時間が流れた。
そんなとき、隊長専用内線電話の着信音が鳴った。
隊長はすぐさま電話に出た。
「はい ・・・ そうだ私だ隊長だ。そうか、わかった、すぐにテレビを視る。それでは切るぞ」
電話を切ると、隊長はテレビに近いところにいる隊員に命じてテレビをオンにさせた。
テレビの画面には内閣総理大臣の顔が映し出された。
そして、その場の一同がテレビの画面に注目した。
内閣総理大臣が政府緊急発表を始めた。
「国民の皆様、我が国は、私たちの日本国は、本日の22時、北チョソン、すなわちコクリョ民主主義人民共和国の首都に向けて、核弾頭を搭載したミサイルを発射しました。ミサイルは発射の約5分後に標的に着弾し、核弾頭が爆発しました。今回の攻撃に至った経緯ですが、我が国はこの9月3日から9月6日にかけて、北チョソンの生物化学兵器による攻撃を受けました。今、マスコミ等で大々的に取り上げられている一般市民の変死はその攻撃によるものです。また、北チョソンは、この攻撃に引き続き、我が国への核攻撃を予定していました。これについては、今から私に代わり内閣官房長官が御説明します」
内閣総理大臣がテレビの画面から消えると、内閣官房長官の顔が画面に映し出された。
=続く=