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幼竜姫


「お怪我はありませんか?」


 心配そうにリオを見る黒髪の少女は、ハッとして駆け寄った。


「血っ! 血が出てますよ! 大丈夫ですか? 痛くないですか? わたし回復魔法が使えるのですぐに――」


「これはもう治っているよ。自分で治療したあと、血を拭かずに放っておいたんだ」


「へ? あ、そうですか。よかったぁ~」


 一瞬だけきょとんとした少女は、心底ホッとしたように安堵の笑みを浮かべた。

 ここに至って気づく。

 彼女の首筋に、小さな『☆』の紋様がひとつ、あることを。


 それは名誉の証。

 七大ダンジョンのうちどれかを、彼女はすでに攻略しているのだ。


「君、ミレイ・ドラグナ、だよね?」


 えっ? と少女は目をぱちくりさせる。


「わたしのこと、知ってるんですか?」


 やはりそうか、とリオはため息を飲みこむ。


「君を知らない人は、この島にはいないんじゃないかな。リーヴァ・ニーベルクの再来、『幼竜姫』ミレイ・ドラグナは有名人じゃないか」


「そそそそんな! おか――じゃなかった、伝説の魔法剣士さんと比べたら、わたしなんてとてもとても……」


 少女――ミレイは忙しく首を横に振り、ポニーテールをぶおんぶおんと振り回す。


 ミレイ・ドラグナの名が世に広まり始めたのは半年前。

 現在最強の冒険者集団に、11歳の子どもが入団したとの報がきっかけだ。


 その子は急成長を遂げ、たった半年でレベル30に到達した。しかも卓越した剣技と多彩な魔法を駆使する、まさに〝天才〟と称するに値する少女だった。


 それもそのはず。

 彼女が授かった固有スキルは【進化極致】。

 あらゆる面で急激に成長する、というシンプルながら極めて強力なスキルだった。レベルアップに必要な経験値は通常の半分。スキルレベルも同様で、驚くべきは成長に際限がない。

 レベル上限の100、スキルレベル上限の10をも超えてしまえるのだ。


 伝説の魔法剣士リーヴァ・ニーベルクが所持していたスキルであることから、いつしか人はミレイをその再来、あるいは最強種(ドラゴン)の化身――その幼さも合わせて『幼竜姫』と呼んでいた。


 リオは努めて淡々と、頭を下げる。


「危ないところを助けてくれてありがとう。荷物がつぶされるとこだったよ」


「いえいえ――ってそこ真っ先に心配します!?」


 失礼しました、とミレイはこほんと咳払い。


「ともかくです。お礼ならあなたを雇った三人組の冒険者さんたちに言ってください。上の階でわたしたちと偶然出会いまして、『仲間を助けてくれー』って。よくよく聞けば、サポーターのあなたが窮地に陥っているとか。なのでわたし、がんばって走りました」


 リオの頭に女騎士の顔が浮かんだ。

 今回は『望んだ幸運』が手に入ったらしい。一方で帰り道は大丈夫だろうかと心配になる。


「ん? 『わたしたち』?」


「ああ、わたし先輩と一緒だったんですけど……置いて来ちゃいましたね。ていうか、たぶん来る気なかったと思います。根はいいひとだと思うんですけど、薄情なところがあるんですよね。わたしにもよく意地悪言うし」


「ふつう、なんの対価もなく人助けなんてしないと思う」


「ふつう、人助けに対価なんて求めないものですよ。おじいちゃんとおばあちゃんも言ってました」


 キラキラ光る瞳は実に澄み渡っている。


「優しいお爺さんとお婆さんなんだね」


 リオに祖父母はない。

 どうやら妹は別人のようだ、と思ったのも束の間。


「はい! 血のつながらないわたしを、大切に育ててくれました」


「そう、なんだ」


 リオは女神に引き取られたあと、妹のミレイがどこでどう暮らしているか知らない。

 目の前の女の子が妹かどうか、いまだ確証が持てないでいた。

 訊きたい衝動もあるが、仮に妹だった場合、下手に突っ込んだ話をすればボロが出てしまいそうだ。

 今さら兄だと名乗り出る気はないし、そもそも彼には許され(・ ・ ・ ・)ていない(・ ・ ・ ・)


 どうすべきか悩んでいると、ミレイはお構いなしでしゃべりまくる。


「なんでも、すごくきれいな女の人が現れて、『これは自分の子ではないけど育ててほしい。自分の子ではないけど!』って一方的に3歳のわたしを押しつけたそうです」


 女神の権能とは?


「あまりにその人が哀れだったので、事情を訊かずにわたしを引き取ってくれたそうです」


 女神の威厳とは?


(もうこれ、完全に確定だよね?)


 状況証拠がそろった以上、この子は妹のミレイで間違いない。


(まさか、本当にミレイ・ドラグナが妹のミレイだったとは……)


 噂を聞き、リオはあえて彼女が所属する団に接触するのは避けてきた。それがこういった偶然で再会するとは思いもよらなかった。


「きっとそのきれいな女の人、狙い打ちしたんでしょうね。おじいちゃんもおばあちゃんもすごく優しい人だから。でもわたしはラッキーでした。いい人たちに育てられて」


 屈託のない笑みは、これまで幸せに暮らしていたことが窺えた。

 それは本当に、リオが心から安堵した事実だったが。


「なら、どうして冒険者になんてなったの? 死ぬかもしれないのに」


 きっとこれは、嫌な言い方だ。だというのにミレイはにぱっと笑った。


「冒険者って、がんばればすごくお金が儲かるんです。それですこしでも恩返しがしたかったんですよ」


「へ、へえ……」


「はっ!? 忘れるところでした!」


 大きな声を出すや、ミレイはさきほどロウ・サイクロプスがいたところに駆けた。腰を屈めてドロップしたお金を拾うと、ほぅっと幸せそうに息を吐き出し、再びリオのもとへ。

 そして何事もなかったかのように話し出す。


「それから、もちろんわたしにも叶えたい願いがあって――」


 ミレイがもじもじと身をよじり始めた、そのとき。


「うぉ~い、ミレイ。どこにいんだ~?」


 獣の唸りじみた声が洞窟内に響いた。

 声に目をやれば、のしのしと歩く人ならざる姿。


 頭は狼。首から下にも体毛がびっしりの、狼人族ワーウルフの男だった。

 青黒い毛並みで引き締まった筋肉質の、がっしりした体つき。リオの身長ほどもある長剣を背に負っていた。


 そして大きく開いたシャツから覗く鍛えられた左の胸には、『☆』の印が三つある。


「あっ、ガルフさん、遅いじゃないですか!」


 ミレイが頬をぷくぅと膨らませる。


「あん? テメエがとっとと行っちまったんだろうがよ」


 ガルフはつまらなさそうにのしのしと歩み寄ってくる。


「で? そいつか、置き去りにされた荷物持ちってのは。んだよ、生きてんじゃねえか」


「残念そうに言わないでください!」


「はん、弱い奴が死ぬのはダンジョン(ここ)の摂理だ。いちいち気にしてられっかよ。つーわけで、せっかく助けたのに残念だったな。そいつはここに置いて――ん?」


 ガルフはリオに歩み寄ると、鼻がくっつくほど顔を近づけ瞳を覗く。


「黒髪に黒い目、ガキンチョの荷物持ち、か。ほぉん、テメエが例の『死なない便利な荷物持ち』かよ?」


 えっ? となぜだか驚いたミレイを一瞥し、リオはガルフへ視線を返した。


「その呼び名を直接僕に言う人はいませんけど、たぶんそうです」


「うわははははっ!」


 ガルフは文字通り腹を抱えて笑い出した。


「あいつらバッカじゃねえの? 殺しても死なねえ奴を『助けてくれ』だとよ」


「――ッ!」


 何か言いたげなミレイをリオは手で制する。


「たしかに僕は死にませんけど、痛い思いをしなくて済んだので彼女には感謝しています。荷物も無事でしたし」


 ぱっと笑みを咲かせたミレイとは対照的に、ガルフは目をすがめた。


「ほぉ~ん。じゃあよ、ちょっくら試させてくれや」


 背中の長剣に手を伸ばした、その直後。


「ガルフさん、そういう冗談、わたし嫌いです」


 チャキッと、親指で刀の鍔を押し出した。もう一方の手を柄に被せる。

 先ほどまでの愛らしさは消え去り、ミレイは眼光鋭くガルフを睨む。


「テメエごときがオレに敵うと思ってんのか?」


「その人が逃げる時間くらいは稼ぎます。がんばります」


 互いに得物を握る一歩手前。一触即発の雰囲気の中、


(ミレイがやったのって、『鯉口を切る』ってやつだっけ?)


 リオはどうでもいいことを考えていた。


 とはいえ妹のピンチだ。

 ガルフはレベル60を超えた強者で、仲間内のようなので殺し合いにはならないだろうが、ミレイがケガする事態は絶対に避けたい。


 リオは大荷物を下ろし、


「僕はべつに構いませんよ。ただ痛いのはやっぱり嫌なので、試すなら一回だけにしてください」


 さあ来いとばかりに立ち尽くした――。


今まで黙っていましたが、この作品世界には獣人やらエルフやらが存在します。ΩΩΩ<ナンダッテェー!?


次回、今日という特別な日が終わりを迎えます。




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― 新着の感想 ―
[一言] ここまで読んで思ったこと。 ダンまちっぽい。 いや面白いし何の文句もないけども。
[一言] 女神の権能とは?
[一言] ただのマゾ野郎に用はねぇ 今回の話は主人公マイナスポイントだな
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