エルディアス
自我が芽生えたのはいつのころだろうか。
すくなくともリオが生まれるずっと前から、自分は創造主を見続けていた。
ただそれしかできなかったのが悔しかった。
自身を慰めるために作っておきながら、そこに集まる者たちを見ては禁忌に触れ、いくつもの権能を失っていく彼女。
創造主である以前に、ただ可哀そうだと感じたのだ。
救いたいと思った。
でも自分は作られた存在で、干渉するのもおこがましい。
そう、諦めていたのに。
「はあっ!」
黒髪の少年が迫りくる。
狙いなどお見通しだ。
接近して神雷を撃ちこんで、こちらの動きを止めてから女神を確保するつもりだろう。
この戦いを終わらせられるのは、彼女以外にいないのだから。
バカ正直に付き合ってやる必要はない。
エルディアスは虚空に〝棺〟を刻む。
戦いの中で学習し、洗練した、女神の加護を受けた少年を封じるためだけの術式だ。
何度でも――破壊できるまで神雷を撃ち続けると彼は言った。
上等だ。
やれるものならやってみろ。
こちらは女神が創造した神の箱庭そのものだ。今は魔力供給のみのつながりにとどめているが、本体である島からは無限に魔力が提供される。
加えて悠久の時を過ごせる自分なら、あいつの寿命が尽きるまで付き合うことだってできるのだ。
さらに大きくなった魔法の棺が少年を襲う。
もはや避ける気もないのか、簡単に捕まえられた。
彼にはもう、こちらに近づく術は残されていない。
雷の明滅は計七回。
同じ数の辛苦を経験し、そのたびに死を乗り越えてようやく、彼専用の棺は破壊された。
「っ!?」
黒き双眸に光を見た。神の雷よりも鮮烈な輝きだ。
忌々しい。
なぜこいつは諦めない? その姿勢が、真摯な想いが、かつて諦めてしまった自分を惨めにさせる。
この少年さえいなければ。
いや――。
「らあっ!」
思考に囚われていた隙に接近を許した。
――考えるな。
慌てて槍を三節に崩し、双剣の斬撃をいなして蹴り飛ばした。
――これ以上はいけない。
彼の攻撃パターンは学習済み。虚を衝かれたところで対処は容易い。
――相手にするな。
だから、
「ぁ、あああああぁぁああぁああっ!」
その〝眼〟で見るな!
槍を突き出す。限界まで力を振り絞った、渾身の一撃だ。
リオは双剣を交差させて受け止める。
傷は与えられなかったが、弾き飛ばすには十分だった。
けれど彼は依然として、黒い瞳をこちらから離すことはなかった。
――ずっと、見続けてきた。
母親を喪い、妹と離れ離れになった男の子。
失意と絶望を抱えながら、しかし彼は不幸な運命に嘆くでもなく、自分と妹を救ってくれた女神を気にかけていた。
レベル2に到達するまで一億の経験値が必要だった。果ての見えない旅路を彼は、万の死に打ち克つことで踏破した。
――もしリオがいなかったとして。
それがなんだと言うのか。
自分には、できなかった。
何もできなかったのだ。
ずっと、ずっと見続けてきて、自分を生み育ててくれた創造主が苦しんでいるのに、何もできなかったじゃないか。
そう。
こんなのはただの八つ当たりだ。
自分にできなかったことを平然と、自身の苦しみも顧みずに突き進んできた少年に対する、嫉妬以外の何物でもなかった。
わかってはいても止められない。激情の捌け口がなければ、せっかく芽生えた自我が崩れてしまいかねなかったから。
こんなことなら、いっそ。
心なんて、持たなければ――。
「それは、違うだろ!」
「ッ!?」
弾き飛ばされた少年は、あろうことか双剣を投げつけてきた。
でたらめだ。
ただ投げられただけの剣なら、こんな風に容易く弾き飛ばせる。
槍を振るって二本の剣それぞれの軌道を変えると、後方へ勢いよく飛んでいった。
けっきょく武器を無駄に捨てたに等しい。
徒手空拳となった彼ができるのは、蛮勇じみた突撃しかなくなった。
おそらく槍をその身に受けて雷撃を食らわせるつもりだろう。
そんなものに付き合ってやる必要はない。
後退しながら棺を用意し、また閉じ込めてやる。
壊されても何度も。それこそ一億回だろうと。
ぞくり。
背に伝った怖気は、本体からの警告だ。魔力を供給するためだけにつながれた線に、強引に割りこんできた。
振り返る。
双剣が勢いよくこちらに迫っていた。
名匠リトリコが鍛え上げたあの双剣には【帰還】の特殊効果がある。もともとリオが両腕を切断されるなどした場合に、使用者の下へ戻ってくるためのものだ。
それを不意討ちに利用した。
だがこちらが察知した以上は失敗だ。
リオと双剣の間から離れればいいだけのこと。
そう考え、横に跳ぼうとして。
雷鳴が轟いた。
ゼロ距離でしか有効発動しない神雷を、リオが発動した?
跳びながら顔を戻すと、やはりリオは魔法を発動していた。
その足元。
紫電が床を奔るとともに、リオの体がものすごい勢いで弾き飛ばされていた。
攻撃魔法を、ただ跳躍するためだけに使う。
これもまたでたらめだ。
が、これでリオのMPはかなり減少した。二発目を撃つには固有スキルを発動するしかない。
ザシュッ!
「ッ!?」
ああ、やはり彼はでたらめだ。
つい今しがた自分がいたところで、リオは戻ってきた双剣をその胸で受け止めた。急所を捉えて刺さった双剣を抜くと、
――固有スキル【女神の懐抱】が発動しました。
何度も見た光景が繰り返される。
「君は――」
追いかけてくる。足の裏で紫電を散らし、こちらを大きく上回る速度で。まさに稲妻と見紛うほどに。
「僕と同じだ」
相変わらず黒瞳の輝きは失われず。
三節に分けた槍でも防ぐ間はなく。
ずぶり。
右手の無銘がこの身に深々と突き刺さった――。




