最奥で待つモノ
リオたちが広大な地下空間から転移した先は、いつか見た広間だった。
魔物が入ってこない安全地帯。
「間違いありません。砂岩迷宮アヌビスの最奥――ダンジョンボスのいる部屋の手前ですね」
かつて荷物持ちをしていたとき、何度か冒険者たちと一緒に来たのでリオはよく覚えている。迷宮のかたちが変わっても、主要な施設や部屋はそのままなのだ。
部屋の先にある長い階段を昇れば、ダンジョンボスが待ち構えている。
「ってワケだが、あんたらはどうする?」
グラートが声をかけた先には救出した冒険者の三名がいた。毒に侵されていた二人は回復済みだが疲労は残っている様子だ。
「手を貸したいところだが、俺も仲間も緊張の糸が完全に切れてしまったからな。俺たちは引き返すよ」
「ついでにダンジョンボスまでのショートカットルートの情報を売りにいくってか?」
リーダーの男がにやりと笑ったのを見て、オルネラが不満を眉根に集めた。
「その情報はワタシたちのものだ。横から掠めるな」
「ん? ああ、もちろんだとも。命を救ってもらった借りもある。金は君たちが戻ってきたら全額払うさ。使いの駄賃も請求はしない」
そう言って冒険者たちは転移していった。
「いいのか? 金を持って逃げるかもしれないぞ」
オルネラはいまだに不満げだ。
「いいんだよ。あいつらは真っ当に冒険者をやってる連中だ。信用を失う行為はしねえよ」
「せめて誓約書を書かせろ」
「お前さん、金に厳しいのな。グレーテと足して二で割りゃちょうどよさそうだ」
グラートは肩を竦めてからリオに向き直った。
「さて、んじゃ作戦会議といくかね。リオ、お前ってダンジョンボスは見たことあんのか?」
「荷物持ちをやっていたころに何度か。僕は戦闘に参加しませんでしたけど」
「俺は最奥にゃ興味なかったからなあ。伝え聞く限りじゃ、狼みたいな頭した巨人って話だな」
グレーテが割って入る。
「いやアレ狼じゃないから。たぶんだけど。とりま、あたしらの同族扱いしないでね?」
「いちいちツッコむなよ」
「……おい」
「悪いなオルネラ、大事な話だ。後にしてくれ」
彼女はこのダンジョンが初めてどころか、鍛冶場からほとんど出たことがなく、外の世界を知らない。除け者にする気はないが、話を進めるのが先だとグラートは判断した。
「んで、ダンジョンボスはそいつが一体ってわけなんだが――」
「オベロンの例があります。魔物が追加されているか、アヌビス自体が強くなっているか」
「あるいはその両方、ってか」
うーん、と腕を組んで悩むグラート。
「考えても埒が明きません。ひとまず僕が様子を見てきます」
「だな。俺らは遠くから観察させてもらうとするぜ」
話は終わり。
ハタと気づいて、グラートはオルネラに顔を向けた。
「おっと、待たせちまったな。なんかあんのか?」
オルネラは無感情な視線を返す。
「いや、もう遅い」
「遅い? って、何が?」とグレーテ。
「アヌビスというのか知らないが、上にいる奴なら――」
オルネラは淡々と告げた。
「そろそろ倒される」
一瞬の沈黙の後。
「「はあ!?」」
グラートとグレーテが声をそろえ、リオはすぐさま駆け出した――。
砂岩迷宮アヌビスの最奥。
リオが階段を駆け上がると、びゅうっと強い風が出迎えた。
雲ひとつない蒼天の下。
広大な床は巨大なピラミッドの底面だ。上空百メートルほどの場所に浮かぶ、逆さになった巨大ピラミッド。
壮観な景色に驚く間もなく、リオは目を見張った。
ずずーん、と。
巨人が倒れ伏すまさにその瞬間だったのだ。
黒い狼のような頭をした、首から下は屈強な人の体躯を持つ巨人。
「おおー、マジでダンボスを倒しちゃってるー」
グレーテが陽気に感嘆の声を上げる。
「で、やったのはあいつか」
グラートが目を眇めて見やる先。
「……」
白い少年が立っていた。
真っ白な髪は肩口で切りそろえられている。中性的な顔立ちはそのままに、以前会ったときよりやや成長している風だ。服装も貫頭衣のようなものから、白を基調とした旅装束になっている。
その手には双頭の長槍を握っていた。身長がリオよりやや低いのもあって、身の丈の倍はありそうな長さはかなりアンバランスに見える。
激戦を物語るように、その姿は満身創痍だ。額から血が滴り、白い衣装に赤い斑がいくつも浮かんでいる。
しかし――。
「なんだありゃ?」
「治っ……てる?」
傷と思しき箇所からしゅわしゅわと薄く蒸気のようなものが立ち昇ると、やがて赤い血はすべて消えてなくなった――。
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