決着の末
半身の姿勢。
グレーテは片足を大きく後ろに、岩肌をつかむように踏ん張る。
巨槍を逆手に構え、弓のように体をしならせ引き絞った。
彼女の高い筋力ならば届かぬ距離ではない。
だがそれは、あくまで『届く』だけ。必殺の威力にはなり得ないし、いかに巨大な的であろうと命中するか疑わしかった。
「すぅ…………ふぅぅぅ………………」
長く細い深呼吸。
脱力した姿からはとても投擲が行えるとは思えない。
けれど鋭い眼光は猛獣のそれ。
獲物を視界に捕らえた以上、〝必中〟の槍からは逃れられない。
「固有スキル――」
グレーテが静かに告げる。
――【不逃にして不殺】
金属製の鎧に紫電が散った。
直後、限界まで引き絞られた巨槍が投げ放たれる。
稲妻をまとう槍は一条の光のごとく。
まっすぐに、巨大な的の小さな中心部分を寸分違わず。
だが――。
距離がある以上、不意をついても目標は容易く察知する。そもそもグレーテの固有スキルは一定時間の『溜め』を必要とするため、巨大アリジゴクは投擲の直前には迎撃を始めていた。
六本の腕をひとところで束ね、無数の棘を突き出す。
幾つもの棘は寄り集まり、堅牢な盾となって立ちふさがった。
「ざんねーん、それ無駄だから」
気力のない声で吐き出すも、グレーテの口元は笑っていた。
「あたしの槍はぜったい誰も〝不逃〟からねー」
避けても追う、盾で防げば迂回する――などという、生易しい方法ではない。
彼女の固有スキルは発動した瞬間に『命中する』のだ。
つまり、その未来が確定する。
結末が定まっているのだから、転移をしようが空間を断絶しようがあらゆる回避・防御をものともせず、『何もなければ命中していた』そのタイミングで〝命中〟が現実となる。
ゆえに、巨大アリジゴクの無数の棘は意味をなさない。
空間を飛び越え、巨槍は魔物の心臓部へ突き刺さった。貫通はしない。槍はそのまま紫電を散らし、魔物の体内を蹂躙していく。
『ッッッ!!』
断末魔の叫びに似た轟音が空気を震わせる。
ダンジョンボスをも一撃で粉砕せんほどの威力はしかし、巨大アリジゴクを倒すには至らなかった。
不逃にして『不殺』。
その意味するところは文字のとおり。
必中の条件が破格である一方、絶対に相手を倒しきれないのが彼女の固有スキルだ。
魔物の瞳に、消えかけていた光が再び灯る。
視線の先には、硬化した砂の道を突き進む少年の姿があった。
むろん、リオはグレーテの固有スキルの特性を知っている。
そして巨大アリジゴクは少量であるが自動回復のスキルを持っていた。
取り付いての大魔法――それをリオは選択しなかった。ほんの少しでもダメージを与えられれば相手のHPは0となり、勝利が確定するのだ。
走りながら、右手の無銘を振り回した。
いくつもの風刃が空を翔る。
狙いはしない。巨大な的のどこかに当たればそれで終わるのだから。
しかしダンジョンボス並みのレベルは伊達ではなかった。
長い腕を振り回し、硬い棘で風の刃を弾き飛ばす。ときおり毒液を吐いては風神を叩き落とし、さらにリオへ容赦なく浴びせかけてもいた。
突進を阻まれ、防戦に回らざるを得ないほど苛烈な攻撃だ。
(全力で、僕を止めにきた)
その間に回復しようとの考えだろう。であれば――。
(僕たちの、勝ちだ)
ズシャッ、と。
巨大アリジゴクの背後で斬撃が躍った。
「ワタシを無視したから、こうなる」
斧槍を振り抜いたオルネラが、つまらなそうにつぶやく。
「ウケケケ、俺も美味しいとこ狙ってたんだがな。先を越されたぜ」
グラートは足音を忍ばせて肉薄していた。魔物の巨躯を足場にして肩を竦める。
作戦は見事に成功した。
不殺の大ダメージでHPを0近くまで減らし、リオに意識を集中させる。その隙を衝いてオルネラかグラートがとどめを差す。
念のため会話の中で『そう』と悟られないよう注意はしていた。魔物が人の会話を認識しているかは知らないが、こっそり聞いている誰かはいたかもしれない。
「お? 見ろよ、やっぱコイツを倒して正解だったぜ」
巨大な魔物が光の粒となって消えていく。
すり鉢状の砂地は流れを止め、その底には大理石の床があった。
中央には見慣れた石碑が静かに佇んでいる。
「マーカー登録できねえな。やっぱショートカット専用の転移装置だぜ。てことは間違いなく、転移した先はこの迷宮の最奥だ」
「? なぜわかる?」
首をひねるオルネラに、リオは補足する。
「『到達の証』を記録できない転移装置の特徴だよ。証を刻んだ別の転移装置に戻れもするけど、ショートカットしてさらに先へ進める。今までだと一気に最後のピラミッド――空に浮かぶ大きなアレの入り口まで運んでくれた」
もともとはトラップであるが、攻略時間をかなり短縮できるのでラッキースポット扱いだ。以前はボス的な巨大魔物などおらず、砂地と一般レベルの魔物を相手に立ち回ればよかったのでなおさらに。
「いや、でもよ」
グラートがにやりと笑う。
「もしかしたら、ダンジョンボスの手前まで運んでくれるかもだぜ?」
目をぱちくりさせるリオとオルネラ。
一方、遠く離れた岩の上で。
「ねー、終わったんなら迎えに来てよー。あたしじゃ沈んじゃうー」
グレーテがむくれていた――。




