ピラミッドの中
砂岩迷宮アヌビスが形を変えた。
表情を険しくリオ、何が起きたかよくわかっていないオルネラに対し、グラートとグレーテは期待に目を輝かせている。
「なにが嬉しい?」
オルネラが尋ねると、
「迷宮の形が変わるってのはな、悪いことばっかじゃねえのよ」
「そうそう。特にあたしらにはねー」
入ってのお楽しみとグラートは言うが、空に浮かぶ巨大ピラミッドへの最短ルートがどこかわからなくなった。
だが複数ある入り口の中で、オルネラの導きに従い、リオの『眼』で確認して、四人はとある小さなピラミッドに狙いを定める。
階段状の外壁を上り、中腹辺りに空いた小さな穴に潜っていく。
「息が詰まる……」
通路は一人が通れるほどの幅しかなく、天井も低い。
一番小柄なオルネラだが、手にする武器が壁や天井に当たって進みにくそうにしている。
「あたしの鎧、ガリガリ削れてるんですけどー」
「お前は何度か来たことあんだろ? ちったあ工夫しろよ」
「カニ歩き! でもこれカッコ悪くね? つーか襲われてもすぐ攻撃態勢に入れなーい」
「狭いのは敵さんも同じさ。ま、でかい武器は振り回せねえけどな」
「槍ならぶっ刺せば一度に二、三匹イケるっしょ。てかここはリオっちとグラートお願いねー」
「任せてもらってもいいが、ここは滅多に出てこねえよ」
その常識を頼るのは危険なのだが、グラートの言葉どおり魔物は姿を現さなかった。
同じほど狭い階段をひたすら下りる。
「お? 分岐だな。どっち行くよ?」
狭い階段が二又に分かれていた。オルネラとリオが同時に同じ方向を指差す。
「いやホント、お前ら便利だわ」
「オマエ、さっきから何をしている?」
オルネラがグラートの様子に疑問を投げかけた。
グラートは小さな紙にペンを走らせながら歩いている。
周囲を警戒しつつリオが言う。
「地図ですね」
「おうよ。迷宮の形が変わりゃあ今までの地図は無意味になるからな。で、変わった直後に入った俺らはその恩恵に与れんのさ」
地図作成がメインではないので一部のみではあるが、初期段階での需要は高い。
「てなわけでリオ、先を急ぐお前にゃ悪いが、地図を売りにちょくちょく帰らせてもらうぜ?」
「構いませんよ。他の冒険者たちの利益になりますし、地図がない以上はやみくもに先へ進んでも危険なだけですから」
さほど時間を取られもしない。むしろこの状況ではじっくり腰を据えて攻略すべきだとリオは考えた。
長い階段が終わり、二メートル幅の廊下に出た。天井もすこし高くなっている。
「だが狭い」
ただオルネラの不満を解消するには至らなかった。
「こっから先は敵さんも喜んで出てくるからな。そこで鬱憤を晴らせばいい。そら、言ってるそばからおいでなすった」
前方から、のたのたと歩いてくる人型の魔物。
全身を包帯でぐるぐる巻きにした『ワンダー・マミー』という、アヌビスでは弱い部類に入る魔物だ。しかし一体では行動せず、複数が固まって冒険者たちの進路を阻む。
オルネラが先頭にいたワンダー・マミーの喉をハルバートの槍部分で一刺し。ところが後ろから飛び出てきた一体に接近を許す。
ふだんは動きが鈍い魔物だが、戦闘になるとやたら素早くなるのだ。
包帯の隙間から大口が覗き、鋭い牙がきらめいた。
オルネラの肩に噛みつこうとしたところで、
「ボガッ!?」
曲刀の切っ先がねじ込まれる。
リオは勢いを殺さず魔物の頭部の裏側まで貫通させ、蹴飛ばして曲刀を抜いた。
「礼は言わない。殴って防ぐつもりだったからな」
オルネラは片手で斧槍をぐりぐりさせながら、もう一方のこぶしを掲げて見せた。
「顔面を殴んのはおすすめしねえぜ? そいつら毒持ってるから、牙に触れると面倒だ」
「そういうのは早く言え。訂正だ。リオ、助かった。ありがとう」
オルネラは無表情で礼を言うと、両手で柄を持ち上げて、喉を貫いたワンダー・マミーを天井にぶち当てる。左右の壁にも激突させ、相手のHPを0まで減らした。
リオも追撃で一体を倒す。
しかし倒した魔物の向こうからも計七体がのたのた歩いてきていた。
グレーテが面倒くさそうに言う。
「道幅狭いからみんなでドーンってできないね」
「グレーテさんとオルネラはここで壁になってください。僕が背後から撹乱します」
「んにゃ? 背後って――うはっ!」
リオは返事を待たずに駆け出して、風を体に絡みつかせて壁伝いに走った。
グラートがヒューッと口笛を鳴らす。
「面白えこと考えるなあ」
壁面を走るリオに魔物が跳びつくも、壁を蹴って反対側へ。単純に飛び越えようとしたなら、身動きがとりづらい空中では噛みつかれていたかもしれない。
壁や天井を足場に跳び続け、リオはワンダー・マミーたちの背後に到達した。すぐさま最後尾の魔物に斬りかかる。
と、戦闘前から発動していた【鑑識眼】が何かを捉えた。
「グラートさん、こっちに来られますか?」
「俺は壁走りなんてできねえぞ。ま、呼ばれたら行くけどよ」
グラートは前衛二人の間にするりと滑りこむと、小柄な体格を生かして魔物たちの間を短剣で道を拓きながらすり抜けた。
リオの後ろに回ってひと息つく。
「で? なんのご用事だ?」
「僕の右手側の壁の、三メートルほど向こうに隠し扉があります」
「ウケケケ、お宝か。えーっと、この辺?」
「もう少し手前です。はい、そこですね」
リオはワンダー・マミーを数体押しとどめながら指示する。
グラートは無防備に腰をかがめて壁をトントン叩いた。
「おっ? あったあった」
舌なめずりして壁に手を添え押しこむと、ゴゴゴゴっと壁の一部が下へ落ちる。
「なんか見つけたのー?」とグレーテが遠くから声をかける。
「宝箱だ。リオ、トラップはあるか?」
またもグレーテが遠くから応じる。
「リオっちに頼りすぎー」
「いいじゃねえかよ。使える『眼』は使わねえとな」
「グラートだって【罠外し】があるじゃんよ!」
リオは一度大きく飛び退き、グラートの側に立った。ちらりと宝箱に目をやる。
「罠はありません。グラートさんの【鍵開け】なら問題なく開きます。中身は金貨が十枚ですね」
「リオっちそれ言っちゃダメー! 開けるときのドキドキがなくなっちゃう!」
「す、すみません」
「あいつの言うこと真に受けなくていいぜ? っと、開いた。マジで金貨が十枚だな。わかっちゃいたが【鑑識眼】ってのはすげえもんだぜ」
グラートは金貨を腰のポーチに押しこむと、
「んじゃ、俺も参戦しますかね」
リオと一緒に短剣を振るった。
四人がかりの攻撃でワンダー・マミーたちは次々に霞と消えていき、
「雷霆」
最後の二体が重なったところで、リオの雷撃でともに消失した――。




