アヌビスの歓待
岩の丘に囲まれた広大な砂地には岩場がそこかしこにあり、大小さまざまなピラミッドがいくつも配置されている。
「さて、入り口のピラミッドはどこだっけかな?」
グラートが一枚の地図を広げた。
オルネラが不思議そうに尋ねる。
「あの浮かんでいるのにはどうやって行く? 飛ぶのか? ワタシは飛べないぞ」
応じたのはグレーテだ。
「んーにゃ、飛んでもあそこには入れないんだよねー。そこらにあるピラミッドを一個ずつ進んでいったら、そのうち着くみたいだよ? あたしはまだ行ったことないけど」
「わからん。そこらの三角のもつながってはいない」
「ウケケケ、その三角のやつは転移装置でつながってんのさ。マーカー登録してなくても一か所だけ別のピラミッドに飛んで行けんのよ」
「そうか。最後には上のでかいのに転移できるんだな」
「そうゆうこった。つーわけで、まずは入り口のあるピラミッドってな。あっちだ」
砂岩迷宮の入り口は複数ある。そのうちのひとつ――現時点で判明している飛行ピラミッドへの最短ルートを選択した。
砂の大地を進んでいくと、オルネラがぴたりと足を止めた。
リオも気づき、グラートとグレーテを手で制止する。
「どしたい、お二人さん?」
「あ、なんか来てるね。もしかして歓迎されちゃう感じ?」
リオが曲刀を抜いた。左手にある『土』の無銘を砂地に突き刺す。ドンッ、と大きく地面が揺れた直後、前方から何体もの魔物が飛び出してきた。
「ウケケ、サンド・ワームどもがビビッて出てきやがった」
「なにそれ便利!」
グラートが剣を抜き、グレーテも槍を構えた。
(新しい剣の具合を確かめるには、ちょうどいい相手だ)
リオは右手の曲刀に魔力を注ぐ。魔剣ほどではないにせよ、風が右手に絡んだ。
「風刃!」
横にひと薙ぎ。MPを消費して撃ち放つ特殊効果を発動する。刀身から風の刃が飛び出した。
しかし狙いはわずかに逸れる。
「ちょ、リオっちカッコ悪いんですけど!」
「言ってやんな。たぶん初めてだ」
「初めてかー。次は恥かかないようがんばろー」
「場数を踏めば上手くなるってもんでもねえがな」
「相手を想う気持ちが大事」
「そうゆうこった、よっと!」
二人は軽口をたたきながら突進し、サンド・ワームに斬りかかる。
「……最初から牽制するつもりで、当たればいいなって考えただけですよ」
「御託はいい。とっとと狩るぞ」
オルネラも突っこんで、巨大な斧槍を振り回す。
リオは居心地悪そうに、その後に続いた。
斧槍が魔物を両断する。
その横では巨槍が大口を貫いた。
「オルネラっち、やるねえ。てかあたしと役割被りまくりなんですけど!」
「妙な呼び方をするな。そら、そっちはオマエに任せる」
オルネラはグラートの前に躍り出て、ひと振りで二体を霞に変えた。
「俺は楽でいいが、ちと数が多いな。こりゃマジで島に嫌われてんじゃねえか?」
「すみません」
リオは離れたところでサンド・ワームを切り刻みつつ謝罪する。
「ウケケケ、けど悪いことばかりじゃねえぞ」
遠くで槍を突き出しながらグレーテが笑う。
「キャハハ、そうそう。稼ぎにはなるもんねー。借金が! 減っていく!」
「ただの雑魚だ。準備運動にはちょうどいい」
オルネラも淡々と斧槍を振るう。
そういうことなら、とリオも風刃を撃ち放った。三度に一度しか命中しないし、一撃で倒せるほどの威力はないが、感覚をつかむにはもってこいだ。
「おいリオ、いくらなんでも連発しすぎじゃねえか?」
「MPはさほど減りませんし、減っても自動ですこし回復しますから」
「いや、魔法って連発すりゃあ、わりと〝クる〟だろ? それ系の特殊効果でも一緒なはずだ」
たしかに身体への負担は、連続して放つと相当なものになる。
実際、頭の奥がじくりと痛み、くらくらとしてきた。
「というか、それが狙いですから」
――固有スキル【女神の懐抱】が発動しました。
全快になったリオは一体へ肉薄し、左手の曲刀に魔力を通しつつ斬りつけた。
刀身が高速で振動し、スパッときれいに真っ二つ。
「なるほどねえ。経験値も稼ぎまくろうってことか。いいのか、エルディアスさんよぉ」
「リオっちがどんどん強くなるよー」
二人の煽りが効いたのか、以降は砂の中から追加の魔物は現れず――。
「ほーい、これでさーいごっと!」
槍の切っ先が芋虫みたいな体の中央に突き刺さる。グレーテは大きく持ち上げて、小さな岩に振り下ろした。ぐちゃっと頭がつぶれて霞と消える。
「全部で四十四体か。キリがいんだか悪いんだか。ま、いい稼ぎにはなったなあ」
「けど半分くらいオルネラっちなんですけど」
「俺は中に入ってから活躍すっからなあ」
「あたしぜんぜん稼げないかも!?」
グラートとグレーテは騒ぎながらせっせとドロップしたお金を拾っていく。
リオも近くのお金を拾いつつ、歩み寄ってきたオルネラを労う。
「オルネラ、お疲れさま」
「本当にただの雑魚だった」
ものすごく不満そうだ。
「まあまあ姉ちゃん、中に入りゃあ歯ごたえあるのがわんさかいるさ」
「今度は負けないぞー。てか負けてもいいからちょっと譲って」
二人が寄ってきて、お金の勘定を終え、さあピラミッドの入り口へ、と意気込んだときだ。
ゴゴゴゴ……と大地が鳴動する。
「お、おい、マジかよ……」
「うわちゃー、マジでリオっち嫌われてね?」
いくつもそびえる大小のピラミッド群が、その位置を移動させていく。迷宮が今まさに、形を変えているのだ――。




