荷物持ちが持つスキル
冒険島エルディアスには大小さまざまな迷宮が存在する。
うち大きな七つが『七大迷宮』と呼ばれ、これらをすべて攻略すると創造主たる女神からひとつだけ、どんな願いでも叶えてもらえるのだ。
島は正方形に似た形をしており、各頂点が東西南北に向いていた。
東西南北と中央の五つに区分けすると、七大迷宮は北と中央に二つずつ、他にひとつずつが存在する。
西地区にある七大迷宮は広大な地下迷宮ダリタロスだ。
リオは今日、冒険者ギルドを通じてとある三人組のパーティーに雇われた。
ギルドの担当者の話では、数日前にこの島へやってきた島外の者たちで、いきなり七大迷宮に挑むのだとか。
迷宮の入り口近くにある、拠点の町。
魔物が寄りつかない安全地帯に作られている。
町の中心部にある広場に行くと、三人組の冒険者パーティーが待ち構えていた。
彼らの側には、リオの身長ほどもある大荷物が置いてあった。
「おいおい、本当にただのガキじゃねえかよ。しかもレベル1なんだろ? 大丈夫なのかよ?」
リオが挨拶するや、剣士風の若い男が顔をしかめた。目つきの悪い、一見するとゴロツキのような粗野な感じがする。
もう一人は全身鎧を着た騎士風の女性だ。さらにローブ姿でなよっとした青年。
リオは一人一人を、吟味するようにじっと見た。
(女の人はレベル21、治癒系魔法が使える重騎士か。ローブの人は17で攻撃魔法に特化。そして剣士の人は……レベルが18なのはいいとして、固有スキルが【逃げ足】ってまた珍しいな)
有用なスキルではあるが、常に前へ進みたい冒険者からすれば嫌うスキルとも言える。
彼らはこの島に入って初めて、ステータス・システムに身を投じた。
冒険者ギルドで冒険者登録をしたとき、自身の固有スキルを目の当たりにして愕然としたのだろう。
(機嫌が悪そうなのはそのせいかな?)
リオは気にせず、しかしずばりと言い放つ。
「貴方たちこそ大丈夫なんですか? 島へ来ていきなりダリタロス迷宮に挑むなんて無謀ですよ」
「なんだとテメエ!?」
「よさないか!」
つかみかかろうとした剣士を女騎士が割って入って制する。
「失礼をした。我らはこの島のずっと西にある国から派遣された騎士でね。王命によりダリタロス地下迷宮に眠るとある宝を手に入れに来た。悠長にしていられる時間はない。だからこの迷宮に集中したいのさ」
「騎士……」
「あ、テメエこら、今『こいつ騎士っぽくねえ』とか考えてたろ?」
「いえ、僕は騎士がどういうものか知りません。そう名乗る人に会ったのも初めてです」
「ははは、物語にある騎士と比べれば、我らは泥臭く感じるだろうね。実際には任務任務の連続でちょっと給料の高い下働きのようなものさ」
この女性の口調はどこか耳に馴染む。リオはしゅんとして返した。
「さっきはすみません。僕の言い方が悪かったですね。皆さんの実力は確かだと思います。ただ、ダリタロスは七大迷宮の中でも二番目か三番目に攻略が難しいところなんです」
「ああ、君が危惧するところは理解した。油断なく迷宮に挑み、長く冒険者のサポートをしている君の意見にも耳を傾けると誓おう。ところで――」
女騎士は眼光鋭く問う。
「今君は、我らの実力が確かだと言ったね。それはどういうことかな? 君とは初対面で、まだこちらの実力の程は見せていないはずだが?」
ん? とリオは首を捻った。逆に尋ねる。
「僕が【鑑識眼】を持っているのは聞いてないんですか?」
「「「はあ!?」」」
これまでわたわたしていただけの魔法使いも含め、三人が声を合わせた。
「そうですか。ギルドの人が伝え忘れたんですね。じゃあ僕から説明を――」
「いや、【鑑識眼】は知っている。しかしあれは通常スキルとも固有スキルとも違い、貴重なアイテムで習得する限定スキルだろう? その中でも極めて希少性が高いと聞いているが……」
この島のステータス・システムでは、三種類のスキルが存在する。
日常生活などでいつの間にか習得し、習熟度によってLv.1から10にまで成長する通常スキル。
生まれながら、あるいは島に入った瞬間に女神からひとつだけ授けられる固有スキル。
そして『スキル・ブック』とよばれる特殊アイテムを使用して獲得する、限定スキルだ。
基本的な効果が多い通常スキルや、有用無用様々でまさしく女神の気分次第な固有スキルとは違い、どんなスキルでも極めて有用というのが限定スキルの特徴だ。
むろんスキル・ブックの入手は困難を極め、中には唯一無二といえるほど高性能なスキルも存在する。
【鑑識眼】は、人や物の本質を見通す効果がある。他者のステータスまで見えてしまうのだ。
「なんで万年レベル1の荷物持ち風情が持ってんだよ!?」
「貴様はたいがい失礼だな! もう黙れ!」
女騎士に窘められ、剣士の男はしょんぼりする。
(この女の人がリーダーなのか。いい人そうでよかった)
などとどうでもいいことを考えるリオ。
「いや、しかし、私とて信じられない思いはある。偶然手に入るものではないだろう?」
「半年前、島の中央にある密林迷宮にサポートで入ったときに、偶然見つけました」
「どれだけ運がいいんだ!?」
「でも、本来の所有権は僕がサポートした冒険者パーティーにあったんです」
リオはパーティーの一員ではなく、あくまで荷物運びで随行したサポーターに過ぎない。
ダンジョン攻略中に見つけた宝はたとえサポーターが見つけたとしても、冒険者パーティーの所有物として扱われるのが、この島の(女神の、ではなく)ルールだった。
「それが、なぜ?」
「他にもたくさん宝箱を見つけたので、『その報酬だ』って」
「太っ腹にもほどがあるな……。にしても、もしかして君、探索系のスキルも持っているのか?」
「いえ、それ系は特に持っていません」
見ますか? とリオは自身のステータスを虚空に表示させた。ふだんは本人にしか見えないが、意図すれば他者にも見せられる。
ただ冒険者同士が敵対する可能性がある以上、やる者はほぼいなかった。
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料理 Lv.3 清掃 Lv.4 運搬 Lv.6 剣術 Lv.2 危機察知 Lv.5 緊急回避 Lv.3 健脚 Lv.5
集中 Lv.6 気絶耐性 Lv.8 毒耐性 Lv.5 麻痺耐性 Lv.3 石化耐性 Lv.1 混乱耐性 Lv.3
睡眠耐性 Lv.2 魔封耐性 Lv.2 拘束耐性 Lv.2 呪い耐性 Lv.3 魅了耐性 Lv.2
恐怖耐性 Lv.10
物理攻撃耐性 Lv.7 火炎耐性 Lv.5 氷結耐性 Lv.3 雷撃耐性 Lv.2
鑑識眼(Limited)
女神の懐抱(Unique)
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「「「多っ!」」」
またも声を合わせる冒険者たち。
「というかこれ、耐性系の通常スキルはすべて習得していないか? そもそも耐性系のスキルはそれ関係の攻撃を『喰らわない』ことを意識すべきものだから、習得すら難しく、スキルレベルもなかなか上がらないとも聞いていたのだが……」
「僕は攻撃を受けまくりですからね。でも石化を使う魔物は少ないですから、習得したのは二ヵ月くらい前です」
それでも冒険者になって二年経たずに耐性スキルをコンプリートしたのはリオ以外にいない。
「恐怖耐性がレベルMAXって……。オマエどんだけ怖い目にあってきたんだよ……」
剣士が一転して同情の目を向けてくる。
「日に何度も死にかけていますから」
「んなキツイことしれっと言うなよ……」
「あまり話しこんでは時間の無駄ですね。続きは歩きながらしましょうか」
リオは自身の背丈ほどある大荷物をひょいと担ぐ。
「楽々持ち上げやがったな……」
レベル1のリオが軽々大荷物を担げるのは、通常スキル【運搬】で筋力と体力にプラス補正がかかるためだ。もちろん慣れもある。
「それじゃあ、出発しましょうか。ああ、それから」
飄々とした言い方にも、続く言葉に三人は息をのんだ。
「僕は死にません。だから気遣いは無用です。もちろん、皆さんの荷物は必ず守ります」
そうしてリオはいつものように、けれど今日こそはと気合を入れてダンジョンに挑む。
次のレベルまで一億ちょっと。
途方もない絶望的な数字はしかし、今では一万を切っていた――。
スキルレベルに苦労の跡がみえるリオ君。気絶をいっぱい我慢しました。
次回、ピンチ襲来! でもリオ君は落ち着いています。
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