空の旅へ
リオが『銀の禿鷲亭』に戻ると、
「お帰りリオ君!」
さっそくエルディスティアに抱き着かれた。
大きな胸に顔がうずまり、息ができない。
彼女の背に手を伸ばしてとんとん叩くと、「あ、ごめん」とエルディスティアは慌ててリオを胸から離した。
「ん? それってなに?」
リオが背負っているものを指差して尋ねる。
布でぐるぐる巻きにして隠しているのは、母リーヴァから預かった魔剣だ。大っぴらにすると注目されるほど禍々しいのでこうしている。
「ちょっと、ね」
説明が難しく、はっきりと答えられない。
「それよりエルさん、帰って早々だけど、僕はもう行かなくちゃいけないんだ」
「……君が戻ってくるとしたら、まあ剣の修理か何かだろうね」
推測している風に言っているが、彼女にはバレバレだろう。
「今回は修理できるかどうかもわからないんだ」
腰に差した曲刀の一本を抜いて見せる。
女将のアデラが覗きこみ、うわーっと眉をひそめた。
「こりゃ見事に欠けちまったねえ。作り直しになるんじゃないかい?」
「かもしれないね。ともかくリィアンさんに一度見てもらうよ」
「私も行く! 今回は絶対に私が必要になるはずだ。だからいいよね!」
アデラに迫るエルディスティア。
「お、おう……」
勢いに押されたのか、アデラは仰け反りながら承諾した。
なぜ彼女が必要なのかはわからないが、そうして――。
「これは……私ではどうにもなりませんね」
猫頭のワーキャット、リィアンは曲刀を見るなり首を横に振った。
「実のところ、二度の修理でリトリコ様は大層ご立腹でして。『次はそのガキをここへ連れてきやがれー』とおっしゃっていたのですよ」
一度目はともかく、二度目はこまめに簡易修復をしていたのだが、短い期間で酷使していた。
リトリコは『失敗作』と貶していたが、職人にしてみれば我が子同然の作品を粗雑に扱われたと感じれば怒って当然。
「いえ、お怒りの理由はどうやら別のようでしたね。その辺りはわたくしから語るよりはご本人に直接窺うのがよろしいかと。気難しいお方ですが、ツボを押さえればむしろ話しやすい」
「なんか悪い顔してる?」
「ははは、まさか。ともかく、リオ様はふだんのリオ様のまま接すれば、問題はないとわたくしは考えます」
「だといいけどねえ。ま、直接会うとは思っていたさ。リトリコの所在は私も知ってるからね。リオ君を案内しようじゃないか」
エルディスティアは得意満面でリオの手を引いた。
「わたくしもご一緒したいところですが、この後に商談が控えておりまして……。申し訳ございません」
「いえ、お気遣いありがとうございます」
リオは女神に引っ張られ、店を後にした――。
二人は始まりの町の北側へ足を運んだ。
高い壁があっちからこっちへずうっと続く広大な施設だ。
門をくぐると、運動場のように広い敷地にたくさんの大きな生き物。
トカゲに羽を生やしたような、体長が三メートルはある飛竜だった。
道中、こんな話をした。
「リトリコがいる場所は中央地区でね。大河の町マナルスから徒歩で森の中を進まなくちゃならない」
この島で最難関と言われる密林迷宮の近くだ。周辺の魔物はオベロンのダンジョンボスよりも強い。
「君一人でも辿りつけはするだろうけど、私がいたほうがいろいろ便利だと思うよ」
魔物は創造主を襲わない。その意味では助かるが、自分の正体を告げているようなものだとリオは訝った。
「マナルスには行ったことがあるけど、マーカーは消してしまったんだよね」
「うん、だからマナルスまでは飛竜で行こう。リオ君って扱えるよね?」
「何度か経験はあるよ」
「うんうん、助かるよ。島外の魔物って私の言うこと聞いてくれないからね」
これまた自身の正体につながるような発言だ。
交通機関として利用する飛竜は、島外から連れてきて繁殖したものだ。島の力で生まれては消える魔物とは根本が異なる。
帰りは転移装置を使うとして、片道分の料金を支払い、リオは黒色の若い飛竜に跨った。
「わっ、たたた、う、動かないでおくれよぉ……」
おっかなびっくりで、エルディスティアもリオの後ろになんとか座る。
「しっかりつかまっていてね」
リオは言うと、握った手綱をパチンと弾いた。
「クァーーッ!」
飛竜が鳴く。それを合図に、他の飛竜たちが『いってらっしゃい』とばかりに鳴いた。
羽ばたきが二度。それだけでふわりと巨体が持ち上がる。
ばさりばさりと羽ばたくたびに、ぐんぐんと高度は増していった。
「わわわっ、けっこう揺れるね、これ」
女神が堪らずリオの背にしがみつく。柔らかな感触を背に感じながら、リオは手綱を操った。
町全体が見渡せるほど高く舞い上がる。風が頬を撫でて心地よかった。
「で、でもでも、うふふふ、これってなんか、アレじゃない? 正真正銘二人きりの、デートってやつじゃありませんか!」
エルディスティアは及び腰ながら大興奮。
目指すは島の中央地区。
空の旅が、始まった――しかし、である。
荒野に佇む、一人の女性。
「あのアホウめ。アイツと二人で町の外へ出るとは、警戒心ってもんがないのかねえ。うん、ないな。あのポンコツにはない。ならしゃーない」
リーヴァ・ニーベルクは木の棒を肩でトントン鳴らす。
「しっかし、よりにもよってアマテラスのすぐ近くかよ。嫉妬すんのはしゃあないけど、手加減はしてやれよ?」
片足で地面をがつがつと蹴りつける。
「あの、なんのお話です?」
彼女から離れること十メートル。ミレイが身を低くして、刀の柄に手をかけていた。
「いんや、こっちの話さ。んじゃまあ、こっちはこっちで始めるかね」
ギラついた瞳に、ミレイは身震いを抑えられなかった――。
次回は楽しいお空のデート。ミレイちゃん組のお話はもうちょっとあとで。




