唐突な再会
メリークリスマスやハッピーバレンタインのような言い方が、ホワイトデーにはあるのでしょうか?
ないのならばそれは、『存在しえない日である』と言えるのでは?(哲学)
今は夜の忙しい時間帯。始まりの町にある『銀の禿鷲亭』は大賑わいだ。
だというのに女神エルディスティアは、ホールの隅っこに突っ立って思案していた。
リオが魔法を放とうとしたそのとき、サンド・ワームが突如として生まれてルボシュの腕を食いちぎった。
(アレは、この島が意図的に行ったものだね)
それだけではない。
ほとんど風がなかった晴れ晴れした天候も、グレーテにルジェクの匂いが届くようにコロコロ変わった風向きも、偶然とは考えにくい。
(リオ君を毛嫌いしていたこの島が、どうして彼に手を貸すようなマネをしたんだろう?)
何かしら心境の変化があったのか。
あくまで粛々と悪に鉄槌を食らわせたのか。
いずれにせよ、島で暮らす者たちの悪事を裁くのは、この島独自のシステムを運営・管理する範疇には入っていない。
システムそのものを直接揺るがすような場合以外に、島自体が関与することはないはずなのだ。
(自我が芽生えているのは間違いない。それが日々、成長しているということなんだろうか?)
もはや冒険島エルディアスは、創造主の手を離れて独自の進化を遂げている。
今度どのような事態が起こり、どう進んでいくかは、女神にすらわからなかった。
「おいエル、どしたんだい? ぼーっとしてさ」
女将の声にハッとする。
「ご、ごめん。ちょっと考え事をしてたんだ……」
「ん~、なんか顔色もよくないねえ。疲れてるんなら奥で休んでな。手は足りてるし、ぶっ倒れちまったら目も当てられないよ」
今は一番店が忙しい時間だ。他のアルバイトがいるとはいえ、抜けるのは気が引けた。
しかしどうにも頭が重い。倒れはしないだろうが、ぼんやりしているほうが迷惑になる。
「うん、ありがとう。本当にごめんね」
ほんのすこし、仮眠を取ろう。
本来は眠ることすら必要のない彼女だが、この十年ほどはときおり極度の眠気が襲ってくることがあった。
エルディスティアはふらふらと店の奥へ引っこんで、深い眠りにつくのだった――。
一方、オアシスの町にある酒場も大賑わいだった。
冒険者の失踪事件を解決したリオたちが祝勝会を始めたところ、居合わせた者たちも巻きこんでの大宴会に発展する。
酒が入れば宴会の目的など忘れてしまうもの。
宴会の中心の一人であるリオはいつしか端の席に移動して、ミレイと並んで大騒ぎする皆を眺めていた。
お酒の飲めない彼は食事ができればそれでいい。ただ楽しそうに騒ぐ人たちを見るのは好きだった。
「リオ様、こんなところにいたのですの。お隣、よろしくて?」
返事を待たずにノーラはリオの隣に陣取った。
「けっこう飲んでいますね」
「あ、ホントだ。ノーラさん、顔が赤いですよ」
リオとミレイの指摘もどこ吹く風とばかりに、ノーラは手にしたコップを傾ける。
「ぷはぁ、大人だからいいのですわ。それよりもリオ様、お聞きしたいことがありますの」
ダン、と乱暴にコップをテーブルに置き、半眼でリオの顔を覗きこむ。
「あのサンド・ワームはなんですの? まさか貴方が喚び出したのではありませんわよね?」
「いえ、僕じゃありません。あれは――」
リオは自身の考えをノーラに伝えた。
「は? この島が手を貸してくれた、ですって……?」
「あくまで僕がそう思っているだけです。確証はありません」
ノーラはとろんとした表情でつぶやく。
「島が、意思を持つというのですか……」
ぐびぐびっとコップを逆さまにする勢いで飲み干すと、ぷはっと息をついてのち、
「すぅ……」
「寝ちゃった……」
「寝ちゃいましたね……」
コップの中身はないが持ったままだったので、リオはそれを注意深く手から抜き取ってテーブルの上に置く。
「不思議な話ですね。島がリオさんをお手伝いしたなんて」
「そうだね。まあ僕の妄想かもしれないけど」
「でもどうしてリオさんは、この島が手を貸してくれたと思ったんですか? ふつう、この島を創った女神さまだと思わないでしょうか?」
「……なんとなく、かな」
エルディスティアならできるかもしれないし、やってくれるとは思う。
けれど今の彼女は多くの権能が剥がれてしまったらしく、島の意図に反することはできないとリオは考えていた。
「でも、なんだか素敵なお話ですね」
「素敵?」
「はい。だって悪者を成敗する手助けをしてくれたんですから、きっとこの島っていい人なんじゃないかなって。あ、島だから人ではないですね」
どちらかといえば不安や困惑のほうが大きかっただけに、ミレイの言葉にどこか救われた気分になるリオだった――。
リオは夜風に当たろうと外に出た。
湖のほとりまで歩く。
木製の柵の向こうは崖になっていた。湖面に写った月が揺らめいている。
柵に手をついて幻想的な景色を眺めていると、さあっと吹き抜ける風に身震いした。
腰に差した曲刀の片方を抜き、じっと見る。
切っ先がきれいになくなっていた。ルボシュに溶かされたものだ。
「これ、どうしようかな……」
つぶやきの直後、背後から声がした。
「リオさんも涼みに来たんですか? あ、それ……」
振り向くと、ミレイがゆっくりと歩み寄ってくる。先の溶けた曲刀を見て、心配そうに眉尻を下げた。
「ちょっと直せるかわからないな。振れなくはないけどね」
「で、でもでも、名匠リトリコさんの作ですからね。きっとなんとかしてくれますよ!」
ミレイはぐっとこぶしを握り、リオの横に並んだ。
リオは剣を腰に戻す。
「……」
「……」
沈黙が流れる。
リオはもともと口数が多くない。ミレイと二人きりになるのも出会った直後くらいだ。下手に会話を弾ませて自分が兄だと知られるのも困る。
一方のミレイも何を話してよいか考えあぐねていた。
生き別れた兄かもしれないとの思いはいまだ燻っているものの、一度は否定されたのだからしつこく尋ねるのはもちろん、兄の話題を出すのも憚られる。
砂漠の夜は冷えるからか、ミレイは両手でその身を抱いた。
天気や気候の話は取っ掛かりとしてはよくあるものだが、互いにそこまで思い至らない。
さてどうしよう? と互いに困っていたところ。
業を煮やした、というより呆れ果てたと言わんばかりの声が二人に向けられる。
「アンタら、黙りこくって何やってんのよ?」
驚いて目を向ければ、黒髪を後ろでひとつに束ねた女性が。
腰に手を置き、半眼でリオとミレイを見やっている。
母さん、との言葉を飲みこんだリオの横でミレイが叫ぶ。
「名前を言えない不思議な感じの通りすがりのお姉さん!」
その長ったらしい呼び名はなに? とリオは訝るも、
「おう、久しぶりだねえ」
とにかく兄妹の前に現れたのは、その実母リーヴァ・ニーベルクだった――。
次回、お母さんからご褒美をもらうお話。
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