意外な助勢
右手が溶かされる直前、固有スキル【女神の懐抱】が発動して左手が復活した。
リオは砂に落ちた曲刀を蹴り上げ、左手でつかむとすぐさま相手の右肩に斬りかかった。
(浅い……)
両断するつもりだったのに、ルボシュの右腕はつながっている。
情けをかけたわけではない。
殺したくないという気持ちがないと言えば嘘になるが、腕を斬ったくらいなら死なないと判断して思いきりやった。
切っ先が溶かされ、わずかに短くなっているのは考慮した。
しかし重さが変わってしまうと振った感覚が思ったよりも異なり、その違和感が刹那の遅れと踏みこみの甘さを招いてしまったのだ。
ルボシュは回復系魔法も習得していた。
腕を斬り落としても止血できるので死なないだろうと考えたものの、逆に傷が浅いならすぐに回復して振り出しに戻ってしまう。
事実、ルボシュは冷静に後方へ大きく飛び退き、距離を取りつつ右肩の治療を開始する。
「思い出しましたよ。『死なない便利な荷物持ち』……究極の全回復スキルを持つ少年がいたことをね」
こちらの手の内は知られてしまったようだ。しかし、
「果たしてその全身を溶かしつくしても、死なないのでしょうかねえ?」
どうやらまだ、『すべて』を知られたわけではないようだ。
(ならもう、アレをやるしか……)
リオにはもうひとつ、奥の手が残っている。
ようやく覚えた魔法は破格の性能を誇る【神雷魔法】――【雷霆】。ゼロ距離で放つ必要がある反面、巨大サソリも一撃で倒すその威力ならばルボシュも瞬時に葬り去れるだろう。
だからこそ、躊躇いがあった。
自分は冒険島エルディアスの完全攻略を目指しているのであって、人と戦うなんて露にも考えていなかった。
確実に死に至らしめる魔法を、人に放っていいのだろうか?
(迷うな。躊躇うな)
目の前にいるのは殺人も厭わない悪人だ。
冷静で狡猾なこの敵は、リオを殺しきれないと判断すればすぐさま目標をグラートとグレーテに切り替える。
幻影で姿が見えない中で乱戦となれば、リオの指示にも限界がある。二人が腕や足を溶かされ戦闘不能に陥る危険は極めて高かった。
グラートもグレーテも、リオのように完全回復する術がない。
一生消えない傷を与えてしまうかもしれない。それどころか死なない保証もどこにもないのだ。
リオは砂地に落ちたもうひと振りの曲刀を復活した右手で拾い、全速力で真っ直ぐルボシュに突っこんだ。
剣を通してでも、威力は落ちるが雷撃を食らわせられる。
おそらく、いやきっとルボシュは死に至る。雷撃耐性のない生身の人なら、確実に。
迫る曲刀を、ルボシュは左手の籠手ではなく右の手のひらで払い落とそうとした。ついでに武器を溶かすつもりだろう。
ならば、とリオは曲刀から手を離した。曲刀はルボシュの顔の横を通り過ぎる。あえて右手を差し出し、そちらに注意を向けさせた。
ルボシュはまんまと釣られ、その隙にリオは左手の曲刀を捨てて相手の腕をつかんだ。
準備は整った。
(ごめんなさい……)
捨てきれぬ迷いを抱えたまま、自身も罪を背負う覚悟を決めて、リオはその魔法名を告げる。
「雷――」
しかしその途中、突然ルボシュの足元から砂柱が昇った。
『キュシャァ!』
バグンッ!
「ぐがっ!?」
砂の中から現れたのは体長一メートルほどの大ミミズだ。頭部には円形の大口があり、無数に生えた鋭い歯でルボシュの二の腕を食いちぎった。
「い、いつの間に、サンド・ワームがぁ!?」
この辺りでは一般的な魔物で、それほど強くはないし出現するのが不思議ではない。
しかしいくら砂地を隠れて進めるとはいえ、さらにいえば戦闘に集中していたとはいえ、ここまで気づかれずに接近できるものだろうか?
(違う。接近してきたんじゃない。たった今、彼の足元で生まれたんだ)
攻撃力の高い巨大サソリではなく、その他の魔物でもなく、目がないため幻影が通用しないサンド・ワームが現れた。
とても偶然とは思えない。
こんなことができるのは、この島を創った女神か、あるいは――。
「く、そぉ、ちくしょう……」
ルボシュは右肩を押さえてうずくまる。止血はできたようだが、右の二の腕は完全に食われ、肘から先が地面に落ちていた。
サンド・ワームは砂上でもぞもぞしたかと思うと、砂に潜ってどこかへ行ってしまう。
(やっぱり、今のって……)
考えるのは後だ。まだ戦いは終わっていない。
「兄さん! 離脱します。こっちへ来てください!」
弟の呼びかけにルボシュが立ち上がった。
そうはさせまいとリオは曲刀を拾い、斬りかかる。
「お、のれぇ!」
ルボシュのHPはかなり減っていた。腕を失い、しかも噛みつかれた際に毒状態を付与されていたため動きが鈍い。左手で防戦するのがやっとだ。
「兄さん!」
「おっと、逃がさねえよ」
駆け出したルジェクにグラートが立ちふさがる。
声を出さないよう注意して回りこもうとするも、
「こっちかな?」
グレーテの巨槍が行く手を阻んだ。
「さっきからころころ風向きが変わって、あんたの匂いをビシバシ感じるのよねー。ふしぎー」
「俺もコツをつかんできたぜ。見えなくたって、そら! このとおりよ」
振り抜いた剣は確実にルジェクを捉えていた。たまらず短剣で受けるも、
「ほい、こっちもねー」
続けざま太ももを槍の先端が貫く。
「「ぐはぁ!」」
弟と同時に、ルボシュもリオの一撃で吹っ飛ばされる。双子の兄弟はそろって仰向けに倒れた。
痛みでルジェクの幻影が解ける。
「もう観念しな。あっちの兄貴の必殺技は二度と使えねえ。お前の幻影もリオには通用しねえ。そら詰んでる。俺らにしてみりゃどっちか片っぽが生きてりゃいいんだ。下手に抵抗して死にたかねえだろ?」
ルジェクがギリッと奥歯を噛む。蒼天を睨み据えてしばらく、やがて眼を閉じ体の力を抜いた。
兄のルボシュも腕を失くした右肩を押さえたまま、膝をついて動かない。
砂上の戦いが、終わった。
「うひょー、見て見て! 金貨がたっくさん」
さっそくグレーテが荷物を見つけて開き、歓声を上げる。
「これもらっちゃっていいのかな? カジノにぶっこめば借金返済どころか家が建つかも!」
「いいわけあるかー!」
遠くから絶叫が響き、ドドドッと迫る影。
「げえっ、兄貴! いったいどこから!?」
ワーウルフのガルフだ。となれば彼だけでなく、
「そこの砂地に窪みがありましたの。ちょっと前から隠れて見ていたのですわ」
「げえっ、ノーラ・ベネディクト!」
今度はグラートが叫ぶ。
にこにこと笑みをたたえたノーラと、その後ろにはミレイの姿が。
「はんっ、獲物を横取りしようったってそうはいかねえ。こいつらは俺らが引っ立てるからな」
「そんな無粋な真似、やるならとっくに助勢していましたわ。お三方とも、見事な戦いぶりでしたわね。おかげでわたくしたちの出番がありませんでしたわ」
「そうですね。わたし、今回なにもやってません……」
ミレイがしょんぼりする。
「わたくしへの依頼はあくまで失踪事件の謎を解くこと。すでに皆様が解き明かしてくださっていますので、報奨金は全額皆様のものですわ。わたくしは最後に確認する程度ですわね」
「お、おう、見た目通り聖女じみた女だな。ま、言質は取った。てことで――」
グラートが高らかに叫ぶ。
「仕事は終わりだ! 飲むぞ!」
「いやっほーぅ!」
ガルフと言い争っていたグレーテも喜びに弾け、リオはふっと息をつくのだった――。
次回、兄妹の前に〝アノ人〟が?
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