砂上の決戦
ルボシュはローブの下から左手を出して頭部を守る。
リオの右手から振り下ろされた曲刀が、ギィンと火花を散らした。
左手には籠手を嵌めている。不砕鋼製の頑丈な防具だ。並みの剣なら折れてしまうほどに硬い。
しかし曲刀は刃こぼれもしていない様子だ。
(いい武器を使っていますね)
不意はつかれたが彼も実力ではリオを大きく上回る冒険者だ。このときはまだ落ち着いていた。
だが次の瞬間――。
(もう一本!?)
似たような曲刀の切っ先が、ルボシュの右肩を目掛けて突き出された。
リオは最初の攻撃で、体の後ろに左手の曲刀を隠していたのだ。移動中は腰に差した剣はローブの下。双剣使いと感づかせない工夫が功を奏した。
ルボシュはしかし、すぐに冷静さを取り戻す。見えている以上、反応はできる。
器用に右腕の肘を折りたたみ、手のひらを広げて受け止めようとした。
防護するものは何もない、剥き出しの手で、だ。
しかしぴたりと、曲刀の切っ先が手のひらまで数ミリというところで止まった。
(この少年、まさか――)
引き戻されようとする切っ先を、ルボシュは強引につかんだ。
黒髪の少年が顔をしかめる。なんとか引き抜こうと力を入れたのが伝わってきた。
やはり、彼は知っている。
それどころか、右肩を狙った二撃目の動きにまったく動揺が見られなかったところから、左手の籠手で初撃が防がれるのも見越していたように思える。
ルボシュは舌打ちをしつつ、固有スキルを発動した――。
どろりと、曲刀の切っ先が溶けた。
彼の固有スキルは【溶解】だ。あらゆるものをどろどろに溶かしてしまう強力なスキルだった。
短時間では液状に、時間をかければ空気に溶けて跡形もなく消し去ることができる。
一方で、『右手で触れたもの』という制限があった。
リオは相手から離れるべく後方に跳ぶ。
「さほど動じてはいませんね。自慢の武器が溶かされたというのに。貴方、私の固有スキルを知っていたのですか?」
リオは答えない。その代わりに声を飛ばした。
「グレーテさん、右斜め後ろからもう一人が近づいています!」
「ほいほーい。こっちかな?」
グレーテは大きな槍をぶおんと回し、指示された方向へ体を向けるや、高速で何度も槍を突き出した。
「とりゃりゃりゃりゃあ!」
「くっ……」
「おっ? なんか聞こえたよ? そこか! ここか! どこよ?」
やたらめったら突き出しているが、あまりに速くてルジェクは近づけない。彼の武器は短剣だ。幻影で姿を隠して近づき、確実に仕留めるために鍛え上げた技が使えなかった。
(このワーウルフ、私が見えていないのにフレイム・スコーピオンの幻影には惑わされていませんね。初めから幻影だと見破っていたのですか……)
グレーテ自身が見破ったのではない。幻の魔物を出現させることを予想し、『リオが何も言わなければ幻影』だと事前に取り決めていたゆえだ。
ルジェクは兄と対峙する少年をぎろりと睨む。
(おそらくは【鑑定】……いえ【鑑識眼】を持っているのでしょうね。ん? そういえば、そんな少年の話を最近――)
聞いたように思え、記憶をまさぐろうとした。
「ルジェク! 後ろです!」
兄の声に、反射的に振り向いて短剣を振るう。ガキンッと鈍い音が響いた。
「おっと、バレちまったか。けど位置はドンピシャだったなあ。惜しい惜しい」
小柄なリザードマンが舌をちょろちょろ出して蹴りを入れてきた。
「ふんっ!」
あえて真正面で受け、弾き飛ばした。
リザードマンは特殊な感覚器官を持つ。だいたいの居場所を示されれば、見えなくともかなり正確にこちらの位置を把握できるようだ。
どうやら手の内はほとんど暴かれているらしい。そのうえで、相手は作戦を立てて挑んできた。
(しかし、これで追い詰めたと思われるのは心外ですね)
ルジェクはにぃっと歪に笑う。
「兄さん、こちらの二人は抑えます。その少年の対処はごゆっくり」
動きを見れば、みなレベル40には達していない。自分たちよりも実力は下だ。特に人族の少年は他の二人に比べても一段劣る。
「二手に分かれて私に主戦力を集めたのは評価しましょう。しかし速攻で倒せなかったのでは意味がありません。貴方たちはそこで、少年がどろどろに溶かされるのを眺めていてください」
チッ、とグラートが舌打ちした。
ルジェクの声を頼りに回りこもうとする。
「助けに行くつもりですか? させませんよ」
ルジェクは自分の位置が特定されても構わないとばかりに声を出し、グラートへ手を伸ばした。
「伏せてください!」
リオの叫びと重なって、ルジェクの手のひらから火球が飛び出す。
グラートとグレーテはほぼ同時に体を伏せた。
火球はグラートの頭上すれすれを通過して砂の地面を吹き飛ばす。
「あたしじゃなかった! でも飛び道具もあるんだよねー。こりゃまいったぞ」
「ウケケケ、んじゃ、こっちも応戦しますかね」
グラートの周囲で風が舞う。風刃がいくつも飛び出し、ルジェクを襲った。
だが狙いが定まらない中では簡単に捉えられない。
「ほう、風魔法を操りますか。しかしこの程度の威力ならば防ぐのも容易い。よいのですか? 時間をかければ彼を助けられなくなりますよ?」
ルジェクは火球を放ってグラートを追い詰め、さらにグレーテも足止めする。
あちらは大丈夫のようだ、と兄ルボシュもまたにやりと笑う。
右手の指をこきこき鳴らし、睨み据えるリオにゆっくり歩み寄っていく。
彼の技量は把握した。
二本の曲刀は業物だが、右手で触れてしまえばどろどろにできる。しかも左手に握っているものは切っ先が欠けていた。
完全に溶けて消えるまで時間がかかるスキルだが、殺すだけなら頭でも喉でも胸でも、急所に二秒で事足りる。
「グレーテさん、狙われています。一か所にとどまらないで!」
「貴方はもう黙りなさい」
ルボシュが駆けた。逃げるようならこちらも魔法を使って動きを止めるだけだ。
「ほう? 向かってきますか……」
ところがリオは体勢を低くして、こちらに突っこんできた。
何を狙っているかは知らないが、頭をつかめばその時点で終わりだ。
右手を伸ばす。
リオは自身の左手を差し出してきた。
(片腕を捨てるつもりですか。なかなかの覚悟……ではありますが)
もう一方の曲刀で斬りつけたところで、防がれればそれで終わりは同じこと。片腕を失くしてはまともに戦えるはずがない。
(とはいえ、何か企んでいないとも限りませんね)
特殊な魔法、剣に施された特殊効果、あるいは固有スキル。未知の危険はあるだろう。
警戒を密にして、触れるより先に【溶解】を発動した。
つかんだとたん、リオの左手首がどろりと溶ける。手にした曲刀が落ちていく間に。
「甘いですよ」
右手で振り上げた曲刀を、ルボシュは左手の籠手で防ぐ。踏みこんで接近し、速やかにリオの右腕をつかんだ。
こちらもどろりと溶けて、手にした曲刀が落ちていく。
けっきょく無策で挑んだ蛮勇だったか、とルボシュがほくそ笑んだ次の瞬間。
ザシュッ。
右肩に鋭い痛み。
「そんな、バカな!」
リオが砂に落ちた曲刀を蹴り上げ、失ったはずの左手で受け止めるや斬りかかってきたのだ――。
腕つかまれたときに雷でビリビリせんの? という疑問への回答は次回に。
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