初めてのカジノ
グラートたちとは翌朝に合流すると約束し、リオは一人で安宿に入った。
狭い部屋のベッドに仰向けに転がる。
瞑想でもしたいところだが、寝不足でグラートたちに迷惑はかけたくない。
目を閉じ、眠りにつこうとしたところで、別れ際グラートが言った言葉を思い出す。
『なんで三組の冒険者が消えたのか、予測は立てとけよ』
考えなしでダンジョンに突っこむのは危険、と言いたかったのだろう。
(小規模のダンジョンで、他にもたくさん冒険者が出入りしている中で三組だけ……)
今のところ確かな彼らの共通点は、三人以下の小規模パーティーだったということだけ。
噂レベルなので確証はないが、実力も目的もバラバラのようだ。
(僕は、たぶんこの島に嫌われている)
島に感情があるかは不明だが、そんな気がしてならない。
だから自分がこの辺りにやってきたことで、なんらかの異常が起きていると考えた。
(でも、失踪者が出始めたのは二週間も前だ)
リオはまだ砂岩迷宮の攻略を決めていないどころか、オベロンの攻略真っ最中だった。
(それに、僕じゃなくて他の誰かに災いが降りかかったのは、どうして?)
オベロンの最奥では、大型の新種が突如現れて他の冒険者パーティーが窮地に陥った。
しかしあのときは、リオが挑もうとしたところで偶然やってきた彼らに先を譲ったという事情がある。
もし冒険島エルディアスがリオに何かしらの災いをもたらす意図があるとして、リオ以外に危害を加えようとするだろうか?
(たぶん、それはしないと思う)
しないと信じたい。
だってこの島は、あの優しい女神が創ったものなのだから。
となれば、もっとも可能性が高いのはやはり――。
翌朝、リオが昨夜の酒場前に向かうと二人はすでに待ち構えていた。
自身の考えを伝えると、
「ウケケケ、アプローチの仕方は独特だが、リオも俺と同じ考えか。ま、この件の犯人は『冒険者を狩る似非冒険者ども』と決めて動いたほうがいい」
ダンジョン内の魔物やトラップが原因だとすれば、逆に失踪者が三組は少なすぎる。
命からがら逃げかえってくる者がいないのも不自然だ。
ゆえに冒険者か相応の実力者による犯行の可能性が極めて高い。
アムムトには稀に大量の金貨が手に入る宝箱がある。運よくそれを拾ったか、そうでなくとも金目の物を持っていたパーティーが襲われたのでは? とグラートは自説を述べた。
「冒険者ギルドで依頼は受けてきた。んじゃあ早速――」
グラートはにっと笑って言う。
「カジノに行くか」
「アムムトには行かないんですか?」
「マヌケどもはそっちに向かってったな。今ごろアムムトの入り口は大渋滞じゃねえか? ウケケケケ」
「マヌケって……あ、そうか。まずは町の中で情報収集をするんですね」
「そういうこった。だいたい、冒険者ギルドが本腰上げたってのに、今までどおりお仕事するようなマヌケな連中じゃねえだろ。あっちに行ったってなんもねえよ。で、稼いだ金で遊ぶとなりゃ、カジノが最有力ってな。今いなくても、遊んだ形跡くらいはあるだろうぜ」
そうして連れ立って歩く中。
「犯人の目星は付いているんですか?」
「この町を根城に悪さしてる連中はみんな頭に入ってるぜ。単独犯じゃ無理がある。最低でも二人は要るな。逆に四人以上じゃ目立つし、奪った金の取り分が減る。そのへん絞りゃあ、ある程度は、な」
さすがは長くこの町にいるだけあって頼もしい。
「つっても俺だってこの町の全部を知っちゃいねえ。この町は人の出入りが激しい。それでいてここ一か月ばかし滞在してて、カジノで派手に遊んでそうな連中を探るのがいいだろうな」
「カジノではそういった人がいないか訊けばいいんですか?」
「そりゃあ俺がやる。リオはひたすら見てくれりゃあいい」
「見る……? ああ、なるほど」
もしかすると犯人は今現在、奪った金を使ってカジノで遊んでいる可能性がある。
そこにいる人たちを片っ端から【鑑識眼】でチェックし、犯行を行えそうな固有スキルや限定スキルを持つ実力者を探すのだ。
「理解が早くて助かるぜ。ただリオ、お前はわりと有名人だ。【鑑識眼】を持ってるのも知れ渡ってる。ギラついた目できょろきょろしてたら感づかれるぜ? そこらは上手くやってくれ」
(難しいな……)
魔物相手に騙し合いをする必要はない。演技なんて自分にできるだろうか。
不安になっていると、これまで黙っていたグレーテが耳打ちしてきた。
「ねえねえリオっち、お金貸してくんない?」
「お前もこりねえなあ」
「耳よすぎるし」
さらに不安になるリオだった――。
カジノは湖をぐるりと半周した向こう側にあった。
二階建てで中心部分の広間は吹き抜けになっていて、解放感はあるが熱気に包まれている。ここは昼も夜もなく、常に煌びやかな不夜城となっていた。
リオは初めて入ったので面食らう。
まだ昼前だというのに多くの人で賑わっていた。カードやルーレットの卓には見物人も覗きこんでハラハラドキドキ。レバーを下げるだけのお手軽なスロットマシンでは黙々と居座る人で埋め尽くされている。
リオはなるべく自分の顔がわからないよう、布をマスク代わりにして鼻から下を覆った。
「んじゃ、俺は聞き込みに行ってくるぜ。リオはグレーテを頼むわ」
「えっ」
グラートは小柄な体でするすると人波を避け、あっという間に姿を消した。
なんだかウズウズしていそうなグレーテに声をかける。
「貴女と話をしながら、僕は周りの人たちをチェックします。いいですか?」
「オッケー。とりまなんのお話する? 恋バナ?」
「そういうのよりは、初めてきた僕にカジノ内をいろいろ説明している風がいいと思います。あちこち回れますし」
「めっちゃやりたくなっちゃう!」
大丈夫かな、と不安になったリオだったが、【鑑識眼】でのチェックは順調に進んでいった。
「――で、合計が21になるようにカードを交換してくの。超えちゃダメダメだよ? とりま相手より高い数になればよくって、ん? そいやリオっち、【鑑識眼】使えば相手の手札わかっちゃわね? よしやってみよう!」
「そういうズルはよくないと思います」
そもそも何かしらの対策が取られているのではないだろうか?
「マジ真面目! そゆとこ嫌いじゃないけどお姉さん哀しい!」
彼女を抑える行為も上手い誤魔化しになったようで、誰にも不審がられていない。別の意味で注目されてしまっているが。
ただ、数はこなせても犯人と思しき人物は見つからなかった。
それでも特殊なスキルを持つ者の顔を記憶していく。
リオはグラートが推測した犯人像を思い出した。
実行は単独では難しい。しかし四人以上では目立つし取り分が減るので除外する、と。
(でも誰がどの組み合わせかよくわからないし、気にせず全員をチェックしよう)
集中しすぎていたからか、前から歩いてきた人を避けようとして、
ドン。
「あっ」
誰かが背にぶつかった。軽い衝撃ではあったが、ぶつかった誰かはバランスを崩して転んでしまう。
「すみません、いきなり動いてしまって。大丈夫ですか?」
慌てて手を差し伸べる。
「いえ、こちらこそ前をよく見ていなかったものですから……」
温厚そうな青年だった。ゆったりしたローブ姿なので体型は知れないが、猫背でおどおどした雰囲気をまとっている。
「おい、何やってんだ。早く来いよ、ノロマ」
怒声に目を向ければ、屈強な冒険者風の四人組がいた。
(あれ?)
不思議に思いながら青年の手を引いて起こす。
「お手数をおかけしました。では、私はこれで……」
四人のところへ駆け寄った青年は、「おせえよ、ボケが」とリーダー格と思しき男に頭を小突かれた。
「なにアレ? 威張り散らしてみっともなー」
グレーテの言葉にリーダー格の男がぎろりと睨むも、青年たちは人波に消えていった。
「さてリオっち、お仕事の続きを――」
リオに向き直ったグレーテが急に殺気立った。
「うそ……、なんであいつがいんのよ……?」
視線の先へ、リオが振り向くと。
「グレーテ……、なんでテメエがここにいやがんだよ!」
彼女の兄、ワーウルフのガルフが大股で寄ってくるのが見えた。さらに続けて。
「リオさん! お久しぶりです!」
「あらあら、こんなところで会うなんて不思議ですわね」
黒いポニーテールを揺らす妹のミレイと、ほんわかしたエルフのノーラが人波から姿を現し、駆け寄ってきた。
(おかしいな。僕は顔を隠しているのに、どうしてバレたんだろう?)
ちょっと納得いかないリオだった――。
次回、リオ君が早くも犯人を特定します。




