砂漠の冒険者コンビ
速足で踏みつける砂の音が、強い風に掻き消されていく。
砂塵の嵐で視界が悪く、数メートル先も判然としなかった。この辺りは岩もゴロゴロしているので、油断しているとぶつかってしまう。
それでもリオは目を細め、【鑑識眼】スキルで周辺状況をなんとなく把握しながら進んでいた。
砂除けのフード付ローブがバタバタと風で暴れる。フードの先を押さえ、布のマスク越しに細く息をした。
(暑いな……)
砂嵐のおかげで日光を直に浴びていないとはいえ、熱砂が体に打ちつける。
ここは冒険島エルディアスの東地区。そこにある砂漠地帯だ。
リオはその中心にある、七大ダンジョンのひとつ砂岩迷宮アヌビスを目指していた。正確にはその手前に位置するオアシス――砂岩迷宮の最寄りの町『バレイヤ』を、だ。
島の各所へ移動するには大きく分けて三つの方法がある。
ひとつは飛竜や馬車などを利用する方法。これは『交通管理局』の公共交通機関であったり、個人で営業している店もある。
もうひとつは『到達の証』を利用した転移。
そして自らの足で歩いていく方法だ。
リオは荷物持ち時代に島のいたるところへ出かけて行ったが、その際に登録したマーカーはすべて消していた。
交通機関は公共のものでも個人のものでも利用料がかかる。
まだ貯金に余裕はあるものの、レベル上げと砂漠地帯での戦闘に慣れるため、砂漠の入り口から徒歩で進むことを選択した。が、
(やっぱりバレイヤまでは飛竜でも使えばよかったかな……)
丸一日ずっと砂嵐の歓迎を受けていたのでちょっと後悔していた。
魔物とも想定以上に遭遇し、遅々として進まない。
ちょうど今もまた、魔物が現れそうな予感がした。
ずずず、と右方向の砂地が盛り上がる。
腰の双剣を抜いて身構えたところで、砂の中から巨大な魔物が飛び出してきた。
燃えるような赤い体は金属質でてらてら光る。左右に大きなハサミを持つ、巨大なサソリ型モンスターだった。体高は三メートルに迫る。
(フレイム・スコーピオンか。だいぶ近づいてきたかな)
彼らはオアシス周辺に出現する。
頭上で揺れる尾の先端にどす黒い針があった。これに刺されると毒状態を付与され、レベル次第では即死してしまうほど強力な毒だ。
また大きな二つのハサミは力がとても強く、これもレベル次第では簡単に胴が真っ二つにされてしまう。
接近戦は危険な相手。だからといって遠巻きに隙を窺おうとすれば、
『キシュァッ!』
雄叫びとともに口から火球が放たれた。
火炎系魔法を駆使する彼らは、近寄らなくてもかなり面倒な相手だった。
砂に足を取られて回避が覚束ない。
リオはぐっと腰を落とし、双剣で火球を斬りつけた。重い衝撃に耐えつつ軌道をずらす。
低い姿勢のまま駆ける。後方で火球が爆発したのを聞きながら、巨躯に斬りかかった。
巨大なハサミとの打ち合い。毒の尻尾まで襲いかかってくるも、リオは素早く双剣を振ってことごとくを跳ね返していた。
今やレベル32に達したリオは、この程度の魔物ならば後れを取ることはない。
ガキッ、キィン!
左のハサミを弾き返し、頭上からの毒針を斬って捨てた。思いきり跳ぶ。平らな頭に着地すると同時に剣を刺す。すぐさま手を放してつるりとした体に手を添えた。
「雷霆」
静かに告げるや、手から雷が迸る。神の稲妻が巨躯を蹂躙し尽くして、フレイム・スコーピオンは一撃で活動を止めた。
(やっぱりすごいな、この魔法は)
【神雷魔法】-【雷霆】。
リオは知らなかったが、冒険者ギルドの本部で調べたところ、とあるダンジョンボスだけが持つ〝神〟を冠する最上位魔法のひとつだとわかった。
なぜそんなものを人の身で習得できたのかさっぱりわからないが、ともかくこの魔法の威力は絶大だ。この辺りの魔物なら一発で撃破できる。
べらぼうにMPを消費するのが難点だが、固有スキルで完全回復でき、そうしなくとも【MP自動回復】を持つリオなら、すこし休憩すればすぐに使える。
(回復がてら、瞑想でもしようかな)
五メートルはありそうな大きな岩を見つけ、リオは背を預けてしゃがみ込む。
フードを深くかぶり、身を丸めて意識を深く沈めていく途中で。
「ウケケケケ、見ろよグレーテ、行き倒れがいるぜ?」
「キャハハハ、マジのマジじゃん? てことはグラート、さっきの音って、こいつとフレイム・スコーピオンが戦ってたので間違いないっしょ」
男性のガラガラ声と、軽い調子の女性の声。真上からだ。
フードを押さえつつ見上げると、垂直な岩にぺったり逆さに張りつく誰かがいた。
トカゲ頭のリザードマンだ。
小柄な体躯にまとったフード付きのマントが妙に盛り上がっている。背に大きめのバッグを負っているようだ。ぎょろりとリオを見下ろしている。
「おっ? 意識はあんのか。ウケケケ、毒にでもやられたか? そうだよな? だからこんなとこでヘタってんだろ?」
「キャハハ、それってヤバめじゃん? こんなとこで寝てたら、こわーい冒険者モドキに身ぐるみはがされちゃうかも?」
彼の向こう――岩のてっぺんには狼頭の若く小柄なワーウルフがいた。
こちらもフード付マントを羽織っているが、そこから覗く装備は重厚だ。首から下は全身鎧で、手には長く大きな槍を握っていた。声や仕草から女性のようだ。
「そうそう、冒険者もいろいろだ。真面目にダンジョン潜るのもいりゃあ、不真面目どころかヤバみMAXなのもいる。瀕死の冒険者にとどめを刺して、知らんぷりして荷を奪う。おー、こわ。怖い怖い」
リザードマン――グラートがぴょんとリオの前に降り立った。
続けてワーウルフの少女――グレーテがリオの横に。
ともにレベル40に迫る、リオよりもステータス値が高い強者だ。
「キャハハハ、こいつマジビビッてね?」
「そりゃお前、毒を食らって身動き取れねんだ。そこへ俺らみたいなのが出てくりゃあ、ビビッて当然。笑ってやんなよ、ウケケケ」
二人はじりじりと寄ってきた。
そしてグラートが背中に手を回し、ごそごそ荷物をまさぐって。
「つーわけで、毒消し薬だ」
小瓶を差し出し、にかっと子どもみたいな笑みを咲かせた。
「言っとくがタダじゃねえぞ? しかもちょいとお高くなってる」
「言っとくけどぉ、足元見てるわけじゃないよ? 危険地帯に備えなくやってくるおバカには、文字通りいい薬ってねー」
「おバカってのは言い過ぎだな。この辺りは状態異常を付与する魔物がごろごろいやがる。備えてたって運が悪けりゃ、あっと言う間に底をついちまう」
「そっか、だからあんたがいるんだっけ。ラッキーだったじゃん? 見つけてもらえてさ」
「ま、こちとら商売だからな。運搬料とお助け料もちょうだいするぜ、ってな。恩着せがましくなくって逆にいいだろ?」
ほれほれ遠慮するなと、グラートが小瓶を押しつけてくる。
「僕は毒を受けていませんし、受けていたとしても必要ありません」
リオはフードを後ろへ回し、マスクを下げた。
「お久しぶりですね、グラートさん。いつの間に二人組になったんですか?」
グラートが目を丸くする。
「なんだよ、リオじゃねえか。お前なにやってんだ?」
グラートとリオは顔見知り。
彼はこの砂漠地帯で魔物を狩りつつ、状態異常に陥った冒険者たちに薬を売って助けて回る、ちょっと変わった冒険者だった――。
新章突入!
次回はオアシスの町へ。そこで妙な話を聞きます。




