刻まれた証、そして――
魔法スキルをついに覚えた。
しかし【神雷魔法】なんて聞いたことがない。
落下中に体勢を整えつつ、リオはステータスをチェックした。使える魔法はそのスキルにツリー状に表示されるのだ。
【神雷魔法】――【雷霆】
(やっぱりひとつか)
まあ仕方がないと気持ちを切り替える。
しかしこれまた『やはり』というべきか、初めて見る魔法だ。
着地した。魔法の説明を見て困惑する。
どうやら敵単体への超強力な雷撃系魔法らしい。それはいい。複数を一度にでなくても、威力が高いならむしろ大歓迎だ。が、
(密着して発動? ゼロ距離で放つタイプか)
これでは近接戦闘とさほど変わらない。おそらく武器を通じて魔法を叩きこむのがよいのだろうが、それに対応した特殊効果付きの武器でなければ効果が減る。
しかも密着して雷撃を放てば、こちらにも影響がありそうで戸惑った。
だがこの際、これもいい。
問題は、だ。
(消費MPが150って!)
ここへ来る直前のMPは、最大で145だった。
祈るような気持ちでステータスを確認すると、
=====
MP:150/150
=====
ギリギリ。レベルアップでどうにか届いてくれた。
(もしかして、MPが150になったから覚えたのかな?)
考えても答えは出ない。今やるべきは――。
「うおおぉおぉぉおおおっ!」
この虎の子の一撃を、妖精の女王に食らわせることだ。
リオが飛びかかると、光弾とともに長い腕が一本、振り下ろされた。
待ってましたとばかりにリオは受け止める。これで発動条件は満たされた。
激しい衝撃に耐えながら、告げる。
――雷霆!
魔法の行使にその名を叫ぶ必要はないが、思わず口に出た。
リオの身体から雷が迸る。稲妻が長い腕を駆け上がり、巨躯すべてに絡みついた。
『ぎぃあああぁぁああぁっ!』
大宮殿を揺るがすほどの大絶叫。
HPを一気に半分以上奪い取った。
どうやら術者に跳ね返ることはないらしい。
ホッとしつつも、ちょっと損した気分にもなった。自分も一緒に死にかければ、固有スキルで回復してすぐ二発目も撃てるからだ。
『ぉ、おおおぉぉおっ!』
無表情の仮面じみた顔がリオに向く。
気配を感じてリオも視線を上へ。
眼球もなさそうな白くのっぺりした目の部分が、きらりと光った。
「ッ!?」
直後、リオの身体が硬直した。指先が、石と化す。石化耐性がわずかにあるリオでも、一気に手首まで石化していく。
(よしっ!)
だがこれを、リオは狙っていた。
石化スキルのインターバルタイムが経過して再発動できる状態になるのを見越し、魔法攻撃で自分を脅威だと認定させる。
これでしばらくは石化スキルが使えない。もっともリオは、その前に決着をつけるつもりだ。
――固有スキル【女神の懐抱】が発動しました。
石化状態を含め、すべてが回復する。当然、MPも。
「雷霆!」
続けざまの二発目。先ほど半分を失った妖精女王のHPは、
『あああぁぁああぁぁぁ……』
これですべてなくなった。
「ガズゥロさん! こっちへ!」
余韻に浸るでもなくリオは叫ぶ。
「マーヤさんを運んでください! 二人は援護と回復を」
呆然としていた槍使いと魔法使いが我に返るのを見届けてから、
「そいつは僕が抑えます。だから早く!」
リオは双剣をぎゅっと握り締め、妖精の王――湖上迷宮オベロンの支配者へ向け駆けた。
無我夢中だった。
四人が大広間を出たなら、もはやとどまる理由はない。
実力差は圧倒的。攻撃をしのぐのも精いっぱいだ。
だというのにリオは、何度も何度も突進し、何度も何度も死にかけた。
レベル上げなんて頭からすっぽり抜け落ちている。気分が高揚しまくって、『倒す』以外の考えがない。
接近すれば火炎球は撃たないと知った。
しかし素早く武器を振るう敵に取り付けない。ならば、と必死に金属製の棍棒にしがみつき、自らに雷撃を撃ちこんだ。
棍棒を伝って、稲妻がオベロンの巨躯を蹂躙する。効果は直接に比べて弱いが、痺れてその動きが止まった。
――固有スキル【女神の懐抱】が発動しました。
この機を逃さず、リオは巨躯を駆け上がる。
首に剣を突き刺し、もうひとつで目玉を穿ち、額に手のひらを押しつけて。
「雷霆!」
頭に直接、神の雷を叩きこんだ。
『ォォォ、ゥゥ……』
ちくりと、首筋に小さな痛み。
(そう、か。ミレイと、一緒のところに……)
浮き上がる、『☆』の印。
七大ダンジョンのひとつ、湖上迷宮オベロンを、
(母さん、やったよ……)
リオ・ニーベルクは踏破したのだ――。
島内の中心、そこにあるダンジョンの奥深く。
太い木の枝が寄り集まってできた床の上で、酒瓶を片手にリーヴァ・ニーベルクは大笑いしていた。
「あっはっは、こいつはたまげた。よりにもよってダンジョンボスクラス、それも〝四大使徒〟しか持ちえない専用スキルを覚えちまうとはねえ。酒の肴にはちょうどいいや」
ウォーン、と。
広大な室内が重苦しく揺れる。
「怒んな怒んな。そもそもアンタが悪いんだろう? 意地悪してアイツに魔法を覚えさせてやらないから、こういう歪が生まれちまうのさ。アンタはあのポンコツが創ったもんだ。制限のある中で無茶するからだぞぉ?」
ウォーンウォーンと、声ならざる音が激しく響く。
「あっはっは、創造主を貶されてまた怒ったか。悪かったよ。ま、母親の愛情が余所に移ったら、そりゃあ妬むし恨むし憎くはなるわな。無茶でも最大限意地悪したくなるってもんさ。うん、可愛い奴め」
一転してシンと静まり返った中、リーヴァはごくごくと酒瓶を傾ける。
「ぷはあっ、美味い! つーわけで、だ。次からはもっとよく考えてやりな。なにせアイツにはアンタを創った女神さまと、アンタを隅々まで凌辱したアタシの愛情をたっぷり受けてんだからね」
今度は細く、何かを窺うような音が鳴る。
「ん? けっきょくアタシはどっちの味方なのかって? そりゃ当然、両方さ。アタシはアンタの一部だし、アイツはアタシの大事なモンだ。だからどっちにも味方する。喧嘩を止めやしないよ。大いにやりな。気が済むまでね」
ウォーン……。
「なに呆れてんのさ。親ってのはね、子どもの成長を見て喜ぶもんなの。アンタが頑張れば、あのポンコツだって見直すってもんさ」
ウォォーン……。
「ん? あー、まあ、ね。まずはアンタに自我が芽生えたのを知ってもらわないと……、か。けど知ったら知ったでアイツは心乱される。悩ましいもんだねえ」
今度は泣きじゃくるように部屋が揺れた。
「まあ飲め! でもって寝ろ! 明日の自分がきっとなんとかしてくれるさ!」
リーヴァは床をポンポンと叩き、酒を浴びせかけた。
以降、まるで眠ったかのように音がやむ。
(ホント、創造主に似て不器用な奴だよ)
優秀なくせにどこか抜けていて、想いの先をひとつにしか絞れない。
(ま、エルディスティアのは逃避だけどね。アンタはまだ気づかれてないと思ってるけど、ありゃもう絶対気づいてる。ただ権能が剥がれまくったアイツには、どうにもできないのはその通りさ)
だからリオに救いを求めているのだろう。本人は無自覚だが。
島とつながったことでリーヴァには多くの情報が流れ込んできた。
神とは冷酷無情。自然界のルールを厳密に管理・運用する超常的な機能のひとつにすぎない。その範囲で自身の享楽に感けるハタ迷惑な存在だ。
けれどエルディスティアは、神として在るには優しすぎた。
ゆえにちょっとしたことで人に情けをかけ、結果いくつも禁忌を犯す。そうして自ら創ったこの島を、コントロールできなくなった。
(もともとこの島を創ったのも、他の神々に疎まれ追放されて寂しくて、だもんな)
けっきょくあの女神は神ならざる者が大好きで、彼らと触れ合っていたいのだ。
けれど彼女の立場が――神で在らんとする心が邪魔をする。
我慢に我慢を重ねていたところに、攻略者の願いを叶える大儀名分をもって、リオを引き取ることになったのだからさあ大変。
リオに蕩けて逃避しても致し方なかった。
(うん、これ、アタシのせいだ!)
そんなつもりは毛頭なかった――というのは嘘になる。
解けない呪いを受けて現れたリーヴァに、女神は自分なら治せると力説した。本来の願いを叶えてやれなくてゴメンとまで謝罪したのだ。神様のくせに。
だからピンときた。
こいつは神様でいては、いけない奴だと。そのためには人との触れ合いが必要だ、と。
さすがにここまでかっちり嵌まってしまうとは、リーヴァも思っていなかったが。
(アイツはもう限界だ。だからリオ、頼んだよ)
リーヴァは床を優しく撫でる。
(でもってアンタは、女神の代わりに絶対者になればいい)
自分で自分を支配する。そうして初めて、この島は完全となるだろう。
「あーあ、しっかし暇だねえ。ホント誰か来てくんないかなあ」
太い枝が絡まりできた床に、リーヴァは大の字になって寝ころんだ。
ざわざわと枝葉が騒ぐ。
月夜に照らされるは、山ほどもある超巨大樹だ。
島のど真ん中にそびえるそれは、密林迷宮アマテラスの中心部。
数多の冒険者がこの超巨大樹に近づくことすらできず引き下がり、あるいは命を散らしてきた。
いまだかつてここに足を踏み入れたのは、一人だけ。
その最奥に、彼女はいた。
いつか息子と娘が現れるのを、待ちわびながら――。
石化状態に陥った女神官は一命を取り留めた。
町に戻ったリオは安堵する。
そうして大宴会が始まった。
残念ながらミレイは姿を見せなかったが、話を聞きつけた顔馴染みやご近所さんまでけして広くはない『銀の禿鷲亭』に大集結。飲めや歌えの大騒ぎだ。
「いやはや、本当にすごいよね。まさかレベル31でオベロンを突破してしまうなんて」
エルディスティアは給仕服でお酒をちびり。
「でも、新種が追加されていた。てことは、やっぱり……」
ほんのり頬を赤らめた彼女は、なんとか続く言葉を飲みこんだ。
(この島は、リオ君を拒絶している……)
その原因は自分にある。リオの側に自分がいるから。
(なら、私は――)
リオから離れ、また独りぼっちで見守ることに徹するのがよいのだろう。
そう考えた彼女の肩に、ぽんと優しく手が置かれ。
「大丈夫」
リオは優しく微笑んだ。
「僕には、女神の加護があるから」
いろいろバレているような気がするし、頼れるお姉さんからは程遠いけれど。
「ぅぅ、リオくぅん!」
抱き着いてわんわん泣きじゃくる女神さま。
(うん、大丈夫。誰であろうと、たとえこの島に嫌われていようと、僕は絶対にこのひとを救って見せる)
母もそれを望んでいる。そんな気がしてならなかった。
まずはひとつ。
リオ・ニーベルクの挑戦は、始まったばかり。
ただ今は、勝利の余韻に浸っていたい。
すぴーっと眠りに落ちた女神の髪を優しく撫で、いつしかリオも酒気にあてられたのか、微睡みに落ちていくのだった――。
第三幕は終幕です。分量的には本一冊分、というところ。
次回から次なるダンジョンの攻略に挑みます。お楽しみに~♪
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