撃破
また最初からやり直しだ。
MP回復のギミックは何度でも発動するので、敵のMPの枯渇を待つ作戦は意味を成さない。
けっきょくのところ手持ちの札を考えれば、当初の作戦に従って『ミレイと浮遊する新種の一対一』という状況を作らなくてはならないのだ。
だが相手が戦術を変えた以上、それも難しい。
ギガ・トロールはミレイがいればリオにはまったく無関心になってしまう。浮遊する新種の魔法攻撃で十分に足止めできると学習したのだろう。
ここまでの戦いでリオは、【緊急回避】と【集中】がひとつレベルアップしていた。ステータス値もわずかだが上がっている。
しかしそのひとつひとつは微々たるもので、とても戦況を好転させるには至らない。
(もう、何も考えるな)
今自分がやるべきは、すこしでも長く戦闘状態を維持し、敵の注意を引くことだけ。
この場でもっとも力の劣る自分には、それしかできないのだから。
側面から襲いくる水弾を、感覚だけで避けた。
正面からの攻撃を曲刀で叩き落とす。
巨大な棍棒がすぐそこまで迫っていた。のけ反りながら剣を振るい、水弾を弾いて頭部を守る。
ぶおんと、棍棒の風圧が襲いかかる。押し飛ばされるのを耐え、瞼が降りるのも我慢した。
――頭空っぽにしてやりゃあ、けっこう動けるもんだろ?
母の言葉が脳裏をよぎる。
ゆえにリオはただ、無心になった。
避け、弾き、躱す。
体が動く限り、愚直にそれを繰り返した。
疲労など知らない。動けるうちは無視していい。体が動かなくなれば勝手に全快するのだから。
リオはいまだに気づかない。
考えるのをやめて以降、二体の魔物を相手に彼は一度も、固有スキルを発動していないことに――。
「どういうこった? 敵の動きに変わりはねえ。見るからにあいつの動きがよくなってんぞ」
「おそらくですけれど、リオ様の持つ通常スキルのいずれか、あるいは複数が同時にレベルアップしたのではないでしょうか? それに、ずっと戦い続けていれば筋力なども上がりますわ」
「んなの微々たるもんじゃねえか」
「ひとつひとつは、ですわね。それらが合わされば――いえ相乗効果を考えますと、防戦に専念すれば目に見えた効果になるのでは?」
加えて、とノーラは続ける。
「リオ様の動きは、明らかに相手の攻撃を予測してのものですわ。ずっと戦い続けてきたのですもの。学習して当然ではありますけれど……」
「口で言うほど簡単じゃあねえぞ。専用の固有スキル持ちでもない限りはな」
「もともとリオ様はレベル不相応な経験をしてきましたわ。二年もの間、一流の冒険者と強力な魔物たちの戦いを見続けてきた影響もあるのでしょう」
「ステータスには表われねえ、『センス』ってのも鍛えてきたってわけか。マジで面白え奴だぜ」
二人の会話を聞く間に、ミレイは疲労回復薬を二本飲み干した。
(リオさんが、がんばってる)
ならば一緒に戦う仲間として、自分は最大限それに応えなければ。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふぅぅぅぅ……」
涙を拭い、呼吸を整えた。身を低くしてガラス張りの床を見つめる。
こうしている間にも、リオは戦っている。戦い続けている。
疲労はもちろんあるだろう。けれどリオが戦闘不能になるなんて、頭の中からきれいさっぱり消え失せていた。
ガラスを破るほど強く、床を蹴った。
まっすぐに、最速で。
ようやく顔を上げたときにはやはり、リオは立ち続けていて、魔物二体はミレイに気づくことなく背を向けていた。
ミレイの周囲に、光の玉がいくつも現れる。
「どどどどーんっ!」
刀に手をかけたまま叫ぶと、それらが一斉に放たれた。
狙いは二体。しかし倒そうとしたものではない。
巨躯の背に当たると、一瞬ギガ・トロールの動きが止まった。
ミレイはしかし、巨人を斬りつけはせず、その体を足場にして駆け上がり――。
「てやーっ! てやてやてやてやぁーっ!」
光弾にひるんだ新種の魔物を滅多斬りにする。
女性型の妖精は反撃する間もなく、露と消えゆく。
「やった! 倒しま――っ!?」
落下中、無防備になったミレイを、ぎろりと巨人の黒目が捉えた。
(ぁ……、これダメだ……)
巨躯に似合わぬ素早い攻撃を、空中で避ける術がない。
ともかく一撃で死なないよう、身を固くしたミレイの耳に――。
「どこを見ている? お前の相手は僕だ」
ささやきにも似た小さな、それでいて怖気に震えるほど重い声が届いた。
リオが駆けた。
二本の曲刀をそろえ、巨人の股の間を滑るように抜けながら脚を斬りつける。
急停止して身をひるがえし、もう一方の脚へ。
『ゥゥゥ、アアァ!』
ギガ・トロールが狙いを切り替えた。リオを目掛けて棍棒を振るう。
頭蓋を砕かんとする横薙ぎの一閃を、身を低くして躱すと、リオは二本同時に膝へ突き刺した。
(すごい……すごいすごいすごい! あんな風に、動けるなんて……)
マネをしろと言われたら、『今の』ミレイならできるだろう。
しかしリオのステータス値はレベル16相当だ。自分がそのくらいのとき、はたして『今の』リオと同じ動きができたろうか?
(無理。だいたいわたし、実力以前に今みたいなうっかりが多いからなあ……)
ミレイは最強の団の猛者たちを間近に見て、何度もその技量に見惚れてきた。
だが心の底から震えるほどに感動したのは、今回が初めてだった。
もし、仮に、リオが今のミレイと同程度のステータス値であったなら。
考えるまでもない。
この戦場を支配しているのは、間違いなくリオだ。
(わたしも、あの境地に――)
至りたい。
その願いは意図せず、彼女を無心に導いた。
「一刀七閃!」
着地したミレイが間髪容れずに飛びかかる。
七つの斬撃が巨躯を切り裂いた。
やはり一回の攻撃では倒れない。それほど甘い相手ではなかった。
しかし大幅に減ったHPは、自動回復ではとても追いつかず――。
二人の猛攻を受け続けたフロアボスは、
『ォォォォ……』
やがて霞となって消えていった――。
次回、リオ君に別の変化がありまして……『覚醒の予兆』。お楽しみに~。




