フロアボスさんこんにちは
先へ進もうとしたリオに声をかけてきたのは、ミレイとノーラだった。
ミレイは刀を腰に差し、母とは知らずに真似たポニーテールを揺らしている。
ノーラは金髪をまとめ上げてベールで覆っていた。白い聖職者風のゆったりした衣装を身にまとい、手には先端に宝石が埋めこまれた木製の杖を握っている。
いつでも戦える、そんな出で立ちだ。
「ミレイも攻略に行くの?」
「はい! あ、いえ、わたしは地下迷宮の探索の合間にこっちをちょっとずつ進めてて、今日は休暇なんですけど、リオさんが行くならご一緒したいなあって……えへへ」
「ちなみにわたくしは付き添いですわ。リオ様のお邪魔はしませんからお気になさらず」
(……『様』?)
さておき、リオはしばし考える。
ミレイのレベルは33。豊富なスキルや魔法を考えれば、フロアボスを単身で倒すのも可能だろう。
フロアボスは倒されると一日後にまた復活する。さほどタイムロスにはならないし、そもそも自分の都合で誰かに『待て』と言えるはずもなかった。
自分が先に戦えば、ミレイにフロアボス攻略のヒントを与えられるかもしれない。
(まあ、先輩たちからいろいろ聞いてはいるか)
となれば逆に、自分がミレイの戦いを見て参考にさせてもらえる。とはいえリオも荷物持ちをしていたときに何度かここのフロアボスの討伐を見ているので、ある程度の知識はあった。
今日はミレイに譲るとしても、メリットは少ないが大きなデメリットがあるわけでもない。
「うん、じゃあ一緒に行こうか」
「ありがとうございます!」
大扉を開け、三人で螺旋階段を上っていく。
「ミレイはこのダンジョンを攻略したと思っていたよ」
「あー、この星ですか」
ミレイは首筋の『☆』印を居心地悪そうに掻く。
「これは別のところで団の皆さんについて行って、おまけで手に入れたものでして……」
「おまけとは語弊がありますわね。ミレイちゃんはダンジョンボスとの戦闘にも参加していましたし、きちんと働いていたじゃありませんの」
「ダンジョンボスさんの周りをちょこまか駆け回ってただけですよ」
「敵の目を引き付ける危険な役割ですわ。謙虚さは美徳ではありますけれど、自身を過小評価するのはよくありませんわね」
「そう、ですね。はい! わたしがんばりました! えへへ……」
二人のやり取りを聞き、リオは安堵する。
(いい仲間に恵まれているんだな)
ノーラだけでなく、言動の荒いガルフもリオを心配している風だった。ミレイが以前言っていたように、根は優しいのだろう。
リオは直接かかわっていないが、高い実力を兼ね備えた個性派ぞろいだと聞く。
そういうところで揉まれれば、強くもなるし人間的にも成長するだろう。
ひたすら階段を上っていると、いつしか妖精たちが姿を現した。
『見てよ見てよ』
『女連れだよ』
『びっくりだね』
『こっちには見向きもしないくせに』
以前より視線が鋭くなっている気がするのはなぜなのか?
変わらず無視するリオとは対照的に、
『やめておきなよ』
『朴念仁だよ』
『ちっとも楽しくないよ』
「いいえ! リオさんとお話するのは楽しいですし勉強になります」
『お姉ちゃんはどうなの?』
『あんなのが好みなの?』
「うふふ、わたくしはどちらかと言えば見守るのが好みですわね。まだ男女のなんたるかを知らぬ純真無垢な少年少女の恋模様を陰ながら応援しつつヤキモキするのがたまりませんの」
『まくしたてたね』
『ドン引きだね』
「他人の嗜好にケチをつけないでいただけます?」
二人は楽しく(?)おしゃべりしている。
そうこうするうち長い螺旋階段を上りきり、四方がガラス張りの廊下に出た。
このフロアのどこかに、フロアボスがいる。
「こっちへ進もう」
リオはなんとなく『こっちが最短ルート』と感じた方へ歩き出す。
「【鑑識眼】をお持ちの方がいると助かりますわね」
「まだ完全に使いこなせているか怪しいので、油断はしないでください」
言いつつ、リオは先頭を歩く。もし罠が仕掛けられていても、引っかかるのは自分だけだ。ミレイやノーラならそれを見て回避行動が取れるだろう。
「リオ様、つかぬことをお伺いしても?」
「なんでしょう?」
「仮に貴方が罠に嵌まって固有スキルが発動した場合、どれほどの経験値が得られますの?」
「それほど多くはないですね」
わざと魔物にやられるのと同程度だ。
「となるとレベルが上がりつつある現状、あまりお得ではありませんのね」
「まあ、そうですね。できれば罠に嵌まりたくはありません」
もちろん【鑑識眼】で集中し、なるべく引っかからないようにするつもりだ。ただ罠の種類によっては間に合わない場合もあるだろう。
「……」(じーっ)
「……」(じーっ)
二人がリオの背を真剣な顔つきで見つめてきた。
「な、なに……?」
たまらず尋ねると、二人は交互に応じる。
「リオさんの性格からして、先頭を譲る気はないと理解しています」
「だからと言って、わたくしたちがただ貴方に任せるだけとお考えになっては困りますわ」
「リオさんのピンチは」
「わたくしたちにお任せあれ」
それでは先を歩いて罠を見つける意味がないように思う。
(これは……僕も気を抜いちゃダメだな)
リオはいっそう神経を尖らせて、罠がない道を選び続けるのだった――。
ミレイが変幻自在のステップで、首なし騎士を翻弄する。大剣の大ぶりを後退しながら躱すその最中、ひゅんと刀を一閃。二つの手首をまとめて斬り落とした。
「リオさん、今です!」
リオは背後に回りこみ、鎧の胴部分にある隙間に曲刀を刺した。上に持ち上げるようにして隙間を広げ、そこへもう一本を思いきり突き刺す。
首無し騎士はガクガクと震えてのち、ガッシャーンとその場に崩れ落ちた。
「ありがとう。ミレイがかなりHPを削ってくれたおかげだね」
「いえいえ。リオさんの最後の一撃もお見事でした」
罠を避けて進めば、魔物と遭遇する機会が多くなる。
敵を倒した際はレベル差によるボーナス補正があるため、パーティー戦ではレベルの低い者がとどめを刺す役に回り、全体としての経験値効率を高めるのが基本だ。
むろん主力の成長を優先するなどケースバイケースだが、今はリオが最後を決めることが多かった。
おかげでレベルがひとつ上がり、切りのいい20に到達した。
「さて、いよいよだね」
「はい、いよいよですね」
見据える先は廊下が広がり、大きな扉が待ち構えていた。
「あの先にフロアボス――ギガ・トロールがいるはずだ」
「このダンジョンにいるメガ・トロールの上位種ですね」
「うん。大きくてHPが高いくせに、けっこう素早い。まあ、君なら十分対応できるとは思うよ」
リオの励ましにもミレイはむんっと気合を入れる。
「道中で話したとおり、僕が囮になる。ただ今のレベルだとほとんど機能しないだろうから、ミレイは僕にかまわず好きに動いてくれていいよ」
「できればもっとこう、協力プレイ的なものをですね……」
「でも本当なら、君一人でやらなくちゃいけないことだろう?」
視線をミレイの横へ。ノーラがほわほわした表情で受け止める。
「ええ、ミレイちゃんは団長から『オベロンの単独攻略』を課せられていますわ。ただ酷なことを言ってしまいますと、先ほどリオ様自身がおっしゃったように今の貴方は戦力足り得ませんの。わたくしからあえて口を挟むことはしませんわ」
はっきりとした物言いで、逆にノーラへの信頼感が増す。ミレイが窮地に陥れば、彼女は絶対に守ってくれる。
過保護のようにも思えるが、ミレイは島の完全攻略を目指すうえでの貴重な戦力だ。こんなところで失うわけにはいかないだろう。
「じゃあ行こうか」
リオが大扉を押し開ける。音もなくゆっくり開かれた先には、広い広いガラス張りの部屋があった。
その中央に佇む、巨大な魔物。
姿はこのダンジョンで出会ったメガ・トロールとそっくりだが、その巨躯は二倍に迫る。両の手に巨大な水晶の棍棒を握り、真っ黒な眼球をぎろりと三人へ向けた。
「どういう、ことですの……?」
驚きの声はノーラのもの。
しかしリオもまた、思いもよらない事態に困惑していた。
『うふふ』
『うふふ』
ギガ・トロールの周囲を、同じ姿の成人女性らしき二人が浮遊していたのだ。
背中には虫のような翅が生え、顔は白塗りの仮面のよう。
「妖精さん、でしょうか?」
ミレイの疑問に、リオはきっぱりと否定を返す。
「いや、あれは魔物だ。しかもそれぞれレベルが30もある」
単純に考えて、難易度が三倍近くに上がっていた――。
鍛錬たんれ……まだでした。すみません。
次回、兄妹が共闘。熱くなるぜ。




