究極の固有スキル
とある女神が暇つぶしに創ったとされる冒険島――エルディアス。
広大なる地下迷宮、雲までそびえる無限塔、魔獣蠢く密林に、草木も生えぬ熱砂の地。
この島にはありとあらゆるダンジョンがひしめき、それぞれに貴重なお宝が眠っている。しかも宝は誰かが得ても、女神の気まぐれでいつしか補充されていた。
世界中から冒険者たちが集まり、何百年もの歴史の中で人々はその島で生活を営み、ひとつの社会を形成していく。
彼らの目的はお宝だけではない。
彼らが目指すのは、七つある大きなダンジョンの完全制覇だ。
それを果たした者には、たったひとつ、女神がどんな願いも叶えてくれる。
ある者は巨万の富を。ある者は永遠の命を。
不可能はないとされる女神の権能を信じ、数多の冒険者が危険なダンジョンに飛びこんでいった――。
リオ・ニーベルクは島の南端にある〝始まりの町〟にやってきた。
とある宿屋兼酒場に、住み込みで働くことを条件に拠点を構える。
まだ12歳の子どもの彼はまずそこでの仕事でわずかなお金を貯め、装備を整えた。
そうして鉄の剣と粗末な軽鎧を装備して、仕事の合間に冒険に出る。
しかし彼は駆け出しのレベル1。当然ながら――。
「はあ、はあ、はあぁぁ……」
茂みの点在する草原地帯。肩で息をするリオの前には、ぴくぴく痙攣する大きなアリの魔物がいた。
彼の腰ほどの大きさのその魔物は、この島では脅威度最低レベルの『ソルジャー・アント』だ。
安物の剣は刃こぼれし、軽鎧も傷だらけ。
三十分近くの格闘の末、ようやくとどめをさしたその直後。
――経験値5を獲得しました。
脳内に響く無感情な声を聞き、リオはがっくりと肩を落とす。
(こんなに苦労して、たったの5か……)
次のレベル――たったの2へ上げるにも一億ちょっとの経験値が必要なのに。
(これじゃあ、何万年かかるかわからないよ)
弱い魔物を倒しても、得られる経験値は高が知れている。
自分よりも強い相手を倒せばボーナス補正がかかってより多くの経験値が手に入るものの、レベル1の彼では挑戦権すら与えられていなかった。
リオが念じると、眼前にステータス画面が表示された。彼にしか見えない、彼個人のパーソナルデータだ。
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HP :72/150
MP :30/ 30
STR:45/141
VIT:67/157
INT:65/104
MAG:15/ 65
AGI:48/126
DEX:50/103
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冒険島にはレベルという概念が存在し、能力を数値化したステータス・システムに人々は支配されていた。島内に入った瞬間、このシステムが適用される。
右側の数値がそのレベルでのMAX値で、どんなに努力してもレベルが上がらなければ変わらない。
そして左側の数値は現状を表す。
レベルが上がって即座に上昇するものではなく、例えば筋力は日々の鍛錬で数値が上がっていくのだ。
逆に鍛えなければ下がっていくし、病気や疲労で一時的に低下することもあった。
リオのステータスは平均からそう逸脱はしていない。
レベル1ではだいたい100前後なので、筋力や体力、俊敏がやや平均より上といったところだ。(逆に魔力は見劣りするが)
(やっぱり、まずは体を鍛えないとダメかな)
魔物と戦いながらが効率的なのは間違いない。ただ一匹でこれだけ苦労するなら考えを改めるべきだろう。
霞と消えた魔物のいたところには、二枚の銅貨が落ちている。
(パン一枚だって買えないじゃないか)
しばらく住み込みのバイトは継続するしかなさそうだ。
ふぅ、と息をついたのも束の間。
『キキキ……』
また、ソルジャー・アントが現れた。
(今は戦える状態じゃ――ッ!?)
残った力で逃げようとするも、背後にもう一匹、草むらから同じ魔物が出てきた。
「くそっ!」
恐怖を飲みこみ、目の前の敵に斬りかかる。
倒そうとしてはダメだ。
なんとか隙を見つけて逃げ出さないと。
しかし疲労で剣が重い。
渾身の一撃が、ひらりと避けられ地面を叩いた。
(あ、マズい)
避けた魔物はさすがに最弱。すぐには攻撃態勢を取るには至らない。
だが背後から飛びかかってきたもう一匹が――。
ガキンッ!
「ぐぅっ……」
片足に噛みついてきた。
傷は浅い。さすがは最弱。しかし大きなあごで挟まれ、身動きが取れない。
「ぁ……」
そこへ、態勢を整えた一匹が突進してきて。
あとはもう一方的だ。
リオは身を縮こまらせて耐えに耐えた。なんとか脱出して逃げのび、生き延びようと必死に思考を巡らせ抗う。
しかし生命力はどんどん削られていき、体中から血を流した彼の命は風前の灯。
薄れゆく意識の中で、
――固有スキル【女神の懐抱】が発動しました。
脳内で響く声。
続けざま彼の身体が淡い虹色の光に包まれた。
ソルジャー・アントたちはしかし、その不思議な光景を気に留めた様子はない。
相手を仕留めたと確信したのか、リオから離れて草むらの中へ姿を消した。
この島の魔物は捕食目的で人を襲わない。
敵と認定したものを倒せば興味を失くし、別の敵を攻撃するか、別の場所へ移動するよう調整されていた。
リオは仰向けに倒れ、澄み渡った空を見つめる。
いや眼前に表示されたステータス画面を凝視した。
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HP :150/150
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HPが、全快していた。
疲労で下がった他のステータス値も元の値に戻っていた。
固有スキル【女神の懐抱】。
彼を育てた女神が与えた、まさしく『死』を回避する究極のスキル。
瀕死の状態からあらゆるケガや病気、状態異常を瞬時に全回復させる効果がある。
HPが0になった瞬間はもちろん、部位欠損など大ケガを負っても発動する。
一日の使用回数制限もない。
スキルの効果自体は把握していたが、実感して初めて思い知る。
(まさか、ここまでの効果があるなんて……)
助かった、と感謝したリオは、続けて妙な声を聞く。
――経験値2010を獲得しました。
いったい何がどうなったら、ソルジャー・アント402匹分の経験値が手に入るというのだろうか――?
次回、経験値大量ゲットの秘密を検証します。
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