妹との稽古
冒険島の完全攻略を目指すにせよお宝目当てであるにせよ、冒険者とはその目的のため、強さを追い求める者たちでもある。
剣士などのアタッカーであれ回復師などのサポーターであれ、自身の役割をこなすため、実力を高めるのに邁進する。
しかしただレベルやステータス値を上げるだけでは足りない。
己が技量を磨くには、一線級の冒険者に師事するのが効率的だった。
ミレイがリオに『師匠を見つけよう』と提案したのは自然の流れ。
だがリオは難色を示した。
リオにとって師とは、技術を伝えるだけの存在ではない。
自分のことを理解してくれて、人生における様々な指針を示してくれる人だ。
彼には一人しか思い当たらない。
残念ながら女神ではなく、母リーヴァ・ニーベルクだ。しかしその母はもういない。
「僕の戦い方は、きっと特殊だと思う。教える側も困るんじゃないかな?」
「そうなんですか? あー、もしかして、固有スキルをものすごく活用しちゃう感じです?」
リオはこくりとうなずく。
「効果のほどは聞いていますけど、実際ふつうとは違うものなんですか?」
「殺されることを前提に突っこんで、実際にやられたら復活して油断しているところを狙って相手を倒す。こうすると確実性が増すし経験値が二度おいしい」
ミレイは絶句する。
エルディスティアはため息交じりに言った。
「はぁ……、君のその思い切りの良さは美徳ではあるんだけど、付いていける人は少ないよ?」
「理解はしているつもりだよ」
荷物持ちをやって二年、随行した冒険者たちに何度となく「頭おかしい」と非難され、「もっと自分を大切にしよ?」と諭され、「気持ちはわかるが無茶苦茶だ」と指摘されてきた。
だからといって『死を逃れたら膨大な経験値が手に入る』メリットを、活用しないなんてあり得なかった。効率が段違いなのだから。
むむむっと難しそうに考えていたミレイが、唐突に言う。
「すみません、ちょっと手合わせしてもらっていいですか?」
「なんで?」
「わたしが所属する団には双剣使いもいます。推薦するにしても、どんな感じかわたし自身が知っておきたいので」
そもそも誰かに師事するのは気乗りしない。
なんだか妙なことになったと思いつつも、リオは承諾した――。
このところリオが鍛錬している草原地帯に来た。
小さな岩に腰を落ち着けたこの島の創造主が見守る中、距離を空けて兄妹は対峙する。
「思いきりやっちゃってください。わたしも死なないようにがんばりますので」
言われなくてもそのつもりだ。
レベル差はもちろん、ステータス値はリオの二倍に迫る。
【剣術】スキルはLv.5。いくら【進化極致】を持っていても、わずか半年でどれだけの鍛錬を積めばその域に達するのか。
加えて【多段斬り】、【斬鉄】、【会心突き】、【必中】、【受け流し】などなど……剣技に直結するスキルが豊富だ。
スキルレベルは低いものの、多彩な魔法も持っていた。
対するリオは【剣術】がLv.2。回避につながるスキルがいくつかと、【物理攻撃耐性】のLv.7くらいしか誇れるものがなかった。
(ともかく全力で行くしかない)
妹に剣を振るうのに抵抗はあるが、そんな甘い考えでは何も得られない。
ワーキャットの店主リィアンの言葉を思い出し、限定スキル【鑑識眼】を発動して先手を取ろうとした。しかし――。
(ぇ……?)
ミレイが抜こうとしている刀を見て、リオは動きを止めた。
「? こないのなら、こっちから行っちゃいますね?」
すらりと刀を抜くと、両手で握りこむや。
ダンッ!
一足飛びに間合いを詰める。
「ちょ、その刀って――ぐぅ!」
双剣を交差して、横薙ぎの斬撃を受け止める。ミレイは刀をひっくり返し、刃ではなく峰の部分で叩きつけていた。
ホッとするも、
(重い!)
リオの身体は容易く吹っ飛ぶ。
なんとか体勢を整えて着地したものの、いつの間にかミレイはすぐ横にいた。
「あ、視えちゃいましたか。ええ、これは妖刀『斬呪丸』。切れ味抜群の名刀ですけど、斬るたび使用者を呪うんです」
一刀ごとに使用者はダメージを受ける、諸刃の呪刀だ。
「なんでそんなものを!?」
ギィン、と今度も峰打ちをどうにか受けた。【危機察知】と【緊急回避】がなければ側頭部に直撃していたかもしれない。
「いちおう呪いの効果は下げてもらったので、使ってもわたしはそれほど痛くないですよ?」
「だからって、好んで使う理由なんてあるの?」
切れ味でいえば、他に名刀は見つけられるはずだ。
「冒険者になる前に言われたんです。この島の攻略を目指すなら、呪い耐性はつけておけって」
どこかで聞いたような話だ。一般的な注意事項なのだろうか?
たしかに斬るたびに呪いを受けるなら、その耐性を付けるのにはうってつけの武器だろう。
「いやでも、耐性に限るなら物理攻撃や魔法系みたいに直接ダメージを軽減するものとか、状態異常系でいえば致命的な危機になりかねない石化とかを優先するでしょ?」
「そうですね。でも理由は教えてくれなかったんです。なんででしょう?」
この島唯一の攻略者、リーヴァ・ニーベルクがとあるダンジョンボスに解けない呪いをかけられたとの話は、一般に知られていない。
何を願ったのかも、どこでどう女神と会ったのかも彼女は語らず、体に刻まれた七つの『☆』を証とし、いつしかみなの前から姿を消したのだ。
(とはいえ母さんだって、まったく誰とも交流してなかったわけじゃない)
だからそれを知る誰かがミレイに『呪い耐性をつけろ』と助言したとしても不思議はなかった。
「峰打ちですからわたしにダメージはありません。さあ、遠慮なくどうぞ!」
言いつつも上下左右から、変幻自在の斬撃を繰り出す。
(そうだ、今は余計なことは考えずに――)
リオはやみくもに左右の曲刀を振るった。
「……?」
ミレイが怪訝な表情になったが構っていられない。
師匠がどうとかは横に置き、今自分にできることを示して、剣士として遥か先行く妹に何かを感じてほしかった。
前へ。
ただひたすら前へ。
それしか自分はできないのだから。
両手で繰り出す斬撃の、ことごとくを捌かれる。手数はこちらが倍なのにミレイは楽々受けきっていた。
しかも、時おり彼女が攻撃に転じるも、首に、腰に、脚に、食らわせる寸前で止めている。
手加減されているのがありありと伝わってきた。
(ん? ミレイ……?)
と、妹がどんどん辛そうな表情になっていた。
攻撃を受けても呪いが発動し、ダメージを負っているのかと心配になる。
やがてミレイは大きく飛び退いた。顔を伏せ、苦しそうに吐き出す。
「それは、ダメです。ダメですよ、リオさん……」
「ダメ……って?」
「いえ、ダメって言うのがダメですよね。でも、あなたの戦い方は……自分の命を、価値のないものとして扱ってるように、感じてしまうんです」
二人のやり取りを眺めながら、女神は思う。
(ああ、それは私の責任だ。まだ子どもだったリオ君に、命の尊さを教えなくちゃいけない年齢なのに、自分の命を粗末に扱えるようなスキルを与えてしまったのだから……)
他者の命に対しては、年相応以上に大切だと感じているようではある。随行したとある冒険者パーティーが全滅したのを目の当たりにしたことが大きな要因だろう。
だからなおさら、他者の命を尊重するあまり自身へがおざなりになっているのだ。
「死なないっていうのはわかります。理解はしてるんです。でも……やっぱりわたしは辛いです。哀しい、です……」
小刻みに震える妹にも、リオは淡々と話す。
「うん、そうだろうとは思う。でも僕はこのやり方を変えるつもりはないし、これが僕に一番合っていると信じているんだ」
スキルは有効に使う。理に適った使い方なら、むしろ積極的にやるべきだと疑っていない。
仮に母が生きていればこう言うだろう。『イカしたスキルだ。いいぞもっとやれぇ!』と。
その意味では、妹がまともな倫理観を持っているようでホッとした。
「ごめんなさい、わたしから誰かに推薦はできません」
「構わないよ。もともと誰かに教えてもらおうとは思ってなかったし」
またも小さく「ごめんなさい」とつぶやいたミレイは顔を上げた。困ったような笑みになる。
「じゃあ、わたし行きますね。鍛錬、がんばってください」
「あ、ちょっと待って!」
身をひるがえそうとしたミレイの背に声をかける。ミレイはきょとんとして向き直った。
呼び止めはしたがリオは困った。
なんとなくこのまま別れるのは後味が悪いと感じただけなのだ。
「えっと……、そう。君にも師匠がいるんだよね? どんな人なの?」
ひとまず当たり障りのない話でつなごうとした。
「たくさんです。団には剣や魔法がすごい人たちが大勢いるので、その人たちからいっぱい教えてもらってます。あ、でも――」
ミレイは快活な笑みを取り戻して言った。
「団に入る前に、冒険者のなんたるかをいろいろ教えてくれた人がいました。おじいちゃんやおばあちゃんはわたしに冒険者になってほしくないみたいだったので、冒険者的な最初の師匠はその人ですね」
さらに続けて楽しそうに語る。
「実はその人が、わたしに二つ上のお兄ちゃんがいるって教えてくれたんですよ」
「えっ」
小さな岩に腰かけるエルディスティアをちらりと見る。
おそらく彼女だろう、とリオは考えていた。正体を隠している今の女神に直接は訊けないので、この流れでミレイに確認してみようかと軽い気持ちで問いかける。
「その人ってどんな人なの?」
これがリオの運命を大きく変えることになるとは、露とも知らず――。
悪い方向には変わりません。
次回、その正体とは誰ぞや?




