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7 主人公と服飾店



「はぁ――――!?」


 翌日。

 街へ向かう馬車の中で、ルースのそんな声が響いた。

 ベリアが昨夜起きたことを話していた途中のことである。


「はぁ? ベリアおまえ、何考えてんだ!? 刃物を持った相手に体当たりって阿呆か!」


「いやぁ、咄嗟に。でもその後犯人は窓から逃げてったから大丈夫。まだ捕まってないのが心配だけど……捕まえるのは難しい相手みたいで」


「はぁ――何も大丈夫じゃない……」


 頭を押さえたルースは深い溜息を吐く。


「いいか? その状況でベリアが取るべきだった行動は、助けを呼びに行くことだ。間違っても犯人の前に飛び出るな。無防備に相手に顔を晒すな。後々、腹いせか口止めに何かされたらどうするんだ。犯人を追いかけなかったことだけは良い判断だが……はぁ、おまえしばらく俺の家から学園通えよ」


「え? いいよ、わたしの部屋はなんともないし」


 現場はフレデリカの部屋だ。

 眠る場所に困るのはフレデリカの方だろう。

 フレデリカは昨夜、落ち着いた頃に家から迎えが来て、王都内にある屋敷に連れて行かれたので、実際はそう困らないのだろうが。

 もちろんベリアの部屋はなんともない。昨夜も自室でぐっすり、とはいかなかったが、それなりに眠った。


「そうじゃない。その犯人、いいとこの貴族なんだろ? なら少しでも犯人だとバレる可能性は潰しておきたいはずだ。こんな事件恥以外の何物でもないからな。地位のあるやつほど、見栄と体面を守るために手段を選ばない。実際にベリアが顔を見ていようがいまいが、口を封じに来ると考えた方がいい。

 学園側も女子寮の警備を厚くするとは思うが、それでも穴はある。いろんな人間がいる場所だからな、内部に仲間か協力者がいないとも限らない」

「なる、ほど……」


 口止めのために命を狙われる可能性があって、女子寮にいては防犯面が不安ということらしい。


 確かにルースの家なら防犯はしっかりしているだろう。

 骨董美術品蒐集(しゅうしゅう)が趣味のロシュード子爵は泥棒対策に力を入れているのだ。通常使わない道を歩くと網が降ってきたり、穴に落ちたり、いろいろ仕掛けがあると聞いている。これは領地の本邸の方の話だが、別邸でもきっと同じだろう。


「そういうことなら、ちょっとお世話になります……」

「ああ」


 意固地になって寮に居ても、もしも何かあった場合には同じ寮の子たちにも学園にも迷惑をかけることになる。それはベリアの望むところではない。

 ルースなら迷惑をかけてもいいというわけではないが、ルースから提案してきたので、甘えてもいいと取ることにする。いつかきちんとお礼をしようと決めて。

 それに襲われるかもしれないという話を聞いて、一人寮の部屋で夜を過ごせるほど強くない。ルースの屋敷なら顔見知りのメイドがいるので、一緒に寝てもらうことも可能なはずだ。


「……犯人って学園の生徒だよな。一応学園敷地内への出入りはしっかり管理されてるから、さすがに学園外からの侵入は難しい。無理だとは言わないが、仮にも王族・貴族が集まる場所に、そうぽんぽん不審者が入って来られるような杜撰な警備だとは思いたくない……」


「あ、うん。言い忘れてたけど、たぶん犯人は学園の生徒だよ。フレデリカ様に振られてから毎日こっそり跡をつけてる人がいてね、その人だと思う。名前までは知らないけど、顔は分かるよ」


「……いや待て。なんでベリアはそんなことを知ってる? 伯爵令嬢を助けたのは偶然じゃないのか? ……――しばらく会わない間に、また何に首を突っ込んでた?」


 じとっとした目で睨めつけられる。


「い、いや、突っ込んでないよ、まだ。何かあったら怖いなって、見守ってただけで」

「……」


 無言で睨まれる。


「えっと、その、ルースに相談しようとは思ってたよ? でも、なかなか会えなかったから……、今日確実に会えるしその時でいっかって思って。あ、でも、わたしが見守ってたのは結局フレデリカ様にはバレててね、ありがた迷惑だって怒られたからもうやめる……――あ」


 思い出した。

 あの報告書、早朝に燃やそうと思っていたのに、バタバタしていて忘れていた。引き出しにしまったままだ。

 ルースが怪訝そうに目を眇める。


「……ベリア?」

「ああ、ううん、何でもないの。ちょっと大事なことを思い出しただけ」


 胡乱げなルースの目から逃げるように視線を宙にさまよわせる。


「大事なこと?」

「いや、そんな大事でもなかったかも……?」

「へぇ?」

「ええと、そ、それよりルースはこの数日何してたの?」


 我ながら無理のある話題転換だと思ったベリアだが、意外にもルースはあっさりと引いた。


「まあいろいろと。大ざっぱに言えば調べ物だな」

「へぇー、勉強熱心だね」

「いや、そういうわけじゃないが……ああ、そうだ。あの女、ミシェイラ・バートリー。あいつ、九割方、転生者だと見てよさそうだぞ」

「うん? 何かあったの?」


 あの女とか、あいつとか、呼び方が雑になってないだろうか。以前はもう少し柔らかい呼び方だったような気が。

 ルースは苦々しい顔になる。


「……体当たりされそうになった」

「……何か恨みでも買った?」


 女の子の体当たりぐらいルースは避けるだろう。だが、体当たりされる状況が分からない。


「……たぶん、出会いイベントの再現だ」

「ああ! 廊下で転びそうになったところを助けてもらうベタなやつ!」

「転ぶどころか突っ込んできたぞ」

「やっぱり恨みを買ってるんじゃない? ルースは原作と違いすぎるし……」

「それはベリアもあの女もそうだろ……」

「そうだけど。……思えばひとつとしてゲーム通りに行ってないんだね」


 主人公であったはずのベリアは、今のところ脇役モブ以下だ。舞台にあがれていない。

 脇役モブですらなかったはずのミシェイラは、まるで主人公のような立ち位置にいて。

 攻略対象だったはずのルースは、そもそもゲーム通りに動く気が端から無い。興味がないとも言う。


「当たり前だ。現実なんだからな。少しぐらいゲームと似たところがあっても、偶然に過ぎない。何から何までゲームのシナリオ通りに動く方が不気味だ」


 ルースは、ゲームはゲーム、この世界はこの世界と割り切って考えていた。ゲームなんてものに縛られるのは馬鹿らしいと。


「うーん、分かってはいるんだけど。どうしてもゲームって意識が出ちゃうんだよね……。第二王子を初めて見た時も、ゲームキャラがいるって思っちゃったし……こういうの、良くないんだろうなぁ」


 一方のベリアは割り切れない。ゲームの世界に自分が飛び込んだ感覚が抜けない。

 ゲームではなく現実ということは分かっているはずなのに、ゲームとの共通点を見つける度に、ゲームの世界なのだと意識してしまう。


「ま、俺はあのゲームをプレイしていたわけじゃないからな」

「ああ、そっか。お姉さんがやってるのを横から見てたんだっけ」

「姉じゃなくて近所の知り合いな」

「近所の人と乙女ゲームやるってどんな状況」

「どうでもいいだろ、そんなこと。それよりほら、着いたみたいだ」


 ルースが言い終わるとほぼ同時、速度を緩めた馬車が止まった。

 先に降りたルースに手を引かれ、馬車を降りる。

 若干話をはぐらかされたような気はしたものの、ベリアの意識はすぐに目の前に現れた高級そうな店に移った。

 高価な透明なガラスをふんだんに使った陳列窓ショーウィンドー。そこに飾られているのは、ドレスやアクセサリーで飾られた一体の人形マネキンだ。

 前世ではよく見た光景だが、透明ガラスが高級品の今世では初めて見る展示方法に、ベリアはこれはもしや、と思う。


「ルース、この店って」

「俺んとこの店だ」


 ベリアの言いたいことを汲み取ったルースが、全てを問うより先に答えた。

 やはりこの店にはルースが関わっているらしい。


 ルースの家は子爵位を持つが、それ以前に商家なのだ。

 もともと豪商として名を馳せていた一族が、過ぎた散財で没落しかけていた子爵家から爵位と領地を買い取ったことが今のロシュード子爵家の始まりらしい。ちなみに二代前、ルースの曾祖父の代のことだ。

 先代の時代に商家としての規模は縮小されたみたいだが、未だにいくつか事業を行っている。

 飲食関係が主要事業で、衣服や宝石などは真っ先に手を引いたものだったと記憶しているが。


「でもこの店って、服飾店だよね?」

「ああ。その気はなかったんだが、いろいろあって買い取ったんだ」

「このどこからどう見ても高級な店を?」

「一年前は落ちぶれてたんだ。買い時だった」

「落ちぶれてたって……」


 想像ができない。

 店内にもドレスを着たマネキンが数体飾られている。大きな棚には色とりどりで質も様々な生地やリボン、レースが溢れんばかり。展示物のようにガラスのケースに収まっているのは、宝石のついたブローチや首飾り、指輪などの装飾品だ。

 店全体がキラキラと輝いて眩しく見える。


(う、緊張する……わたし場違いじゃない? 大丈夫?)


 自分の着ている服を見下ろす。

 暗い青のシンプルなワンピース。腰にはえんじ色のリボン。装飾品は一切なし。


(あ、裾のとこほつれてる)


 大丈夫ではなさそうだ。今すぐ回れ右して店を出て行きたい心境だった。

 しかし、「いらっしゃいませ」とかけられた声にそれは阻まれる。

 接客に出て来たのは二十代半ばぐらいのおっとりとした見た目の女性。

 ベリアと目が合うと優しく微笑み、ルースに悪戯げな目を向けた。


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