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3 主人公の報告



 すっかり予定が狂ったベリアは新校舎に行くために来た道を戻る。

 渡り廊下の入口まで自分でも驚く程難なく到着したところで、会いに行く予定だった人物を見つけた。


「ルース」

「お疲れ、ベリア。どーだった?」


 渡り廊下の旧校舎側に立っていたルースは、少し固い表情だ。

 どう、と問われ、先程の光景を思い出したベリアは苦笑いを浮かべる。


「結果から言えば、駄目だった、かな……」

「え。何があったんだ? 会えなかったのか?」


 意外そうにルースが目を瞬く。

 いつも無理じゃないかと言っていた割には、出会いぐらいは上手く行くと思っていたのだろう。初っ端から躓くとはルースも予想していなかったに違いない。


「んー、居たには居たんだけど……先を越されちゃったんだよね」

「ああ、なるほど。……やっぱり居たのか」

「ん? うん、ちゃんとゲーム通りに居たけど」


 ルースは首を振り、ベリアの耳元に唇を寄せた。


「そうじゃない。俺たちと同じような存在が居るかもしれないってことだ」

「え!? それって転――」

「阿呆! 声が大きい。ひとまず、家行くぞ。こんな誰が聞き耳立ててるか分からないとこで話すことじゃない」


 また口を塞がれたベリアは、こくり、と頷きを返した。




 ルースの家にお邪魔するために、新校舎を出て馬車の準備ができるのをぼんやりと待つ。

 ふと目を遣った先に男子生徒と女子生徒がいて、彼らの話し声が風に乗って聞こえてきた。


「――好きなんだ。貴女以外の女性は考えられない」

「もうちょっとマシな台詞が言えるようになってから来なさいな。まあ、どちらにしても私には婚約者がいるからどうにもなりませんけれど」


 おお、告白だ、と勝手にベリアが盛り上がったのも束の間。女子生徒は冷たい視線と言葉を返し、欠片も興味なさそうに男子生徒に背を向けて歩いて行ってしまった。

 憐れ、玉砕。

 男子生徒は膝をついた。


 なかなか可哀想な現場を目撃してしまった、とベリアはなんとなく視線を空に向ける。晴れやかな良い天気である。


 男子生徒はぶつぶつと何かを言っているが、振られたからといって、恨み言を言うというのは頂けない。執着するよりも、望みがないとすっぱりきっぱり諦めて、次の恋を見つけるのが一番だよ、と心の中で励ます。が、当のベリアは失恋経験はおろか、恋愛経験もない。ただの一般論でしかない彼女の言葉はたとえ直接男子生徒に届いていたとしても響くことはなかっただろう。


 ガラガラと音がして上向けていた顔を戻すと、ルースの家の馬車がこちらに向かってきていた。


「お待たせ、ベリア」


 ベリアの前で馬車が止まると、既に乗っているルースが当たり前のように手を差し伸べてくれる。


「うん、ありがとう。ルース」


 未だ落ち込んでいる男子生徒を心の中で励ましつつ、その手を取ってベリアは馬車に乗るのだった。


「そうそう、ルース。わたしひとつ思い出したんだよね」

「何をだ?」


 ガタゴトと揺れる馬車の中。忘れない内に言っておこうとベリアはルースに話しかける。


「騎士団長の息子のシャルク・フレイユのことなんだけど」

「……」

「この前みたいなひったくり事件が出会いだったような気がするんだよね。主人公が鞄とられて、偶然居合わせたシャルクが奪い返してくれるっていう。……もしあの犯人たちがあのイベントの犯人だとしたら、シャルクの出会いイベント起こらないよね」


 ひったくり事件が起きるのは学園に入学して最初の休日。だからこの間のものは、ゲームのイベントではない。だが、今回捕まえた犯人たちが頻繁に起こしていた事件だとすると、次の休日になってもあのイベントは起きないのではないだろうか。ベリアはそう考えていた。


「……シャルクも攻略する気だったのか?」

「ううん、全然」

「あっそ。ならどうでもいいだろ」

「素っ気ないなぁ……あ、ルースもしかしてとっくに気づいてた? なら教えてくれればいいのに」

「関わるつもりがないなら教える必要もないだろ」

「うわーやっぱり気づいてたんだ!」


 こと乙女ゲームの記憶に関してはルースよりも覚えている自信があっただけに、ベリアは悔しげに唇を尖らせる。

 どのみち覚えていたところで、思い至ったところで、ゲームのシナリオのために犯人たちを逃がすなんてことはしないが。


 もともとベリアの目的は第二王子のみ。

 騎士団長子息とのイベントがどうなろうと知ったことではないのだ。

 その肝心の第二王子ルートが上手くいっていない現在ではあるが。


「それより第二王子の方の話を詳しく聞きたいんだが――」


 速度を落とした馬車がガタンと止まる。

 もう着いたのだろうかと外を見遣るが、まだ貴族街に入ってすらいない。

 何かあったのだろうか。


「……なんだ? ちょっと待ってろ、ベリア。馬車から出るなよ」

「う、うん」


 ルースが剣を持って馬車を降りていく。

 こんなところで賊に襲われるとは考えづらいので、そう危険はないと思いたいが、外の状況が分からないのはハラハラする。


 馬車についた小さな窓に張り付いてみるが、外の様子は分からない。鬱蒼と繁る木々がざわざわ風に揺れているだけだ。


 ただ剣戟の音や叫び声などが聞こえてこないことから察するに、争いごとではなさそう――と思ったら、獣の咆哮のようなものが聞こえ、ベリアは不安に両手をぎゅっと握りしめた。


「悪い、ベリア。もう大丈夫だ」


 少ししてルースが何事もなく戻って来て、ようやく安堵の息を吐き出す。

 ルースが剣を置いて、座席に腰掛けると再び馬車が動き出した。

 何があったのか訊ねようとして、ルースの袖口に赤いものが付いていることに気がつきベリアは青ざめた。


「る、ルース! それ大丈夫なの?」

「は? 何――あー……」


 ルースは気づいていなかったようで、ベリアに指摘されて「返り血か……」などと物騒なことを呟く。


「な、何があったの、ルース!?」

「別に大したことじゃない。野犬が出たんだ。……腹が減ってたのかかなり好戦的でな、ちょっと応戦してきたんだ。かなりフラフラだったみたいなのにしぶとい奴だった」

「そっか……野犬は可哀想だけど、ルースが無事でよかった」


 再びほっと息を吐く。

 それからハッとして、ハンカチを取り出し、ルースの隣に移動する。

 ルースの腕を取って、袖口の血を軽く拭う。白いシャツなので、赤はよく目立つのだ。染みにならなければいいが。

 一生懸命拭ってみるがやはり綺麗に取れそうもない。


「怪我はないんだよね、ルース?」

「ん、ああ」

「ちょっと、なんでそっぽ向くの。まさかどこか怪我してるの?」

「いや、そういうわけじゃない。気にすんな」


 こちらを見ようともしないルースは口元に手を当てて、何やら難しそうな顔をしていた。眉間にしわが寄っている。

 それからしばらく沈黙が落ちる。

 ベリアはせっせと染み抜きを試みていたが、その成果は現れなかった。


「結局、落ちなかったね……」

「まあ無理だろうな。家のメイドに任せればなんとかなるから大丈夫だ。それよりベリアのハンカチを汚して悪かったな。今度新しいのを買いに行くか」


 ロシュード子爵別邸に到着したルースは、すぐさま着替えてベリアの通された客間にやって来た。


「本当? あ、でもお金あるかな……」

「そこは俺が買ってやるから……入学祝いも贈ってなかったしな」

「ええ? それを言うならわたしもルースに入学祝いなんて贈った記憶ないんだけど」

「細かいことは気にすんな」

「うーん。じゃあ、また何かでお礼するね」


 少し考えてルースの言葉に甘えることにする。

 血で汚れたとはいえ、洗えばまだ使えるだろうが、ルースが気にしている以上、受け入れた方が丸く収まるだろう。変に遠慮する仲でもない。

 次の休日に街へハンカチを買いに行くことが決まり、ようやく話は本題に入る。


「で? 旧校舎では何があったんだ?」


「第二王子を見つけて追いかけたんだけど、その先で飴色のふわふわした髪の女の子と一緒にいたんだ。たまたまかもしれないけど、その子が主人公と同じ台詞を言ったんだよね。その後の会話はあまり聞いてなかったんだけど、たぶんほとんどゲーム通り。そのまま二人でどこかへ行っちゃった」


「そうか……それだけじゃ、まだその子が転生者かは分からないな。迷子になったところで現れた人に声をかけるのは何も不自然じゃないし、この時期旧校舎を探検する生徒はそれなりにいるから偶然でもあり得る」

「だよね」


 ベリアの結論も同じだ。転生者という可能性もありながら、しかし今のところ偶然の可能性の方が高い。

 しかしルースは何か引っかかることがあったのか、考え込むように顎に手を当てた。


「――ああ、思い出した。その飴色の髪の子、たぶん、入学式の時、じっとベリアを見てたぞ」

「え!?」

「俺らの居た場所はベリアたちが座っていた場所よりちょっと高い位置にあっただろ? だからよそ見している生徒は目立つ。ベリアがキョロキョロしているのもよく見えたな」

「ああ、それでルースと目が……ハッ、確かにあの時視線を感じた! てっきり教師に睨まれてるんだと思ったんだけど」


 ベリアも思い出す。ルースと目が合ったあと、視線を感じたことを。

 そのせいで他のゲームキャラの姿は確認できなかったのだ。とはいえ、一学年にいるのは第二王子と騎士団長子息、侯爵令嬢ぐらいなので、振り向かないと確認できない二学年三学年に在籍する他のキャラクターを見つけるのは、どのみち難しかっただろう。


「特に重要な貴族でも何でもないベリアを睨む、か。主人公として警戒していると見ることもできるが……まだ分からないな。可能性は上がったが」

「特に重要な貴族でも何でもないって、さらっと悪口だよね? その通りだけどさ……」


 爵位も領地も持っているが、貧乏で政治的にも重要な立ち位置になんてこれっぽっちも掠っていないのが、ベリアの実家コグニス伯爵家だ。悲しいことに事実なのである。


 ちなみに実家の事情はゲームの設定通り。ゲームのベリアは、窮乏している実家の助けになるために、女官を目指し、学園で勉強に励むのだ。その過程で見目麗しい貴族の男性たちと降りかかる様々な苦難を乗り越え恋をしていく。ゲームの期間は入学してから一年間なので、恋人になってエンディングだ。その後目指していた女官になれたのかは分からない。


「ところでベリアはどうするんだ? その子が転生者かどうかはともかく、出会いが潰れたことになるんだろ? 第二王子は諦めるのか?」

「ね、本当どうしよう。計画が初っ端から崩れるなんて考えてもなかった。他の攻略対象に行くって手もなくもないんだけど、わたし第二王子と騎士団長の息子ぐらいしか最後までプレイした記憶がないんだよね」

「両方とも出会いが潰れてるな」

「見事にね」


 ベリアの持つ前世の記憶は本当に曖昧で朧気だ。辛うじて大学生だったような記憶はあるが何故死んだのか、どんな風に育ったのか、友達や恋人はいたのかなど全く覚えていない。

 乙女ゲームに関しては、プレイした部分は覚えているが、それも実はほんの一部。第二王子と騎士団長の息子を攻略し、ルースのルートの途中で、何かがあってゲームをやめてしまったのだ。何があったのかはもちろん覚えていない。


「まあ、なんとかなるよ。王子のまわりをうろちょろしてみる。何かしら接点が持てれば軌道修正が効くんじゃないかな?」

「……俺は助言しないからな。応援も」

「分かってるって。こういうことは自分で頑張らなきゃだもんね」

「そうだな……自分で頑張らないとだな」


 深く息を吐き出すルース。

 どこか意味ありげな言動に、ベリアは首を傾げた。


「ルースも何か頑張ることがあるの? 好きな子がいるとか?」


 ルースは頬杖をつき、半眼になる。怒っているのとは違う、恨めしそうな目つき。若干投げやりな口調で言う。


「さあな? いるかもな」

「え!? 本当に? そうなの? 学園? 学園にいるの!?」


 食いついたベリアは重々しい樫でできた机に手をついて身を乗り出した。

 ルースはふい、と逃げるように顔を背ける。


「……まだ言わない」

「まだ!?」


 つまりはいるということだ。


「じゃあ、いつかは教えてくれるんだね! 頑張ってね、ルース」


 きっと上手くいったら教えてくれるのだろうと、ベリアはその時を楽しみに、励ましの言葉を贈った。

 しかし、ルースはまずいものでも食べたかのように顔をしかめ深い溜息を吐いた。


「こいつは本当……」


 呟きは小声だったが、幸か不幸かそれを言われ慣れているベリアの耳はその呟きをしっかり拾った。

 「阿呆だな」と言ったのだ。

 応援をしたのに何故罵倒されたのか。

 考えても理由が分からなかったベリアは首を捻るのだった。



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