第八章 王の間
ちんちくりんな生き物の後についていく。どうやらこの生き物は遺跡内部に精通しているようだと感じた。棺で眠っていたのなら、眠る前からこの遺跡について知っていてもおかしくはないだろう。先が真っ暗な一本道を躊躇なく進んでいく。アラヌスは火の魔法で辺りを照らしながら調べるようにして歩く。この一本道はただの石壁で出来ているだけのようだ。
「ああ、そうだ。自己紹介してなかったよな。オレはアラヌス・カーネルでこっちがルチーナ・フォレイシュ。あんたは?名前はなんて言うんだ?」
唐突にアラヌスは切り出した。行き掛かり上とはいえ行動を共にする事になったのだから、相手の事をよく知っておく必要があると考えたのだ。アラヌスの後ろからついてきているルチーナもちんちくりんな生き物の出方を窺っているようだ。そもそも、ルチーナはこの生き物のことをアラヌス程受け入れてはいないし、信用もしてはいない。
「…名前…か。そうか。必要か」
ちんちくりんな生き物はふよふよと宙を舞うように先導し、前を向いたままぽつりと呟いた。
「何か言った?」
「いや……。そうだな…」
そう呟いた時、ふいにちんちくりんな生き物は留まり、振り返って質問に答えた。
「余の名は、ラグノアーサーという」
急に止まり振り返られ、少し二人は驚いた。そのラグノアーサーと名乗った生き物の背後に模様や文字が刻まれた扉が現れた。
「扉…また?」
ルチーナはげんなりしたように言う。その声は扉や壁に反響して木霊した。
「ここは?」
アラヌスはラグノアーサーに問う。ここまで一本道だったのだから道を間違えたわけではないはず。
「…王の間」
「王の間?」
「王様の部屋ってことなの?」
その問いにラグノアーサーは頭を横に振った。
「正確には、そういう意味ではない。」
そう言ってラグノアーサーは扉を撫でる。
「言ったろう?ここはゆりかごぞ。」
くるりと振り返り、二人の方を見る。二人は黙って次の言葉を待っているようだった。
「この建物はかつて栄えた文明を模した物。王の間はかつての文明の王が民衆の前にその姿を現し、信仰を深めた広場を模しているのだ」
「文明を模した物?この遺跡が?…じゃあもしかして、これまでの部屋ってのもその文明を模した物なのか?」
最初の十二柱のあった柱の空間、祭壇のある小さな部屋やドラゴン像と壁画あった部屋など、これまでに通ってきた場所ひとつひとつが何か模した物であるとでも言うのだろうか。
「うむ。そういうことぞ。ここはゆりかごでもあり、かつての文明を記した…云わば…文明の記憶そのものなのだよ」
そう言ったラグノアーサーの瞳が揺らいだ気がした。少なくとも、アラヌスにはそう見えた。今はもう亡き文明を憂いているのだろうか。このラグノアーサーはその文明の時代に生きた存在、ということか。もしそうであれば、これは時空を越えた出逢いなのではないかと、アラヌスは心の中で思った。それはとても冒険心や好奇心がくすぐられる。だが、そんなことを言い出せるような雰囲気ではなかった。
「あー…文明の記憶…か。じゃあここは、昔の人たちが思いを込めて建てたってことだな」
アラヌスは考えたことを心に留め、そう言った。
具体的にどの部屋が文明の何を模しているのかとか聞きたかったが、それを聞いてもいいのかわからなかった。もとより、多くは答えない相手だ。聞いても返答は得られないかもしれない。
「では、進むぞ」
ラグノアーサーは言うな否や扉の方を向き、魔法を発動する。
次の瞬間には、扉の真ん中に縦の光が走り、左右へを分かれ開いていった。
ゆっくりと開いた扉の向こう側は水に沈んでいた。入ってすぐのところはバルコニーのようになっており、手摺の左右の角には柱が天井まで伸びている。そしてその先には全部で十二本の柱が天井まで伸びて支えるように建っている。だが、水に沈んでいる王の間は柱の奥には壁があり、水が入ってくるような隙間はない。それにも関わらず、水は天井まであり、目の前の扉を境目に水の壁でも出来ているようだ。
「なぁ、これ、どういうことなんだ?これも魔法か?」
水の壁に手を突っ込み出したり引いたりしてみる。その度に波紋が広がる。
目の前に水の壁があり、その奥に王の間と呼ばれた部屋が広がっているというのは少し不思議な感じだ。だが、何故今までのところには一切水がなく、崩れた天井の穴からも水が入ってこなかったのにも関わらずここだけ天井まで水に沈んでいるのだろうか。
「この王の間は、王が民衆の信仰を深めた広場。それを模した物。ここがあやつのゆりかごぞ」
「ここがゆりかご?遺跡全体のことじゃなかったのか?」
ラグノアーサーはその問いには答えず、話を続けた。
「この遺跡全体は膨大な魔法と途方もない魔力により護られておる。海底に沈む時、幾数世紀の時も変わらぬ姿で記憶を遺し続けるために」
水の壁に手を当て、波紋を浮かべる。
「あやつが記憶と共に生き続けるために。人々に愛されていたあやつのために」
ラグノアーサーが言い終えるかその時、波紋が広がった水の壁の向こう側、バルコニーを越えた奥で何かが動いたのが見えた。
「ん?今なんか奥で動かなかったか?」
アラヌスはラグノアーサーに聞いたつもりだったが、ラグノアーサーはそれに答えない。
「お主達は何か目的があってここに辿り着いたのだろう?」
ふいに質問され、アラヌスもルチーナも少し驚いた。ころころと話題が変わる相手なようだ。おそらく、必要な情報しか話さないし聞いても来ないのだろう。アラヌスは隠してなにか変わるわけではない、と当初の目的を話した。ルチーナも捕捉説明をする。
「ふむ…。突如荒れた海の原因を究明しに来た…と。そしてここに辿り着いた…と」
「ああ。オレはほんとは丘の上の遺跡でも探索に行こうと思ってたんだけど、ルチーナに追われてる間に海に出てきててさ」
「何よそれ。あんたがちゃんとご飯食べきればよかっただけじゃない」
「へーへー。すみませんでしたぁ。で、海に来たら突然、荒れ出すじゃん?で、魔法で飛んだらここに繋がったわけ」
「何よその言い方。謝ってないじゃないのよ。また怒られたいわけ?」
「……」
軽く口喧嘩を始めた二人をラグノアーサーは眺める。しかし、このまま放置すると終わりそうにないと判断し、口を挟んだ。
「…海が荒れた原因はここにおるぞ。この、王の間に」
その言葉に二人はばっとラグノアーサーの方を向いた。
「ホントか!?」
「うそぉ!?」
ラグノアーサーはこくりと頷き、水の壁の向こうへ入っていく。二人は慌てて後に続いたが、すぐに後悔することになる。
「しまっ…!水の中じゃ息が…!」
アラヌスとルチーナは勢いのまま飛び込んだが、水の中では息ができない。咄嗟に口や鼻を塞いだが、さほど息も続かない。軽いパニックを起こしかけた時、頭に響くような声が聞こえた。
「安心するがよい。その魔法は、水の中でも息が出来るものぞ」
ラグノアーサーの声だ。言われて手を離す。確かに息が出来る。そしてほんのり体の周りが光の膜に被われていることに気づく。
「すっげー!こんな魔法があんのか!」
「声も聞こえるのね。テレパシーみたいなものかしら」
各々が反応する。その姿を確認した後、ラグノアーサーは王の間の中央奥を手で指し示す。
促されその示された先を二人とも視線を追う。その先にいたのはー…
「う、うそだろ…」
「あ、ありえない…ありえないわよ…」
目に飛び込んできた光景に、二人は驚愕した。
ラグノアーサーの言う海を荒れさせた原因というのは、二人が想像したものとは違った。
大きく頑丈なうろこに覆われた堅い皮膚を持ち、こぶのような棘を鎧のように纏い、強靭な牙を上顎にも下顎にも生やした生き物。
「あれが…元凶…?!」
「あんなのってあり…!?」
バルコニーから身を乗り出す。
「あれはまるで…ドラゴンじゃないか!」
二人は目を離せずにいた。
翼も長い尾もある。巨大な身体の持ち主はまさしくドラゴンだ。壁画の部屋で戦ったドラゴン像とは比べ物にならない巨体と迫力だ。
「あやつがレイモラスドラゴンの中でもアクアドラゴンと呼ばれるものの一種ぞ。このゆりかごで眠っていたのだよ」
「あれが眠ってた!?ここで!?」
アラヌスは驚きを隠せない。どうやってあんな巨体を持つ生き物をここに閉じ込めたって言うんだ。そう思わずにはいられなかった。
「どうしてあんなドラゴンをここで眠らせていたの?それに、海を荒れさせた原因って言うのは?」
ルチーナも疑問に思うことはあったようで、ラグノアーサーに聞いた。正直、答えるとは思っていなかったが、聞かないわけにもいかない。
そんな会話に気がついていないのか部屋の奥をゆっくり泳ぐアクアドラゴン。まだこちらには気がついてないようだ。
アラヌスもルチーナもいつでも動けるように警戒は怠らない。ドラゴンと対峙することなど、そうそうあるものではない。自らドラゴンの巣窟にでも赴けば話は別だが。
「…アクアドラゴンは水のエレメントを司る存在ぞ。精霊達と同じ存在だが、中でもレイモラスドラゴンの持つエレメントの魔力は影響力が途方もないものなのだよ」
珍しくラグノアーサーが答えた。
「故にその影響力を均衡を崩さぬように普段は調整しておる。だが、今はその限りではない。あやつは何も知らぬままここに眠り、建物ごと海に沈んだのだ。そして、目覚めた」
「……」
アラヌスはゆっくり泳ぐアクアドラゴンを黙って見る。ぐるぐると泳ぎ回っている姿を。もしや、出口でも探しているのだろうか。
ラグノアーサーはここをゆりかごといい、遺跡全体が文明の記憶と言った。そして、あのドラゴンは何も知らぬままここで眠りについたと言った。一体、この遺跡を作った文明に何があったと言うのだろうか。アラヌスは遺跡について調べるのが好きで、関連する歴史を調べるのも好きだが、ラグノアーサーの言う文明に当たりそうな歴史的出来事に思い当たるものはなかった。
「ねぇ、アラヌス。何か歴史で海底に沈んだ文明とかっていうのないの?それかドラゴンが関係する文明とか」
ルチーナはアラヌスなら何か思い付くかと思って聞いてみたが、それはアラヌスもわからないことだった。
「ごめん。考えてみたけど、見当がつかないんだよな。海に沈んだ文明とかは聞いたことあるけど、ドラゴンが関わってた文明なんて…。ドラゴン信仰…とか言うのかな?この場合」
「ドラゴン信仰ねぇ…だってドラゴンって人と暮らさない生き物よね?ていうか実際に見たことある人なんてごくわずかって言うレベルの未知の生き物じゃなかったかしら」
「だよなぁ」
二人の会話を聞いていたラグノアーサーは表情にこそ現れていなかったが、少し驚いたように言った。
「お主達はドラゴンとは縁遠い暮らしなのだな…そうか…」
ラグノアーサーはアクアドラゴンの方を見る。二人は気が付かなかったが、少し寂しそうな表情だった。
だが、次の瞬間には鋭い声が二人の頭に響いた。
「来るぞ!」
ハッとしたようにラグノアーサーを見た二人の視界の端に何か飛んで来るのが見えた。
大きな水の塊だ。
「うわっ!」
咄嗟に泳いで避けた。先程までバルコニーで立ち話をしていたから気が付かなかったが、水の中は思った以上に動きにくい。ラグノアーサーに魔法を掛けてもらっているから息も出来るし、テレパシーの要領で意思の疎通は出来るが、特別に水中で動きやすくなるようなわけではないようだ。何とかその攻撃を避けることが出来たが、明らかにこちらの方が不利だった。
「さっきまでこっちに気づいてなかったのに…!いつの間に気づかれたんだ?」
アラヌスはすぐに戦闘体制に入る。ルチーナもまた、戦闘体制に入った。アクアドラゴンは王の間を縦横無尽に泳ぎ回り、攻撃してくる。二人とも突然のことでまだ冷静にはなりきれていなかったが、繰り出される攻撃を避けることは出来ている。
その一方でラグノアーサーは一切動じることなくアクアドラゴンを見つめ、動きを読んでいる。
「くそっ!あんなに連発されたら避けるので精一杯だぞ!つーか、なんで」
アラヌスは右手に光を集めた。手のひらに魔法陣が浮かび上がっている。魔法陣を中心にして集まった光は縦に伸び、光の剣となった。
「オレらが狙われるんだよ!!!」
大きく振りかぶり、飛んで来た水塊を光の剣で真っ二つに切り裂いた。
王の間の中央を陣取るように泳ぐアクアドラゴンを囲むように三人は天井近くまで泳いだ。少しでも距離を取る方がいい。
「ラグノアーサー!とりあえずあいつを倒せば海が鎮まるのか!?」
飛んで来る水塊を次々に切り裂きながらアラヌスは叫んだ。元々、海を荒れさせた原因を探し出し、原因を取り除くことが目的だ。倒せば海が鎮まると言うのならそうするしかない。でなければ、いつ海の近くの街が海に飲み込まれるかわかったものではないからだ。だが、ラグノアーサーが言うには水のエレメントを司る存在のようだし、倒せるものなのかもわからないのだが。
「アラヌス!次が来るわよ!」
ルチーナがそう叫んだ。反射的にアラヌスは攻撃をかわした。ラグノアーサーの返答を待っている余裕はなさそうだ。アラヌスは剣の先に魔力を集中させ、一気に放出した。その勢いで加速をつけ、アクアドラゴンの懐に向かう。
ルチーナも援護する為、詠唱を始めたが、アクアドラゴンの攻撃はアラヌスからルチーナに向けられた。それに気づいたラグノアーサーがルチーナに向けられた全ての攻撃を魔法で打ち消した。その時、ルチーナが見た魔法陣は今まで見たことがないものだった。
「術式が違う…?」
ぽつりと呟いた。ルチーナを含め、多くの人々が使う魔法は基盤がある。学校で習ったり、代々受け継がれたり。そのほとんどが元を辿れば同じ魔法の基盤で構成されている。各地水火風といったエレメントとそれを司る精霊達と契約を結ぶ術式。これがルチーナ達の使う魔法の基盤だが、ラグノアーサーが使った魔法陣にその術式らしいものは一切見られなかった。
ーそんなことって…あるの?一体、何者だっていうのよ…?ー
ルチーナはラグノアーサーを信用出来そうになかった。
「ルチーナ!大丈夫か!?」
アラヌスの声が聞こえて視線をアラヌスに向ける。攻撃がルチーナに集中したことでアラヌスが心配したらしい。そうだ、今はこの状況をどうにかしなければ。アラヌスを援護しなければ。ルチーナは動揺を隠してアラヌスに答えた。
「ええ、大丈夫よ。ラグノアーサーが守ってくれたわ」
「そうか!ラグノアーサー!ルチーナを頼む!!」
その言葉にラグノアーサーが頷いたのを確認したアラヌスは再度、アクアドラゴンの懐へと向かった。
☆
「くらえっ!」
大きく振りかぶりアクアドラゴンを斬りつける。だが、思った以上に皮膚は硬く、傷がつけられない。あげく、その硬さに剣が跳ね返り、振り回されるようにアラヌスは仰け反った。
「全っ然効かないじゃん!物理攻撃じゃ効かないってことかー?」
体制を建て直しつつ舌打ちした。せっかく爪や尾の攻撃を避けつつ懐に入っても、効かなければ意味がな い。魔法攻撃なら効くのだろうか。
「アーチボルト!」
ルチーナがかざした両手の前に展開した魔法陣から弧を描くようにして三つの雷がアクアドラゴンに命中する。そこに、ラグノアーサーの雷系の魔法が発動した。
「轟け、破滅の雷よ」
二つの大きな雷の攻撃は水を司るアクアドラゴンには効果があったようだ。まともに食らってしまったアクアドラゴンは何度も何度も首を振っている。続けてアラヌスが一撃食らわそうと光の剣の属性を変え、雷系に変更した。
「魔法なら効くんだろ?じゃあこれでどうだ…!」
そうして雷の剣で振りかぶるが、気づいたアクアドラゴンに反撃を食らう。水塊を乱射してきたのだ。
咄嗟にアラヌスは攻撃を剣で切り裂きながら避ける。そしてそのまま距離を取った。
距離を取り、改めて戦況を観察する。その間もアクアドラゴンはルチーナやアラヌスを攻撃し続けている。そして、ふと、気づいたことがある。
「あれ…ラグノアーサー…標的にされてなくないか…?」
ルチーナが魔法でアクアドラゴンを攻撃し、ルチーナを狙うアクアドラゴンの攻撃はラグノアーサーが打ち消している。だが、一向にラグノアーサーを攻撃する素振りを見せなかった。
「どういうことだ?あいつ、人間しか攻撃しないのか?」
ラグノアーサーなど眼中に無いかのようだった。それか、ラグノアーサーがあのドラゴンのことを知ってたことから、面識があるのかもしれない。そう考えた。つまり、あのドラゴンにとっては面識のない自分達だけが敵対すべき相手と言うわけだ。
アラヌスは雷の剣を上にかざし、剣の回りに雷を纏わせる。
「見せてやる!」
雷をバチバチと纏わせた剣。アラヌスはアクアドラゴン目掛けて振りかざす。
「雷神剣!ブラスター…」
力いっぱい振り斬った。
「ブレード!!!」
振り斬った剣の波動は雷の竜となり、アクアドラゴンに命中した。
大きな唸り声をあげたアクアドラゴンは麻痺したようで、動きが鈍くなった。
「効いたみたいだな」
アラヌスはルチーナの近くまで移動した。アクアドラゴンは麻痺した身体でアラヌスを睨む。そしてアクアドラゴンは大きく水ごと息を吸い込み始めた。その様子を見たラグノアーサーが大きな声で叫んだ。
「伏せよ!!!」
ラグノアーサーの魔法でテレパシーのように頭に声が響くようになっている。それ故に、二人は耳を塞ぎたくなる程の大音量が脳内に響くことになった。
「……!」
「きゃっ!」
思わず耳を塞ぎ、床に向かって潜る。咄嗟の行動ではあったが、この行動が彼らの命運を分ける事になる。
アクアドラゴンが放った攻撃は凄まじい威力のものだった。
ドオオオオオオオオーーーン!!
アクアドラゴンの口から放たれたそれは床から天井までまっすぐに建っていた柱をいくつもなぎ倒してバラバラに砕いた。そして、その攻撃は壁をも突き破って深海の彼方に消えていく。
だが、ここは深海だ。遺跡を覆っていた魔法壁をも突き破ってしまったのか、深海の水と遺跡内の水がぶつかり合い、遺跡内の水が掻き回され、床近くにいたアラヌスとルチーナはその勢いでそのまま壁にぶち当たってしまった。
「うっ」
勢いよく壁にぶち当たってしまったことで二人は気を失う。そんな二人を横目に魔法で身を守っていたラグノアーサーはその場で腕組みをしていた。二人の様子を窺うが、起きる気配はなさそうだ。魔法を掛けたラグノアーサー自身が気を失ったりしていないので二人に掛けた魔法は解けていないが、アクアドラゴンはまだ追い討ちをかける気でいるのがわかる。
「………」
ゆらり、と二人の前にラグノアーサーが移動し、守るように立ち塞がった。
小さな体のラグノアーサーと巨大な体を持つアクアドラゴンとではどうやってもラグノアーサーが不利だ。しかし、ラグノアーサーは怯むことなく、その場に漂い、口を開いた。
「………もう、止めよ。………お主も判っておろう。こやつらはお主の敵でないと」
今まで、無表情だと思われてたラグノアーサーの口元が僅かに緩む。
「……全く、遅いお目覚めだな、ルーエイ」