第七章 蘇る太古の息吹
巨大な扉を抜け、暗闇をアラヌスの火の魔法の蝋燭ほどの明かりで辺りを照らす。だが、この明かりだけでは良く見えない。周囲をぐるぐると照らす。すると、入口の左右に松明が置かれているのが見えた。
「松明があるな。これに火をつけてみようか」
そう言ってアラヌスはふたつの松明に火をつけた。勢いよく燃え出した松明の炎のおかげで、入口付近は明るく照らされ、部屋の奥にも少し明かりが届いた。そうしたことで、部屋の中の様子がわかるようになる。入口の反対側にはそびえ立つ巨大な壁。壁の表面には無数の不思議な文字のような模様のようなものが刻まれている。さっきの部屋のあった巨大な扉と同じような雰囲気だ。ただ、先程の部屋と違うと感じるのはその壁は文字や模様だけでなく絵も描かれていることだ。壁画…とはまた違うようだが、何かここにも別の役割がありそうだ。
「ほえー…すっげーな…これ…」
間延びした声が響く。アラヌスは巨大な壁を見上げ、それから、壁の左右にある松明にも火をつける。4つの松明に火がついたことで、部屋はかなり明るくなり、周囲の壁の模様などもよく見える。
「本当に…一体何なのよ…ここは」
次に部屋に響いた声は呆れたような、嘆くような声だった。ここに来てからというもの、こんな場面ばかりだ。謎解きが好きなわけでも、冒険が好きなわけでもないルチーナにとっては起こる出来事ひとつひとつに気が滅入ってくるというわけだ。そんな彼女の気も知らず、アラヌスは早速探索し始め、壁の中央付近に窪みを見つけていた。
「ん?真ん中になんか窪みがあるぞ。見てみよう!」
「え?本気?」というルチーナの小さな反対など聞こえていないのか、アラヌスは窪みの奥を調べていた。
「……?なんだ……棺…?」
窪みの奥を照らす。大人よりも小さな子供サイズの棺だ。窪みの奥に埋め込まれるようにして置かれている。アラヌスは小さな棺を照らしながら調べる。すごく古びている。石で出来ているようだが、どこから生えてきたのか蔦で大部分が覆われていて文字らしきものが見えるが、それも蔦で隠れていてそのままでは読めそうもない。アラヌスは棺に手を掛け、棺を蔦を引きちぎるように引き出そうとした。
「ちょっと!アラヌス!?止めなさいよ!何してるのよ!」
背後から騒ぐ声がする。その声を無視してアラヌスは棺を引き出した。
「…ん……しょっ!」
ブチブチッ
ドサッ
棺を覆っていた蔦は枯れていたのか思ったよりも引きちぎるのに力を使わなかった。棺そのものは石で出来ていることからも判るがそれなりに重量がある。が、子供サイズだったからか一人でも何とか持ち上げることが出来るものだった。
「もぉ~~~!」
引き出し終えたアラヌスからかなり距離を取った位置、そこからルチーナが抗議した。
「どぉーしてあんたはいつもそうなのよ!何でそんな不気味なもの引き出しちゃうのよ!ミイラでも飛び出してきたらどうするのよっ!!」
わなわなと身体を震わせ、泣き声が混ざったような声だった。そこで、アラヌスはルチーナがホラーやオカルトが苦手だったことを思い出した。
「あーー、ごめん。いやさ、この棺普通より小さいし気になるじゃん?こんな壁と松明しかない部屋にあるなんてさ」
アラヌスは頭をポリポリ掻きながらルチーナに言う。
「それに、入口があっても出口無いし、まさかここが最深部ってわけじゃないだろうしさ?どっちみち他にはめぼしいものがないんだし棺を調べてみるしかないかなーってさ」
棺を見やり、視線をルチーナに戻す。相変わらずルチーナは震えていたが、どちらかというと恐怖や不安からなようで、怒りや抗議といったものからではなさそうだ。彼女自身もとやかく言う気は無くなったらしい。大人しく、アラヌスの服の裾を握り、背に隠れた。
「ルチーナ…くっつきすぎだって」
「何よ…いいじゃない。これで棺から何か飛び出してきてもあんたが盾になるじゃないのよ」
まだミイラでも飛び出してくると思っているようだ。仕方ない。事この分野に関しては彼女は怖がりで苦手だ。突き放すのは可哀想なのでアラヌスはそのままにすることにした。
「で、今から何するのよ?」
肩越しにルチーナが覗き込む。アラヌスはちらりとルチーナの横顔を見やり、棺に視線を戻し、棺の蔦を剥がし、隠れていた文字を読む。だが、その文字はアラヌス達が読める文字ではなかった。
「くそっ!これは石盤みたいな魔法かかってないのか」
思わず舌打ちをする。何かあるとすればこの棺くらいだ。力任せに開けてみようとしたが、蓋はぴくりとも動く気配はない。ここまで来て…そう思うと途端に焦り出す。部屋の文字も模様も読み解く知識は持ち合わせていない。それはルチーナも同じ。唯一の手がかりとすればこの棺くらいだったのだが…。
ーどうする?どうすればいい?ここまで来て…ー
そう考えていたとき、覗き込んでいたルチーナが提案した。
「ねぇ、魔法は?さっきの太陽の剣が変形した鍵は?なにか使えないの?」
「鍵…?そうか!鍵か!」
棺を引き出すときに懐に閉まった鍵を取り出す。よく見ると、鍵の形状は棺に刻まれていた模様と一致している。二人は相槌をうち、鍵を棺の模様に重ね合わせた。
その瞬間、刻まれていた文字が光りだし、石盤同様、二人の読める文字へと変わっていく。
「傷を癒せ…?」
光り出した文字には「魔力によりて、傷を癒したまえ」と書かれている。
アラヌスは真後ろで背中に張り付いているルチーナに頼んだ。
「ルチーナ、なんか治癒魔法使えるよな?この棺に回復魔法かけてくれ」
「え?私?」
「オレより得意だろ」
そうルチーナに促し、彼女は言われるままに魔法をかける。
ーーあまねく光よ、幾多の願いに希望の光を宿せーー
ーーフェアルアルリング!ーー
唱え終えると棺を囲むように光の輪が現れ、たくさんの神々しい光が部屋一杯に広がる。棺が光に包まれる。
ーー ……誰ぞ……余を…起こした者は……? ーー
「!?」
神々しい光の中から全く聞いたこと無い声が二人の耳に届いた。その声はどこからか響いてくるような、頭の中で響いているような、この世の者が出すものとは違う感じだ。遺跡内部の全体から響いてくるような声。それでいて囁くような声でもある。また、か細くも聞こえる。男か女かわからない。本当に聞こえているのかさえ疑わしくなる。
徐々に部屋中に広がった光が収まっていく。
「な、なな何…?何なのよ?!だ、誰の声なの!!?」
ルチーナは思わずアラヌスにしがみつく。しがみつかれたアラヌスはじたばたともがく。
「あっ!ちょっと!く、苦しいっ!ルチーナっ苦しいって!!」
「だってー!」
唐突に聞こえてきたその声にルチーナはすっかり怯えてしまい、アラヌスから離れようとしない。ぎゅうっとしがみつかれたアラヌスは振りほどくことを諦め、改めて周囲を見渡す。徐々に収まった光の中から何か自分達以外の影を見つけた。その影は棺の上でふよふよしている。
光が完全に収まり、その姿をはっきりと目にする事が出来たとき、二人は口を揃えて言った。
「ちんちくりん…」
身長は50㎝くらいだろうか、真っ赤な長い髪、紫の大きな瞳に薄い橙色の肌、額の金環に、頭から生えた羽のようなもの、そして服の下から伸びる大きな竜のような尻尾。明らかに人ではないが、見たこともない生き物だが、不思議と恐怖の対象ではなかった。だからだろうか、ちんちくりんという言葉が思わず口をついて出たのは。
「…ちんちくりん…」
その生き物は二人の言葉を繰り返した。ふよふよと宙を漂うそれは紫の大きな瞳に二人を映す。アラヌスもルチーナも同じようにただ見つめ返した。棺があったのだから何か入っているとは思っていたが、ミイラでも化け物程恐ろしいものでも魔物のようなものでもなく、明らかに人ではないが言葉が通じる人ならざる存在。想定外の展開に、ただ呆然としていた。
最初に沈黙を破ったのは、その生き物だった。
「誰ぞ…余に魔法をかけ、目覚めさせたのは」
ハッとしたように二人は目配せをした。この生き物が発した声だったのだろうか、あの響くような誰とも言えない声は。
「魔法かけたのは、こいつだけど…」
アラヌスは後ろにいるルチーナをちらりと見やる。それと同時にルチーナを守るように片手を広げた。
かの生き物はアラヌスの視線を追い、ルチーナをじっと見る。観察でもしているようだ。じろじろ見られたルチーナはアラヌスの背に隠れた。
が、特に何かしてくるわけでもなく、棺の上でふよふよしている。
「…それが、どうしたんだ?何でそんな事訊くんだよ」
じーっとルチーナを見ていた紫の大きな瞳が、今度はアラヌスを映す。棺の上で漂っていた生き物はふわりとアラヌスの前に移動した。ゆっくりとした動作だ。思わず警戒して構えたが、やはり何かしてくるわけではなかった。
「鍵を手にしていたのはどちらだ?」
紫の大きな瞳が二人を交互に映す。大きな瞳に映る自分を見るのは、あまり気分がいいものではなかった。
「鍵をってのは太陽の剣が変化したやつのことだよな?それなら、オレだよ」
素直に答えてみる。この大きな瞳に映されれば、嘘も簡単に見抜かれるような気がした。だから、偽ることはしなかった。
「…どうやら、お前達には素質があるようだな。なんとも興味深い」
大きな瞳は交互に二人を映す。何か感心しているようだが、その表情は一切変わることがない。全く、表情からは何も読み取れない相手らしい。
「…あんた、なんでこんな遺跡の中で棺に眠ってたんだ?それに、素質って何さ?」
言葉が通じる相手なら話は早い。アラヌスは聞きたいことを聞くことにした。
「…ここは…ゆりかごなのだよ。余は…ひとりぼっちにしない為にここに眠っていた」
ふわりと棺の上にちょこんと座る。自身が眠っていた棺を撫でる。何か、眠る前の事でも思い出しているのだろうか。
「…ふーん。ゆりかごね…。じゃあ何か?この遺跡は何かを安心させるために作られたってことか?」
その問いに、生き物は小さく反応したが、答えることはなかった。
「おなごの方、お主、壁画の間で何か異変を感じなかったか?」
「え?」
問われても、ルチーナ本人に自覚はないが、アラヌスはその言葉に飛び付いた。
「…なんで知ってる?あんた、本当に何なんだ!人間じゃないみたいだし、ルチーナのことも知ってる…。幻獣か何かなのか?」
キッとその生き物を睨み付ける。ルチーナに異変があったことを、アラヌスは気にしていた。あれだって原因がわかっていない。何か知っているなら、原因を知っておきたい。
「……おなごの方は自覚がないようだな。何があった?」
問われて、それがルチーナに向けられたものでないと瞬時に判断した。アラヌスは当時の事を簡単にまとめて話した。壁画を見つけたこと。魂でも抜けたように反応がなかったこと。誰かの声が聞こえたと話したこと。
あらかた話終えると、聞いていたその生き物はふわりとルチーナの前に飛ぶ。反射的にルチーナはアラヌスを盾にした。
「な、なによ…?」
「……その声は…おそらく、あやつのものだな。そうか…目覚めていたんだな」
小さな手を口元に当て、何か考え込む。その仕草はちんちくりんというか小さな生き物だからか、なんだか可愛く見えて、二人は思わず顔を見合わせた。存在自体得体の知れない相手だが、ちょっとしたギャップだなと二人は目配せで会話した。
「…で?えーっと、ルチーナの身に起こったこととあんたが知ってる声ってのが何か関わりあんの?」
ポリポリと頭を掻きながらアラヌスは聞く。その問いに紫の大きな瞳が二人を映す。
「…そうだな…。波長が合うのだろう。目覚めたあやつの声に引き込まれたのだ。素質があるとはその事だよ」
しゃがれたような少年のような何とも言えない声で生き物は答えた。だが、その答えは、二人にとってはいまいち要領得ないものだった。
とはいえ、この生き物は事細かに答えてくれるとは思えない。先程も答えなかった問いがあったからだ。つまり、今説明してもどのみち要領得ないのだろう、アラヌスはそう考えて、これ以上の追及は止めることにした。
「あーうん、わかってないけどそういうことでいい。で、オレたちはこれからどうしたらいい?ここに来るまでに読めないはずの文字が魔法で読めるようになってたりしたし、それだって理由があったんじゃないのか?」
「そ、そうよ!まるで用意されてるみたいだったわよ。何か企んでんじゃないの?」
「ふむ…そうだな。口で説明するより、実際に見た方が早いだろう」
そう言って二人が言うちんちくりんな生き物は棺があった窪みに行き、その行き止まりに手をつくと、魔法陣が展開した。
「まさか…そこが扉になってたのか…」
アラヌスとルチーナは呆気に取られたようにちんちくりんな生き物の背を見ていた。その間にも展開した魔法陣が扉を開けた。
「さあ、行こうか」
ちんちくりんな生き物は振り返り、二人を促した。そして、小さな窪みに出来た扉を抜けていく。アラヌスとルチーナはその後についていった。