第三章 遺跡入口
「……………?」
扉の向こう側へと辿り着いた二人は、しばらく辺りを見渡した。
「ここ…どこだ?」
二人の目の前には変わった景色が広がっていた。
辺りに人の気配はなく、それどころかもうずっと永いこと生き物の存在すらなかったかのような、そんな感じのする空間だ。全体的に薄暗く、岩のような石で積み上げられたような壁。そのような建築は、アラヌスの知る限り昔の遺跡の跡地などでしか見たことがない。自分達の暮らす街の建築様式ではなかった。
明かりはなく、窓もない。ただぼんやりと自分の周りがうっすらわかる程度。二人の立つ場所は後ろが壁…いや大きな両扉だ。取手もない扉。押しても引いてもびくともしない。その扉の反対側は、闇が深くなっていくただただ真っ直ぐな道が続いている。
とりあえず、明かりもないのでアラヌスが火の魔法で蝋燭ほどの明かりを指に灯した。
「至るところにヒビが入ってるわね。相当古い建物みたいだけど…」
「ああ…この建築様式…遺跡で見かけるものに似てるな」
「遺跡?」
ルチーナは聞き返す。
「この石積み式の壁、前に探検した遺跡でも同じようなのがあったんだ。特定の時代では石積み様式が一般的なんだけどな」
「……あんた…ホントに遺跡オタクねぇ…」
半ば呆れたようにルチーナが言う。それを気にするでもなく、アラヌスは笑う。
「あははっ!いやー実際楽しいぞ!遺跡ってのは。本で読むでもいいけど、実際に見てみるってのもな。ロマンが詰まってるっていうか、昔、確かにそこにたくさんの人々が暮らしてたんだって思うとな」
「昔…確かにそこに人々の暮らしが存在していたってことね…」
ルチーナはふと周りを見渡した。これが彼の言うような遺跡なのだとしたら、何に使っていた建物でどんな人々暮らしていたのだろうか。そんな事を考えて首を振った。それから、話題を戻す。
「で、此処が本当に遺跡だとしたら、海があんなに荒れた原因もここにあるってことよね?でも、遺跡と海に一体何の関係があるっていうのよ」
「うーん。関係無くはないぞ。遺跡ってのは文化の象徴だからほとんどが陸にある。だけど、海を拠点にする海の民だっているし、長い年月の中の地殻変動で陸地が海に浸かることもある。ここには窓がないからはっきりしたことがわかんないけど、もし海の中に沈んだような遺跡なら、今回の現象の原因がここにあってもおかしくはないんだ」
「ふーん?そういうもんなの?」
「まぁね、ただなー。見た文献には陸の遺跡で使われた魔法とか、そーいうのが後々の時代で発動した前例って出てこなかったんだよな。大体、魔法ってのは術者が死んだ時点で強制解除の筈だ。誰かが受け継いでいくなりしなきゃ、後世の時代で発動するわけないんだよな」
アラヌスはルチーナに問うように話す。これにはルチーナも同感だった。魔法は、術者が生きていてこそ発動する。後世に残すような魔法なら、誰かが受け継いで魔法を上書きさせることで長い年月の間、同じ魔法を発動させ続けることができる。つまり、こんな生き物の気配がないような、誰も生きていなさそうな遺跡の中に、発動するような魔法がかけられているとは思えなかった。
「これは、きちんと調べてみる必要がありそうね。もしかしたら、特殊な仕掛けがあったのかもしれないわ」
「だな。オレたちの魔法がここに導いたんだ。絶対何かがあるはずだよな」
そう言って、二人は先に続く闇の中へと足を踏み出した。
遺跡の入口と思われる場所から一本道をまっすぐ突き進む。すると少し開けた所に出た。そこはこれまでの道と違い、明かりが灯っている。燭台が壁についている。これもこれまでの道にはなかったものだ。さらに、通ってきた道になかったものと言えば、天井まで伸びている壁際の大きな石柱だ。全部で12本、所々折れていたり欠けていたりするが、半分はそのまま残っているようだ。
「急に視界が開けたわね。明かりもついているし、さっきまでとは全然違う感じよね」
広場…というのか、まるでエントランスのようにも思える。ただ、エントランスとも広場というには相変わらず窓もないし、外の様子を窺うことは出来ない為、当てはまるかはわからない。
「やっぱり窓はないか…。柱があるってことは…神殿とかそういう神様とかを祀る遺跡だったのかな?けど…」
アラヌスは見渡しながら、首を傾げた。その様子を見て、ルチーナは問う。
「何よ?何が言いたいの?」
「あー…いやさ、さっきここが海に沈んだ遺跡かもって話したじゃん」
「そうね」
「それにしてはさ、そもそも陸にあったなら窓とか明かり取りの穴とかあってもおかしくないじゃん。てゆーか無かったら変じゃんか。なのに全然無い」
「…普通、あるわよね。明かりの為、外の様子を見る為。空気を入れ替える為にも必要よ。…確かに、この建物はおかしいわ」
ルチーナとアラヌスは広場の中央まで歩く。もし、ここが海底に沈んだ遺跡なのなら湿気を感じないのは何故だろう。壁の至るところに走るヒビから水が入ってこないのは?どれだけ見渡してもその疑問は晴れそうにはない。
ひんやりとした空気を感じ、ルチーナは少し身震いをした。窓も無いのに、このひんやりとした空気は一体何処から来るのだろうか。天井を見ても、壁や柱を見ても、何処を見ても大きな箱の中にいる気がしてならない。
何か手掛かりはないか、二人は手分けしてその空間…広場を調べることにした。
15分程経った頃、ルチーナがアラヌスを呼んだ。
「何?ルチーナ。何かあったのか?」
「ああ、アラヌス、来たわね」
ルチーナがいたのは、入ってきた場所から見て左奥の石柱の前。その柱は真ん中から上がぽっきりと折れていた。
ルチーナは指で柱の方を指す。その先には石柱に埋め込まれた石盤があった。その石盤自体はどの柱にもあるものではなく、どうやらその柱だけに埋め込まれたもののようだ。
「石盤?そんなのがあったのか」
「ええ、でもこれ、所々読めないんだけれど、かろうじて読める部分があるのよ。それがここ」
アラヌスはルチーナが指で示した部分を読み上げた。
「この地にそびえし神の城、嵐神さえ住まうは天空城 石の道をのぼらん」
思わず二人は顔を見合わせた。
「…どういう意味か…わかる?アラヌスなら」
「さぁ…オレに聞かれても」
石盤に刻まれた文章は何となく不完全で、意味が通じない。何らかの意味があるのだろうが…。
だが、それよりも、不思議なことがある。
「なぁ、何でこれ…読めるんだ?」
ルチーナがきょとんとした顔でアラヌスを見る。
「や、だって、これ…オレたちがよく使う文字じゃん。古代文字とかじゃないってことだよな。でも、この建物自体は特定の時代の遺跡で使われてた建築様式だし、文字と建築様式の年代がバラバラ過ぎる」
そう、石盤の文字はアラヌス達が普段から使っている文字だ。しかし、この文字の歴史自体はアラヌスの知る限り、遺跡の推定建築年代よりもずっと後だ。だが、こうして二人とも読めている。これはどういうことなのだろうか。
「んー、これも魔法…とか?でも…」
「そう、術者が生きていないと発動しない。それにー…あれが魔法によるもので、それで読めるんだって言うならさ、術者が生きていて、オレたちが来ることがわかってたってことにならないか?」
そう言われて、ルチーナは息を飲んだ。
「ま、まさか…だっていくら何でも人が生きてるわけないじゃない!この遺跡ってすごく前のもの何でしょう?それに、私達が来ることがわかってたって…そんな…」
すっかり動揺を隠せないルチーナを見て、アラヌスは慌ててフォローを入れた。
「い、いやさ、オレたちが来ることがわかってたってってのは違うかもな!ただ、ルチーナ、忘れてないか?魔法使えるのは、オレたち人間だけじゃないってこと」
その言葉に、ルチーナもハッとする。
「あ……そうね。私は見たことないけど、幻獣とか精霊だっているって言うわね。もしかして、そういう存在の仕業かもってことね」
「そーゆうこと。目的とか全然わかんないけどな。もしかしたら、そういう存在が関わってるかもしんない。この文章も」
「なるほどね…。じゃあ、この先、そういう存在と出会うかもしれないのね」
「…まぁ、わかんないけどな。全部、可能性の話だ。とりあえず、先に進んでみよう。さっき道を見つけたんだ」
改めて辺りを見渡した後、これ以上何も手掛かりはなさそうなので、次の場所へと向かうことにした。