プロローグ
プロローグ
窓から入る街灯がぼんやりと足場を形成する。
今は何時になるだろうか? 周りに人の気配は感じられない。
いつもなら気にすらしない足音が階段全体に五月蝿いぐらいに響く。
1歩、また1歩と、少年は操られた人形のような足取りで、階段を上がり続けていく。
もうすぐ通い始めて3回目の冬になるが、最後の段まで登ったのは今日が初めてだった。
ひんやりと冷えたドアノブを強く握り、少し重い鉄の扉を開く。
いったい何年前に造られ扉なのか、鉄の擦れる耳障りな金属音が夜の闇に広がっていく。
身体に冷たい風が、少年の身体を嬲るのように強く吹き荒れた。
乱れる髪、悴む両手、だがそんなことは気にならない。
少年は迷いなく足を進める。
そこに明確な意味がある様に。
何もない、空っぽの人形の様に。
気にした事すら無かったが、この学校の屋上は案外狭かった。
数歩歩いただけで端に辿り着く。
自分の背丈より少し高いだけのフェンスが、今は聳え立つ巨大な壁にの様に思えた。
ここを越えれば…
少年はフェンスに手をかける。
フェンスを越えるのは、帰宅部の割にしっかりとした身体つきの少年には意外にも簡単な事だった。
吹き荒れる風が一層激しくなるような錯覚。
手を話したらいつでも闇に溶けて行けそうだった。
―ふと考えたことがある。
自殺する人はどんな気持ちで命を断つのだろう?
後悔、絶望、恨み、嫉み、哀しみ、怒り…
きっと違う。
今の少年にそんな感情はない。
そんな感情があれば、まだ生きて行けるだろう。
そんなものは、とうに越えてしまっているのだ。
それらの感情の先にある無。
そう、今の少年には何も無いのであった。
夢も、愛も、希望も…
もう、何もかもどうでもいい。
明日の世界がどうなっても。
明日の自分がどうなっていても。
この命に意味はない。
この人生に価値はない。
今の少年には何もないのであった。
大切なことも。
大切な人も。
だからもういいのだ。
手を話そ離そうとした瞬間、一人の少女の姿が、少年の脳裏過ぎった。
消化作業でしかかなかった少年の人生に色をつけてくれた、明るい笑顔の少女の姿が。
少年に生きる楽しさを教えてくれた少女の姿が。
先日、この世界から姿を消してしまった少女の姿が。
「今から会いに行くよ」
そう自然と口から出て少し驚く。
本当に自分は少女のことが好きだったのだと、今になって改めて気づいた。
「…………」
下を見つめる。
本当にもう一度会えるなんて思ってもない。
失ったものは戻らない。そんな簡単なことはとうに知っていた。
でも、それでも…
「また…会いたいな…」
そう呟いて、
少年は手を離し、闇に溶けていくのであった。




