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ヴァーチャル・リアリティ  作者: 柊つばさ
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第一部


    ヴァーチャル・リアリティ


       プロローグ


「我々はディナ・シー族(妖精族)で、全妖精界に君臨するものである」と第一の妖精が言った。

「我々はシー(妖精の丘)に住み、ティル・ナ・ノーグ(常若の国)に仕えている」と第二の妖精が言った。

「緑の丘、海、湖、沼、泉、森などの自然界はすべてティル・ナ・ノーグに繋がっていて、我々は魔術、占い、予言ができる妖精だ」と第三の妖精が言った。

「万物は四つのエレメントである風、火、水、地から成り、我々は自然界を支配し、思うままに操れる」と第一の妖精が言った。

「世界を統治しているティル・ナ・ノーグ。この星には神々が住まう四つの世界と一本の世界樹がある」と第二の妖精が言った。

 僕は呆気にとられてしばらく声が出なかったが、これは幻想だ。時々幻想と現実が頭の中を交差したが気を取り直して妖精に向かってこう言った。「神話や伝説に出てくる妖精だな」

「ここは幻想と現実が交差するティル・ナ・ノーグへの入り口。神殿の玉座に座する魔法使いの王は、自由に魔法を操り、魔法の杖、魔法の馬、魔法の剣を持っている。一角獣の馬が海岸線を駆け巡り、良質な葡萄を栽培してワインを作り、外的から国を守る砦の史跡がある。君たちはこの国を守る義務がある」と第三の妖精が言った。




       第一章


 場所:中世イングランド・ノッティンガム

 とき:十二世紀


 町の上には、州長官マークが居城しているノッティンガム城が大きくそびえ建っている。ノッティンガムの町上空は厚い雲と霧に覆われていた。時刻は午前五時。窓の外は、寝息を立ててまだ夜の闇に包まれているようだ。僕は寝床を抜け出して洗面所で顔を洗い、歯を磨いて身支度を整えた。時折、鳥たちのさえずりが聞える。両親が眠る部屋の前をゆっくりと忍び足で息を殺して通り過ぎて居間に向かい、剣を手にする。掌はうっすらと汗をかいている。それから、ロビンフッドやその仲間たちが住んでいるシャーウッドの森を目指して出発した。十字路を渡り、商店の建ち並ぶ路地を抜けて、町のはずれにある空き地で友人のロブと待ち合わせをしていた。


「おい、フィルだろ」となじみのある声が聞えた。後ろを振り返えると友人のロブが僕の肩を叩いた。

「お前の腰に下げている剣、すごいな。さすがに鍛冶屋の息子だ。俺が持ってきたやつは樫の木でできた六尺棒に過ぎない」と言って白い歯を見せた。

「いや、僕のマジックアイテムの武器はまだレベル一だからね」

 ロブは僕の剣を羨ましそうに眺めた。ノッティンガムの町はにぶい灰色の空模様。三月も半ばだというのに、今朝は冷え込んでとても寒かった。吐く息は白く、寒さで身震いし、かじかんだ両手を擦り合わせた。



***



「ロバート、フィリップ、そろそろ戻ってこいよ!」

 遠くからマーティンの声がこだました。

「OK」と言って僕はセンサーが内蔵されたヘッドマウントディスプレー(HMD)を頭から外した。リアルな仮想空間から引き戻され、いつもと変わらない日常が目の前に佇んであった。ここは、同じ中学校に通う友人ロバートの兄、マーティンの部屋だ。マーティンはコンピューターサイエンスを専攻している大学生で将来は一流のゲームの開発者になりたいと言っている。今日は、マーティンが開発中のゲーム『ロビンフッド・冒険の旅』試作品上映会だった。僕たちはヴァーチャル・リアリティ(VR)の世界に移動して、普段とは違う世界を追体験していた。

「VRのコンテンツを新しく作ったけどどうだった? まだ完成していないんだが、最初に入力したプロフィールをアバターとして使用する。名前だが、ロバートはロブ、フィリップはフィルでいいな。ロブはブルネットで薄茶色の瞳をした農村に住む農民でマジックアイテムの武器は六尺棒。フィルはブロンドで薄緑色の瞳をした鍛冶屋の息子でマジックアイテムの武器は剣」

 マーティンは逸る気持ちを抑えきれず声を弾ませた。

「うん。CGは臨場感あふれていて、まるで中世ロビンフッドの世界にいたみたいだったよ。サウンドもクリアーで鳥のさえずりが間近で聞えた。」とロバートは満面の笑みを浮かべて返した。

「びっくりしたのは、VRの世界なのに寒さまで体感できたことだよ! でもどうやってそんなことができるの?」

 僕はマーティンの部屋にいながら時空を超えた中世イングランドを旅したのだ。

「HMDのセンサーを介して温度や明るさ、感覚などの五感を刺激し、VRの世界のさまざまな情報を受け取ってコンピュータ上で作り出される仮想空間がまるで現実であるかのような体験をしたんだ。その情報が刺激を受けた五感によってフィードバックされたとき、現実は現実たらしめるものを失う。すると、自分はそこにいるはずであり、追体験や共感をもたらす」とマーティンは理路整然と言った。

「それじゃあ、中世イングランドの光景をヘッドセット越しに見ているの? そして、その光景の中に僕たちは放り込まれてしまったんだね」と言って僕は頭の中を整理した。

「その通り。俺が開発中のVRは三次元空間の動きや傾きだけでなく、五感を刺激してリアルな感覚……つまり、フィリップが感じた寒さなんかも知覚できる。そしてお前たちが腕に装着しているナビレコーダーリスト(NRW)は俺のオリジナル開発品でレベルや経験値マジックアイテムなどが記録されている」

 マーティンは頭脳明晰な大学生だった。僕たちが理解できるようになるべく分かりやすい言葉を選んで話してくれた。彼はアクションやロールプレーイングゲーム(PRG)などの一般的なゲームだけでなく、僕たちが中世イングランドを旅したような疑似体験できるゲームも開発していた。彼のゲームはまだ開発段階であったが特別に僕とロバートだけ少しだけVRゲームをプレイさせてくれた。



       第二章


 翌日も学校が終わると僕はロバートの家に寄った。ノッティンガム郊外の中産階級の家庭の出だった僕とロバートは、中学校では学業もスポーツも中から上で、サッカーと読書とゲームが好きな男の子だった。両親は共働きで日中は留守のことが多く、ロバートの兄マーティンは、二人にとって頼もしい兄貴のような存在であり、地元の大学に通っていた。僕には兄弟がいなかったので近所に住む同級生のロバートやマーティンとは一緒に兄弟のように育った。マーティンは明るい性格で友人も多く頭脳明晰だが、家に引きこもってゲームやパソコンに明け暮れていた。イングランドの一流大学からオファーも来るほど成績が良かったが、オファーを蹴って慣れ親しんだ地元の有名大学に通っている。ロバートはそんな兄のことを尊敬していた。僕は兄弟がいないせいか内向的で人見知りがあり一見とっつきにくい印象を持たれることが多い。ロバートは僕とは対照的に誰とでも仲良くなれるようなフレンドリーな性格で口数も多いため失態も多いが面白いやつだ。僕とロバートは水と油のような性格だったが兄弟のように仲が良かった。ロバートの家に到着すると、僕たちはマーティンの部屋に直行してドアをノックした。

「おかしいな、今日は授業が入っていないはずなのに」とロバートが漏らした。

 僕たちはマーティンの部屋へこっそり忍び込み辺りを見回した。机の上にはパソコン、その横には昨日上映会を開いたときに使用したTVセットがあり、パソコンとケーブルで繋がれていた。フィリップとロバートはVRのコンテンツをもう一度体験したいという欲望に駆られた。

「もう一度VRやりたいな」とロバートが弾む声で言った。

「でも、まだ開発段階だし勝手にいじったらマーティンに怒られるよ」

 僕は自分の思いとは裏腹に逸る気持ちを抑えて答えた。僕は根が小心者なので大胆な行動には出ないが、ロバートは僕とは対照的だった。

「大丈夫。ちょっとだけだから」

 ロバートはマーティンのパソコンとTVの電源をオンにした。じりじりと機械音が鳴り始め、パソコンのモニターにログインパスワード入力表示が表れたのでロバートは「パスワード分かんないよ」と小さくため息をついたが、マーティンの机の引き出しをくまなく漁った。すると、このVR開発に関することが記述されたノートを見つけた。

「おい!これだ!」とロバートは大きな声で興奮気味にページをめくった。難解なコードや説明がノートにびっしりと書き込まれていた。「たぶんこの番号と記号がパスワードだ」

 カタカタとキーボードを入力する音が部屋に響いている。ロバートは発見したノートを片手に、マーティンがいつもVRをセットアップするようにパソコンの画面を凝視しながらキーボードを叩いてマウスをクリックしてファイル『ロビンフッド・冒険の旅』を開いた。

「すげーな!このファイルだ!」とロバートは声を荒げた。

「本当だ! でもいいのかな」と僕は返答し、不安の色が顔に滲んでいた。

「大丈夫。少しだけやってすぐに元通りに戻せば問題ないって。それに昨日マーティンだって喜んでいたじゃないか。何かあっても俺が責任取るから、お前には関係ないから」とロバートが言った。僕は躊躇いながらも好奇心に後押しされてしぶしぶ承諾した。

「初期設定だけど、昨日マーティンが設定したものがファイルにセーブされているからそのまま使用する。それから……」

 ロバートは昨日の記憶を手繰り寄せながら初期設定を行い、そしてHMDとNRWを頭と腕に装着した。その途端、TVモニターの画面に映し出されている中世イングランドの世界に迷い込んだみたいな感覚を全身全霊で受けた。

 アドレナリンが全身を一気に駆け巡り、頭に装着したHMDから放出される電気信号が変換され、神経細胞を通して大脳に情報が送られて手足などの感覚神経に刺激を促してインパルスを発し、ニューロンに送られた神経伝達物質が知覚、視覚、嗅覚など人間の五感を司る器官を感知し、異次元の世界をリアルに感じることが出来るのだ。

「そろそろ始まる! わくわくしてきた!」と僕は弾むような声で叫び、ロバートの顔に向かって会心の笑みを漏らした。最初の躊躇いはすっかりどこかへ吹き飛んでVRの世界に魅了されていた。

「場所はノッティンガム城近郊の町外れにある空き地で待ち合わせしていたな。あれ? 初期化したのに……昨日プレイして少し稼いだ貨幣の五十ペニーがそれぞれそのまま引き継がれているようだ。アバターと魔道具の設定が昨日と同じだからかも知れない」

「うん」

「十二世紀の中世イングランド・ノッティンガムだ」

「ノッティンガム城には長州官のマークが居城している。ロビンフッドやその仲間たちは、ノッティンガムの町外れにあるシャーウッド・フォーレストに住んでいて、彼らと一緒に冒険に行く話だね。これは僕たちが学校の授業で読んだ話と同じ設定なのかな」

「いや、マーティンのことだからオリジナルの作品になっていると思うよ。詳しいプロットは俺にも内緒にしていて教えてくれないんだよ」

「内容を知らない方が楽しいし興奮するね」と僕は言ったが、このとき、本当に中世イングランドの世界に足を踏み入れてしまうとは知る由も無かった。



       第三章


 十二世紀の中世イングランドは北方系ゲルマン民族の一派であるノルマンヴァイキングからの侵略に頭を悩ませていた。ヴァイキングは八世紀後半よりヨーロッパ各地で略奪を行うようになり、フランスのセーヌ河一帯に定着したノルマン人は西フランク王国フランスを脅かすようになったため、九一一年、フランス王シャルル三世はキリスト教への改宗を条件に、ノルマン人首長ロロにノルマンディー公国の領地を与えることになった。ロロの子孫はノルマン貴族としてフランス王の家臣となり、ノルマンディー公と呼ばれていた。


 フィルとロブは、砂利と石灰のでこぼこした道をしっかりとした足取りで埃を舞上げながらシャーウッドの森を目指して村落の道を歩いていた。道は所々曲がりくねっていて馬車がかろうじて通れるほどの道幅だった。フィルはコートパイと呼ばれるチュニックのような膝上まである丈の長い青い上着とフードを被り、ロブはポンチョに似た灰色の腰丈の上着に黒と灰色のチェック柄の頭巾。上着の下にはそれぞれ黒い長靴下のホースを着用し、爪先の幅が広くて足首までの長さの茶色のブーツを履いていた。フィルは腰の鞘に収められた剣に手をかけて時々大事そうに眺めていた。ロブは六尺棒を肩に乗せて悠々と道を横切っていた。道は徐々に深い森の中へ二人を誘い、頭上は覆い茂った枝葉の天蓋で覆われ、時々泥濘の中に足を取られた。静謐の中に身をゆだねていると清々しさと同時に緑の無辺際を目の当たりにして不安が一気に押し寄せた。

「四方八方緑に囲まれていて、どこを歩いているのか……自分を見失ってしまいそうだ」と僕は弱音を吐いた。するとロブは、

「これは単なるゲームだ。森の中で迷ったらプレイを中断すればいいだけ。安心しろ」と言って僕を安心させた。ロブの一言で僕は我に返った。それほどマーティンの開発した仮想現実は精巧に出来ていた。するとそのとき、森の中から三つの小さな生き物が顔を出した。


「我々はディナ・シー族(妖精族)で、全妖精界に君臨するものである」と第一の妖精が言った。

「我々はシー(妖精の丘)に住み、ティル・ナ・ノーグ(常若の国)に仕えている」と第二の妖精が言った。

「緑の丘、海、湖、沼、泉、森などの自然界はすべてティル・ナ・ノーグに繋がっていて、我々は魔術、占い、予言ができる妖精だ」と第三の妖精が言った。

「万物は四つのエレメントである風、火、水、地から成り、我々は自然界を支配し、思うままに操れる」と第一の妖精が言った。

「世界を統治しているティル・ナ・ノーグ。この星には神々が住まう四つの世界と一本の世界樹がある」と第二の妖精が言った。

 僕は呆気にとられてしばらく声が出なかったが、これはゲームだ。時々仮想と現実が頭の中を交差したが気を取り直して妖精に向かってこう言った。「ファンタジーゲームや小説に出てくる妖精だな」

「そう思ってもいいが、本物の妖精だ」と第一の妖精が言った。

「マーティン、上手いこと作ったな」とロブが聞こえよがしに言い放った。

「本当だ。君たちはこのゲームから逃れられない」第二の妖精が言った。

「ゲームを中断すればいいだけだ。嘘を言うな」とロブが語気を荒げて返した。

「ここは幻想と現実が交差するティル・ナ・ノーグへの入り口。神殿の玉座に座する魔法使いの王は、自由に魔法を操り、魔法の杖、魔法の馬、魔法の剣を持っている。一角獣の馬が海岸線を駆け巡り、良質な葡萄を栽培してワインを作り、外的から国を守る砦の史跡がある。君たちはこの国を守る義務がある」と第三の妖精が言った。


「分かったよ。それが目的でこのゲームに参加したんだから」と僕はため息を漏らした。

 しかし、頭の片隅では一度も体験したことのないVRの世界をすでにどこかで体験したような気がしてならなかった。マーティンの開発したVRやHMDのセンサーが脳に過剰な刺激を与えている影響かも知れない。脳の働きや記憶のエラーが原因でデジャブや幻想が引き起こされているに違いないと、自分を納得させていた。

「おい、それじゃあこれが本物だって証明してくれよ!」

 ロブは半分冗談だと思いながらも、負けん気の強い男の子だった。

「君たちがプレイしているゲームは、マーティンがパソコンにパスコードを入力しないと終了しない。マーティンは今出かけているから君たちは自分でゲームを終了することは出来ない」と第一の妖精が言った。

「ふん! 俺にはマーティンのノートがあるんだ」と言ってロブは鼻の先で妖精をあしらった。

「そのノートは我々が魔法で隠した。しかも、マーティンはパスコードだけでなく指紋認証でセキュリティを強化してある。だから君たちはこのゲームを自分たちで終了することができない。このゲームから逃れられない。それにマーティンは事情があって帰宅が遅くなるだろう。しかし、仮想現実は時間も空間も超越して存在しているから世界だから、現世の時間軸とは接点を持たない。何百年という長さの時間が現世では瞬きぐらいの時間になる」と第二の妖精が言った。

「おい、ロブ、さっき机の上に置いてあったマーティンのノートが本当に消えている! もしかして開発段階中だからバグったのかな?」

 僕はHMDを外して机の上を眺めると一気に青ざめた。そして、その瞬間、周りの景色がマーティンの部屋の中からVRの世界に変化した。

「気味が悪いなあ。それにしてもマーティンは天才だよ! 本当に仮想現実が現実の世界とリンクしているみたいに精巧に作ったんだ」と言ってロブは妖精の言葉をまともに受け取っていなかった。

「いや、本当にノートがない。これは嘘じゃない。現実の世界とシンクロしているんだ!」

「え? フィルまで頭がくらくらして仮想現実と現実の区別がつかなくなってしまったのか? しっかりしろよ。これ以上議論しても埒が明かないから今ゲームを一旦終了する」とロブは言ってHMDを外し、机の上に置いたマーティンのVR開発ノートを探したが本当に消えていた。もう一度引き出しの中を漁り、ノートを一つ一つ開いたが見当たらなかった。そして、フィルと同じようにVRの世界に引き込まれた。

「一体、どういうことなの?」

 僕は無邪気な妖精の戯れに吐き気を覚えながら問いただした。

「このVRはロビンフッド・冒険の旅。森の中で彼らに出会うだろう。そして君たちはロビンフッドたちと一緒にある任務を与えられることになる。それから先はゲームを通してのお楽しみだ」と第三の妖精が言った。

 ロブはこの仮想現実と妖精の言葉の理解に苦しみ、頭を掻いて森の中に座り込んでしまった。

「これって、本当に現実の世界とリンクしているの? 本当にファンタジーのような世界や魔法って現実にあるの? 現にノートが消えているし……ここは森の中だ!」

「それは君たちがVRを通して答えを見つけて欲しい。それじゃあ幸運を祈る」と言って、第一、第二、第三の妖精は僕たちの目の前から忽然と姿を消した。



       第四章


 僕はロブの腕を引っ張って「さあ行くぞ」と声を掛けた。ロブは渋々立ち上がったが合点が行かない様子だった。ディナ・シー族や予言、忽然と消えたノートなど理解に苦しむことがあり過ぎた。しかし彼らが消えた後、僕たちは本当にこの中世イングランドの世界、つまりディナ・シー族風に言えば、仮想と現実が交差するティル・ナ・ノーグへの入り口へ迷い込んでしまったのだ。

 HMDを頭から外してもそこは既にマーティンの部屋ではなく、ロビンフッドたちが住むシャーウッドの森へ続く小道だった。ノートだけでなく机もパソコンも消え去り、もはやHMDもコンソールも必要なかったが、NRWはレベルや経験値、魔道具などを獲得するのに必要なのでそのまま装着しておいた。

 NRWは腕に装着するリストウォッチ型の装置で、ホーム画面にはメニューボタンの他にも、アバター、プレイヤー名(PL)、レベル(LV)、ヘルスポイント(HP)、コイン(Penny)などが表示されている。メニューボタンには、ホーム、強化、魔道具の武器、装備、スキル、アイテム、メッセージ、フレンド、設定の各ボタンがあり、タッチセンサーで動かすことができる。

 バグ(あるいはディナ・シー族)のせいで、僕たちは設定ボタンからゲームを中断できなくなっていた。そして、一体どこが仮想現実の出口なのかさっぱり分からなくなってしまった。そのため、仕方なくディナ・シー族たちが言うように、このゲームを終了させなければならなくなった。

 

 小道を歩いてどんどん深い森の中へ入って行った。森林は入り組んだ構造だったので周囲を把握することが困難だった。深い緑の森林は中世の町から隔絶され、妖精や悪霊、異教的な文明が息づいているみたいに感じられ、ディナ・シー族が言っていたように本当に妖精国と繋がっていると錯覚した。まだ昼間なのに鬱蒼と枝葉が茂っているためか薄暗く、気味が悪かったので僕は狼狽した。しかし、僕たちは長い距離を歩いていたのでその分ゲームのコインが自動的に蓄積されて行った。

「ペニーが百枚になった! そろそろ何か新しい魔道具でもゲットしようぜ」と僕はロブに声をかけた。「ロブがこのゲームに誘ったんだよ。楽しもう!」

「そうだな。これは幻想の世界。ゲームだ。悪夢かも知れないが楽しもうぜ!」と言ってロブも気を取り直した。

「五十ペニーを使用して清水珠せいすいしゅにする」

 僕は腕に装着したNRWのメニューボタンにあるアイテムから、濁水が清水になるという清水珠を選んだ。次に清水珠と交換するためにタッチセンサーでコインに移動し、アイテムを交換しながら清水珠の説明を始めた。青い衣装に合わせてNRWの色を青にカスタマイズしている。

「濁っている水を清める中国古来の不思議な珠で、珠玉としては大きくて色が黒く、光沢がある。どんな濁った水でもかき回せば清水になるが、塩水に入れると腐敗してしまう」

「どうしてこれにしたんだ?」とロブが言った。

「森の中で迷って喉が渇いたときに活用できるじゃないか」

「さすが、フィルは頭がいいな」

「で、ロブは?」

「俺は……エクパウォール薬にする。これを飲ませると、どんな者にでも真実を告白させるというアフリカの民話が起源の魔法薬だ。遺産相続で揉めたときに兄弟を毒殺したが証拠がない。そこでこの魔法薬が用いられたそうだ」

 ロブも腕に装着した黒のNRWを操作しながら答えた。

「ここは危険な森の中だからそれもいいね。でも百ペニーすべて使い切ってしまうよ」

「大丈夫、俺にはこの六尺棒、フィルは剣を持っているからな」

 僕たちが魔道具の話に講じていると森の中から人影が見えた。そして「お前たちは何者だ!」と怒鳴り声が聞こえた。二メートル以上もありそうな巨体の男は、ロブの持っている六尺棒と同じ物を手にして僕たちの行く手を塞いだ。男の上腕二頭筋や大臀筋、下腿三頭筋が盛り上がり怪力の持ち主のように見えた。そして「これより先はロビンフッドの領地だから通行料を払ってもらう必要がある」と叫んだ。

「あ、あの英雄ロビンフッドだね! ここから先がシャーウッド・フォーレストなんだね!」と僕は感嘆した。

「貴様、ロビンフッドのことを知っているんだな。ノッティンガムの町から来たのか?」

「そうだ。正確に言えば現代のノッティンガムの町からだけど」とロブが付け加えた。

「現代って?」と訝しげに男は言った。

「うまく説明できないんだけど、とにかくロビンフッドは有名人だからね」

「そうだ。それなら話は早い。通行料を払ってもらおう。さもなければ貴様たちを叩きのめすことになる。さあどうする?」と男は血気盛んになって言い放った。

「ここは穏便に行こう。だって僕たちは……ロビンフッドの仲間になりたくて旅をしていたんだよ。通行料としてこの不思議な清水珠をあげるから」

 フィルは冷静に事を進めた。ロブは、フィルのそういう機転に富んだ所に感心していた。

「清水珠って何だ?」

「これは森の中でとても重宝しますよ。どんな濁った水でもかき回せば清水になる珠です。きっと通行料以上の値打ちがありますから。そして、どうか僕たちを仲間に入れて下さい。きっとお役に立てると思います」

「分かった。その前にこの珠が本物かどうか確かめてからだ。今からロビンフッドの所へ案内するから着いて来い! 俺はリトルジョンだ」と男は言った。



       第五章


 僕とロブはリトルジョンの後をついて行った。暫く小道を歩いていると大きな樫の大木が立っている場所に到着した。ノッティンガム郊外にある大きなシャーウッドの森には樫の大木の他にも数え切れないほどの樹木が一帯を覆い尽くしていた。僕たちが到着するや否や森の木陰から大勢の者が一斉に顔を出した。どうやらロビンフッドの仲間たちらしい。「おい、こいつら誰だ?」と、ひそひそ話し声が聞こえた。するとリトルジョンは「今からマスターに紹介するんだ」と返した。リトルジョンは茶色のガウンを羽織り、腰に下げていた角笛を口に当てて「ピュー」と大きな音を出した。すると、全身緑色のオーバーオールに頭巾を被り、数十本の矢を盛った空穂を背負い、大きな弓を持っている男が姿を現わした。

「今日はマスターに会わせたい男がいまして」とリトルジョンが彼に言った。

「こいつらか?」

 ロビンフッドは僕たちの方に顔を向け、一瞬、僕とロブの顔を鋭い眼差しで睨みつけた。

「ええ。森の中で通行料を徴収しようとしたらお金の代わりに不思議な珠と交換したいと言うんで」

 リトルジョンはポケットの中にしまっておいた清水珠を取り出して彼に手渡した。

「これは一体何だ?」と言い、ロビンフッドは訝しげに眺めた。

「こ、これは、濁っている水を清めることのできる不思議な珠です。水のない場所や森の中で重宝するでしょう」と僕は顔を赤らめて言った。

「これが本物かどうか今から試してみる」とリトルジョンが言うと、近くにいた仲間の一人に「コップの中に水たまりの水を入れてきてくれ」と頼んだ。すると、ある一人のがっしりした体格の男が小走りで森の中へ走って行き、暫くするとコップを手にして戻ってきた。リトルジョンが「タックありがとう」と言ったので、その男はタックという名前だと分かった。リトルジョンにも勝るとも劣らない大柄な男で、地面まで届きそうな長い黒の修道服を着ていたのですぐに修道士だと分かった。

 リトルジョンがタック修道士からコップを受け取ると、清水珠を入れて様子を観察していた。僕が「かき混ぜてください」と言ったので、リトルジョンがコップを左右に揺らしていると、すこし茶色く濁っていた水が綺麗な清水に変化した。

「ほ、本当だ! 濁っていた水が透明の水に変化した!」とリトルジョンは大きな声を上げたが、本当に安全な水なのかどうか分からず怪訝な顔をしていた。そして「お前、飲んでみろ」と僕は言われたため、一抹の不安を覚えながらも一気に水を飲み干した。すると、本当に美味しい飲料水に変化していた。

「マスター。どうやら本物の珠のようです」とリトルジョンはロビンフッドに報告した。

 一連の出来事を目の当たりにしたロビンフッドは僕とロブを信頼し、気に入ってくれたようで上機嫌にこう言った。「俺たちの仲間に入りたいのか?」

「はい。お願いします! 俺たちはこのゲームを終了させなきゃならないんだ!」

 ロブは魔道具が本物だと分かって刺激を受けて感情が高まり、興奮気味に大きな声で口早に話した。

「ゲーム?」

 ロビンフッドは意味が分からず僕たちに聞き返した。

「ロ、ロブは、シャーウッドの森に住むあなたたちの活躍をスポーツゲームみたいに思っているんですよ。馬にまたがり、弓矢で狩りをして、六尺棒や剣で悪党と戦う英雄でしょ!」  

 僕は額にうっすらと汗を滲ませて答えた。

 普通に考えれば、現代のノッティンガムに住む二人の少年が、ある日の午後、部屋の中でゲームをしていたら、突然、タイムトラベルで中世イングランドに迷い込んでしまった……などとは到底信じてもらえるはずが無い。そして、それはどうやらディナ・シー族という妖精の仕業らしいと説明したらますます怪しい人物だと警戒されてしまうだろう、と僕は考えた。身も心も無残にも過去世に置き去りにされて不安な心持ちになり、僕もロブも自分たちの置かれている状況に呑み込まれてしまいそうだった。

「そうだな。俺たちはこの森の中で鹿や猪の狩りをしたり、馬に騎乗して警護に当たったりしている。敵が居れば武具を使って倒す」

 ある男が僕たちに向かって言った。そして、

「俺の名前はリチャード。マスターに忠誠を誓って奉仕し、馬を操る騎士だ。シャーウッドの森を通行する者に対して徴税を行っている」

 リチャードは騎士らしく堂々としていて、男らしい低い声だった。プールポワンという刺子にした綿入りの白い胴着を着て腰には剣を携えていた。僕たちはどうやらロビンフッドやその仲間たちに認められたようだった。

「それじゃあ、お前たちは今日から鹿の狩りを行ってもらう」と赤い服の男が言った。そして「俺はスカーレット。剣が得意でロビンの甥なんだ」と自己紹介した。「狩りの仕方だが、マスターに次いで弓が上手いと評判のウィルが担当するから安心しろ」

 すると、スカーレットがロビンフッドと同じように弓矢を腰に携え、灰色のつなぎを着たウィルという名の男を僕たちに紹介してくれた。

「ところで、お前たちの名前は?」

 ウィルが僕たちに話しかけてきた。

「はい。僕はフィルで、こっちが友人のロブ」

「鹿狩りのあと、獲物はマリアンが調理してくれるから」

 ウィルは、ロビンの背後にいたマリアンという女性に声をかけた。すると、黄色いドレスを着たマリアンが「よろしくね」と笑顔で言った。



       第六章


 シャーウッドの森には白樺や樫の木が乱立して草木が鬱蒼と茂っており、黒雲が辺りを覆い霧が立ちこめるや否や不気味な闇が広がった。夜になると森にはオオカミなどの危険な動物が出没するので野宿は危険だ。その晩、僕とロブは森の中にある小さな藁葺き屋根の質素な部屋を与えられた。床は土でその上にイグサが敷き詰められている。僕たちは疲労と安堵が入り交じり、緊張から解き放されて翌朝まで丸太のように眠り続けた。

 翌朝、樫の大木がある場所で僕たちはウィルと待ち合わせをして鹿狩りに出かけた。森の中へ入って行くと時折鳥がさえずり、清々しい風がサワサワと音を立て心地が良かった。森を抜けて清らかな小川がある場所へ到着すると、大きな石の上に腰掛けた。

「これが狩りに使う弓だ」と言って、ウィルは短弓と矢をそれぞれ僕とロブにくれた。

「ありがとうございます」と僕たちは礼を言って頭を下げた。

「弓には大きく分けて三つの種類がある。長弓、短弓、クロスボウ。お前たちにはまず短弓からマスターしてもらう。狩猟道具である弓は、弦を張って矢を飛ばすものだ。竿の弓柄に左手をかけ、右手を弦にかけて矢を放つ」

 ウィルはそう言うや否や立ち上がり、腰に下げていた弓と矢を取り出した。足を開いて左足を半歩踏みだし、背筋を伸ばして弓を構えた。そして両拳を額の高さまで高く上げて左手で弓を押し開き、右手で矢と弦を押さえて弓を放った。すると、大きな弧状を呈した弦から放たれた矢はビューンと音を立て、見事な弧を描き、高く、遠くまで飛んで行った。

「上手ですね」と僕たちは拍手した。

「慣れればすぐ出来るさ」

 僕とロブもウィルに続いて立ち上がり、弓構えのフォームで矢を射る真似をした。それから実際にウィルのレクチャー通りに矢を放った。ロブは弓の使いが上手く、僕よりも早くマスターした。彼は何度か練習しただけですぐに矢を正確に射ることができた。僕はどうやらウィルやロビンフッドのように弓使いの名手にはなれそうになかった。

 その日、ロブは弓を構えて何度か矢を連射すると、獣の鳴き声が森の中にこだました。彼は初めて弓を手にしたにも関わらず鹿を一頭仕留めたのだった。

 

「おい、フィル。俺のNRWの武器に短弓が加わった。鹿を射止めたから一気に二百ペニー稼いだぜ。しかも武器強化に必要な強化のタマゴが手に入った!」

「僕のNRWにも短弓が入っているけどたったの五十ペニーだ。強化のタマゴはもらえなかった」

 僕は少し悔しい気持ちになった。

「これでフィルの百ペニーを抜いたぜ」

「凄いな。どんどんコインを稼いで武器を強化してレベルを上げなきゃならない」

「俺は弓を強化してレベルを上げるぞ!」

 ロブは得意顔をして満足そうだった。

「僕は・・・・・・どうも弓は苦手だな。地道に森の中で奉仕してコインを稼ぐか、今所持している剣を強化するよ」と言って気を取り直した。


 その晩、僕たちは大きな火を起こしてロブが仕留めた鹿を串焼きにし、森の中で取れた野菜、マリアン手作りのパンとスープを食べた。火の粉がパチパチと音を立て、黒い煙が立ち上っていた。夜空にはたくさんの星がちりばめられて綺麗だった。夕飯の話題は、ロブの弓使いと鹿を仕留めた話題で持ちきりだった。ロビンフッドもロブの腕前に感心していた。僕も何とかしてロブのように強化タマゴを手に入れて武器を強化しなければならなかった。そのとき、僕の隣に座っていたリチャードの剣が目に入った。鉛色の剣はリチャードの黒の腰鞘に納められていた。みなが大声で談笑しているとき、僕は目を伏せがちにしてぼそっと呟いた。「リチャードの剣かっこいいですね」

「そう言えば、フィルも剣を持っていたな。どんな剣だ?」

「僕の剣は、木製の子供だましのような物です。剣の使い方もよく分からないし」

「そうか。弓よりも剣に興味があるなら、剣術を身につけるか?」

「今日、初めて弓を射ったんだけど僕にはうまく使いこなせなかった。ロブは弓使いの才能があるんだと思います」

「そうか。それならマスターに話して武具を弓から剣に変えてもらってもいいぞ」

「はい。そうしたら、明日からロブと僕は別々に訓練ですか?」

「ああ。しかし、武器を使いこなせるようになったら今度は騎馬の練習だ。最終的には馬上から武器を使いこなせるようになってもらう」

「はい。頑張ります!」と僕は快活に答えた。心の中に芽生えた小さな希望がぱっと燃え上がった。

「マスター。明日からフィルは俺と剣の練習をすることになりました。弓よりも剣のほうに興味があると言っていますが大丈夫ですか?」

 スカーレットと談笑していたロビンフッドはリチャードの声が耳に入ると、僕たちのほうを振り向き大きな声で「それでも構わん。自分の得意な武術を身につけることが大切だ」と言った。その晩部屋に戻ると、僕はロブにも弓術から剣術を身につける話をした。「明日から別行動になるため、何かあったらNRWのメッセージを使って連絡を入れてくれ」と言い、お互いにフレンド登録をしておいた。



       第七章


 ウィルと一緒に鹿狩りをした翌日から、僕はリチャード、ロブはウィルと一緒にそれぞれ武術の稽古に励んだ。僕はリチャードから剣についての説明を受けた。剣には様々な種類があるが、彼が使用しているのはロングソード、ショートソード、ツーハンデッドソードそしてダガーの四種類だ。ロングソードは騎兵用で馬上から突く剣で、長さは一メートル、重さは二キログラム。ショートソードは名前の通りロングソードよりも長さが短く歩兵用で、大型の盾と共に用いる。ツーハンデッドソートは両手を用いて多数の敵と打ち合いをしたり、槍や矛などに対応したりするために用いる。大きな剣だが長さ二メートル、重さ三キログラムで見た目よりも意外と軽いが、相当な体力が必要だ。ダガーは護身用で、刺したり投げたりして使う。剣の構造は、切っ先と刃先を含む剣身ブレード十字鍔ガード、そして握り部分を含むヒルトから成る。僕はまだ十五歳で筋力も弱く痩身なため、体格的に言ってツーハンデッドソートを使いこなすのは難しいと言われた。ダガーは特別な訓練が必要ではないが護身用に身につけておくように指示された。そのため、ショートソードと盾の使い方、ロングソードと馬上での戦い方を中心に訓練することになった。


「西洋剣術の基本はソードとシールドだ」とリチャードが言った。

 僕はリチャードから一通り説明を受けた後、実践的な訓練を始めた。

「まず足さばきだが、左足を前、右足を後ろにして肩幅に開き、膝を軽く曲げ、足を交差させて歩くように進む」

 リチャードの足さばきの真似をしながら、僕は足を交差させて森の中を歩いた。

「ソードの構え方は、剣を額の上に平行させて頭部を守る方法のほか、肩に担いだり腕を下に下ろしたりする。斬り方の基本は三つ。左右の水平、左右の上斜め、真上だ。そして、攻撃はすべて腰の回転からだ」とリチャードは言った。

 足さばきの後、僕はリチャードからショートソードを受け取って構えのポーズをし、ブレードを何回か振り下ろした。すると、なかなか筋がいいと褒められた。

「それから、盾の使い方も教えておく。盾は胸の位置。小さいものは体から離し、大きいものは体につけておく。構え方は体を隠す構えのクローズドガードと体を開く構えのオープンガードがある」

 彼から小さな盾を受け取り、僕は右手には剣、左手には盾を持って構えをした。すると、本物の騎士になったような気がして心が躍った。

「剣と盾を持つと別人だな。様になっているぞ。あとは剣を上手く使いこなすために日々の稽古だ。まずは基本の構えと斬り方を覚え、それを習熟したら別の攻撃方法も伝授しよう。それが出来るようになったら騎馬だ。馬上で剣を使いこなせるようになることが最終目的だが、馬を切ることはルール違反だ。それはしっかりと覚えておくように」


 部屋に戻ってからNRWをチェックすると、たくさんの武器が加わっていた。今日は剣に関するレクチャーを受け、稽古に励んだのでペニーを百枚獲得し、二日間で二百ペニーになった。ロブは昨日二百ペニーだと言っていたが、今日の分が加算されればさらにコインが増えているだろう。

 武器に関して言えば、昨日手ほどきを受けた短弓のほか、今日剣術の指導で使用したダガーや装備の小さな盾が加わっていた。また、僕はなかなか筋が良かったらしく幸運にも強化タマゴと素材を獲得できた。そのため、強化タマゴと素材を使用して五十ペニーを支払い、木製の剣から青銅のショートソードに強化し、アイテム交換した。(よって現在の所持金は百五十ペニー)武器である剣のLVも一から二に進化したことになる。今後はコツコツと稽古を重ねて実践を積み、経験値を上げるつもりだ。



       第八章


 僕たちがシャーウッドの森へ来てから三ヶ月が経過した。森の中での暮らしにも慣れ、剣さばきも驚くほど上達した。僕の中に眠っていた剣術の才能をリチャードが掘り起こしてくれたみたいだった。剣のグリップを握りしめ、ブレードを大きく振りかざすとビュンという鋭い音がして虚空を真っ二つに切り裂いた。

 季節は夏至で、森の仲間たちは聖ヨハネ祭を迎える準備をしていた。太陽の黄経が九十度に達し、北半球の昼が最も長く、夜が最も短い日である。この日を境に今度は冬至に向けて日が短くなるため、聖ヨハネの前夜祭では火祭りを行う。

 僕はショートソードの扱いに慣れたので、今ではロングソードと騎乗の稽古をしていた。今日はいつものように馬小屋へ向かった。小屋の隣には家畜小屋があった。

「あら、一体何があったのかしら?」

 マリアンは家畜小屋の中で飼育している鶏を見て叫んだ。

「どうかしたんですか?」

 僕は馬小屋に入ろうと思ったが、マリアンの様子がおかしいので声をかけた。

「もうすぐ聖ヨハネ祭だというのに生け贄の鶏が数羽無残にも死んでいる。聖ヨハネ祭は健康と幸福を祈るお祭りで、火の周りを踊ったり、火によって今後を占ったりしながら動物の骨を焼くの。聖ヨハネ祭が近いので悪魔や魔女、精霊の仕業かしら」

「いや、もしかしたら夜な夜なオオカミが現れて鶏を襲ったのかも知れません」

 僕もマリアンも不可解な鶏の死の原因を突き止めようと考えていた。

「マリアン、心配ご無用です。今夜家畜小屋に来て警護にあたります」と僕は言った。

「けど、夜の森は真っ暗闇に閉ざされて危険よ」

「大丈夫です。僕はいろいろな武具を持っていますから」


 その晩、僕は鶏のことをロブに話した。するとロブも僕と一緒に今晩家畜小屋へ行くと話していた。

「聖ヨハネ祭が近いから少し気味が悪いな」と僕はロブに言った。

「そうだな。でも、オオカミの仕業かも知れない。しかし、オオカミだとしたら鳴き声がしてもおかしくないのに。どちらにせよ、用心して行かなければ」

「僕は姿を消す指輪を使うよ。これがあれば相手に姿を見られることもないから安全だ」と言い、NRWの魔道具のアイテムから姿を消す指輪をゲットした。

「俺もフィルと同じ物にする。これはケルトのアーサー王伝説に登場する円卓の騎士の一人、ユーウィンが身につけていた指輪であり、魔力で姿を消すことができるという」

 ロブもNRWの魔道具のアイテムを操作し、画面を見ながら説明した。

「円卓の騎士の指輪か。凄いな」と僕は言った。

「ああ」とロブは小さく頷いた。


 真夜中の森はマリアンが言うように魔物が潜んでいるように思え、背筋に冷たいものが滑り落ちる感触がした。オオカミは人里離れた森の中を住処としているが、日中は人間を警戒しているため姿を現わすことはあまりなかったが、深夜、藁葺き屋根の部屋を出て小さな蝋燭の灯だけを頼りに森の中へ足を踏み入れると、夜露に濡れた草で足元を取られそうになり一瞬冷や汗が出た。そして、今にも不気味で猛り狂う声が聞こえてきそうな気配が漂っていた。

 そのとき、遠くから野獣の吠える声がした。「やっぱりオオカミだな」と僕たちは言葉を交わした。家畜小屋へ到着すると、僕らは中には入らず隣の馬小屋の背後で息を潜めて状況を見守った。暫くすると、カサカサと風に揺られて葉擦れする音が聞こえてきた。僕は緊張感が一気に高まり、規則的だった心臓の鼓動がバクバク速くなり心拍数が急激に上がった。隣にいるロブも両手で顔を覆い尽くしていた。すると、その葉擦れの音は次第に大きくなり、木陰から何かが姿を現わした。僕たちは急いで蝋燭の灯を吹き消した。暗くて何が起こっているのか分からなかったが、確かに何者かがこの森の中を歩いていた。その何かは、鶏が飼育されている家畜小屋ではなく、僕たちが背後で潜んでいる馬小屋の中へ入って行った。馬が土を蹴り上げて暴れる音がしたが、恐怖で僕たちは何もすることが出来なかった。暗闇の中にずっと身を潜めていたため、だんだんと目が暗闇に慣れて辺りが少し見えるようになっていた。次の瞬間、その何かが馬小屋から出てきた。四足歩行で牙が鋭く目がギラギラと光っていた。一瞬、僕たちの気配に気づいて振り返ったと思ったが、姿が見えるはずが無い。そのオオカミみたいな獣はすぐに森の中へ走り去って行った。

 翌朝、馬小屋へ行って見ると、やはり野獣の仕業だったのか馬の脇腹には大きな噛み傷が痛々しく残っており瀕死の状態だった。僕とロブは、ロビンフッドたちに昨晩、オオカミみたいな獣を目撃したと話すと大きなため息をついた。

「オオカミ被害は森の中だけでなく、今では都市部にまで広がっている。人々は人畜を荒らす獣に手を焼いている」とロビンフッドが言った。

「もうすぐ聖ヨハネ祭だというのに動物が被害にあって困ったわ」とマリアンが続いた。

「それなら、俺が剣で退治しましょうか」とスカーレットが自慢の剣を腰の鞘から取り出してブレードを一振りした。

「いや、夜陰にまぎれて現れる怪物や異教的な神々の仕業かもしれない。これからノッティンガムの町へ行ってヘアフォード司教と話をしてくる」とタック修道士が言った。タック修道士は信仰に生きる人であり、人間が背負う原罪を説いて歩いていた。

「それじゃあ、僕たちも一緒に行きますよ」


 僕たちは馬にまたがりノッティンガムの町に向かって出発した。僕たちが町へ到着すると、ノッティンガムの町を取り仕切っているヘアフォード司教のいる石造りの教会を訪れた。司教は教区内の教会や修道院を巡察して指導し、教会の聖別や新設、聖職者の育成、統括をしていた。聖ヨハネ祭を目前に控え、野獣の被害は人畜に多大な影響を及ぼしていたためヘアフォード司教の指導を仰ぐために訪れたのだ。町の中心部から少し離れた所に教会はあった。尖塔と鐘突き堂が目印で大きな礼拝堂を備えた教会は、ヘアフォード司教の権力と神の威光が感じられる立派な建物だった。礼拝堂の扉口をノックして中へはいると礼拝堂の祭壇の前でお祈りをしていた様子だった。僕たちに気がつくと「こちらへ」と言った。

「もしや野獣の被害のことかね?」

 ヘアフォード司教は、今町中で恐れられている野獣の被害について口火を切った。

「お察しの通りでございます。森の中だけでなく都市部にまで被害が拡大しているとのこと。人々はオオカミの仕業だと申しておりますがどうお考えでしょうか」とタック修道士は言った。

「目撃者の話だと、四足歩行で牙が鋭く目がギラギラと光っていたと、人々の口にのぼっている」

「はい。僕たちもオオカミの姿を呈した野獣を見ました」

「しかし、聖ヨハネ祭という時節柄。悪魔や魔女、魔物などの仕業ではないでしょうか」

 タック修道士は一般の人たちとは異なり、異教的な神々の仕業ではないかと考えていた。

「そうだとしたら、魔を退治しなければならない」と司教が言った。

「魔物? そのような存在が本当にいるのですか? 人々の獣への恐れや妄信ではないのでしょうか?」とロブが口を挟んだ。

 現代を生きる僕らにとって、このような話は単なる怪異譚に他ならない。

「オオカミの目撃談や、状況を察すれば……」と言って司教は言葉を濁したが、「いずれにせよ、聖ヨハネの前夜祭には篝火で儀式を行い、異教の神々の霊魂を鎮めることだ」と付け加えた。



       第九章


 聖ヨハネの前夜祭当日、僕たちは樫の大木があるいつもの場所に集まり、ヘアフォード司教の言うとおり篝火でお祭りの支度をしていた。ロビンフッドはマリアンの食事の手伝いと動物を生け贄として捧げるために火を焚いていた。ウィルは白樺の幹を各家の玄関の前に飾り歩いていた。リトルジョンは怪力なので大木を運び、スカーレットやリチャードは馬にまたがり森の中を警備していた。タック修道士は神々の霊魂を鎮める聖なる儀式の準備をしていた。僕とロブは、タック修道士のいる森の中の小さな教会で今夜の儀式の手伝いをしていた。ヘアフォード司教のような立派な教会ではなかったが、小さいながらも祭壇と身廊と側廊があり、人が座れる椅子も何個か置いてあった。


「シャーウッドの森で摘んだ草花です」と僕は言った。そしてタック修道士に手渡した。

「これは何に使うのですか?」とロブが尋ねた。

「ヨハネの夏至祭当日の夜に摘み取られた草花は、強力な魔力を持つ薬草だ。人々を病気や災難から守ると言われている」とタック修道士が言った。「それに夏至祭の森の中では異教の神々をはじめ、妖精や精霊が人間界に近づき姿を現わすと言われている」

「夏至の夜は、神秘的ですね」と僕たちは言った。

「篝火の炎は魔や闇を焼払い、厄払いの意味がある」とタック修道士は付け加えた。

「そしてこれは?」と僕は指さした。オオカミのような形をした人形だった。

「野獣に見立て、藁で作った人形を篝火の中に動物の生け贄と一緒に燃やすんだ。そうすれば悪魔や魔物は自分たちの住処へ帰って行くだろう。この人形と薬草をロビンフッドたちがいる集合場所へ運んでくれないか」

 僕とロブは、タック修道士と一緒に教会を出て樫の大木の集合場所へ向かった。時刻は午後八時頃だったが辺りはまだ明るかった。

 スカーレットとリチャードも森の警備から戻り、篝火を見上げていた。大きな焔は森を突き抜けて天空まで届きそうなほど高く燃え上がり、火炎の色と黒煙が渦を巻いていた。火の粉がパチパチと飛び散っていた。僕たちは所定の場所に座り、火祭りを始めた。まずタック修道士が聖書を読み上げ、それからロビンフッドとマリアンが生け贄の動物を火の中に投げ入れた。すると、その瞬間、炎が一段と大きくなり、邪悪な霊が業火に焼かれるような烈々とした猛火が雄叫びを上げているような感じがした。僕たちはそれから篝火の周りで歌い踊り、食事をした。しばらくの間僕たちは篝火を取り囲んで楽しく陽気にお祝いをしていたが、タック修道士が「異教の神々の霊魂を鎮める儀式を執り行う」と言ったので静かになった。

「赤い焔の中にこの野獣の形をした人形を投げ入れるように」とタック修道士が厳かに言った。一斉に火の中に人形を投げ入れると、焔が一段と大きくなり、まるで浄化と償いの煉獄の焔によって邪悪な霊魂が清められているみたいだった。するとその瞬間、森の中からあの野獣が現れたのだ。僕とロブが「あ! オオカミだ!」と叫んだのでマリアンが悲鳴を上げた。そのとき僕は耳元で「魔を祓え」という声が聞こえた。一瞬だったので気のせいかと思ったが確かに聞こえた。ロブの隣に座っていたウィルが弓に手を掛けたとき、ロブは「待って。殺さないで」と言い、腰に下げていた六尺棒でオオカミに立ち向かった。オオカミもロブに襲いかかろうとしたそのとき、怪力のリトルジョンはオオカミを押さえつけ、身動き出来ないように縄で縛り上げた。すると、四足歩行のオオカミが、人間に姿を変えたのだ!  

 タック修道士が言っていたように、夏至の夜は、妖精や精霊が人間界に近づき姿を現わすのだと思った。ロブは呆気にとられていたが、「ゲームだ」と自分に言い聞かせていた。僕もそのとき我に返った。ここは、マーティンの仮想現実なのだ。ロビンフッドたちは開いた口が塞がらない様子だったが、中世ヨーロッパでは超自然的な摂理が受け入れられていたことを思い出した。

「オオカミ人間を拘束したぞ」とリトルジョンが言った。「マスターどうしますか」

「何の目的があって魔物に化け、人畜に被害を及ぼしていたのだ」とロビンフッドがオオカミ人間に尋ねた。しかし、ずっと沈黙を保っていた。

「どうします? 生け贄として火の中に投げ入れますか?」

 スカーレットが冷然として言った。

「いや、何か事情があるのかも知れない。口を割るまで待ちましょう」

 騎士道精神に満ちた威厳のある低い声でリチャードは言った。

「我々の仲間になるなら命は助けてやろう」とロビンフッドが言った。

「でも、危険ですぜ、マスター。どうやって信頼するんですか?」

 ウィルは怪訝な顔をして睨みつけていた。

「俺に任せてください。いい方法があります」とロブが言った。そして僕の耳元で「エクパウォール薬だよ! これを飲ませると、どんな者も真実を告白する魔法薬だ」

「そうか!」と言って僕は膝を叩いた。

「こいつにこのエクパウォールという魔法薬を飲ませて真実を告白させます。だから安心してください」とロブが言った。

「分かった」とロビンフッド言い、仲間たちと一緒に固唾を呑んで見守っていた。

「おい、この魔法薬を飲んで全てを告白したらお前の命を助けてやる。そして俺たちの仲間になるんだ。手荒な真似はしない。ロビンフッドもその仲間たちも悪い人間じゃないから」と言って、無理矢理オオカミ人間の口を開けて魔法薬を飲ませた。暫くすると大人しくなり静かに口を開いた。

「俺はヴァイキングのニヒョル。魔法使いでもある。オオカミに化けて人畜に噛みついて呪いをかけていた。ヴァイキングの王の命令だ。これからヴァイキングの連中が軍事と魔法を用いてイングランドに攻め入るだろう。戦争が起こる前に俺たちヴァイキングの魔法使いはイングランドの兵力を弱体化させるため、オオカミに化けて噛みつき、呪いをかけていた。そしてこの噂が広まれば人々はオオカミのような魔物を恐れ、国の中は不安定な状況になり内乱が起こるだろう。そうすればこっちのものだ。その隙に攻め入る」

 ニヒョルの告白にみな騒然となった。タック修道士は「あなたの命は約束通り守りましょう。しかし、ニヒョルという名前と姿を変えなさい。ヴァイキングの仲間にバレたら危険です」と言った。

「こ、こんな大変なことが水面下で起こっていたんだな」とロビンフッドが言った。明日の朝一番に馬を走らせてノッティンガム城にいる長州官のマークに話さなければならない。ありがとう。ニヒョル。しかし今から君の名前はノエルだ」



       第十章


 僕のNRW。魔道具の武器にはロングソード、装備には馬が新たに加わっていた。ステータスだが、全体のLVは三で、HPは二万五千だ。コインは三千六百ペニー。経験値は千二百。強化タマゴと素材のお陰で武器のショートソードはLV三の鋼の剣に進化。ロングソードとダガーはLV二の青銅。装備には小型の盾と馬、アイテムには清水珠、姿を消す指輪、薬草、そして藁人形。スキルは俊足と乗馬。スキルのお陰で攻撃力が上がっている。


 ロビンフッドがノッティンガム城から戻ると、いつものように角笛を吹いて仲間を集合場所へ集めた。ノエルは僕たちと同じ相部屋となったので、ここでの暮らしとルール、イングランドのことを教えてあげた。その代わりに僕とロブは、ノエルからヴァイキングや魔法のことなど興味深い話を教えてもらうことができた。角笛の音が聞こえたのでノエルと一緒に僕たちは樫の大木へ向かった。元々ヴァイキングだったニヒョルは背が高く、金髪の青眼だったがロビンフッドの命令通り名前をノエルと変更し、中背で黒髪の茶色い瞳に変身し、巡礼者のようにマントとつばの広い帽子を被り、杖を持っていた。言葉も英語を操っていたので見た目は英国人に見えた。

 ロビンフッドは長州官のマークの命により、ノルマンヴァイキングとの戦の準備に取りかかるよう伝えた。この頃、イングランド国内は聖地エルサレムを守る十字軍の遠征で国内の兵が減少していた。僕たちはロビンフッドたちと共に騎士団を設立し、イングランド王国の防衛、討伐に努めた。

「十字軍の遠征によりイングランド国内では兵力が落ち、諸外国との軋轢や対立で混乱状態のため、ノルマン人が近いうちに本土へ上陸するかも知れません」とノエルが言った。

「ノルマン人はヨーロッパ各地で略奪や植民を行っているという噂だが」

 ロビンフッドがノエルに向かって尋ねた。

「ノルマン人はゲルマン人の一派で、スカンディナヴィア半島やバルト海沿岸の国に定住しています。略奪だけでなく海を渡って交易もしているので、上手く交渉すれば戦いを避けられるかも知れませんが・・・・・・北欧は寒冷な土地のため氷河による浸食作用によって形成されたフィヨルドが多く見られます。地理的に複雑な地形の入り江に住んでいることから【入り江の民】とも呼ばれ、もし、相手国の本土に乗り込むとしたら、どこに隠れて待ち伏せしているか分かりづらいでしょう。危険も伴います。しかし、私は魔法を操れるのでご安心を」

「それは心強い。しかし前線に出て戦うのではなく、背後から援助してもらうことになるだろう」

 ロビンフッドは頭の中でこれからノルマン人と戦う戦術や騎士団設立のことを想定していた。

「ノエルの存在がバレたらまずいし、前線では魔術を使うことも難しい」と僕は言った。そして、進化したショートソードを取り出して騎士団の一員になった気になって構えをした。

鋼の剣は日差しを受けて刃先が輝いていた。

「こ、これってフィルの剣なのか?」とノエルが言った。僕は「うん」と何事もなかったように答えたが、ノエルの顔はまるで宝剣でも発見したような驚嘆した顔つきをしていた。

「ちょっと見せて」とノエルが言ったので僕は剣を手渡した。するとノエルは「ちょっと手を加えさせてもらう」と言って僕のショートソードに何かを刻み込んでいた。そして「この剣は名剣グラムだ!」とノエルが叫んだ。

「名剣グラム?」

「ああ。ガードとヒルトの形が似ていたが、肝心なルーン文字がブレードに刻まれていなかった。ノルマン人の間でもグラムの行方が分からなくて探していたんだ」

「ルーン文字?」

「これは呪力を持つ文字で、大竜ファヴニールも倒すほどの切れ味だ」

「ルーン文字が刻まれていなかったなら偽物じゃないの?」

「いや、文字が刻印される前のものか、あるいは刻印があっても消えてしまっていたか」

「この剣は強化して今の鋼の剣に進化したんだ。そうか、今後強化していったらルーン文字が刻まれていたのかも知れない」

「フィルはフィリップという名前だろ? 先祖のルーツは北欧系だ。もしかしたら英雄シグルズ一家の系譜かも知れないな」

「先祖は北欧系だと両親が言っていた。でも、それ以上詳しいことは知らない」

 ノエルの話にびっくりしたがこれはゲームだし、VRの中で英雄シグルズ一家の出だとしても別段珍しい話でもない。

「シグルズは名鍛冶屋だった義父のレギンに育てられ、竜退治で名をはせた英雄だ。北欧神話の主神オーディンの血統でヴォルスング一族の末裔。名剣グラムと愛馬グラニを所有していた」

「このゲーム、いや、森に来る前はノッティンガムの郊外に住んでいて、家族は鍛冶屋を営んでいる。リチャードから手ほどきを受けて今では乗馬もできるようになった」

 ノエルは、僕のルーツが北欧だと分かって親しみを持ってくれたみたいだった。仮想現実の世界だけど、もしかしたら本当に僕は北欧シグルズ一家の系譜なのかも知れないなと思って血湧き肉躍るのを感じた。僕の武器である鋼のショートソードは、ルーン文字が刻まれLV四まで進化した。



       第十一章


 騎士団はイングランド国内から集められた。ロビンフッドはミッドランド地方の地方騎士団長として選出され、僕たちやミッドランドから集められた多くの人々は、地方都市の修道士としての役割を与えられた。タック修道士は司祭として祈祷、リチャード、スカーレット、ウィル、リトルジョン、そして僕とロブは騎士として有事の際には出陣することになる。ノエルは、マリアンとともに労働や後方支援となった。リチャードは元々が騎士だったため僕たち修道士たちの間でも頭角を現わしていた。剣術においてリチャードの右に出る者はいなかった。また、馬の扱いも上手く馬上からの攻撃も秀逸だった。彼は自身の剣をエクスカリバーと呼んでいたが、アーサー王伝説の本物の剣であるかは謎だ。スカーレットの剣さばきも目を見張るものがあり、槍の扱いも上手い。ウィルはロブとともに弓矢やクロスボウ、リトルジョンは怪力を生かして斧や大型で重量のある武器を担当していた。この頃までには僕も騎乗してロングソードを扱えるようになっていたが、兵士として地上で戦う方が向いていた。兵士の鎧は、胴衣の上に丈の長い鎖帷子を着用して頭全体をすっぽり覆う兜を被り、盾や武器を所持していた。僕のNRWの装備には、兵士として必要な鎧や兜などが加わった。


 デンマークはイングランド東方に浮かぶ大小の島々で構成されている。人口のうち約半数は、エーレスンド海峡の対岸にスウェーデンを臨むシェラン島に居住しているという。デンマークの大部分は西に位置するユトランド半島で、シェラン島とユトランド半島の間にはフュン島が浮かんでいる。一年を通して沿岸地域は海風の気まぐれな天候に支配されるため、北欧といえども三十度を超える猛暑になることもある。冬は氷点下近くまで気温がさがるので雪や雨の日が多い。

 打ち寄せる激しい海のうねりで白い石灰岩の崖が所々浸食し、海岸線には複雑に交差した湾や入り江が見られ海へと続いていた。夏の日差しがエーレスンド海峡の水面にきらきらと反射し、時折、一陣の風が吹くと水面が波立ち、堅牢な要塞の壁に波が押し寄せてくだけ散り、細かい波しぶきをあげた。

 シェラトン島の海岸線には何艘もの船が停泊していた。そのうち一艘は難破した密輸船みたいで入り組んだ入り江に打ち上げられていた。

「さあ、行こう」とノエルが囁いた。ノエルは双眼鏡のレンズを何度も覗いて船上から状況を伺っていた。

「大丈夫なのか? 見つかったら大変だ!」と僕が言うと「大丈夫。ここから要塞までかなりの距離があるから気づかれていないはずだ。それに、あの難破船には財宝が眠っているかも知れない」

「ノエル、何か考えでもあるのか?」とロビンフッドが言った。

「何か良い情報が手に入ればいいのですが……とりあえず難破船に侵入しましょう」

「あそこなら敵にも見つかりづらいだろう」とロブが続いた。

「誰も朽ちた船の中に人がいるとは思わないだろうな」と僕は呟いた。

 僕たち騎士団は偵察のため船でイングランドからデンマークにやってきた。幸い天候に恵まれ、良い風が吹いたので五日で到着することができた。

 僕たちが船から下りるとノエルはロープを手にし、慣れた手つきで船に繋ぎ始めた。

「ロープは伐採した木材を水に何ヶ月も浸して柔らかくし、天日干しで乾かす。それから細い紐状に切り分けて何本か束にして丹念に編み込んでいく。とても頑丈だ」とノエルは言った。

「さすが元ヴァイキングだ。船のことには詳しいな」リトルジョンが感心しながら言った。

「リトルジョンは怪力だから手伝ってくれ」とノエルが返した。

 すると、リトルジョンだけでなく他の仲間も助けに加わり、船の所々にロープをくくりつけて波打ち際に停泊させた。

「あの難破船はヴァイキングシップなの?」と僕がノエルに尋ねると「いいや、違うな」と言った。

「じゃあ一体あの船は? 誰が何のために?」とリチャードが咳払いをしながら低い声で言った。

「ヴァイキングシップは大きな帆で風を受けてオールを使い、喫水が浅い船だからね。軍用向きではないんだ。彼らは海上戦よりも陸上戦で略奪品を奪い、ヴァイキングシップにお宝を乗せて持ち帰っているんだ」とノエルが説明した。

「あの船はヴァイキングシップじゃないのか? もしかしたら誰かがヴァイキングの財宝をさらに横取りしたのかも知れない」とスカーレットが怪訝そうな顔をして言った。

「漁夫の利ね」とマリアンが小さな声で言った。

「ヴァイキングと戦って彼らの戦利品を横領したが、難破したのかも知れないな」とウィルが顎に手を当てながら仮説を唱えた。

 僕たちは難破船の中に入ってみることにした。船は劣化して船尾は欠け、少し横倒しになっていたが原型はとどめていた。甲板の下に設置されてあるハッチから船の下に降りた。僕たちは船首のほうに向かってミシミシ音が鳴る床の上を歩いていくと、船内は壁によって仕切られた部屋がいくつかあった。そして、突き当たりの部屋に足を踏み入れると

「この部屋には財宝がたくさん眠っているみたいだ!」とタック修道士は不謹慎と思いながらも声を弾ませた。

 埃を被った金や銀のナイフやフォーク、高価そうな食器、宝石がちりばめられた装飾品、指輪、ネックレス、武具なども置いてあった。僕たちは金銀財宝を手に取り、時々咳き込みながら埃を払い、その美しさに見とれて部屋の中で歓喜の声を上げた。その時、僕は部屋の隅に置かれていた書棚に目がいった。書棚には傷やへこみがあり所々朽ちていたが、引き出しの取っ手は真鍮色をしていて上品で高価そうに見えた。書棚には本がたくさん収められていた。僕は適当に小ぶりな本を一冊手に取った。本の革のカバーは古ぼけて変色しぼろぼろだったが、ページをめくると羊皮紙に何か書き込まれていた。僕は目を凝らして解読しようとしたが古英語あるいは他の言語で書かれていたので理解できなかった。何か重要な文献の写本なのかもしれないと思い、ポケットの中に滑り込ませた。しばらくするとノエルが声を上げてみなにこう言った。

「この財宝の中には魔道具も含まれている。魔を操る者がヴァイキングと戦って財宝を強奪した形跡、あるいはヴァイキングの略奪品の中にそういった魔力を秘める道具が含まれていたと考えられる」

「魔法使い? ノエルも魔法使いだよな」とロブが興奮冷めやらぬ様子で言った。

「ああ。だからこれがただの武具か魔力を秘めたものかすぐに判断ができた」

 ノエルは歯切れがいい話しぶりだった。

「ヴァイキングの中には魔法使いもいるの?」とマリアンが尋ねた。

「多くはヴァイキングに雇われて一緒に戦っているんだ」とノエルは誇らしげに言った。

「それじゃあ、ノエルもそうだったのね」

 マリアンはノエルに単刀直入に尋ねた。

「うん。でも、決して仲間ではない。雇用関係で結ばれている」

「寄らば大樹の陰だな」とロビンフッドが声を漏らした。

「魔法を操る者に感情は要らない。理性が大切だ」

 ノエルは歯に衣を着せない物言いだった。

「これらの道具は後の戦に使えそうだな。自分の気に言った武器を選べ」とロビンフッドが威厳のある声でみなに指示した。

 ロブは財宝の山の中から何かを拾い上げていた。

「これ、ユニコーンの角じゃないかな? 幻の一角獣だ」と言ってロブはユニコーンの角を僕に見せてくれた。

「僕は黄金で宝石がちりばめられたジャムの酒杯が気に入った」と言って杯を拾い上げた。

「お前、未成年だろ。酒は飲めないぞ」とロブが突っ込みを入れた。

「そうじゃなくて、この杯を覗けば世界中のどこの景色でも見ることができるんだよ。ロブだって角じゃなくてもっと戦闘に役立つ武器を選べよ」

 ユニコーンの角を手にして仁王立ちしているロブに向かって笑みを浮かべた。

「お前の武器は?」

「鋼のショートソードがある。ルー文字入りでLV4だ」と僕は誇らしげに言った。

「すごいな! でも、俺のクロスボウも強化してLV3からLV4にするぞ!」

 ロブも胸を張って誇らしげに言った。

 僕たちは各々部屋の中にあった目を見張るような財宝を手に入れた。しばらくすると、博識で知恵者のタック修道士が「ちょっとこっちに来てくれ」と目を輝かした。「何か凄いものを発見したのか?」とロビンフッドが尋ねると、タック修道士は「これは、ミロのヴィーナスの像じゃないですか」と返した。

「誰だ、一体?」と言ってロビンフッドは頭を捻った。

「あ、知ってる。パリのルーヴル美術館に収蔵されているやつだな」とロブが意気揚々と答えた。

「ルーヴル美術館?」

 タック修道士がぽかんとした表情をした。

「えーっと、世界中の有名な美術品を展示している場所なんですよ。本で読んだことがあってね。まだ知らない人が多いかも」と僕は適当に辻褄を合わせた。ルーヴル美術館はまだこの時代には存在しないからだ。

「でも、このミロのヴィーナスはルーヴル美術館に展示されているものとちょっと違うな。だって、両腕があるし、手には林檎だ」

 ロブは検視官みたいにヴィーナス像をくまなく観察していた。

「そうだな」

 僕も訝しげに像を見つめた。

「お前たちもタック修道士のみたいに知恵者なんだな」とロビンフッドが感心した。するとタック修道士は誇らしげに旧約聖書の説法を始めた。

「トロイア戦争時、アテナとヘラを出し抜いて、地上で最も美しい女神アフロディテに林檎を渡した。これが戦争を引き起こすきっかけとなったのだ。この林檎は、旧約聖書に記されているエデンの園の禁断の果実だったのではないかとまことしやかに囁かれている。蛇にそそのかされてアダムとイブは林檎を食べてしまったんだ。永遠の命と引き換えに人間のエゴを手に入れてしまった。そして神の怒りを買い、楽園を追放されてしまった話だ」

「俺やフィルも学校でその話は先生から聞かされたよ。どうやらこれはギリシャ神話のアフロディテがモデルになっているミロのヴィーナスではないみたいだな」

「そうだね。僕も俗説として林檎を手にしているミロのヴィーナス像の話は小耳に挟んだことがあったよ。まさか、ここで発見するとは! ローマ由来の神の像かも知れない」



       第十二章


 僕たちは翌日、町を散策して様子を伺うことにした。町の広場は貿易商人や農民など多くの人が行き交い活気に溢れて平和そうだったが、要塞めいた都市でもあった。連なる丘の上は城郭都市で中世の面影を残していた。僕たちは小高い丘を登り城壁に到着した。交易で盛んな都市とは切り離された場所だった。僕とロブは魔道具の姿を消す指輪、ノエルは自分の魔力を使って姿を消すことにした。ロビンフッドたちは門前で傭兵と話をし、中へ通された。僕たちは息を殺し、忍び足で彼等の後について行った。幸いにも姿は気づかれていないようだった。城の中庭を横切り中へ入ると、僕たちはイングランド王国からの使者として接待を受けた。応接間へ通されてロビンフッドたちは国王の到着を待つことにした。国王は現在王宮から城へ向かっていると城主は言っていた。城は外から見ると厳かな佇まいを見せていたが、城内は一転して華やかで素晴らしい調度品の数々や絵画が飾られていた。

「さあ、ここに」と城主は言った。

「ありがとう」とロビンフッドは言って長テーブルに着席しみなも従った。テーブルには白い清潔なテーブルクロスが敷かれ、大きな花瓶には花が生けてあった。大きな窓から眺める外の景観は素晴らしかった。砦の下には海が見えた。海岸線には俊足の馬が土埃を巻き上げながら走り、肥沃なブドウ畑も見えた。豪華そうな銀のフォークやナイフが並べられ、召使いがロビンフッドたちのワイングラスにワインを注いだ。

「それで、今日はどんな話があるのですか?」と城主は厳かに言った。

「ご存知のとおり、現在、イングランド王国とデンマーク王国は大変難しい状況にございます。できれば我が国も穏便に事を済ませたいと考えております」

「こちらも出来ればそう願っているが」と言って城主は押し黙った。

「しかし、最近イングランド国内には不穏な空気が流れ始めています。ヴァイキングが侵入して略奪を行い始めている。どうにかならないかと頭を悩ませております」

「ヴァイキングはデンマーク国に定住しているが、我が国だけでなく北方のノルウェーやスウェーデン人という可能性もある」

「どうやって見分けるのでしょうか?」

「それは分からない。元々は同じ北方系ゲルマンのノルマン人であるからな。彼等は魔法を操るから言葉や容姿も簡単に姿を変えることができる」

「しかし、ヴァイキングを軍事的に投入しているのでは?」

「それは我が国だけではない。近隣諸国はヴァイキングと雇用関係を結んでいる。軍事に従事させていることは否めない」

 ロビンフッドが城主と話をしていると、突然、ワインを口にしたウィルが呻き声をあげて椅子から転げ落ちた。ウィルの顔には見たこともない奇妙な表情が浮かび口角から白い泡がしたたり落ちている。

「このワインには毒が盛られている。口にするな!」気づいたロビンフッドが怒鳴り声を上げた。

 そのとき、応接間の大きな扉が開き、その奥から侍従たちが大勢押し寄せてロビンフッドたちに襲いかかった。綺麗に並べられた食卓の食器類は床に落ち大きな音を立てて割れ、毒が盛られた杯から血のような色をしたワインが流れ出ていた。僕は指輪を外して助けに行こうと思ったがノエルに「まだだ」と言って押しとどめられた。

「今助けに行ったら俺たち全員捕虜になるぜ」とロブも加わった。

 場内は大混乱となった。ウィルは床に倒れたままだった。百戦錬磨のリチャードとスカーレットは剣を抜き侍従たちに斬りかかった。ブレードには血がこびりついていた。怪力のリトルジョンは髪を逆立て斧を振り回して大乱闘になっていた。混乱の中、タック修道士はマリアンを連れて場外から連れ出して逃げた。ロビンフッドは背中の弓に手にかけて逃げだそうとしていた城主に狙いを定めていた。大きくしなった弓から矢がピューンと放たれると城主めがけて真っ直ぐに飛んで行った。矢が男の背中に命中すると、一瞬跳ねた後うなだれたように首を前へ垂れ、体を小刻みに揺らしながら膝を床に落としてつんのめった。ロビンフッドは気勢を上げた。そして、暫く弓を放った手をまざまざと見つめていた。しかし、その男は次の瞬間、猛るような声を上げながらゆっくりと上体を起こし、突如、大きな大竜に姿を変えた。腹を決めて一矢を報いてやろうと思っていた僕の頭の中には幻想が映し出されたみたいだった。僕たちは城主こそがこの城に従事しているヴァイキングだと悟った。大竜の目は爛々と光り睨みをきかせていた。今にすぐにでも飛びかかってきそうな荒い息づかいをし、前傾姿勢になって前足の鋭いかぎ爪を光らせていた。緑色の獣に姿を変えた男は戦闘態勢に入っていた。

「俺はヴァイキングだ。この城を守護している」と高らかに叫んだ。雄叫びは耳をつんざくほど大きく、僕は一瞬、両手で耳を塞いだ。そしてロビンフッドに向かって白くて鋭い牙をむき出しにして地響きを立てるような勢いで猛進してきた。体長三メートルほどあり背中には大きな羽が生えて空も飛べるようだ。眼光は鋭く、とんがった口先からは細長い炎のような舌が見えた。そのときリトルジョンがロビンフッドの前に立ちはだかり、斧を振り上げて大竜に襲いかかった。しかし竜は体をくねらせて颯爽と埃とともに宙に舞い上がった。

 すると、広間の扉から不吉な鳴き声を上げながら白い羽と青い嘴を持った鷲が飛んできた。鷲の発した鳴き声は青ざめた殺し文句のように獲物に向かって警鐘を鳴らした。僕たちの不安が的中し鷲と目が合った。鷲は僕たちが姿を消しているのを見透かしていた。

「おい、ファヴニール。魔法の指輪で姿をくらましている人間がいるぞ」

 鷲がファヴニールに忠告した。するとファヴニールはリトルジョンから狙いを僕たちに変えて甲高い声を上げながら体勢を変えて飛びかかってきた。僕は腰から剣を抜いた。グリップを握る手は汗だくだった。剣は鋼のショートソールドでルーン文字が刻まれていた。切っ先が空を切り裂き、ブンといううなり声を上げた。僕は気を取り直してもう一度剣を振り上げた。ロブは得意の弓矢で鷲に狙いを定めていた。

「おい、ニヒョル、お前もやれよ!」と鷲が不気味な笑みを浮かべた。

「え! まさか、ノエル! すべて知っていたのか?」

 僕の足はぜんまいが突然切れたように動きが止まった。動揺を隠せなかった。

「ノエル? お前、ノエルって名前を偽って潜伏していたんだな」と鷲が冷酷に言った。

「俺はヴァイキングだって言っただろ」とノエルは僕に向かって吐き捨てるように言った。

「俺たちを騙したな!」とロブも食ってかかった。

 しかしノエルはふてぶてしい態度でこう言った。

「騙されるほうが悪い。しかし俺は正確に言えばどちらの味方でもない。金が欲しいだけだ。条件が良い方につくだけだ」と平然と言ってのけた。

「何だと!」ロビンフッドも眉間に皺を寄せ、ノエルの奸計に激怒し、弓を握る手は怒りで震えていた。

「ファヴニール。ニヒョルは手を貸してくれないようだ。どうする?」と鷲が大竜に問いかけた。

「フレスヴェルグ。あいつは気まぐれ者だから勝手にさせろ」

 フレスヴェルグと呼ばれる鷲は北の大地に住み、死体を貪り食うという異名を持っていた。両方の翼を大きく開いてはためかせると一陣の大きな風が吹いた。

「俺は厄介ごとには首を突っ込むつもりはない。じゃあな」と言って手を振り、ノエルは僕たちを見捨てて颯爽と部屋から立ち去った。

 僕は額の汗をぬぐった。ロビンフッド、リチャード、スカーレット、リトルジョン、ロブ、みな唖然としていた。ファヴニールの雄叫びは地面を揺らすがごとく部屋の中に鳴り響き、鋭いかぎ爪が僕らに向かってきた。ロビンフッドとロブの弓は大竜の背中に命中したが、心臓を貫くことなく折れた。リチャードやスカーレットの剣も大竜にはまったく歯が立たなかった。切り裂いてみようにも、剣のブレードが真っ二つに折れてしまった。僕たちは窮地に立たされた。しかし、すぐに良い考えが頭に浮かんだ。

「僕に付いてきて!」

 僕はノエルを追いかけるように全速力で地下牢に向かって駆け出した。僕の声に反応するかのようにロブが「わかった」と言った。僕は城の長い廊下を全速力で駆け抜けて地下牢へ向かった。地下牢の中は薄暗く、天上が低いうえ冷気が漂い迷路のようになって複雑に入り組んでいた。

「ここなら天上も低く道も細いので竜が飛び回るには窮屈だから」

 僕は息を切らせながら言った。

「なるほど、フィルは頭が切れるな」とロブが返した。

「シー」とロビンフッドが言った。

「ここは声が響くから」とリチャードが小声で話した。

「でも、弓も剣もあの竜にはまったく歯が立たないぜ。どうする?」とリトルジョンが不安げに言った。

「僕の剣にはルーン文字が刻まれている。心臓に命中すれば倒せるはずだ。ノエルが僕の剣にはルーン文字が刻まれていて強力な効力があると言ってた」

「勝利の呪文みたいなもんだな」とスカーレットが訝しげに僕の剣を見つめた。

「ああ。しかも僕の剣は名剣グラムだって」

「何だそれ?」とリトルジョンが口を挟んだ。

「呪力を持つ文字で、大竜ファヴニールも倒すほどの切れ味だって! あの時ノエルが言ってた大竜のことだったんだ!」

「しかし、ウィルはどうなったんだ? 死んじまったのかな」と言うと、ロビンフッドの目にはうっすらと涙が滲んでいた。

「タック修道士とマリアンは?」とリトルジョンが突然思い出したかのように言った。

「タック修道士がマリアンを連れて避難したよ。だからあの二人は大丈夫だ」とロブが言った。

「ここで三つのグループに分かれてファヴニールの注意力を散漫にさせよう。狭くて身動きも取りづらい上、俺たちがばらばらになって分かれれば敵も的を絞れないだろう。その隙にフィルがその剣で心臓を貫けばいい」とリチャードが言った。

「じゃあ、俺とリチャードが一緒に組むから、スカーレットとロブ、そしてリトルジョンとフィルがペアになって別れよう」とロビンフッドが咳払いをしながら言った。

「幸運を祈る。俺とリチャードは右へ行く。スカーレットとロブは左だ。リトルジョンとフィルはここで待機。やつが現れたらその名剣グラムで心臓を貫け」とロビンフッドが言った。そして僕たちはこの地下牢で別れた。

 洞窟のような真っ暗の地下牢にいると恐怖の戦慄が背中に走った。割り切れない思いと妄想が僕の頭の中を支配した。脇腹に突き刺さった剣。血しぶきを上げながら不安と恐怖と破滅をその目に滲ませて命の灯が消えかかっている囚人。何度か殺戮が行われてきたであろうこの場所にいると、フレスヴェルグの鳴き声が不気味な物音や前兆を駆り立てた。

 五分ほどすると、すぐにまたロビンフッドが戻ってきた。僕は何か様子がおかしいと感じながらも「どうしたの?」と声をかけた。すると僕の体は硬直して声も出なくなった。リトルジョンも振り向きざまに「あれ、マスター?」と言うや否や動きが封じられた。姿はロビンフッドだが、声はあの「鷲」だった。想像と妄想は現実となった。

「まんまと引っかかったな!」とフレスヴェルグは大胆不敵そうに大声を出して笑い出した。

 そのとき、僕たちはフレスヴェルグに魔法をかけられたと悟った。

「ファヴニールの生け贄にしてやろう。しかしその前に、お前の腰に下げてある名剣グラムを頂くとするか。この剣は世界に散らばった四大聖剣のうちの一つだ。ディナ・シー族が言うには、ティル・ナ・ノーグに住む世界の神々を支配する王が剣の行方を捜している。しかし俺がここで見つけたから俺のものだ!」

 ロビンフッドの姿に扮したフレスヴェルグがコツコツと音を立てながらゆっくりと近づき、僕の剣に手をかけた。

「世の中には知らずにいた方が良いこともある。目を覆うような闇、情けも容赦もない血みどろの手で悪事に手をつけ、ずたずたに切り裂いてやろう!」

 絶体絶命。僕が恐怖で目を閉じたその瞬間、油断した鷲の背中に矢が突き刺さった。

「どうしても血を流したいんだな!」とロブが僕たちの背後から叫んだ。

 ロブは隠れた暗殺者を仕留めて意気揚々と高らかに言った。フレスヴェルグはロブのクロスボウで心臓を貫かれ、悲鳴を上げて血を流し、その場に倒れた。フレスヴェルグは驚愕したまま目を見開いていた。息の根が途絶えると僕たちにかけられた魔法の封印が解けて体が動くようになった。

「どうしてフレスヴェルグの正体が分かったの?」と僕は感嘆した。

「エクパウォール薬さ」

「しかし、どうやって飲ませたの?」

「いや、試しに俺が飲んだんだ。そしたらこのゲームの全体像が見えて謎が解けたんだよ! フレスヴェルグがロビンフッドに扮してお前のグラムを狙っていることも。ノエルをはじめ、ヴァイキングの狙いはお前の剣なんだ」

「ノエルが言っていたように、この剣は本当に北欧神話の主神オーディンの血統でヴォルスング一族の末裔が所有していた聖剣だったんだ!」

「すごい剣なんだな」

 スカーレットが名剣グラムを羨むように声を弾ませて言った。

「そう言えば、フレスヴェルグがディナ・シー族やティル・ナ・ノーグのことを話していたよ! そして世の中には知らずにいた方が良いこともあるって」

「なんだって! それじゃ、あの妖精が言っていたことは嘘じゃないんだな!」

 ロブが甲高い声を出して目を丸くした。

「ディナ・シー族? 何の話だ?」

 リトルジョンは話の筋が見えず、納得のいかない様子だった。

「いや、僕たちもよく分からないんだけど、森に住む妖精がティル・ナ・ノーグという国があるんだって」

「緑の丘、海、湖、沼、泉、森などの自然界はティル・ナ・ノーグに繋がっていて、そしてこの星には神々が住まう四つの世界と一本の世界樹があると」

 

 僕たちがフレスヴェルグや妖精の話に講じていると、本物のロビンフッドとリチャードが駆け足で戻ってきた。僕たちはフレスヴェルグの魔法にかけられたこと、そしてその鷲は僕の名剣グラムを付け狙っていたことを話した。地下牢の中で協議をしていると外では大きな轟音がけたたましく響いていた。「あの音はファヴニールだな! 暴君め!」と呪いの言葉を吐き捨てるかのようにロビンフッドが言った。僕たちは地下牢を抜けて外の広場に出てみると、頭上には大竜の姿が見えた。ファヴニールは体が大きすぎてこの地下牢に入れなかったのだろうと推測した。

「この剣で一太刀浴びせてやる!」と僕は憤りを隠せなかった。

 ファヴニールは牙を剥き出し、背中の羽を何度もせわしなくはためかせていた。大竜は城砦の上を軽々しく飛び越えていく。そして、勢いをつけて天空から僕たちめがけて直下して近づいてきた。まったく勢いを落とさず鋭いかぎ爪を立てていた。僕は大竜との距離感をつかみながら体を捻らせた。ロブたちは僕の背後からクロスボウや弓を放って援護射撃している。僕が体を捻ったのでファヴニールは地響きを立てて地面にぶつかり土煙が立ち上った。どうにかしてこの大竜を仕留めなければならない。僕は名剣グラムを振りかざしてファヴニールの大腿部に切っ先を突き刺した。グリップを握る手は緊張して震えていたがブレードが竜の厚い皮を剥ぐようにして滑り込んだ。その瞬間、大竜は跳ね上がり、ひっくり返って呻き声を上げた。大竜の大腿部からは血が噴き出し、断続的に何度も繰り返される金属音のような耳障りな音が耳をつんざいた。ファヴニールの目は異常な興奮と恐怖に駆られていた。互いに隙を窺うように暫く睨み合いの体だったが、再び体勢を変えて周壁を飛び越えて上空から眼下にいる僕たちを威嚇した。発狂したファヴニールは首をふりながら叫び声を上げて、ぐるぐると上空で円を描いて回転していた。僕は平然とした面持ちで左足を前に一歩踏み出し、足を肩幅に開いて膝を軽く曲げ待ち構えた。切っ先は輝き、ブレードに刻まれたルーン文字が光を放って点滅していた。ファヴニールが苦悶の叫びを上げながら翼をはためかせて再び舞い降り、飛びかかってきた。大竜の牙に噛まれるか僕のグラムがファヴニールを切り裂くかというとき、稲妻が闇を裂くように光り、雷鳴とともに大粒の雨が降り出した。すると大竜は雲散霧消、闇の中に消えてしまった。

 

 僕は緊張から解き放たれて胸をなで下ろした。そして「ノエルはどうしてしまったのだろうか? またヴァイキングの仲間に戻ってしまったのだろうか?」そんな考えが頭の中を駆け巡った。僕たちはすぐに毒を盛られて倒れてしまったウィルの元に駆け寄った。応接間は散乱として足元には天上から落ちたシャンデリアのガラスが粉々になっていた。部屋の中には避難していたタック修道士とマリアンがいてウィルを介抱していた。

「ウィルの様子は?」

 ロビンフッドがマリアンに声をかけた。

「まだ脈はあるみたい。何か手を施せば助かるかも」

「俺、ユニコーンの角がある。これを粉砕して飲ませれば霊薬の効果で助かるかも知れない」

 ロブはユニコーンの角を取り出してマリアンに手渡した。マリアンはリトルジョンに角を渡し、彼は持っていた斧で角を叩き割った。すぐに角は粉々になったので、水に溶かしてウィルの口に含ませた。すると、顔面蒼白だったウィルの顔や唇が徐々に色味を帯びて生気を取り戻した。

「よかった! 助かったわ!」

マリアンが甲高い声を上げた。

「さあ、イングランドへ戻ろう。そしてイングランドとデンマークの戦いを終わらせるんだ」と僕は意気揚々とした面持ちで言った。「国王に戦いを終わらせるように伝えるんだ。この戦いの裏にはヴァイキングが絡んでいて国どうしを混乱に陥らせているんだ。魔術を扱うヴァイキングの本当の狙いはこれなんだよ!」と言い、僕は名剣グラムを手に取り、高々と上げて見せた。僕たちは海岸線へ停泊させていた船に乗り込み、イングランドへ急いで戻ることにした。

 一週間ほどして僕たちがイングランドへ到着すると、ロビンフッドは州長官マークが居城しているノッティンガム城へ馬を走らせ事の経緯を洗いざらい話した。そして、イングランドとデンマーク両国は事情を悟り、両国の不和の原因になっているヴァイキングを追放することにして条約を締結させた。



       第十三章


 僕とロバートはロビンフッドたちにお礼を言い、手を振って別れた。来た道を真っ直ぐに辿って森の中を抜け、町に出ることにした。森の中は爽やかな風が吹き、鳥がさえずっていた。さえずりは僕の耳の中に響き渡り、何も意味を成さない音だったが、しばらくすると鳥の鳴き声が意味のある言葉に入れ替わっていた。

「我々はディナ・シー族(妖精族)で、全妖精界に君臨するものである」と第一の妖精が言った。

「我々はシー(妖精の丘)に住み、ティル・ナ・ノーグ(常若の国)に仕えている」と第二の妖精が言った。

「緑の丘、海、湖、沼、泉、森などの自然界はすべてティル・ナ・ノーグに繋がっていて、我々は魔術、占い、予言ができる妖精だ」と第三の妖精が言った。

「万物は四つのエレメントである風、火、水、地から成り、我々は自然界を支配し、思うままに操れる」と第一の妖精が言った。

「世界を統治しているティル・ナ・ノーグ。この星には神々が住まう四つの世界と一本の世界樹がある」と第二の妖精が言った。

 僕は呆気にとられてしばらく声が出なかったが、これは幻想だ。時々幻想と現実が頭の中を交差したが気を取り直して妖精に向かってこう言った。「神話や伝説に出てくる妖精だな」

 まるでデジャブを見ているようだった。しかし、森の中でディナ・シー族との再会は僕たちが自分たちの世界に戻れることを示唆していた。

「ここは幻想と現実が交差するティル・ナ・ノーグへの入り口。神殿の玉座に座する魔法使いの王は、自由に魔法を操り、魔法の杖、魔法の馬、魔法の剣を持っている。一角獣の馬が海岸線を駆け巡り、良質な葡萄を栽培してワインを作り、外的から国を守る砦の史跡がある。君たちはこの国を守る義務がある」と第三の妖精が言った。

「おい、フィリップ! またあのディナ・シー族だ! この台詞前にも聞いたぞ!」

 夢から醒めない夢を何度も見ている感覚だった。

「ディナ・シー族、やっと理解したよ。海岸線を走っていた馬は一角獣のユニコーン。葡萄畑から作られるワインには毒が盛られたが、ユニコーンの角で命が助かった。そして砦には大敵のファヴニールが居住していた。僕たちはこのゲームに参加してイングランドとデンマークの不和を仲裁し、国を守る義務があったと。それを伝えたかったんだね?」

「馬、ワイン、砦。その通りだ。神託には意味がある」と第一の妖精が言った。

「神託? どういうこと?」

「これから分かるだろう」と第二の妖精が言った。

「でもまだ分からないことがある。神殿の玉座に座する魔法使いの王は、自由に魔法を操り、魔法の杖、魔法の馬、魔法の剣を持っているって?」

「君たちの旅はまだ終わらない。これからティル・ナ・ノーグの神殿に座する王と会うことになるだろう」と第三の妖精が言った。

「え! ふざけんな! 俺たちには関係ないんだから!」とロブが語気を荒げた。

「ヴァイキングが言っていた四大聖剣と関係があるの? ティル・ナ・ノーグに住む世界の神々を支配する王が剣の行方を捜しているって!」

「その通りだ」と第一の妖精が言った。

「じゃあ、僕の持っている剣は本物の名剣グラムで、不思議な力を秘めているんだ!」

「しかし、それが災いの元になっているのだ」第二の妖精が言った。

「どうすればいいの?」

「ポケットに入れたオガムの書を読めばヒントが書いてあるかも知れない」と第三の妖精が言った。

「あ、この写本のこと? でも何が書いてあるか判読できないんだ」

「マーティンなら分かるかもしれない!」

「そうだな。パソコンに取り込んで翻訳してもらおう!」

 僕とロバートが写本の話を講じていると、妖精たちが言った。「さあ、この森の先へ行きなさい。現実世界へ戻れる扉がある。湖のほとりにある大きな木立が目印だ。また会おう」

 僕とロバートはディナ・シー族の言うようにさらに森の奥へ入っていき、湖のほとりにある大きな木立を見つけた。恐る恐るそっと木に触れると、次の瞬間にはマーティンの部屋に移動していた。振り返るとVRの仮想現実は幕を閉じ、中世の切り離されたロビンフッドたちの世界は遠い過去の記憶になってしまったみたいだった。


第一部終わり



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