第1話 出会い
ついに本編スタートです。
コツ、コツ、と足音が響き渡る。今、その男は洞窟の奥深くを歩いている。
やがて、洞窟の最深部である、明るい、多少広めの空間に辿りついた。
明るいといっても、松明が置いてあるだけ周りよりは明るいといった程度だし、
多少広めといってもおおよそ学校の教室程度の広さだ。
その部屋の地面には円形に書かれた、いわゆる魔法陣が書かれている。
それに触れると、魔法陣は魔力に反応して赤い輝きを放ち始める。
準備は整った。フハハという笑い声が出そうだったがじっと堪える。
「…ダサい上に詠唱に支障が出るからな。」
誰が聞くでもない独り言を呟き、男は正面の魔法陣に魔力を流し込む。
呪文を詠唱し始めると、魔法陣はより一層
強く、赤く、そして禍々しく輝きだしていく…。
『淫魔女王族』。名前の通り『淫魔族』の女王。
そして悪魔としてもかなり高位の立場にあり、
それに見合った魔力、そして鋭い爪や牙による意外な近接戦の強さ。
何より、淫魔族の中でも頭ひとつ抜ける美しさ。
それらを兼ね合わせた種族である。
彼女、【ヘリアンフォラ】は『淫魔女王族』の中でも神童と呼ばれ、
その強さはもちろん、金色に輝く長い髪、白く透き通った柔肌、スレンダーでありながら大きいところは大きく、魅惑的な雰囲気を醸し出す身体、
そして紅玉によく似た美しい色合いの吸い込まれるような瞳、
その鋭さ故に軽く触れただけでいとも容易く肉を無慈悲に切り裂くであろう爪、
サキュバスクイーンとしてこの上ないだろうと評される存在だった。
唯一難癖をつける点があるとするならば
彼女が召喚されるのはこれが初めてであった。
「…ほう、この私を呼び出したのは貴様か…っ!?」
召喚されてすぐ、彼女は召喚された場所の異常さに気が付いた。申し訳程度の松明と、
足元の召喚用の魔方陣以外の明かりがないこと、供物らしい供物がないこと、
百歩譲ってそれは良いとしよう。
目の前にはおそらく召喚者であろう人物がいる。ぼろぼろのローブを着ているせいで顔はよく見えない。
そいつは、なぜ魔法陣の周りに結界を張っていないのか。
悪魔の召喚において魔法陣の周りに結界を張るのは基本中の基本だ。
なぜなら召喚された直後の悪魔はなんの制約もない。
契約を結び主従関係を結ぶまでは悪魔は召喚者には従わない。
つまり、結界を張っていなければ悪魔は容赦なく召喚者を煮るなり焼くなり好きにできるということだ。
…もちろん、召喚者が召喚された悪魔より弱ければ、の話だが。
「貴様…よほど召喚術に慣れていないと見える…
それでよくこの私を呼び出せたものだ…そこだけは誉めてやろう。」
威圧的な態度をとり召喚者であろう目の前の男の動揺を誘う。
しかし目の前の男は特別動揺したり驚いたりした様子もなく、平然と
「あぁ、結界を張っていない事についてか?すまない。
お前程度の悪魔に結界を張ってやるという発想自体がなかった。」
と言い放った。
「『お前程度』…だと?戯言も大概にした方が身のためだぞ?」
「お前こそ、結界も張らずに呼び出されたことの意味を理解したほうが良い。
ほら、契約書だ。条件はそこに書いてある、見終わったら返事をしてくれ。」
そう言われて投げ渡された契約書にはこう書かれていた。
・食事は基本三日に一度。働き次第で回数は増減する。
・主人には危害を加えず、如何なる命令にも服従する。
・主人の死亡と共に契約は解除され、この契約をした悪魔は魔界へと戻る。
・ダンジョンの製作が終了した時点でこの契約は破棄される。
…そのほかにもいろいろ書かれていたが、はっきり言って破格の待遇であった。
まず食事について。淫魔族の食事といえばまぁソッチ系のそういうことだ。
そのため本来では『一週間に一度取れれば良い』程度のものなのだが、
それが『基本三日に一度。働き次第で回数は増減する』。
働きというものが何かによるがそれを考えてもこの食事の条件は異常であるのだ。
その他の内容も基本的なものばかりであり、当然訝しく思うのであった。
「…お前、どうかしてるんじゃないのか?」
「…?何のことだ、契約に不満があるのか?」
「逆だ!契約の待遇の良さといい、結界の一つも張っていない事といい…まるでわけがわからんぞ!」
「…そうか?配下を可愛がるぐらい上に立つものとして当然の責務だと…」
「そもそも先ほどからなんだその余裕は?
その気になれば私はいつでもお前の首を…」
そこまで言って、目の前から突如男が消え、背後から一言声が聞こえた。
「なんだ、俺の首がどうしたって?」
「っ!?」
「ただ歩いて移動しただけだ。そんなに驚くな。」
嫌でも理解させられた。先程までの余裕は虚勢ではないことを。
こいつは明らかに自分より格段に強い。恐らく、結界など必要ないどころか邪魔なだけであり、その気になれば一方的に蹂躙できる程度には。
「…お前、何者だ…!」
目の前の男はローブを脱ぎ捨てた。
中性的な美しさを持つ彫りの浅いすっきりとした顔立ち。纏められた黒く長い髪。そして、青い胴着、黒をメインとして山吹色に装飾がなされた籠手、深い藍色の袴、腰に佩かれた太刀などから極東出身の人物であろうことが伺えた。右目には傷があり、固く閉じられている。左目からは漆黒の瞳がこちら側を覗いている。
そして、細い口を開き、目の前の悪魔に、こう告げた。
「…先代『火の邪神』…その転生者【ムラクモ】だ。
お前にはこれから、ダンジョンを作ってもらう。」
ムラクモ「極東なんかの地形や前回ちょろっとでてきたランクや称号、その他諸々なんかに関しては後々解説する予定だ。焦るんじゃないぞ。」
ヘリア「一体誰に話しかけてるのよ…?」
ムラクモ「ところでヘリア、このダンジョンはまだまだダンジョンと呼ぶには程遠い。そのために集めなきゃならない物って何だかわかるか?」
ヘリア「絶望と憎悪。」
ムラクモ「今まで生きてきた中で何があったんだ…?
次回、『第2話 物資の確保』!」
ヘリア「兵糧攻めは辛いわよね…。」
ムラクモ「ここまで悟りきった表情したサキュバス初めて見たんだが。」