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8-稲荷の御使い(3/3)

 追い出されてしまったおばちゃんは仕方なく、座敷の外からアジサイのような頭をちらちらさせながら中の様子を伺います。

「……では、今日は江戸の夜歩きについてお教えいたします」

「おっ、けえねちゃんが人に化けとる。耳と尻尾出たままやけど……えらいわあ」

「……江戸では夜間に出歩く者の多くは、多忙な商家や武家の人間が大抵です。商家の人間はともかく、二本差しの者を化かすときには気を付けなければなりません。我々妖怪でも、実体のある方は斬られれば……」

「なんや? けえねちゃん、先生の方見とらんと、どっか余所見しとるな」

 けえねはお師匠様の言うことを書き留める手が止まっております。彼女がちらちらとみる先には、童の姿で正座をした豆だぬき……つまりはわたくしマメダが居ます。

「……ああ、マメちゃんの方見とるな。マメちゃんはちゃんと前向いて先生の言うこと書き留めとるのに。勉強する気になってもマメちゃんが気になってあかんのやろなあ」

「……江戸の夜歩きでは灯りを持つことを義務付けられています。いくら町とはいえ、外灯はまばらですから、曲がり角でぶつかることが多く、危険なわけですね……」

「おっ、ようやく筆を手に取った。息子の授業参観したときのこと思い出すわあ」

「……提灯の明かりはそれほどではないので、照らされて先に発見されることはあまりありません。逆に、その照明効果を上手く利用して……」

「はあ、それにしても先生、ほんまにイケメンやな。ドラマに出て来そうやわ。これやったらお雪ちゃんが惚れるのも分かるわあ」

「……逆に言うと、提灯を持たずにうろついている輩は、何か後ろ暗い事情で出歩いている可能性が高いので……ちょっとそこ! そのアジサイみたいな頭をした方! 出歯亀ですか? うるさいですよ!」

「あっ! えらいすんません。静かにしときますわ」

「静かにしてもだめです。教え子たちが集中できずにそっちの方をちらちら見てるじゃないですか。入道さん。あの人を摘まみだしてください」

 おばちゃんは背の高い入道さんに追い出されてしまいました……。


 さて、お師匠様の講義が終わり、妖怪の生徒たちはまばらに座敷を出て行きます。

 そのまま長屋や住処に帰るものや、化かしの稽古に励むもの、中には他の妖怪と遊びの約束をするのんきなものまであります。

「伏見の御使いはん。今日は珍しく寺子屋にいらしたんね」

「お、おう。最近はちと調子が優れなくてな……。そちは、えーと……」

「お(けい)。雌鶏の経立(ふったち)どす。しつこく人間に卵泥棒されたの恨みに思うてたら化生になったんどす。新米やけど、よろしゅう」

 そう言うと雌鶏のお桂さんはぴょんと宙返りをしました。ぼわんと吐き出す煙と共に、綺麗な舞妓さんの姿に変化します。

「どう? 見事なもんでっしゃろ? 稽古しましてん」

「お、おう。見事なもんじゃ……」

「おおきに。御使いはんもめんこいわあ。……特にそのお耳とお尻尾が。伏見では流行ってはるん? 同じ京都いうても私は祇園で、そちらはんの事情には詳しゅうなくって」

「……そ、そうか? そうじゃろう? 流行の最先端じゃ! ……ありゃ、伏見と祇園は隣じゃなかったかの?」

 ええと、余分ではございますが、マメダが補足させていただきます。

 けえねの言う通り、伏見稲荷と祇園の位置はほぼ隣り合っております。さらに言えば祇園は繁華街になりますので、むしろそっちが流行の先端を行っているはずでございます。

 要はお桂さんは、“いけず”をなさっている訳です。綺麗な見かけによらず、“いぐい”方ですね。


「おっ、化け狐と化け鶏が変化勝負か?」

「遊女と玉藻の子が仲良くしてるね!」

「京都同士だってのに相模女(さがみおんな)たあ笑わせるぜ!」


 ふたりの間をぴゅ、ぴゅ、ぴゅーと三つの風が駆け抜けます。通りすがりに囃し立てて行ったのは、鎌鼬(かまいたち)の三兄弟でございます。

「なんじゃ、あやつら? わしゃ玉藻前の子ではないぞ。わしの方が年上なんじゃが」

「ほんま、えずくろしい方々どす。イタチは卵盗るし、お鳴らしも過ぎて好かんわあ」

「賑やかなやつらじゃのう。兄弟じゃろか」

「あんさんも、少しは怒ったらどないどす?」

「怒るって、なんでじゃ?」

「これだから箱入り娘は……。もうええどす。可愛がろう思うてましたけど、気が殺がれましたわ。同じ京出身でその体たらくやと私が恥かきます。教えたるさかい、その耳かっぽじってようお聞きなはれ」


 お桂さんは鎌鼬たちが何を言ったのかを説明してやりました。

 お桂さんが化けたのは舞妓です。踊りの芸をする人であって、男性と夜を共にする仕事をするだけの遊女とは別のものだそうです。

 玉藻前はお偉い男性達に、女性の魅力を使って誑かして私腹を肥やした妖怪でございます。

 江戸の言葉で「相模女」は男性をとっかえひっかえする尻軽な女性を指します。

 これらをわざと(・・・)間違えてばかにしたという訳ですね。

 お桂さんはコケコケと捲し立てるようにけえねに解説すると、ぷりぷり怒って去っていってしまいました。


# # # #

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「いかんのう……。わしはばかにされとるようじゃ……」

「落ち込みなや。ああいういじわるなんてようあることや。子供同士のことやし、一緒に遊べばすぐにけろっと忘れるて」

「遊ぶなんて無理じゃ。やっぱりおばちゃんの言う通り、わしは酷く世間ずれしておる。それに1000年も生きとるんじゃ。連中から見れば、ばばあもばばあじゃ」

「童心あればみんな子供と同じやと思うけどな。私はけえねちゃんのこと娘みたいに思てるよ」

「そりゃ嬉しいが……あのお桂さんも、どうやらわしに喧嘩吹っ掛けに来たみたいじゃったし、わしはこれから先やっていく自信が無いのう」

「一緒に遊ぶのに自信なんていらんて。自信なきゃ遊べへんなんて遊びやないやろ? 世間ずれも一緒に遊べば治ってくて……ほら、見てみ。寺子屋の外で子供に化けた妖怪らが遊んでるで」


 寺子屋の外から楽しそうにはしゃぐ声が聞こえてきます。


――勝って嬉しい、花いちもんめ

――負けて悔しい、花いちもんめ


「花いちもんめかあ。こないな昔からあるんやな。私も小さい頃ようやったわ。けえねちゃんも混ぜてもらいや」

「……行かん」


――隣のおばさんちょっと来ておくれ

――鬼が怖くて出られない


「ありゃ、なんや? 私が知ってるのとは歌詞がちゃうわ」

「“箪笥、長持、どの子が欲しい”じゃろう? 連中が歌っとるのは東の方の歌じゃのう。ああいう遊びは地方によって細かいところが違うもんじゃ」

「ほーん。おもろいな」

「面白いもんか。知らずに入って歌詞を間違えたら笑われるじゃろ」

「そんなん気にせえへんでええのに。慣れやでああいうのは」

「行かん」

「おっ、見てみ。ジャンケンの代わりに化け比べで勝負しとる」

「……尚更行かん!」

「行っといでや。いじわるされたらおばちゃんが助けたるやん」

「花いちもんめは好かん」

「なんで?」

「ふざけて要らんとか欲しくない言うからじゃ。……ふん、わしゃ家を勘当されて来たからの。さっきみたいにいけずされて、要らん言われるのはちと堪える」

「せやろかねえ。たとえ追い出されたんやとしても、伏見稲荷はこれから忙しくなるんやで? 要らんってことは、ない。ないで絶対に」

「そうじゃろか……」

「あっ、けえねちゃん見てみ。ひとり帰らはったわ。奇数になって揉めとる。今が行くええチャンスやで」

「だから行かんて……」

「マメちゃんもおるで」

「マメダ……マメダの方は欠けとらん、入ったらほんとに(かたき)同士になるじゃろが……」


 おばちゃんはけえねの顔を見ると、遊ぶ妖怪たちの方へ大きな声で呼びかけました。

「なあ! あんたら、この子入れたってや!」


「なっ、おばちゃん!? 余計な事するんじゃ……押すな! 押すな!」

「ええから、ええから。早よお入り」

「ぐ、仕方ないのう。……やけっぱちじゃ!」


♪ 勝って嬉しい花いちもんめ

 負けて悔しい花いちもんめ

隣のおばさんちょっと来ておくれ

 鬼が怖くて出られない

お布団被ってちょっと来ておくれ

 お布団びりびり行かれない

お釜かぶってちょっと来ておくれ

 お釜底抜け行かれない

あの子が欲しい

 あの子じゃ分からん

この子が欲しい

 この子じゃ分からん

相談しましょ

 そうしましょ


「ああ、また負けてしもうた……仲間がどんどん減っていく……やっぱりわしは要らんのじゃろな……次はマメダを取りたい? ええのう。少のうなってもマメダが居れば……」


――決ーまった!

――マメダちゃんが欲しい!


――けえねちゃんが欲しい!


「わ、わしか……ふふ……まあ、残りはふたりじゃからな。二分の一じゃ。……マメダ、勝負じゃ!」


「ほう、マメダは大きな入道に化けたか。わしは主様に化けてみたぞ……どうじゃ? うーむ。マメダには目の隈と尻尾が残っとるの。わしも……言わんでも分かっとる。耳と尻尾じゃろ……引き分けか? 何? ひげ? ああっ! ほんとじゃ。ひげも残っとる。 仕方ない、わしの負けじゃ……。すまんの、わしが化け損なったばかりに。……なんじゃ? なんで笑うんじゃ? 負けたんじゃぞ? これ、マメダも笑うな!」


「なんやかんや、けえねちゃんも子供やな……」


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「はあ、すっかり遊んでしまったの。お昼を食べそこなってしもうた」

「おかえり、ちゃんと溶け込めてたやないの。マメちゃんとも遊べとった」

「うむ。なんだかんだじゃな……」

「おばちゃん、けえねちゃんが遊んでる間にお弁当用意したで」

「おお、かたじけない。……おや、包みがみっつあるの。ひとつはわし、ひとつはおばちゃん、もうひとつは……」

「ほら、遊んだだけやなくて、ちゃんと仲直りしいや」

 ふたつの包みを受け取るけえね。

 彼女は後ろに気配を感じて振り返ります。

 そこには……。


「わたしですかねえ、べろべろばあ!」


「こらぁ! 唐傘(からかさ)おばけ! お前は呼んどらんわ!」


「へへっ、失礼しやした。わたしぁ傘だもんで、いつも差されてばかりで。たまには水を差す(・・)のも乙かなと」

「こら、あっち行っとき」

「へいへ……痛い。おばちゃん引きずらねえでくだせえ、地面とこすれて剥げちまいますよ」

「ぼろっちくなった方がそれっぽくてええやろ」

「ひえっ、そんな御無体な」


「マメダ……。この前は酷いこと言ってすまんかったの」

「ううん。わたしこそ、意地悪なこと言ったりしてごめんね」

「ええんじゃ。マメダはわしのことを想って言うてくれてたんじゃからな」


 わたくしとけえねちゃんは手を繋ぎました。


「へへ……よし、腹が減ったの。弁当を使おう……ありゃ、おばちゃん?」

「おばちゃん、どっか行っちゃったみたいだね」

「ほうか。しょうがないのう……それじゃあ、ふたりでそこの岩に腰かけて……」

「わあ、おいしそうなお弁当」

「おむすびと煮物じゃな」

「この厚揚げ、汁気が多くて美味しいよ」

「この豆もなかなか、味が染みとるのう」


 はい、そういう訳で、わたくしマメダと稲荷の御使いけえねは、仲直りができたのでございました。

 けえねは翌日からも人見知りが少しましになったのか、しっかりと寺子屋に通っております。

 朝はなかなか起きないので起こすわたくしの身にもなって欲しい所でございますが、まああまり文句を垂れるのも野暮というものでございます。

 私事のような話でございましたが、みな様方には最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

 それでは、また次回にお目にかかりましょう。


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