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4-雪女(1/2)

――雪深き山にひとりの女在り。

 女の肌雪のやうに透き通りて、黒き髪吹雪に棚引きたり。

 行き掛かる旅人ことごとく誑かすと云ふ。

 其の美しさに堪えざる者、何処かへ連れ出さりて精を食い尽くさらると云ふ。


 はい! こんにちは。マメダでございます。

 みな様方は雪女というものをご存じでしょうか?

 雪にまつわる妖怪の中でも、とりわけ有名なのが彼女ですよね。

 美しい姿をした女性で、白い肌に白い装束をまとっています。

 彼女は雪山に迷い込んだ男性を誘惑したり、氷漬けにしたりして命を奪ってしまうそうです。

 ここ幽世(かくりよ)の妖怪寺子屋にも、冬に備えて稽古にいらしている雪女さんがあります。

 本日はそんな雪女さんのお話でございます。


「はあ。今日は何か、やたらと冷えるわあ」

 現世(うつしよ)からの居候、紫のおばちゃん。彼女は大家さんの仕事のお手伝いで店子(たなこ)さんたちの着物を、洗濯板でごしごし。お洗濯をしていらっしゃるようです。

「うちらの時代なら洗濯機に放り込んでスイッチ、ピッで終わるんやけどなあ。川は遠いし、水は冷たいしたまらんわ。灰の汁なんてつこうて洗っても、きれいになった気がせえへんしなあ」

「おばちゃん、おばちゃん。うちらが手伝ったるよ」

 おばちゃんの袖を引っ張るのは小豆洗い(あずきあらい)洗濯狐(せんたくきつね)。ご両人とも物を洗うのを生業とした妖怪で、一方は小豆、一方は洗濯物を洗うのが得手とのことでございます。

「おおきに。いつも助かるわ。夕飯にお赤飯と油揚げ用意したるからね」

「わあい」


 お洗濯が終わり、河原から離れようとするとおばちゃんの目の端に白い物が映りました。

「あれ、雪? この前はまだえらい暑いなと思っとったのに、もう降るんか。そういや、大阪じゃ雪が降るのあんま見かけんくなったなあ。むかしはよう降っとったのに」

「ねえ、おばちゃん。あそこに誰か居るよ」

「あらほんま。別嬪さんや。この寒いのに白い着物一枚で。女の子が身体冷やしたらいかんわ。……それにしても、ほんま真っ白な着物やな。漂白剤でもつことるんやろか?」

「あれは、雪女のお雪さんだ。男は取って喰われるから、わしはさいなら」

 小豆洗いはぶるりと震えると、おばちゃん達に手を振ってどこかへ行ってしまいました。

「うちも寒いから早く帰ろうっと。おばちゃん、油揚げ、きっとだよ」

 洗濯狐も尻尾を振ってお別れをします。

「こんなに寒くされちゃ、川も凍っちまうぜ」

「あら、河童の寅さん。あの人の稽古には付きおうたらんの? 若い女性やで」

「お断りだね。確かにお雪は器量好しだが、水物の妖怪とはちと相性が悪いよ。それに何より、あんなに真っ白なのは好かねえ」

「ええやん。外人さんみたいな白い肌、憧れるわあ。幽霊の人とはまた違った白さ。ほんまに真っ白」

「それが気に入らねえ」

「なんで?」

「色男だから、色がないのは好かないのさ」


# # # #

 # # # #


 その晩、寺子屋の辺りは猛吹雪となりました。

「これはまたお雪が癇癪起こしてるに違えねえな。これだけ冷えると腰にきてしょうがねえ」

「腰のことは言わんとってや。意地悪いな。ほら、お燗できたで」

「おう、おばちゃんありがとう。寒い時にはこれに限るね」

「ところで百々爺(ももんじい)さん、お雪さんが癇癪起してるって、どういうことなん? この雪はお雪さんが降らしとるん?」

「あたりめえよ。まだ秋の口だぜ。こんなに早くに吹雪くなんてそれしか考えられねえや」

「へえ。癇癪やなんて、怒っとるんかねえ」

「いんや、多分泣いてるんだろうな」

「泣いとるんか。可哀想やな。爺ちゃん、大家さんなんやろ? 悩みくらい聞いてあげや」

「とんでもねえ。男が昂ったお雪に近づいたら氷漬けにされちまうよ。触らぬ妖怪に祟りなしだぜ」

「冷たいなあ」

「冷たいのはあっちの方だろう? ま、大家は店子には家賃さえ払ってもらえればそれで充分でございます」

「……あら? 爺ちゃん、誰か戸を叩いとるで。お客さんや」

「俺は寒くて動きたくねえ。おばちゃん、出てくれ」

「寒なくても動かんくせに。……しゃあないなあ。あっ、隙間から雪が吹き込んできてる。そら寒いはずやわ」

「……雪? ちょっ、ちょっとおばちゃん開けるの待ってくれ! お雪が訪ねて来たんじゃあ……」

 がらりと戸が開かれますと、外から冷たい風と共に雪が吹き込んでまいりました。軒先に立っていたのは……。


「おおおお、おば、おばちゃんこんばんわ。これ、おあ、おあがり」

 ……笠からつららを垂らした豆腐小僧さんでした。


「えらいこっちゃ。小僧さん凍えてるやん。はよお入り」

「ああありがとうございます。……ずるっ。鼻汁まで凍りそう」

「なんだい、小僧。このくそさみいのに冷ややっこなんて食べたかねえよ」

「きょ、今日はね。……これ」

「あら、小僧さん。おっきな土鍋」

「湯豆腐持って来た。おあがり」

「おっ、なんだ小僧、気が利くなあ。へっへっへ」

「ほんま現金やわ。あれ、でもこの鍋、凍り付いて蓋が開かないよ」

「けっ、使えない小僧だね」

「そんなあ……」

「小僧さん、泣かんでええで。おばちゃんが温めたるわ。みんなで食べよか」

 おばちゃんが土鍋を火に掛けます。

「……やっぱり寒い夜は湯豆腐に限る。銀杏切りした人参にネギまで入ってら。やっぱり小僧、気が利くね」

「ほんまにもうこの人は。小僧さん、雪が弱なるまでゆっくりしてきや」

「この吹雪、いつ治まるんですかねえ」

「そりゃおめえ、お雪の気が晴れるまでずっとこのざまよ」

「お雪さんの悩みが解決するといいですねえ」

「悩みとは限らねえだろ。買ったばかりの下駄を盗られて怒ってるのかもしれねえ」

「ううん、何か悩みがあるって。雪坊(ゆきんぼ)ちゃんから聞いたよ」

「あの一本足の小僧か。あいつはいけねえ」

「なんで? 雪坊ちゃんはあたしのお友達なのに」

「だっておめえ、足が一本なら下駄をひとつ盗られたってまだ一個残るだろ。そんな奴が悩みを分ってやれるとは思えねえな」

「せやから、下駄盗られたんとちゃう言うてるやろ。……よっしゃ、お雪さんの悩み解決しに行ったろうや。こんだけ寒いと洗濯もでけへんしな」

「おう、行ってこい。笠と(みの)はそこにあるから、勝手に使ってくれ」

「はあ。爺さんはほんまに人情(・・)があらへんな」

刃傷(・・)なんてねえよ! まさかおばちゃん、雪を止めるって、お雪を叩き殺すんじゃねえだろうな? いくら洗濯を邪魔されたからって、そんな乱暴な……」

「なんでそうなるん。話すれば少しはスッキリするもんや。気が晴れれば天気も晴れる」

「叩かれても腫れる」

「だから叩かへんて。こう優しく、きゅっと抱きしめるんや」

「首をきゅっと? お雪の白い顔が赤くなって紅白でおめでたい。晴れの舞台かな?」

「絞めへんわ! 物騒やわほんま。愛がないわ。愛が」

「ひえっ、じゃあ刺し殺すわけだな。おい小僧、急いで台所の刃物をみんな隠しちまえ!」

「なんでやねん!」

「だっておめえ、あいが無いって匕首(あいくち)のことじゃないのかい?」

「極道の嫁さんちゃうわ!! ……もうええわ、私ひとりで行ってくるわ」

「おう、任せた」

「うっうっ、お雪さん。成仏してください……」

「小僧さんも勘違いしたらあかんで!」


 おばちゃんは蓑を羽織り笠を被ると長屋を出て、雪の吹きすさぶ方角を目指して歩き始めました。


# # # #

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 おばちゃんは身に纏った蓑と笠を真っ白にしながら歩きます。

「うわっ、ほんまに寒いなあ。若いころにスキーに行ったとき以来やわ、こんな大雪。……せやけど、ちょっと変わっとるな。上からやなくて、横から降ってるような気がするわ。しかも、空は晴れとる。けったいな天気や。……こっちからやろか。河原の方やな」

 おばちゃんが河原に向かうと、雪と風はさらに強くなっていきます。

 凍える吹雪の向こう、昼間と同じく水面に向かって佇む白い人影がひとつ。

「おっ、あれがお雪さんやな。……おーい、ちょっとこの雪止めてくれへん?」

「あら? 風の音に紛れて何か声がするような。……吹雪の中で幻聴が聴こえてくるなんて、私もそろそろお迎えが……」

「雪女は凍死せんやろ。お雪さん、この雪止めてくれへんやろか?」

「あなたはどちら様? みのむし? 吹雪まんじゅう?」

「まんじゅうなんかが口利かへんよ。私は大家の手伝いのおばちゃんやで」

「まあ、あなたがあの噂の人間の……紫のおばちゃん! でも聞いていた話ほどは紫ではないのね。……紫どころか真っ白!」

「そらあんたのせいやろ。それに、私が紫なんは髪の毛と服やもん。笠と蓑被ってるし見えへんわ。……お雪さん。この雪止めてくれへん? みんな凍えてまうわ」

「ごめんなさい。私も、止めたくても止めれないのです。つらい心持ちになると勝手に吹雪いてしまうの」

「はあ、やっぱりなんや悩みがあるんやな。長屋に行こうや。おばちゃんが悩み聞いたげる。暖かい湯豆腐もあるよ」

「わあ嬉しい。私の話を聴いてくれる人なんて居なくって。……でも、私は暖かいものを食べると身体が溶けてしまうし、今長屋に帰るとお隣さんが迷惑するから」

 よよよと顔に袖するお雪さん。少しだけ雪が強くなります。

「泣かんときや。ここでおばちゃん聞いたるから」

「本当? 嬉しい」

 少し雪が弱くなります。どうやらお雪さんの心持ちが重くなると雪が強まり、軽くなると吹雪も軽くなるようですね。

 お雪さんは身の上話をしんしんと語り始めます。


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