23-妖怪百鬼夜行
奇妙奇天烈摩訶不思議、跳梁跋扈の魑魅魍魎。
いにしえは平安、此度は江戸で、妖怪変化が練り歩く。
さあさあ目ん玉開いて見てごらんなさい。
宵闇から始まり丑三つ越えて明けまで続く、奇々怪々の妖怪行列百鬼夜行。
見逃しちまっても知らないよ!
夜回り同心、提灯放って走り出す。落ちた提灯闇を舞い、まんまる目玉をぎょろりとさせて、大きな舌だしべろりと舐める。みな様ご存知提灯おばけ。
貧乏娘と庄屋の息子、闇夜に紛れて逢引き逢瀬。覗くは息子の本妻か。恨み妬みはあやしの領分。にょろりと長い首伸ばし、出歯亀するのはろくろ首。
逃げ出すふたりに眉上げる、赤ら顔の放蕩親父。酔いが醒めると屋台を訪ね、煮卵ひとつと大将に。返事と共に振り返るは瓜二つ、煮卵みたいなのっぺらぼう。
仔猫を虐めた悪い子が、面白がって通りに出てきた。小僧の脛をぞわりと撫でて、いつかの恨みとすねこすり。
ちょっと変だぞ、なんだよあいつ、偉いさむらい指さすは、一見ただの人間で、服は紫、頭にアジサイ、誰が呼んだか紫ババア!
あやしあやかし、どんちゃんさわぎ。どこに逃げてももう遅い。
壁はぬりかべ、障子に鬼火、降ってくるのは釣瓶落としで、寝床に逃げこみゃまくら返しがお出迎え。
つくもにやおよろ、ぴんからきりまで全部が妖怪。
誘い誘われ加わるは、山の天狗に、地獄の鬼に、雲の中から風神雷神。
海越え川越えはるばる来たぞ、船幽霊に海坊主。
古今東西津々浦々、ぴちゃりぴちゃりと音をたて、河童にがあたろ、それにひょうすべ、がらっぱ、かわえろだ。
みんな同じか、ちと違う。げらげら笑ってがわんばっちょ!
どこからともなく現れて、どこへか知らぬが去って行く。
意識と無意識、現実、幻術、狭間の世界。
現世から出でて幽世へ去り、再び舞い戻るぞ妖怪たち。
磨いた腕を見せる為、そろいもそろって顕現だ!
歴史に残すと絵師が筆取る、今となっては絵空事。
恐怖の一晩過ぎ去りし、妖怪どもが夢の跡。
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「いやあ、盛り上がったねえ。妖怪百鬼夜行。俺も年甲斐もなく張り切っちまったよ」
「あたしも豆腐を百個も配ったよ!」
「どこかでお皿を落として8枚になっちゃったわ……」
「たまには人里で生業をするのもいいものね。人の温かみも捨てたものじゃないわ」
「か、神の子であるわしが人を化かすなんて……。誰じゃ、ただの遠足じゃとだまくらかしたのは!」
「あたい、いつも親切ばかりしてるけど、いたずらも楽しいもんだね!」
「おっ、ここにも悪い子がおったど!」
「ネーネー、妖怪大王様が来ていたって本当デスカー?」
「うん? そうらしいね。私たち日本の妖怪は、腕試しとお披露目の為に百鬼夜行をするのだけれど、それを妖怪大王様がこっそりと見物するそうだよ。熟練の妖怪にも見破られないように、こっそり何かに化けているらしいよ。案外、その辺りに落ちてる貝殻の中に居るかもね」
「ちぇっ、見逃しちまったなあ。俺たちは風のように素早いから、大王様を見つけたらぴゅーっと追い付いて、自慢の生業を見てもらおうと思ってたのに」
「そんですっ転ばして斬りつけて」
「お薬を塗ったげる!」
「やいやい、まったくとんでもねえがきんちょたちだ。はったりでもそんな事言うもんじゃねえよ!」
「……そういやよ、誰かおばちゃん見なかったかい? きゅうりを、人間の八百屋からかっぱらったからさ、いつもの世話のお礼に渡そうと思ってんだが」
「いいえ、見とりまへん。この後、打ち上げでお座敷開こう思てたのに、どこ行かはったんやろか?」
「あっ、そうか! 妖怪大王様だ。おばちゃん、妖怪大王様に見つけられたから……」
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科学が発達し、幽霊や妖怪が信じられなくなった現代。
その中でも特にせわしなく人々が行き交う街、大阪。
遥か昔の江戸の時代、妖怪たちの里へ飛び込んできた紫のおばちゃん。
人情と肝っ玉をぶら下げて、不思議な生き物と過ごした長くて短い日々。
わたくしたち神や妖怪は長生きでございます。
いつか人の世に忘れられる時が来てしまおうと、わたくしたちは生き続け、おばちゃんのことを決して忘れないでしょう。
もちろん、あなた方にも忘れて欲しくはありません。妖怪はいつでも、どこにでも潜んでおります。
あの塀の陰にも、部屋の隅の暗闇にも、夜中のトイレの中にも。
そして、あなたの心にだって。
わたくし、豆だぬきのマメダ、不肖ながらも此度のお話の数々、語り部を務めさせていただきました。
本当ならばもっとたくさんのお話をしたいところではございますが、そろそろ夜が明けてしまいますゆえ、わたくしたち妖怪は退散しなければなりません。
これにて紫のおばちゃんの奇妙奇天烈“あっとほーむ”なお話はおしまいにございます。
それではみな様、またどこかでお会いいたしましょう。
では、どろんと宙返りでございます!
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「……はあ、おばちゃんが帰っちまったから、長屋の仕事をまた全部やらなきゃなんないね。まったく、面倒ったらありゃしない。……どれ、このまえやりそこなった焼き芋でもするかね。……おや? 風に紛れて何か聞こえてくるね。地面が暗くなった。雲でもかかったかな。ちぇっ、せっかく火を起こそうと思ったのに……」
「あかんあかん! また落ちてる! なんやのもう!」
――どしーん!