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21-付喪神(1/2)

 古めかしい道具といえば美術品だとか掘り出し物だとかを想像いたしますが、それは江戸時代でも同じことでございます。

 古道具屋が目利きをしてひと財産築くなんてお話もあるくらいです。

 もちろん、幽世(かくりよ)だって同じこと、こちらの妖怪寺子屋の界隈にも古い道具を集めるのが生業(なりわい)の方がいらっしゃりまして、現世(うつしよ)で見つけてきた様々な品を交換して歩いて回っているそうです。

 現世で貴重なものを幽世へ、幽世で貴重なものを現世へ交換して回ったり、どちらの世界でも不要になったものを引きとったりして、その余分な儲けで暮らしを立てております。

 さてさて、妖怪寺子屋が大家百々爺(ももんじい)さんの家に訪ねる影がひとつ。いったいどんな方なんでしょうか?


「たーのーもーうー……たーのーもーうー……」

「はいはい、今開けますよ。あら? いらっしゃい、どちらさん?」

「おやおや、しけたじじいの顔が出てくるかと思ったら、ふくよかなおなごがでてきたっちゅーね」

「いややわ、おなごやなんて。おばちゃんもう五十過ぎとるよ」

「くんくん……ちゅーか、このにおい、現世の人間ですねい。百々爺さんは人さらいをする妖怪だったかねい?」

「ちゃうよ。私がこっちに迷い込んできたから、しばらく世話になっとるんよ。爺ちゃんはええ人やで。ちょっとものぐさやけど」

「しかもけちんぼときてる」

「あはは。ところで、百々爺さんに何か御用? 見たところ、ネズミの妖怪さんみたいやけど……」

「おっと、申し遅れやした。あっしは鉄鼠(てっそ)三井寺(みいでら)と申します。気軽に“みいちゃん”と読んでくださって結構で。かつて子ネズミの頃、100年か1年くれえ前に妖怪寺子屋で世話になっていたもんでして。今は道具屋を生業として、現世と幽世を行き来して暮らしておりまさあ。この度、故郷であるこの界隈に蔵をひとつ持ちまして。そこに99年経っても売れないような売れ残りを片づけに来たんですよ」

「100年か1年て幅広いな……。寺子屋の卒業生さんなんやね。せやけど今、ちょうど百々爺さんは留守にしとるわ」

「あら、お出かけで?」

「このうちに居候してる西洋妖怪が居ってな、その子がよそ様でうっかり壺割ってしまってな。それで謝りに出かけとるねんな。……はあ」

「西洋妖怪。へえ……少し離れてる間に、寺子屋も随分と賑やかになったみたいですねい。……それにしても水臭い。あっしは道具屋ですぜい。壺が割れたというなら呼んでくだされば駆け付けたのに。代わりの壺の用達はもちろん、補修だってできます」

「壊したん謝りに行ったから、そういうのはもうちょい後やろな。三井寺さんは道具屋やいうけど、具体的にはどんなことしてはるん?」

「物々交換でしょう、不要になったものの引き取り、これは欠いてなくてもお釈迦でも構いません。それに修理でさあ。あっしもそろそろ目利きができるようになったんで、ものの真贋を判別したりもいたしやすよ」

「なんでもできはるんやね。……あ、せや。この前、爺ちゃんのお猪口が欠けてしまったんやわ。お猪口とかあったりせえへん? ……ほら、これ。口のところがちょこっと(・・・・・)欠けとるやろ?」

「確かに欠いておりますねい。物は悪くないのに壊れるっちゅーのは、酔っぱらって落っことしたりでもしましたかねい。あの爺さんは酒好きだから、酒の入れ物は酔っても眠っても離さないもんだと思ってましたが」

「それがね、壺割った居候の子がかじったせいで欠けたんよ」

「お猪口をかじるたあ、変な子だねい。いったいどんな妖怪なんですかい?」

死妖鬼(しようき)いうてな。これを言うと誤解されるんやけど……」

「鬼ですかい。これまた随分と恐ろしいもんと暮らしてますねい。連中は乱暴ですからね、壺やお猪口を欠いちまうのも仕方がない」

「ほらまた。鬼とはいっても、地獄の鬼や酒呑童子みたいなんとは違うんよ。……うーん、いちばん近いのは……吸血コウモリの妖怪やろか?」

「へえ! コウモリ。だったら、ネズミの妖怪のあっしと似たようなもんですかねい? それなら物を壊すのにもうなずける。そそっかしい奴なんでしょう。あっしもそそっかしいから、よく品物を落っことして壊しちまうんですよ。ま、初めから壊れてるようなもんだから、別に構いやしませんがね」

「なんか歯がむず痒いからついつい噛んだとか言ってたわ」

「へいへい、分かりやす。あっしも、出っ歯が痒くなると堅いものを噛みたくなりやすから。ときどき品物に手を出し、歯を出しちまうこともね。……どれ、仲間のよしみだ、このかまぼこ板を差し上げてくだせえ。歯が痒い時に噛むと具合がよろしいんでさあ」

「おおきに。後で渡しとくわ。……それでお猪口なんやけど、代わりの奴とかあらへん? それか修理」

「ええ、ええ。ございまさあ。お猪口の修理は、ちょいと縁起が気になるんで、一度よそにやった方が良いでしょうな。丸が欠けるのはいけないっちゅーね。よし、では欠けたお猪口と野菜ひとつで他のにとっかえて差し上げやす」

「ほんま? おおきに。助かるわあ。せやけど、お猪口とお銚子は夫婦(めおと)やし、できればお銚子も一緒に変えたいなあ」

「うーん。ごめんなさい。何分うちは古道具が多くて、お猪口もお銚子も片割れを欠いたものばかりでして……。その代わりと言っちゃなんですが、この立派な作りのお猪口をお譲りいたしますよ。これは作られて100年か1年は経ちますが、今まで一度も欠けたことがない品でございます」

「また100年か1年て。ほんまに欠けへんのやろか? まあ、普通に使ってれば欠けへんもんやけど……」

 そう言って三井寺さんが取り出したのは綺麗なお猪口でございます。

 真っ白な下地に緑の葉っぱ。それに可愛らしい赤い木の実。こんな小さなお猪口に器用に描くのは、本当に芸術でございます。

「……見た感じ傷ひとつないし、柄も洒落てるからこれにするわ!」

「へへ。毎度っ!」


# # # #

 # # # #


「おばちゃん。今帰ったよ」

「ただいまデース」

「おかえり、爺ちゃん、ミラカちゃん。爺ちゃんが留守の間、鉄鼠の三井寺さんが訪ねてきたで」

「おお、三井寺のやつが。どうだったい? あいつは相変わらずガラクタ屋をやっていたかい?」

「ガラクタて。道具屋さんやろ」

「本人がネズミの妖怪ってだけにチュウ古品を扱ってやがる。物置き住まい同士で気が合うんだろうね」

「あんま酷い事言わんといたりや。昔寺子屋にいた妖怪さんなんやろ?」

「おう、そうよ。昔、この家に住んでたんだ」

「へえ、ここに。住み込みでお手伝い?」

「お手伝い? 馬鹿言っちゃいけないよ。あれはネズミだよ。住んでたと言っても床下に棲み付いてたんだよ。普段から化け猫どもと喧嘩なんかしてさ。寝ようと思って横になると下からにゃんにゃんちゅうちゅう頭がおかしくなりそうだったね。あんまりうるさいもんだから、軒下を覗いて見てやったよ」

「いや、見てないで助けてあげや。可哀想に」

「寝ず(ねずみ)なんつってな」

「しょうもな。そんなんより……この前ミラカちゃんがかじったお猪口あったやろ? あれを新しいのと変えてもろたんよ。……今さらやけど、勝手に変えたんやけど、大丈夫やったかしら?」

「構いやしねえよ。どうせ二束三文の安物だったし。ところで、猪口を変えたんなら銚子も一緒に変えてくれただろうね?」

「それが一揃いの分は無くってなあ。代わりにちょっとええやつもろたから堪忍してや」

「猪口と銚子がちぐはぐだと、ちょこっと調子が悪い。……ああ、こりゃいい猪口だ。緑の葉っぱに赤い実が描いてら。……多分これはセンリョウの実だな。二束三文が千両になりゃ願ったりかなったり。まあ、良しとしようかね」

「気に入って貰えて良かったわ。今晩はこれで熱燗つけたるで」

「うやらましーデース。ワタクシも何か欲しいデース」

「あー……せやった。三井寺さんがミラカちゃんに“これ”くれはったわ」

「アーン? 何コレ。木の板?」

「かまぼこの板や。歯がむず痒い時はそれ噛んどき。お箸とかお椀噛むよりはええやろ。ほんまはそんな癖は治した方がええんやけど」

「人を噛んで血を吸えないから牙がむず痒いんデス。……でもワガママ駄目ね。ガブッ……オウ、なまぐさっ!? オバちゃん、かまぼこって何デスカー?! 魚みたいなにおいがシマース!」

「そらそうやろ、かまぼこは練りもんや。魚やで」

「練りもん、何者? ハッ?! もしかしてこれがそのまま海を泳いデ?」

「馬鹿言うねい。かまととぶっても駄目だよ。いくら異国のお嬢さんだからって魚を知らない訳がないだろう? そりゃあ、ただの木の板だよ。かまぼこってのは魚のすり身を捏ねたもんだ」

「かまととぶってマセーン。ワタクシ、ニッポンめっちゃ詳しいデス。忍者が丸太になるの知ってマース。だから、魚が木の板になっても全然クレイジーじゃないデス」

「せっかくやし、今晩はかまぼこ出そか。生臭いの駄目でも醤油やわさびつけたら大丈夫やろ」

「いいねえ。酒の肴にぴったりだ。俺の分はちょいと炙って欲しいね」

「ンー? 魚? やっぱり魚デハ? 日本語ムズカシイ……ガブガブ……」



 さて、その夕食後。宵闇の、月灯りもない新月の寒空でございます。

 ぽつりぽつりと見える星を眺めながら、百々爺さんがかまぼこで一杯やっておりました。

「月のない空でもなかなか乙なもんだ。寒くなって虫もすっかり引っ込んで、耳が痛いくらいに静かだねえ。……うん、ちょいと炙ったかまぼこに、わさびと醤油。口に味が広がったところに熱燗をきゅっと……」


「オウ、かまぼこ美味しいデスネ! でも、やっぱりにおいがスコシ気になりマース」

「醤油とわさびつけるとええで。味もやけど、におい消しになるんよ」


「……虫の代わりの賑やかしだね。俺は遊びが生業だからねえ。所帯を持たず、ずっと独り身だ。もしも俺に家族がいたらこんな感じなのかねえ」


「ミラカちゃんそれつけすぎやない?」

「ヘーキデース! ワサビイズ、ジャパニーズソウルフード!」


「ちょいと賑やかすぎる気もするが……。ありゃ? 今注いだばかりだと思った酒が無いような? ……まあいいや。もう一杯注いでっと……」


「ア゛ア゛ア゛!! ワサビ!! ア゛ア゛ア゛!!」 

「ほら見い。これ、お茶飲み」

「……アッチイ!! ノー!! ミラカ猫舌デース!!」


「うるせえなあ……。女三人寄ればかしましいとは言うものだけど、あいつはひとりでも充分かしましいね。……ありゃ!? たった今注いだ分が消えちまった。……誰だい? 長屋の大家から酒を掠め取ろうとするふてえ妖怪は?」


『ケケケケ……』


「んん? どこからか笑い声が……? やい! 隠れてないで出てきやがれ!」

『そんなに怒らないでよう。お酒でも飲んで落ち着いてさ』

「言われなくったって飲むぞ。だがてめえにはやらねえぞ。……銚子から注いですぐにぐいっと……ありゃ!? また消えた!」

『ケケケ。ごちそうさま……』

「畜生め! どこに居やがる! ……そこの茂みか!? ……ははあ、この床下か!?」


「なんや爺ちゃん、ひとりで騒いではるわ」

「賑やかな人デスネー」


「あっ、てめえは……!?」


 さてはて、お酒を盗み飲みした者の正体とは一体?


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