19-かまいたち(3/3)
さて、かまいたち達の棲む竹薮に戻ろうとしたおばちゃんでしたが、長屋を出ると何やら不穏な空気が漂っております。
「なんや揉めとるな」
「変なタイヤがいっぱい集まってマース」
長屋の前の通りに、ちいさなイタチを囲むたくさんの車輪。何やら寺子屋界隈ではあまり見かけない姿ですが……。
「やい、かまいたちの小娘! 俺たちに傷をつけるたあどういう了見だ」
「すみません。兄が……」
「あちきたち“暴走車輪妖怪連合”に手を出すたぁ良い度胸だよ」
「兄のせいにしちゃあいけないな。かまいたちと言えば三位一体でかまいたちだ。ひとりはぐれちまってるお前だって、兄妹なんだ。悪いんだぜ?」
「……ごめんなさい。すぐに薬を塗りますから」
「そうよ。早くして。片輪車のあちきは顔を斬られたんだよ。女の顔に跡を残したらおまえたち兄妹全員轢き殺してやるからね」
「……ごめんなさい。あたしの薬はよく効くから、跡は残りませんよ」
「輪入道のワシは構わんがな。男の傷は生きた証じゃけえ。だが、こいつを見てやってくれや、俺の弟分の火車の野郎は車の車輪を壊されちまった。こいつは車引きの妖怪だから、壊された車は身体の一部じゃあないんじゃあ。薬じゃ直らん。どうしてくれるんじゃ」
「そうだ。俺様の車を早く直せ。俺様はこの後、朧車との早駆け競走の勝負があるんだ。幽世いちの早駆けを決める大一番、腕前で負ければ鍛錬不足と納得も行くが、不戦敗なんて末代までの恥だ。どう落とし前つけてくれるんだ!」
「……ごめんなさい。すぐに寺子屋の手先の器用な方に頼んで、直してもらいますから」
「寺子屋なんて生温い所で遊んでるからこんな不始末が起こるんだ。俺たちみたいに自由に走り回ってる奴でも幽世の掟と“道を走るときの掟”は守ってるんだぜ? 妖怪大王様も監視が足りねえと見える。最近は変な人間の女も紛れてる様だしなあ」
「……本当にごめんなさい。でも、妖怪大王様や寺子屋の人たちを悪く言うのはやめてください」
「悪評撒いてるのはお前の兄ちゃんじゃけえ。兄妹は一蓮托生、ワシら連合も一蓮托生、お前たち寺子屋のもんも一蓮托生じゃろうが? お前の兄ちゃんのやった事を別もんだって言うなら、お前は寺子屋のもんに頼らんと火車の車を直してやらにゃあ、筋が通らねえな?」
「……あたし、大工じゃないんで……」
「なんやあれ、ヤンキーかいな」
「ヤンキー? アメリカンネ?」
「不良ってことや。うちらのとこやとほんまはああいう連中のことを不良って言うんや。夜中にバイク乗り回してる連中と変わらんなあ」
「オー、珍走団!」
「珍? 暴走族やろ? ……ん?」
「しかし、おっかないデスネ……。ミラカああいうのはちょっち遠慮したいデース……」
「せやけど、ほっとかれへんわ。あの子らの言い分も分からんでもないけど、無理なもんは無理やろ。私、ちょっと行ってくるわ」
「リアリィ?! オバチャン、危ないデース!」
おばちゃんは袖を捲り車妖怪たちの中へと分け入って行きます。
「ちょっとあんたら、やめたりや。チユちゃん困っとるやろ」
「なんじゃいお前は?! 紫の着物に紫のもじゃもじゃ頭。さてはアジサイの化身か?」
「アジサイの化身ってなんだい輪入道? あちきは聞いたことがあるよ。あれは例の現世から来た人間だよ」
「ほおう。それで人間のおばんがワシらに何の用じゃ」
「せやから弱いもん虐めしたらあかんよって」
「別に虐めとりゃせん。筋通せって話しとるだけじゃ。人間は引っ込んどれ」
「いちゃもんにしか見えへんかったけどな。私は人間でも寺子屋の大家の代理や。寺子屋も一蓮托生なんやろ? チユちゃん。私が手先器用な子見繕って車直すの手伝ってもらたげるからな」
「そうはいかん。兄貴のやったことじゃけえ、妹が落とし前つけさせろ」
「言ってることめちゃめちゃやで。大体、妖怪の生業のことやのにぐじぐじ言うとったらあかんわ。男らしない」
「男らしゅうないとはなんじゃあ! 知ったかぶりおって。稽古じゃから勘弁しろってのは寺子屋界隈だけのナシじゃ。ワシらは寺子屋のもんじゃないわ。おどれらあんまりナマ言うとると、鼻の穴に指突っ込んで奥歯がたがた言わすぞ」
「あんた車輪に顔くっ付いてるだけで指ないやん」
「やかましいわ」
「生業のナシがなしなら、一蓮托生もあんたらが勝手に言ってるだけやないの。筋道通すなら、大工呼ばせるか、チユちゃんやなくて切りつけた本人らに文句言うかのどっちかにせなあかんわ。こんな大人数で小さな子虐めて。車輪の癖に道外れとったら世話ないわ!」
「ぐぬぬ、人間風情が! ……おい、こいつを囲ってしまえ!」
「へい、お頭! 囲いやす!」
輪入道が掛け声をあげますと、車輪の妖怪たちがおばちゃんとチユさんを取り囲んでぐるぐると回り始めました。
「な、なんや。急に回り始めて」
「ははははは! これがワシら暴走車輪妖怪連合一蓮托生の必殺技“輪廻殺し”よ。人間よ。ワシら暴車連に手を出したことを後悔するがいい!!」
「た、大変デース。オバチャンがピンチデース! ヘンシンして空から偵察デス。……“車輪殺し”一体どんな技なんでショー?」
ミラカさんは背中に大きなコウモリの羽を生やすと空に飛びあがりました。
「ははははは! どうじゃ人間、目が回って来ただろう!? おい、てめえら、もっと早く回るぞ!」
「へい、お頭! 回りやす!」
「そら、そんなぐるぐるやられたら……。あかん、目が回って来たわ」
「ははははは! そうじゃろう、そうじゃろう! 目が回って立ってられんじゃろう!?」
「へい、お頭! 俺たちも目が回って立ってられねえです!」
「そうじゃろう、そうじゃろう。ワシもそろそろ限界じゃ」
「……ぐるぐるぐるぐる。蚊取り線香みたいデース。ワタクシもぐるぐる……“輪廻殺し”オソルベシ! ……ガクッ!」
「うっ、私も気が遠くなってきたわ。……ガクッ!」
「……よっしゃ。おばはんが伸びたぞ。伸びたついでに車輪で伸して、一反木綿みてえにして風に流しちまえ!」
「へい、お頭!」
さて、大変なことになってしまいました。目を回して倒れたおばちゃんに向かって、たくさんの車輪妖怪たちが襲い掛かろうとしております。
しかし、ここでおばちゃんがぺしゃんこにされたらお話も何もあったものじゃありませんから、助っ人の登場という訳でございます。
「……まったくお節介なおばちゃんだ。だけど、妹が世話になったのに放って置くわけにもいかない」
「いかない!」
突如、おばちゃんを護るように白いつむじ風が吹き始めます。風はぐるぐるぐるぐる、車輪たちの必殺技よりも早く回ります。
囲っていた車輪妖怪たちはお頭の輪入道を除いて、みんな目を回してひっくり返ってしまいました。
「なんじゃあ、おどれら!」
「俺たちはかまいたち三兄妹のギリと」
「コロだ!」
「おどれら、どの面下げてのこのこ現れたんじゃ」
「どの面もこの面もあるか。これは俺たちが親父とお袋から貰った顔だ」
「顔だ!」
「おどれらがやんちゃしたせいで揉めとるんじゃ。このちび助に落とし前つけさせちゃる」
「斬った本人が出たんだからそれはないだろう。俺たちゃ寺子屋界隈じゃ不良妖怪で通ってんだ。確かに、やんちゃが過ぎてついうっかり、外のもんを傷つけちまった。……この通り頭は下げる。だから妹とそのおばちゃんは簡便してやってくれ」
「してやってくれ!」
「ほう。胆は据わっとる様じゃの。それやったら、おどれらがぺしゃんこに伸されるってことで手打ちじゃ。文句ないのう?」
「……いいだろう。一思いにやってくれ」
「やってく……やだよ兄ちゃん!」
「勘弁してくれよコロ」
「ははははは! 弟の方はイモっとるのう! ……おい、てめえら、いつまで目ぇ回してやがる。……おい火車、車の仇がきたぞ。おめえもイモってないで、おめえが一番目にぺしゃんこにしてやれ!」
「いやぁ、お頭。俺様にも妹がいやして、こういうのには弱くって」
「なんじゃい。どいつもこいつもイモイモしやがって。そんなに言うならワシも妹に生まれりゃあ良かったわ。……まあ、ええ。てめえらが誰もやらん言うならワシ自らがぺしゃんこにしてやるわ!」
「やめてください!」
輪入道の車輪がいよいよギリとコロに迫るかという時、間に割って入ったのは小さなイタチでございます。
車は急に止まれない。それは車輪妖怪も同じことでございます。
輪入道は急に飛び出してきたチユさんを撥ねてしまいました。
「チユ!」
「うお! 撥ねてしもうた!」
空に跳ね上げられる小さな体。地面にたたきつけられたらどうなってしまうでしょう。わたくし、もう見ていられません。
「ハーイ、ナイスキャッチ。ミラクルミラカデース!」
都合よく空に居たミラカさんが受け止めてくれたようで、チユさんは地面に激突せずに済みました。
「……ああ、良かった。暴車連はうるさく走りはするが、事故を起こすのは本望じゃない。まして車輪妖怪はあの世とこの世を繋ぐのが生業。無為に死なせたら車輪妖怪の名折れじゃけえ」
「チユ! チユ! しっかりしてくれ! なんてことだ。俺たちはこいつの為を想ってやって来たのに、怪我させちまうなんて」
「……せやねん。それが分からへんのよ、ギリさん。訳を話してや」
「わあ! 紫陽花のおばけ!」
「誰がおばけや。おばちゃんやで。チユちゃんは大丈夫や。目ぇ回しとるけど大した怪我しとらん。どういうつもりやったか知らんけど、輪入道さんも大して勢いつけてへんかったみたいやしな。……それよか、“こいつの為を想って”ってどういうことなん?」
「……俺たちの両親は、飯綱だったんだ」
「そういや、波山さんが言うとったな」
「飯綱ってのは、呪術師に呼び出されて仕えるもんで、術師の命令にはなんでも従わなきゃならねえ。人の業というものは深いもんで、すったもんだの末に怪我をさせたり家を傾けたりはもちろん、呪いで他人の縁切りや一族郎党皆殺しだってある。飯綱は使いだからそれの片棒を担がなきゃならない」
「えげつない話やなあ」
「飯綱にも心が無い訳じゃない。うちの親父とお袋は生業だから仕方がないと、唇を噛んで呪術師に仕え続けたんだ。それだのに、呪術師は相手方の雇った呪い返しを受けたときに、親父とお袋を身代わりに立ててとんずらをこいた」
「なんて酷い奴じゃ」
「親父とお袋がそれが元で死んじまった。俺とコロはもう物事の分かる歳になっていたから、呪術師の野郎を酷く怨んだ。この怨念は八代祟っても絶えさせてやるものか。だが、親父たちと同じ飯綱になったんじゃあ、また奴に使われてしまうかもしれないし、余計な恨みを増やすことになる。そこで俺たちは自由なかまいたちに転身して、腕を磨いて奴に復讐しようと思ったんだ」
「おう、やったれやったれ」
「でもチユは何も知らねえ。こんな話、知らずに済ますより幸せなことはねえ。だがこいつは優しくて賢い奴だ。かまいたちとしてやっていくにも優しすぎた。あいつの薬は本当によく効くし、俺たちが転ばして斬ってもあっという間に治しちまう。時には斬られた事にも気づかないくらいだ。それじゃ、呪術師に仕返しするときに不都合だ。何より、俺たちかまいたちの生業は、生業とはいえど他人様に怪我をさせる因果な稼業。こいつにまで因果を背負わせるなんて御免だ。だから俺たちは、こいつを生業から外したって訳だ」
「なるほどなあ。それで最近暴れ回っとったんか」
「悪評を被るのは俺たちだけで良い。……だからどうか、轢き殺すのは俺たちだけにしてくれ」
「何、阿呆抜かしとるんじゃあ! こんな話聞かされて、ぺしゃんこになんて出来るかい! なんならワシらがその糞呪術師をぺしゃんこにしてやりてえくらいだ」
「お? せやったら、水に流してくれるん?」
「当り前じゃ。ワシもこいつの妹を怪我させたから両成敗じゃ」
「俺様も車輪ひとつでがたがた言わねえ」
「あちきも傷を治してくれる人が居なくなったら困るからねえ」
「……兄さん、その話本当?」
「しまった。聞かれちまった。チユ、今のは嘘だ」
「兄ちゃん、今さら隠しても遅いよ」
「兄さんたちがそういう訳で不良になったんなら、あたしも不良になります」
「それは駄目だ。お前まで間違うことはない」
「敵討ちは間違いなんですか? あたしだって、お父さんとお母さんが殺されて黙っていられない」
「それは俺たちだけでやる。お前は薬売りにでもなれ」
「いいえ。あたしもやります」
「おばちゃん、チユに何とか言ってくれよ。正しい道ってのを説いてやってくれ」
「……うーん。不良が良いとは言わへんけど、不良にすらなれないのは消化不良やろな。間違ってみないと、間違ったこともわからへんままやし」
「おばちゃんも、チユにまで間違えっていうのかよ」
「“正しい”ってのは“間違い”があってこそ正しいと言えるんや。まあ、誰かが注意してくれるうちは少々間違ってもええやろ。飯綱の生業よりはましやろしな」
「ちぇ。分かったよ。観念した。……でも、他のもんには落とし前をつけてやらなきゃならないな。俺たちも薬を配るのを手伝うよ」
こうして車輪連中も落ち着き、かまいたち兄妹の抱えた問題も解決いたしました。後は、彼らが怪我をさせた人たちに薬と謝罪を届けるだけ。
なかなか冷やりとする場面もございましたが、一件落着にございます。
「オバチャンも危なかったデスネー。おせっかいもほどほどにした方がいいデスヨー?」
「そう言われてもな。ああいうの見たらほっとけへんのよな。私結構、構う性やからな!」
「アッハッハ。ナイスジョークデース!」
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