18-かまいたち(2/3)
「ノー……口の中がぶくぶくシマース……」
「我慢し。終わったらお昼にお味噌汁仕度したるから。それで口直しし」
「楽しみデース。でも、お豆腐はいれないでクダサーイ」
「大丈夫やって、ちゃんとお豆腐も食べ。……ところで、かまいたち達はこんな薄暗い藪に住んどるんか。私、藪苦手やねんな。蚊多いし」
「ワタクシも蚊嫌いデース」
「商売敵やもんな」
「カイーノになっちゃうのが駄目デース」
「ヴァンパイアに吸われた後は痒くならへんの?」
「ヘヘ。ソレを聞きマスカー? ヘヘヘ。死妖鬼に血を吸われると、痒いどころかヘヴンになっちゃうんですヨー?」
「ヘヴン? 死んでまうんか?」
「ノーノー。超キモチーノ。オバチャンもイッペン吸われてみマスカー?」
「なんや怖いな……遠慮しとくわ」
「この奥がかまいたち達の棲み処らしいわ。ずいぶんと竹が生い茂ってるなあ」
「こんなに竹がニョキニョキしてるとアレが出そうデスネー」
「なんや? アレって」
「かぐや姫デース!」
「ミラカちゃん、かぐや姫は妖怪ちゃうよ」
「オウ? そーなんデスカ? ワタクシてっきり、おばけの類だと思ってマシタ。……この生えてる竹が全部割れて、中から一斉にかぐや姫が!」
「怖っ。ひとりしかおらんわ。……今なんか藪の中で動いたで」
「野生のかぐや姫デショーカ?」
「突っ込まへんで。……なあ、そこに誰か居るんかー?」
「誰だはこっちの言い分だぞ。うるさいく騒いで。昼寝もできやしない」
「兄ちゃん、誰か来たのかい?」
藪から現れたのは二匹の雄のイタチでございます。
「なんやふてこい顔してるな。あんたらがかまいたちか?」
「うわっ、紫の! ……おいコロ、人間のばばあだよ」
「兄ちゃん、後ろには新入りの馬鹿妖怪も居るよ」
「聞こえとるで」
「チョーセン的デスネー」
「……なあ、あんたら、寺子屋の子たち怪我させて回ってるって聞いたんやけど。そんなことしたらあかんで。いくら妖怪でも、人の道……人ってのも変やな。正しい道を歩まなあかんで」
「あん? お説教か? 正しい道ねえ? それなら問題ないぜ。これが俺たちの生業なんだから。当たり前だろう? 人間の出る幕じゃない。放っとけ」
「でも、怪我させた後に薬塗って治すのも生業やって聞いとるで。治さないから怪我人続出で寺子屋も休みになったっていうやん。おばちゃん寺子屋のことも百々爺さんに任されてるからほっとけへんねん」
「お節介め。チユの馬鹿が生業を怠けているだけだ。俺たちは悪くない」
「そうだ。チユがいけないんだ。あいつはグレちまった。文句ならあいつに言ってくれよ」
「分かったらさっさと帰れ。……俺たちにはなあ、気に入らないものがふたつあるんだ!」
「ふたつあるんだ!」
「それは、女と飯綱使いだ。だから帰れ」
「そうだぞ! おまえたちは女にも飯綱使いにも見えないけど、帰れ!」
「かーえーれ!」
「かーえーれ!」
二匹のイタチはけんけんと騒ぎ立て、おばちゃんとミラカさんのふたりを追い返してしまいました。
「オバチャン、あっさり引き下がりマシタネー?」
「あの子らと話してもしゃあないやろ。あの話しぶりからして、やっぱり下の子の話聞かんと」
「タシカニ……。ところで、飯綱使いってなんデスカー?」
「なんやったかな。聞いたことはあるんやけど。私もそんな妖怪に詳しい訳ちゃうしな」
「フーン? ……あっ、見てクダサイ、あっちがミョーに明るいデース! かぐや姫に違いアリマセーン!」
「あら、ほんまや。藪の向こうが光って……いや、赤いな。燃えとる? 火事やったらあかんな。ちょっと見に行ってみよか」
「あっちが火事デース。アッチッチー。かぐや姫さんをレスキューシマショー!」
「あっ、ミラカちゃん。ひとりで行ったら危ないで!」
ミラカさんはひとりで赤く燃える竹藪の奥へと行ってしまいました。
「オウ……。めっちゃ燃えてマス。たけやぶやけたデース。……ウォゥ! 炎の中に何かが居マース! バーニングかぐや姫に違いアリマセーン! お月様でウサギを丸焼きデース!」
「ウサギ? ……違うな! 月に見えるは桂の木に決まってらあ。我こそは桂月照らす竹林に佇まう伝説の不死鳥、鳳凰よ。異国のお嬢ちゃんよ、かの有名な伊予の鳳凰、火焔赤百合門ノ左衛門たぁ俺っちのこと!」
「ワーオ! カブキ!」
「この姿を見られたからにゃあ、灰になって風に乗って、故郷に帰ってもらうしかないぜ!」
えー……そう言うと伊予の鳳凰、火焔赤百合ノ門左衛門はミラカさんに向かってぼうぼうと燃え盛る炎を吐きつけました。
「オーノー! お洋服が燃えちゃうネー!」
「着物なんて気にしてる場合じゃないぜ。骨まで真っ黒、灰になっちまうぜ! ほらほら、早く逃げねい!」
「ヘーキデース。死妖鬼は死にマセーン。灰になっても復活シマース」
「えっ!? そいつぁ本当かい。本物の不死身相手は具合が悪いや」
「ほんまやで。……波山さん何やっとるん? 鳳凰やなんて嘘こいて」
「嘘じゃねえってんだ。波山ってのは見栄とはったりの妖怪だって、おばちゃんこの前教えただろう?」
「ナーンダ、ドーリで熱くないと思いマシタ。よく見たらフェニックス違いマース。チキンじゃないデスカー。嘘つきは閻魔様に舌を引っこ抜かれマスネー」
「チキン? だから嘘じゃねえってんだ。男波山、傾き歌舞いて見栄とはったりで切り抜けた人生に誇りを持ってんだい!」
「はいはい。波山さんはここで何してはるん? 生業のお稽古?」
「そうよ! 俺っちは伊予の竹林じゃ犬鳳凰の異名で通ってた男。腕が鈍らないように日々精進してるのよ」
「ほーん。じゃ、頑張ってな。行こか、ミラカちゃん」
「ハーイ」
「おっと、そうはいかねえ。そこに居る異国の娘は俺っちの連れの仇だ」
「アー? カタキ?」
「忘れたとは言わせねえぜ。てめえは先に経立のお桂に恥をかかせただろう?」
「ノー。あれは自業自得ヨー。お桂さんの方から吹っ掛けてきたネ。吹っ掛けの経立ヨ」
「うるせえ。連れの仇も取れなきゃ男が廃るぜ。嬢ちゃん、俺っちと勝負しな」
「コケコケうるさいヨー。めんどっちーネ!」
「せやで。お桂さんだってちょっと厭味が過ぎるんやから自業自得やで。大体、妖怪同士のばかし合いに他のもんが首突っ込む方がおかしいやろ。波山さんも男らしくないで」
「ぐぬぬ……。おばちゃんも幽世の習わしが分かって来たじゃねえか……」
「ほな、さいなら。私ら急いどんねん」
「ばいびー」
「ぬぅうん! 待て! 待ってくれ!」
「なんやの?」
「しつこい男は嫌われマース」
「頼む。俺っちを家に連れ帰ってくれねえか?」
波山は両手……両手羽先を合わせてお願いの“ぽおず”でございます。
さてはて?
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「ありがてえ。歩いて帰ったら脚がちぎれちまうところだったぜ」
「えらい酷く斬られてんなあ。とりあえず包帯だけ巻いといたるわ」
「ありがてえありがてえ。俺っちはニワトリだからね。足が細えんだ。いくらかまいたちの斬り傷が浅いとはいえ、たまったもんじゃねえ。見栄切りとはったりは得意だが、こっちの斬ったり張ったりは簡便よ」
「怪我して動かれへんかったんやったら、素直に言えばいいのに」
「へへ、見栄を張っちまうのは性分だぜ……」
「それにしても、かまいたちの子ら、ちょっとやり過ぎやわ。これ、そのうちに死人が出るで。やっぱりもう一回行って、がつんと言わなあかんわ」
「やめときなよおばちゃん。ごろんでざっくり。おばちゃんだって構いやしないぜ。あいつらは根っからの悪だよ」
「なんかあってグレたんやと思うけどな」
「グレたんならぴたりと合う貝殻があるはずだがね。あいつらは三人兄弟だ。奇数じゃあまりが出ちまうよ」
「なんのこっちゃ」
“グレる”という言葉の語源は、ハマグリから来ております。ハマグリは貝殻の形がそれぞれ微妙に違うことから、上下で他の貝殻とは合わないようになっていて、それを裏返して並べて合わせる貝合わせという遊びがございました。現代でいうところの“とらんぷの神経衰弱”に似た遊びですね。
貝殻が合わない、食い違う。ハマグリが転じてグレハマで、グレる。ということでございます。マメダの豆知識でございました。
「モンザエモンさん、誰か来ましたヨー」
「おっ、きっとお桂に違いねえ。お嬢ちゃん、開けてくれ」
「エー。お桂さんだったら開けたくないデス」
「いいから開けてくれ、ここは俺っちの部屋だぜ。家賃もちゃんと納めてるんだ。早くしてくれ」
「ショーガナイデスネー。……おや、誰も居ない?」
「下ですよ。下を見てください」
ミラカさんが戸を開けきょろきょろしていると足元から声が聞こえてきました。声に従い下を見ると……。
「ワオ、キュート。ちっちゃなイタチさんデース」
「ちょっと、おねーさん! 抱き上げないでください! 自分で歩けますから!」
「オウ、失礼しマシタ」
イタチはぴょんと敷居を跨ぎ、長屋の部屋へと入ってゆきます。
「あなたが波山の火焔赤百合門左衛門様ですか? この度は兄たちが……兄たちの生業のこととは言え、火焔赤百合門左衛門様にご迷惑をおかけいたしまして、誠に申し訳ございませんでした。あたし、かまいたちの末の妹のチユと申します」
「おうおう、顔をあげておくんなせえ。兄のやったことで妹さんは悪くないぜ。なにより、俺っちたちぁ寺子屋の仲間じゃねえか」
「遅くなってごめんなさい。さっき訪ねた時は誰も居なかったので他に怪我をさせた方のところを回っていたんです」
「そうかいそうかい。来てくれただけでありがたいよ。男は過ぎたことをぐだぐだ言わねえもんだ」
「……ネー、オバチャーン。モンザエモンさん、ワタクシの時と言ってること違いマース」
「……しっ、ほっとき。ややこしくなるから」
「……鳥頭デース」
「ご厚意感謝いたします。……とはいえ、足のお怪我の加減があまりよろしくないようですので、あたしの生業の薬を持ってまいりました。イタチ印の軟膏は良うく効きますよ」
「ありがたいね。足が痛くっちゃ見栄を切るのも一苦労でね。しかし、てえへんだね? お兄さん方の尻拭いをして回らなきゃならねえってのも」
「本当はあたしも一緒にお稽古をしたいんですけど、兄たちがやらせてくれないんですよ。……よし、塗り終わりました。明日にはすっかり良くなってますよ。それじゃあ、あたし帰ります」
「なんだい、もう帰っちまうのかい? 茶の一杯でもあがっていきなよ」
「そうは行きません。そろそろお昼時なんで、兄たちがお腹を空かせています」
「そうかい、それなら引き留めても悪いね」
「では、これで……」
「……ぐすっ。けなげな妹さんじゃねえか」
「せやなあ」
「なんだい、おばちゃん。何か腑に落ちねえって顔してるが」
「そらな。チユちゃんは一緒にやらせてもらえないって言うとったけど」
「確かオニーサンたちはチユちゃんが生業を怠けてる、グレたって言ってマシタ。そうは見えませんネー?」
「喧嘩の言い分なんてそんなもんだろう。まして兄だ、よそ様相手に自分が間違ってて妹が正しいなんて言う訳がないね。兄が除け者にしてるんだろうぜ。それでも飯を作りに戻ってくたぁ、甲斐甲斐しい妹さんだよ。噂通りだ」
「噂?」
「なんでえ、おばちゃん知らないのかい? かまいたちの兄弟はね、親を亡くしているんだ。それからここに流れてきたのさ。母親も死んじまったから妹さんが母親代わりなんだ。悲しいもんだが親に死なれて子供がグレるってのは筋ってもんだぜ」
「ほーん。ご両親亡くなっとるんか。せやけど、なんやろ。うまく言えへんねんけど、元々かまいたちは転ばして斬って治すのが生業なんやから、グレてるのは妹さんの方な気がするねんな」
「おばちゃん、馬鹿言っちゃいけないぜ。あんないい子がグレてる訳ねえだろう。兄たちの方がグレてるに決まってら。あいつらのご両親はね、有名な飯綱だったんだよ。母親は縁切りのおキリ、父親は皆殺しのゴロって呼ばれてて、高名な呪術師お抱えの大悪党だったのさ。俺っちの里じゃあ犬神が強いから獣の式はあんまり見ないが、それでも噂は聞こえてきてたね」
「ご両親が大悪党やったら、やっぱり治して回ってる妹さんがグレてるような? ……まあ、ここでなんやかんや言うててもしゃあないな。三人揃ってるところに話聞きに行けばええか」
「善は急げデース」
「ほな、波山さん、養生しいや」
「おう、ありがとな。俺っちの代わりに馬鹿兄の連中をがつんとやっといてくれ」
「殴り込みデース」
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