17-かまいたち(1/3)
みな様方、こういった話はご存知でしょうか?
風がびゅーっと吹いてきてすってんころりん。転びましたので怪我はないかと身体を検めますと、どこかが「おやっ? 冷たいぞ?」となる。
冷たく感じた箇所を見ればざっくりと鎌で斬られたような傷痕が。
しかし、見た目ほど痛みもなく血も出なければ、放って置いても傷痕を残さず綺麗に治ってしまう。
主に近畿から中部にかけて全国各地で話される怪異、鎌鼬でございます。
姿は見えぬとされたり、人や生き物の恨みの為すものとされたり、あるいは読んで字の如く鎌を使うイタチの姿だとされたりしております。
一説によると三匹一組の妖怪で、一匹目が人を転ばし、二匹目が鎌で斬りつけ、三匹目が傷薬を塗るという“ちいむぷれい”をなさるとか。
さて、妖怪寺子屋にも同じ所業を生業としている妖怪たちが居ります。
曲者ぞろいの妖怪寺子屋ではございますが、何を隠そう彼らは寺子屋でも鼻つまみ者……ならず者妖怪として忌み嫌われているのです。
しかし、これには、ふかーいわけがございまして……。
「はー。やっぱこっちの方が汚れの落ちがええなあ。江戸時代やと一般家庭には石鹸がないとか、不便でしゃあないわ。持って来てくれたミラカちゃんに感謝やな」
こちらは長屋の近所の河原。洗濯をしているおばちゃんのところに、豆腐小僧さんがやってまいりました。
「おばちゃん、こんにちは」
「あら小僧さん。こんな時間に珍しいね。寺子屋はおやすみ?」
「うん、そうなの。お師匠様がお怪我をなさったとかで」
「そりゃ大変やな。おばちゃんお見舞いに行こうかしら」
「どこに住んでるか分からないよ。下手人は分かってるんだけどね……」
「下手人? なんや物騒な話やな」
「うん。お師匠様はね、寺子屋の妖怪に怪我をさせられちゃったんだ」
「はあ。お雪ちゃんに続いてイケメン先生も災難やなあ」
「色恋の話じゃあないよ」
「じゃああれか、生業の稽古が過ぎて怪我になったとか?」
「ううん。生業じゃないと思う。単に悪さしたんだよ」
「ええ、怖。妖怪やから、しゃあない……んやろか?」
「しょうがなくないよ。悪いことする妖怪も、良いことする妖怪も、みんな生業だからやってるの。生業以外で悪いことをするのは、悪いことなんだよ!」
「ふーん。何や小僧さんも珍しく怒っとるな」
「だって、あたしも怪我したもの!」
「なんやて。どこ怪我したん?」
「膝小僧。転んだの」
「転んだんかい! 転んだんならしゃあないわ。先生も転んだん?」
「違うの、転ばされたの」
「せやったん。誰に転ばされたん?」
「かまいたち。あたいのこと風で押して転ばして逃げてった」
「悪いやっちゃな。怪我診たるからおばちゃんに見せてみ」
「転んだのは怪我しなかったの。怪我は斬られたからできたの」
「斬られた! 誰に斬られたん? 怪我は大丈夫なん?」
「かまいたち。怪我は薬を塗ってもらったから大丈夫」
「はあ。かまいたち。戻ってきてから斬りつけてきたんか」
「ううん。斬りつけてからぴゅーっと逃げて行ったの」
「そうなん? 薬は誰にもろたん?」
「かまいたち」
「ええ……ちょっとおばちゃん混乱してきたわ。かまいたちってどういう子なん?」
「えっとね。かまいたちは三人兄弟でね。上からギリ、コロ、チユの三人。ならず者なの。寺子屋にもあんまり顔を出さないし、普段は何してるか分からないの。たまにぴゅーっとやって来たと思ったら、コロが転ばせて、ギリが鎌で斬りつけて、チユが薬を塗って、またぴゅーって去って行くの」
「はあ、そういうことなん。薬塗る言うても怪我は怪我やし、痛いやろしなあ」
「ううん。まったく痛くないし、薬もよおく効くから、朝には治ってるんだ」
「ははあ。なんや聞いたことある話やな。せやけど、それってかまいたちなら、生業なんとちゃうん?」
「うん。これはかまいたちの生業。生業だったらみんな文句言わないよ。お互い様だからね。……でもね。最近はやり方が酷いし、薬を塗ってくれないの。お師匠様もそれで怪我が酷くって、お休みしたの」
「なるほどなあ。……うん? じゃあ小僧さんは怪我どうしたん? 薬もろたんやろ?」
「うん。かまいたちのチユちゃんに貰ったの」
「なんや要領を得えへんな……小僧さんは転ばされて斬られたけど治してもらって、先生は怪我したままほったらかしってことなん?」
「ううん。あたしはひとりで転んでチユちゃんに薬を貰って、お師匠様はコロに転ばされてギリに斬られたけど、チユちゃんに薬を貰えなかったの」
「やっぱりひとりでに転んだんかい! それじゃあ、小僧さんは何に怒ってるんや?」
「あの石ころ! つまづいて転んだときに豆腐を駄目にしちゃった! あー、腹が立ってしょうがない! あたし、“おあがり”ってできないとなんだかむしゃくしゃするの!」
「中毒かいな……」
「ハロー! オバチャーン! 寺子屋終わりマシター!」
「はねかえり娘が帰って来たわ。おかえり、ミラカちゃん。寺子屋はどうやった?」
「ただいまデース。今日はなんだかミナサン元気が無かったデス。怪我でお休みの人もたくさん居ましたネー」
「ははぁ。かまいたちの仕業か。怪我させて回るのはさすがに物騒やなあ……」
「ニッポンのスクールはデンジャラス。ばかし合いだけだと思ったら、殺し合いもしてたナンテ。ゴクドーの世界デース」
「命までは取らんと思うけど、これはちょっと放って置けへんな」
「おばちゃん、かまいたちを懲らしめマスカ?」
「懲らしめるかは分からん。せやけど話した方がええんちゃうかな。私これでも大家さんの代理やし。長屋や寺子屋で起きたことやから、出張らなあかんやろ」
「オウ、おばちゃんカッコイイデス。かまいたちの連中もなまはげに襲わせマショー!」
「ミラカちゃんみたいに嘘つきやったらな」
「ノ、ノー。懲りました。改心、改心! ミラカも不良妖怪改心させるオバチャンの手伝いシマース!」
「別に来んでもええけど……」
「そう言わずに! こう見えてワタクシ、とっても頭がキレマース! 身体も若くてキレッキレデース! かまいたちに転ばされることはないデスヨー!」
「ほんまかいな……。まあ、上の子らやなくて、末っ子のチユちゃんとこ行くで。転ばして斬っても、薬塗ってないみたいやし。その割には小僧さんには薬出しとったからな」
「名推理デス! 弱そうな末っ子からしばきまわしマショー!」
「しばかへんて。話聞くだけや」
「血が見たいデース!」
「あんたも大概物騒やなあ……」
「死妖鬼デスからネー。最近吸血してないので血に飢えてマース。ヘラヘラしてるけど結構辛いんデスヨ?」
「ヘラヘラしてるの自覚しとったんか。血に飢えるのんって、どんな風に辛いん?」
「ア゛ア゛ア゛~。オ゛オ゛オ゛~」
「分からへんわ! 具体的に言ってや」
「分かりマセンカー? じゃあ、こういうのはドーデショウ? オアアアア……血ぃ! 血ぃ! 血が欲しぃ~~~!」
「アル中かヤク中みたいやな。……やっぱりなまはげさんに」
「ジョーク、と言いたいところデスが、こればっかりはしょうがないデース……。死妖鬼は“のむ、うつ、かう”の三拍子そろってマース」
「ギャンブルとかもするん? いよいよ不良やな」
「違いマース。打つのは杭デース!」
「そりゃ、打たれる方やろ! せやったら、“かう”は?」
「“かう”は飼うデース。採血用の人間を飼ってマース!」
「えげつな……」
「しょうがないデース。ごはんの度に人里を騒がせないためデース。あんまり多くの人間に迷惑かけるとヴァンパイアハンターが来マース。ワタクシたちも生きてるネ。死にたく……シニタクナイ!!」
「うーん。まあ、勘弁しといたろか。それじゃ、そろそろ……」
「ねえねえ、ミラカさん」
「小僧さん、どうしたんデスカー?」
「これ、おあがり」
「オウ、お豆腐ネ? でも何だかこの豆腐カチカチ……」
「凍り豆腐って言うんだよ。冷たくっておいしいよ」
「フーン? 腹が減ってはいくさはできぬ。いただきマース!」
「あっ、ミラカちゃんそれ……」
「オウ、硬いネ。デモ、死妖鬼のキバ舐めたらあかんぜよ!」
「石鹸やで」
「ガッデム!! 小僧さん、あんまりデース」
「えへへ。“おあがり”できなくってつい……」
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