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16-死妖鬼(4/4)

 なまはげに驚いて外へ逃げて来たミラカさん。

――なにやら牙を覗かせた口にこぶしをあてて、くすくすと笑っております。


「……アハハ。ちょっとジョークが過ぎマシタ。ほとぼりが冷めたら戻りマショー。……ニッポンの妖怪、面白いデス。ニホンゴ分からないふりしてからかうの楽しーデス。怒られたらオバチャンのせいにシマース。もっとガンガンいきまショー。半端なことをすると祖国と死妖鬼ナメられてしまいマスからネー。ドーシテやりましょーカ? ……オーケイ、考えるよりも壁の向こうに帽子を投げマス」


 どうやらこの異国の娘、日本語や方言が不自由なふりをして皆さんのことをからかっていた様です。先ほどまでは青空の様だった瞳も、今は暮れの空の様な赤に染まっております。

「……行きますヨー。フフフ、ニッポン妖怪に思い知らせマース。ヘーンシーン!!」

 ミラカさんは煌びやかな洋服をひらりとさせて、何やら“ぽおず”をとりました。

 死妖鬼(しようき)、ヴァンパイアにも日本の妖怪と同じく変身する能力がございます。彼女たちはこうもりや霧に好んで化け、変身した姿は鏡には映らない特徴があるそうです。

 さて、ミラカさんは一体何に化けたのでしょう?


「……ドロン! ジャパニーズスパイ。忍者デース。カタナもって殴り込みデース」


 そう言うと黒装束に身を包んだミラカさんは、正面から寺子屋へと戻っていきました。これまたえらく堂々とした忍者もあったもので……。


「フフフ。セカイサイキョーのファイター忍者が忍び込もうとしているというのに、お座敷の連中は呑気に騒いでマース。死妖鬼もニンジャと同じ闇が得意デース。このままドロロンと飛び込んで、大暴れ。ミナサンをオッタマゲさせてやりマース」


「ばあ!!」


「ぎゃあ!! ホワット!? 脅かさないでクダサーイ!」

「ミラカさん何してるんですか。黒子みたいな恰好をして」

 らんらんと輝く一つ目に、破けた張り紙から飛び出した大きなべろ。みな様ご存じ、提灯(ちょうちん)おばけでございます。

「クロコじゃないデース。忍者デース」

「へえ! 忍者ってそんな姿をしてるんですねえ。手前、(しのび)は見たことないもんで、分かりませんでしたよう」

 忍者というものは、現代では黒装束に身を包み闇に紛れて活動をする戦士の“いめえじ”でございますが、実際は一般人に溶け込んで情報取集をされる方が多かったとか。

 手裏剣などについても、ほとんど使われていなかった説がございますが、はっきりいたしません。何せ忍者ですから、痕跡を残さないものなのでしょう。

「忍者知らないとは、常識なってませんネー。忍者はワールドワイド。世界的に有名デース! ニンニン!」

「忍が有名だったら困るような? それに、有名というなら手前のことも忘れて貰っちゃ困りますねえ!」

「オウ、どちら様デスカ? なんだかチンミョーな姿をしてますネ?」

「手前は提灯おばけですよ!」

「オー? ちんちんおばけ?」

「“ちょうちん”ですよ! 知りません? 提灯」

「知らないデース。教えてクダサーイ」

「提灯というのは、持ち運びのできる灯りですよ」

 提灯おばけはどこからともなく提灯を取り出しました。

「オウ、ジャパニーズランタン!」

 ミラカさんも負けじとランタンを取り出します。

「へえ、それがあなたの国の灯りなんですね? こじゃれてますねえ。でも、張り合うなら負けません! なんせこちらの灯りは“紙張り”ですからね! 紙なんで軽くて持ち歩きやすい!」

「オー。ナイスデザイン。このシマシマがイーデスネ!」

「この横縞はただの意匠じゃあ、ございません。使わない時は……ほら! こうして畳んでおけるのです!」

「ワーオ! ちんちん伸びたり縮んだりシマース!」

「だからちんちんじゃないですって!」


「あら、何がほたえてはるかと思たらお外からいらした方やないの」


「またナニか出て来たネー? ……ワオ! チキンが喋ってマース!」

 お次に現れたのは雌鶏の経立(ふったち)、お桂さんです。

「こーとな格好なさって。ミラカはんのお里ではそんなんが流行ってはりますのん?」

「コート? ノー。これは、忍の衣装デース。ワタクシ実は忍者デシタ! ニンニン! お命チョーダイ!」

「あっはっは! ……えろうすんまへん。それが忍者? 黒豚かと思たわ。外国の方の冗談はおもろいどすなあ」

「オウ、家畜に笑われてしまいマシタ……。ワタクシの国では豚はポピュラーな家畜デース」

「変化っていうもんは、こうやるもんどすえ」

 そう言うとお桂さんはぴょんと宙返りをなさいました。彼女の化けたのは黒い外灯に身を包んだ壮年の英国紳士。口元には牙が覗いております。

「アイムスタートレッド! ヴァンパイアデース! 良く調べてマース」

「ミラカはんは勉強が足らんのとちゃいます? 忍は人前に姿は見せへんよ。忍や言うなら、どろんと居のうなってもらわなあきまへんなあ」

「ワタクシも変化得意ネ! ヘンシーン!」

 ミラカさんも負けじと変化をなさいました。

「ジャーン! オニデース! 金棒付き! ブンブーン!」

 鬼に変化したミラカさんは金棒を振り回します。金棒の先が寺子屋に当たって建物を揺らします。

「……野蛮どすなあ。鬼やからて、怪力自慢ばかりやあらへんどす」

 お桂さんは今度は、着物を着て髪を振り乱した美しい女の姿に変身しました。しかし、顔はまさに般若のお面。わたくし、語り部ながらちびりそうになってしまいました。

「羅生門、茨木童子おす」

「オウ、なかなかやるデスネー。それじゃあ、こういうのはドウデスカー? ……ジャーン! ヤキトリ! どうだマイッタカー!」

「上手に化けなはるなあ。ええかざしてきそうな出来栄えどす。うちも食べ物に化けれへんこともあらへんけど、焼き鳥はちょっと遠慮したいどすなあ」

「エヘヘー。ワタクシの勝ちデース! 目玉焼きにもなれマース! チキンさんもポークステーキにでもヘンシンしますカー?」


「うちにはこれが精いっぱいどす」

 ミラカさんが勝ち誇って笑っていると、お桂さんはもう一度宙返りをしました。


「ガッデム! ニンニク! 死妖鬼はソレ苦手デース。でも、正体がニワトリさんなの分かってるから平気デー……ウヴォェ!!」

「どや? 形は単純でも、においまで化けるのはえらいもんでしょう? その位で胸張られたらかなんやわあ」

「ゲロゲロ。……マイリマシタ。カエルもペッチャンコ、胸もペッチャンコネー……」

「あはは。ご名家の方や聞いとりましたからどんなもんかと思うたら、とんだとんちんかんやこと」

「ちんちんかん?」

「とんちんかん。頭が足りてない言うことどす」

「鳥頭に言われたくないデース」

「負けても口の減らん子やわ。ヒヨコみたいな髪色してはる癖に。……うちは経立のお桂どす。お里に逃げ帰ったら広めておくれやす」

「おっ勃ちの陰茎?」

「経立! あんた、いい加減にしよし。経立言うもんは、元は普通の動物どす。長う生きて腕前一本で妖怪変化になった苦労人どす。変化と名前に誇りがありますさかい、あんたみたいに親の七光でいちびってる阿呆とはちゃいます」

「ミラカちびってまセーン。垂れ流しはニワトリの方ネ? アスホールガバガバデース」

「分からん振りして馬鹿にしてはりますやろ? うちかて英語くらい分るんどすえ!」

「ワタクシも京都弁くらい分るドスエ。ちょっとヘンシンが上手だからって、いちびってるのはお桂さんの方じゃないドスカー? 経立いちびりのファッキンビッチでありんす!」

「京の女はありんすとは言いまへん! お里の恥やと思うことなんてしとりませんさかい。うちには都の食を支えてきた京の採卵鶏の誇りがおます。ぽこぽこ増えるだけのアイルランドの豚と同じにしてもろたら困りますわ」

「ウーン? なにやらコケコケうるさいデスネー? このくらいで怒るなんてケツの穴が小さいデスネー? 広げたりすぼめたり忙しーデス。ソッチコソ祖国の誇る養豚文化を馬鹿にしてもらったら困りマスヨー!」

「はて、ぶひぶひうるさいどすなあ! そちらはんは鼻の穴を大きゅうしはったり小そうしはったり、ほんまに子豚みたい。かんこくさい子どすなあ!」

「うんこくさいのはそっちネ! ブタは綺麗好きデース! あっ、お桂はん? 卵になんか茶色いのがくっついてマースネ? ……うわくっさ! これは何カナー?」

 お桂さんは痛い所を突かれたらしく、ぶるぶると震えはじめました。

「フフーン。言い返せなくなったみたいデスネー! ワタクシこう見えても日本語自信アリマース! 畜生あがりの妖怪よりは上手デース!」

「え、えずくろしい子どす……」

「ン~? スタンダードイングリッシュプリーズ、アイドントアンダースタ~ン? 日本語分からないフリして馬鹿にするのは愉快デース!」


「あんたらいい加減にし!」


「ウォウ! でっかい声。……オー、オバチャン」

「おばちゃんは黙っといておくれやす。これはうちらふたりの問題やさかい」

「そんなん言うても中まで丸聞こえやで」

 おばちゃんが寺子屋の入り口を指さしますと、その先にはたくさんの野次馬妖怪が。


「なんだなんだ? 何の騒ぎだい?」

「おい、見て見ろよ。焼き鳥と大蒜(おおびる)(にんにく)が喧嘩してらあ」


「おっとっと、ヘンシンしたままだったの忘れてましたネ」

 焼き鳥が宙がえりをすると元の可愛らしい女の子に戻ります。


「おー、焼き鳥が器量よしに化けたよ」

「ありゃあ、異国の娘さんか! 大したもんだなあ」

「するってえと、あっちの大蒜は何が化けてんだ?」


「フッフーン。なかなかウケが良いデスネ。ワタクシ、祖国から死妖鬼の凄さ伝えるためにキマシタ。ヘンシンより、本当の自分がいちばんネー。……オヤ? どーしました? ニンニクさん。元に戻らないのデースカー?」


「く、口惜しや!」

 変化に自信のあるお桂さんでございますが、ここで元のニワトリに戻ったところで、大して自慢になりはしません。彼女はにんにくに化けたままごろごろと転がって逃げて行ってしまいました。


「おとといきやがれデース! ワッハッハ!」

「あんた、ミラカちゃんやったんか」

「ソウデース。ありのままの自分を出せたと思いマース。これでばっちりデース」

「ばっちりやあらへんやろ。途中からみんな聞いとったんやで」

「え……?」


 ミラカさんが見回してみますと……。

「それにしても死妖鬼ってのはずいぶんとお下劣な物言いをするんだねえ」

「お姫様みたいな別嬪さんなのになあ」

「下品だよ。死妖鬼でなくって屎尿姫(しにょうき)じゃねえか」

「血を吸うのが生業だって聞いてたが、あれじゃアブどころか蠅だねえ」


「オー!! 違いマース!! ジョーク!! 冗談、嘘ですヨー! ワタクシ、お下品な事言わないデース」

「いまさら取り繕っても遅いで。嘘つきは閻魔様に舌引っこ抜かれるんやで」

「オーノー! おばちゃん何とかしてクダサーイ」

「あかんな。ミラカちゃんは調子に乗り過ぎや。見てみ、寺子屋の壁も壊して。……ちょっとお灸を据えたらなあかんな」

「ノーノー。ミラカ、イイ子デスヨー」

「なまはげさん、ここに悪い子が居るで」


「悪い子はいねがー!」


「ギャア! なまはげ!」

「悪い子は舌引っこ抜くべ!」

「ガッデム! なまはげが何でペンチ持ってるデスカ!? 神様助けてクダサーイ!」


 ……と言うことで鬼や畜生のふりをした娘さんは、あとでこってりと絞られたそうでございます。みな様も、人を化かし過ぎるのにはご用心を!


# # # #

 # # # #

※注釈

ほたえてる……ふざけて騒いでる

かざしてくる……香ってくる

かなん……かなわない、困る

かんこくさい子……鼻が上を向いて可愛らしい子

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