14-死妖鬼(2/4)
さて、寺子屋の広い座敷を使って開かれた西洋妖怪ミラカさんの歓迎会。
座敷に入りきらないくらいに妖怪たちがたっぷりと押しかけてまいりました。
海外の珍しい妖怪見たさに、普段は寺子屋にあまり顔を出さない者も寄ってまいります。中には、おいしい料理が振る舞われるからとか。単にどんちゃん騒ぎしたいだけの者もありますが……。
「さあさあ、客人さん見ておくんなさい! 日本の誇る妖怪の生業を! 最初に出でたるは一見、普通の女! ところがどっこい、わたくしの三味線の音に合わせて彼女の首の根が伸びたり縮んだりいたします! はい! ちゃんかちゃんか……」
「伸びます、伸びます。ろくろ首でございます。ミラカさん、驚いた?」
「ワー。驚きマシタ。恐ろしいですネー」
「うふ。素敵な西洋のお嬢さん。驚き方もお淑やかね」
「……先に伸びるって言われてから伸びても、アンマリ驚かないヨー」
「二番手さんはこちら。これまた一見、何の変哲もない若者、徳次郎でございます。徳次郎はいい歳をした男ながら、非常に恥ずかしがり屋でございます。ご覧ください。みな様方の前に出でておきながらも顔を伏せておりますね。さあさあ、ミラカさん。徳次郎の名前を呼んで顔をこちらに向けさせてやってください!」
「呼ぶのデスカ? ……トクジロウサーン」
「はーい」
「ワオ。顔がアリマセーン。ノッペラボーデスネ! 凄いデース! ……顔隠してたら顔がどうかしてるって想像つきますケド……」
「顔がないだけじゃないよ! 顔だけ他人に化けるのが得意でござい! 褒められたのなら見せないわけにはいかないね。……はい、ひょっとこ! はい、おかめ! はい、般若だよ!」
「顔だけ化けても偉くねえよ!」
「引っ込めー!」
「外野がうるさいね? なに? 稽古してるからこの位は当然だ? まね上手は稽古しなくても上手なもんよ。……はい! ミラカちゃんとそっくりの顔!」
「……ガッデ! じゃなくて……ナンテコト! 凄いデース! ……そっくりだけど、髪型がチョンマゲ……」
「髷結った頭で娘さんに化けてるんじゃねえ!」
「調子に乗んな!」
「ノー! ミナサン怒らないでクダサイ。ワタクシノッペラボーさん面白くて良いと思いマース」
「ミラカちゃん優しいね!」
「わーわー!」
「……疲れるネー」
「続きまして三番手はこちら。寺子屋で学ぶのは何も妖怪だけではございません。こちら、世界に名だたる食物の神、稲荷神。その狐の使いが筆頭、伏見稲荷神社のひとり娘にございます。……ありゃ? 出てこない。ちょっとー……けえねちゃーん。出番だよ。世界に“ぴいあある”するんでしょ? ……床板に穴は掘れないよ。みてごー、西洋妖怪さん待っとるよ。ほら早う。……もー、柱にかじり付くなんてあずないこと。……こら逃げるな! ……待てこの、くそぼっこ!」
「神様の娘さん出てきマセンネー?」
「……やあやあ、初めまして。べっぴんなお嬢ちゃん。小判の様な髪と海の様な瞳がとっても粋だねえ」
「オー? アナタが神様の娘さんデスカー?」
「俺は河童の寅次郎。へへ、寅さんって呼んでくれ。この辺りの川を仕切ってるからね、神様と言えば川の神様かもしれないな」
「虎さん? 狐さんじゃないデスカ?」
「狐じゃないよ、河童だよ。似てるというなら亀だね。水かきと甲羅が一緒。だけどごらん、俺の頭にゃお皿があるんだ。つるつるしてるだろう? 鶴と亀で縁起がいいね。縁起物と言えば、うちの近所で美味い鯉が獲れるとこがあんだ。あの辺りは紅葉が綺麗でねえ。どうだい? 俺と一緒に恋を……おや、もみじ? こんなところに?」
「寅次郎や。先にわらわを口説いたかと思えば、もう他の女にちょっかいを掛けておるのか。知っておるか、仏教には五戒というものがあって、浮気は……」
「げえ、白蓮。……へへ、こんなやかましいところにゃ、来ねえと思ってたぜ」
「お主が寺子屋に顔を出せと言ったのだろう。お主が言い寄って来たのは本気にはしとらんかったが、こうも早く鞍替えとはまったく気分が悪い。……よう、そちが西洋から来たという妖怪死妖鬼か。わらわは尼天狗の白蓮じゃ」
「オウ、テング知ってマース……お鼻が長くないデスネ? お顔も白いネ?」
「尼天狗だからな。ただの天狗なら男じゃ。女と言えども日本を代表する妖怪の天狗、妖術幻術の類では男なんぞに引けをとらんぞ。西洋を代表する妖怪と縁を持てるというのも鼻が高い。女同士、仲良くしようぞ」
「ヨロシクの握手デース。ワタクシも有名なテングさんと知り合えて鼻高々デス」
「どうじゃ、ここはひとつ、手を結んだついでにこの寺子屋界隈の支配に乗り出してみんか? そなた、日本では少々面妖に映る容姿をしておるが、見ようによっては相当の器量良しとも言える。わらわと合わせふたりの美貌もってすれば、間抜けな男どもを征服するのも容易かろうぞ」
「おいおい、白蓮。ミラカちゃんをつまらない事に引っ張り込んじゃいけねえよ。彼女はお里から死妖鬼の凄さってもんを伝えに来たんだぜ? 鬼だよ。鬼。末は地獄のお代官に決まってら。寺子屋なんてちいせえこといっちゃいけないぜ」
「つまらん事とはなんだ。つまらんのは男の方だ。偶然男に生まれ付いたというだけで現世でも幽世でも幅を利かせておって。絵巻で見たことがあるが、獄卒も閻魔も男じゃった。ミラカも地獄でやってゆくなら、男どもに負けんように今のうちから……」
「オウ、ゴートゥヘルはカンベンネ。……オニの話はジョークネ。忘れてクダサーイ」
「勝ち負けなんかにこだわるから疎まれるんじゃねえか。おめえは尼で女なんだからもっとこう、一歩下がってお淑やかにできねえもんかね?」
「尼はともかく、女なんだからとはなんじゃ。貴様は都合の良い時だけ女を持ち上げて……」
「オウ、トラブルサム……この人たちめんどっちーネ。……ヨシ、今のうちにあっちにエスケープシマショー」
「はあ、マッタク息が詰まりマース。死妖鬼なんて言わずにヴァンパイアでいけば良かったネー。ニッポンのオニのイメージ、見落としてたのはミステイクネ……」
「おう、ミラカ。見せもんが済んだんなら、こっちに来て飯食えよ」
「オーヤさん。すぐ行きマース」
「お肉が煮えて固くなってまうで。はよおあがり」
「オバチャン、これは何ですか?」
「これは鹿鍋やで」
「鹿なんて言うもんじゃないよ。もみじ鍋だ、もみじ鍋」
日本では仏教が広く布教しており、古くから食肉が禁じられておりました。
それでもやはり食べたいもの、あるいは食べなくては生きてゆかれないもので、符丁という合言葉のようなもので呼ばれておりました。
猪肉ならぼたん、馬肉はさくら、鹿肉はもみじといった風に植物に例えることが多かったようですね。
「トマトがあらへんからな。ちょっとでも血っぽいものがええかと思って、お肉用意したんよ。こっちの時代は肉も大っぴらに食べられへんみたいでめんどくさいわ。鳥はええらしいけど、鶏肉じゃなんかこう、“肉”って感じがせえへんからなあ」
「お肉ありがたいデース。やっぱりお肉食べないとパワーでないデスカラネー……」
「あんま元気なさそうやったもんな。お肉よそいだるな」
「サンクス。ミナサン、パワフル過ぎますネー。ワタクシ、ついて行ける自信無いデース」
「せやろか? 昨日、結構飛ばしとらんかった? 私らと居る時みたいにリラックスしてのびのびやったらええのに。人参も食べや。赤いで」
「これも、もみじの形に切ってあって粋だねえ」
「おう、“イキ”! ……でも、そうもイキマセーン。ワタクシ、祖国代表でニッポンにキマシタ。国の顔に泥を塗るようなことできまセン」
「眉間にしわ寄せて……考えすぎとちゃうか。ミラカちゃんはミラカちゃんやろ」
「ワタクシ、故郷でもヴァンパイアにしてはちょっとキャラが軽い言われてマース」
「おもろいからええと思うけどなあ」
「ヴァンパイアのイメージは、普段は紳士淑女でチョットだけアヤシー……ミステリアスなイメージデスから。ワタクシ素のままじゃダメネー」
「はあ、それで元気無かったんか」
「その通りデース。肩凝ってしょうがないデース」
「そんな小さい事を気にする奴はいねえと思うがな。っていうかおめえ、すでに鬼で誤解されてるじゃねえか」
「ソーでした。今さら、テーセーするのもめんどっちーデス」
「嘘ついたら地獄の閻魔様に舌抜かれるんやで」
「オウ! デビルでもしない! ニッポンのヘル、オソロシヤ。血の池は良いケド、お喋りできなくなるのはツラいデース」
「せやろ? だったらもっと正直にいかなあかんな。私だって、他所の時代から来たけど、別に繕ってないしなあ。それでも嫌われとらんし」
「そうだぜ。日本は八百万の神が住むといってな、神も妖怪も千差万別。人間だって十人十色で同じことよ。死妖鬼だろうがヴァンパイアだろうが、各々で違って悪いはずがねえよ。もっとこう、ばーっとおっぴろげていきゃあいいんだよ」
「なんややらしい言いかたやけど、爺ちゃんの言う通りやで。もっと素直にやったらええねん」
「オー……おふたりがそういうなら、ワタクシ、頑張ってみマース……」
「暗い顔しとったら別嬪が台無しやで」
「中々難しいデスヨー。日本の妖怪さんたち、分からない事だらけネー」
「自己紹介とかはせんかったん?」
「したんですケドネー。みなさん、お家や生業のことばかりで、プライベートなこと言わなかったネー」
「大体、そういうもんちゃうん? 始めから個人的な事まで言うのは何か気恥ずかしいわ」
「ノー。それちょっとニッポンヘン。好き嫌いだとか、普段何して過ごしてるとか紹介するものネー。家柄血筋は後回しデース」
「確かになあ。でもそれやったらミラカちゃんも、お家とかお国とか言うとったらあかんやろー」
「オウ。オナジアナノムジナ! ……オーケー。ワタクシも個人アピールしてくるネ!」
「せやな。お鍋食べたら誰かと絡んでき」
「はは、ちいとばかし心配だけどな」
「爺ちゃん余計な事言わんとき」
「オバチャン、見ていてくれまセンカ?」
「別にええけど……」
――ガッチャーン!
「わあ、お菊ちゃんがお皿ひっくり返したぞ!」
「ああ、私手伝いに行かなあかんわ。……まあ、やり過ぎへんようにだけ気付けや」
「オウ、ショウガナイデス。……サンクス、オバチャン。ワタクシ、頑張ってみマース!」
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