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13-死妖鬼(1/4)

「はあ、参っちゃいマスネ、ホント。このヘッジスクールに居る方々は田舎者ばかり。そんなにワタクシが珍しいのカシラ。……今日はクエスチョン。ずっと質問攻めネ。肩が凝っちゃっいマシタ。ダケド、代表して来ているのだから、祖国の恥になるようなことはしないように気を付けなくっチャ……」


 みな様、はうあーゆう! マメダでございます。

 江戸や大坂、北は蝦夷、南は琉球など、妖怪たちには様々な出身や故郷、あるいは発祥がございます。わたくし自身は幽世(かくりよ)生まれではございますが、祖先の生まれ、発祥は讃岐でございますね。みな様方のところで言う香川県の辺りになります。

 さて、その中でも特に珍しいものがございまして、ここ最近、妖怪寺子屋界隈では日本の外から来た妖怪の話題で持ちきりになっております。

 海の向こうのそのまた向こう、日本とはまったく違った文化と生活様式を持った国、そちらの名門妖怪の娘さんが留学なさりにいらっしゃりました。

 やれ珍しいやら、やれ面白いやらで寺子屋の教え子衆は彼女のことを追い回す始末で、彼女はすっかりくたびれているご様子。

 いやはや、恥ずかしながらわたくしも彼女のことに興味津々で……。

 本日はそんな彼女のお話をさせていただきます。


「ようよう、おばちゃん。知ってるかい?」

「なんやの、爺ちゃん」

「寺子屋によ、西洋妖怪が来たんだ」

「西洋妖怪?」

「そうよ。何て言ったかな。えーっと……そうそう、何とかの国の何とかって妖怪が何とかを広めに来たとか、学びに来たんだとか」

「えらいふわふわした話やな。どんな子なん? 遠くから来たってことは長屋借りてる? 私、会ったことないわ」

「今朝来たところだからね。見た目はたいがい人間の娘っ子みたいなんだがね、長く垂らした髪の毛がね、小判みたいに金ぴかなのよ。色白でね、不思議なことに目ん玉が日本晴れの空みたいに真っ青なのさ」

「へえ」

「おっ、さすがおばちゃんだ。思ったより驚かないね?」

「私の時代やと外人さんもそんな珍しないしな。テレビやと毎日見てたし。私、洋ドラとか洋画好きやねんな」

「どら焼きに羊羹?」

「洋ドラと洋画。ええから。それでどんな格好してはるん?」

「おう、それでね、着物もね、こう、なんというかね……ふわふわーっとしてて……ふわふわしてるわけよ。まるでふわふわの国からふわふわを広めに来た……」

「なんやのそれ。どこに住んではるん? 挨拶しときたいわ」

「長屋じゃねえんだ。昼過ぎだし寺子屋も仕舞いだ、もうじき帰ってくるんじゃねえかな」

「帰ってくるって……えっ、ここに住むん? 言うといてくれな困るわ」

「悪いね。おばちゃん朝が早かったからね、ちょうど入れ違いになってたんだよ。……おっ帰って来たみたいだぞ」


「ハーイ。オーヤさん。ただいま帰りマシタ……」

「おう、おかえりミラカ。どうだったい? 寺子屋は」

「こちらのヘッジスクールは少々、賑やかすぎマス。ホント、色んな方がいらっしゃりマスね……」

「はは。すっかりくたびれちまってるな」

「ここへ帰るのも一苦労デシタ……」

「はあー、お人形さんみたいやな。ものごっつ別嬪さんや」

「ワッツ!? オーヤさん、こちらの方はドチラ様でございますの? 紫パープルの妖怪デスネー?」

「紹介するね。この紫の方はね、妖怪じゃねえんだ。俺の手伝いで長屋の世話をしてる“おばちゃん”だ」

「おばちゃんやで。妖怪ちゃうで」

「オウ、オバチャン。……ワタクシ、アイルランドから来たミラカです。しばらくの間ここでお世話になりマス」

「丁寧なお辞儀、それに流暢な日本語やねえ。関西弁で訛ってる分、私の方が分かりづらいくらいやわ」

「ニッポンの言葉、本と映画で学習シマシタ。ニホンゴ楽しいデス」

「……ん? 映画? ヨーロッパやとこの時代に映画ってもうあったんやろか?」

「よし、おばちゃん。早速お昼にしようや」

「ええけど、あるもんでしか用意できへんで。ミラカちゃんの口に合うかどうかちょっと自信ないわ」

「オウ、日本食興味深いデスネー! ワタクシ、楽しみデース!」


 この頃の一般的な食事といえば、一汁一菜にたくさんのごはん。汁はみそ汁で、菜は煮物やおひたしが主でした。他にときおり焼き魚などがつくこともありましたが、これは少々贅沢。お米は江戸では白米が好まれていた様です。

「ごめんな。用意するのちょっと時間掛かってしもたわ。おばちゃん、七輪で魚焼くのまだ慣れへんのよ」

 おばちゃんがお膳を運んでまいります。

 お膳の上にはごはんと、豆腐と油揚げの味噌汁、大豆と人参の煮つけ。

「おっ、今日はサンマかい。いいね。今が旬だ」

「ミケさんが持って来てくれはったんよ。なんや最近尻尾が二又になったとかで、現世(うつしよ)で一仕事して来たらしいわ」

「おっあいつもとうとう猫又になったか。今度祝いの品でも何か持っていくかね」

「あー、それな、来んでええって。彼、爺ちゃんのこと嫌いや言うとったわ。めんどくさいって」

「……ええ。そういうのは内密にしといてくれよ」

「いや、伝えといてくれって言われたんよ」

「とほほ。どおりでいつもつれないわけだ。まったく、孝行の足りない店子だね。……まあ、サンマでちゃらにしとこう」

「オバチャーン、このしわしわのレッドなんデスカー?」

「ふふ。それはね。梅干しやで!」

「ウメボーシ! オウ、これにチャレンジする日がくるとは……」

「お米と一緒に食べや」

「このテンコモリホワイトマウンテンがライス、デースカ」

「せやで」

「ガッデム。食べきれるカシラ……オウ! スッパイ!」

「大丈夫?」

「ダイジョウブデース。ワタクシ、臭いの強いものだけエヌジー」

「納豆とかはアカンやろな」

「オウ、納豆……。それは遠慮シマス……。ソイビーンズをあんなにヤバくするなんてニッポン人恐ろしいネー……」

「大豆といえば、今日の飯は殆ど大豆じゃねえか。煮物も豆だろう、みそ汁の味噌も豆だし、豆腐だって豆だし、油揚げもそうだろう」

「煮物も醤油使っとるしな」

「オウ! ナンテコト! 大豆の国ニッポーン!」


「ところでおばちゃん、達者だねえ。俺はミラカが言ってることが半分も分からないね」

「単語が英語交じりやからなあ。アイルランドも英語やねんな」

「アイルランド語もアリマス、でも田舎の人しか使いませんネー」

「へえ。ところで、ミラカちゃんは何の妖怪なん?」

「フフ、よくぞ聞いてくれマシタ! ワタクシ、死妖鬼(しようき)でゴザイマース!」

「しようき? 何だいそりゃ?」

「ワタクシ、漢字カケマース。練習シマシタ!」

 そう言うとミラカさんは紙と筆で器用に書いて見せました。

「へえ、達筆だね。なかなか不吉で風情のある字面だ。ミラカちゃんは鬼の一種なのかい」

「ソウデース」

「へえ。鬼にしちゃあ別嬪だし、角も生えてないね」

「照れマス。ニッポンのオニは、虎のパンツに、カナボーに、オバチャンみたいな頭!」

「指さしなや。失礼な子やな。……まあ、ええけど。具体的には何しはるん?」

「オニデスから、地獄で悪人を懲らしめマース!」

「はは! そりゃいい。死妖鬼だけに、お仕置き(おしようき)ってか!」

「爺ちゃん寒っ。やっぱり地獄もほんまにあるねんなあ。血の池に針の山、おお怖」

「日本の地獄には血の池があるデスか? それじゃ天国デース」

「なんでや? 気色悪いやろ」

「ワタクシたち死妖鬼は人間の血を吸いマース。それにヘンシンも得意デース」

「ああ。吸血鬼か。ヴァンパイアのことなんか」

「変化はともかく、血を吸うってのは蚊かアブみてえだな……」

「吸血鬼ノー! そんな田舎臭い呼び方やめてクダサイ。ワタクシ死妖鬼デス。ニッポンの人に英語難しいと思ったから、新しい呼び方考えマシタ……。ニッポンに“死妖鬼”広めマース」

「多分、あんま広まらんやろな……。しかし、ヴァンパイア言うてもあんまり人間と変わらんよなあ」

百々爺(ももんじい)の俺だって妖怪だよ? あんまり変わらねえのは珍しいもんじゃねえよ」

「そういや、爺ちゃんも妖怪やったな。なんかただの人間の大家さんにしか見えんわ……」

「ワタクシはちょっと人間と違いマース。見てクダサーイ」

 そう言うとミラカさんはくるりと後ろを向きました。背中から何やらコウモリの羽みたいなものを生やしております。

「なんや、可愛らしい羽ついてんなあ。これで空飛べるん?」

「ノー。飛べマセーン。服にくっ付いた飾りですカラ」

「身体の特徴じゃねえじゃねえか!」

「ヘヘヘ。ワタクシもほとんど人間と同じネー。強いて言うならキバがスコーシ長いのと、耳の先がスコーシだけ尖ってるくらいネ!」

「あら、ほんまやな。それもちょっと可愛ええ気がするわ」

「ソーデショー? 死妖鬼はちょっと小悪魔的デース」

「悪魔。あれも地獄やっけ? せやったら、ヴァンパイアも鬼や悪魔なんやったら仕事で地獄に行くん?」

「あれはジョークデース。死妖鬼はオダブツしたら消えちゃいマス。地獄に仕事も特にないデス。十字架ダメなんで、天国も地獄も行けないデスネ。寺子屋のミナサンの質問にオニと答えたら、誤解されマシタ。訂正するのトラブルサム、めんどっちーデス」

「間違ったこと広まるで……」


「ニッポンの文化、祖国と違ってて、とっても面白いデース。今日早速、教えてもらいマシタ」

「へえ、何を教わったんだい?」

「悪人のこと教わりマシタ! 物まねシマース!」

 するとミラカさんは綱を引くような動きを始めます。

「ヨイデハナイカ、ヨイデハナイカ……アーレー! イケマセンワ、オダイカンサマ」

「ははは。現世にゃ、そういう奴が居るらしいが」

「でも、この悪人、許されるって聞きマシタ」

「何でだい? 神様仏様はちゃあんと見てるんだ。地獄行きに決まってらあ」

「“嫌よ嫌よも好きの内”って言いマース……。キムスメでもアルマイニー!」

「そりゃ、時と場合によるね。そういう下衆な男はやっぱり地獄行きだよ。たとえ人の世で見逃されたとしてもな」

「イージャナイノ、サキッチョダケネー。減ーるもんじゃナイシー」

「減らなくても駄目なもんは駄目。悪代官は地獄行き!」

「おー、ブッキョウも厳しいデス。ヘルもんじゃなくても地獄行きネ」

「誰が教えたんや。もうちょいましな事教えたりや……」


「死妖鬼も生娘の血を吸いマスネ」

「イケメンのヴァンパイアやったら、おばちゃんも吸ってもらいたいわ」

「おばちゃんは生娘じゃねえだろ。 ……だがまあ、分からなくもないね。綺麗な年増女になら、ちゅうちゅうと吸われても案外いい心地かもしれないね。こう、俺もちゅうちゅうと吸い返して……」

「きっしょ」

「オーヤさん、きしょいデス」

「手ひどく言われたね。……しかしミラカ。幽世には人間の生娘なんて居ないぜ。迷い込んで来ても極稀だ。おまえだって血を吸わない訳にはいかないんだろう? 普段は現世に出て生業をしてるのかい?」

「ワタクシたちはフツー人間界に住んでマスネ。妖怪の世界にはご挨拶だけデス。生娘の血が手に入らない時は、若い獣の肉やトメィトジュースで我慢シマス」

「はは、ほんまにトマトジュース飲むんや?」

「なんだい、そのトマトってのは?」

「トマト知らんの? そう言や、こっちじゃトマト見いへんな」

「オウ、トマトないデスか。ショックデース」

 トマトは江戸時代には日本には入ってきておりましたが、当時はまだ食用ではなく、観賞用の雑草として扱われていた様でございます。唐なすびなどと呼ばれていたようです。一方、唐茄子(とうなす)の方はカボチャですから、ややこしいですね。

「無いもんはしゃあないなあ。ミラカちゃん、食べられへんくても平気?」

「食べなくても死なないデスケド、やっぱり赤いものかお肉食べたいデスネ。……あ、オバチャンの料理はおいしかったデース」

「おおきに。ミラカちゃんはどのくらいの期間こっちに居るん?」

「決めてないデスネー。ワタクシ、異国のアンデッドのこと学んで、祖国の死妖鬼広めるためにキマシタ。目的コンプリートするまで帰れまセーン」

「長くなりそうやな。これからよろしくな、ミラカちゃん」

「オウ、ヨロシクお願いしマース。オバチャンは第二のオフクロデース」

「じゃあ、俺は第二の親父かい?」

「オーヤさんはきしょいデース」

「かあ! 変な言葉ばかり覚えちまってよう! お父さんは悲しいね!」

「ワタクシのパパはもっとハンサムでダンディでふさふさネー……」

「何を言ってんのか、なんとなく分かるのが悲しいね……」

「ミラカちゃんちょっとボケ入ってるし、前途多難やな」

「これだけ達者なら上手くやれるだろう? どうだい、寺子屋の子たちとはうまくやってけそうかい?」

「アー……」

 先ほどまでけらけらと冗談ばかり飛ばしていたミラカさんですが、急にしおれてしまいました。

「どうした? いじめられてるのかい?」

「それはないデース。むしろ逆というか」

「逆? 可愛がられてんの?」

「チョット違いマース。でもミナサン、良い方なので仲良くしたいデース」

「ふーん? なんや複雑そうやな」

「ウーン、心配デース」

「なあに、まだ初日だろう? ……よし! それなら、俺がひとつ手を打ってやるよ。座敷開きじゃねえが、歓迎の宴会でもするか!」

「オーマイゴッド! お座敷で打ち首デスカー?」

「首じゃねえ、手だ。大家の権限を見せてやるよ。寺子屋の連中を集めて景気よくやるぜ」


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