11-座敷童(1/2)
妖怪といっても、誰も彼もが決まって悪さをする訳ではございません。中には他人様の役に立つことを生業にしている妖怪もおります。
昔々、あるところに貧しい夫婦が居りました。
その年は酷い干ばつに見舞われてしまい、借り物の田んぼが干上がってしまったそうで、何とか山で食べ物を見つけて、それを食べて暮らしていました。
ある日、旦那さんの方が山に食べ物を探しに出掛けました。すると、何やら猫のような声が聞こえてきます。
食うに困っていた旦那さんは猫でもなんでも食べられればいいと声の方へ近づきます。
すると旦那さんはびっくり仰天。そこに居たのは猫ではなく、痩せた人間の子供だったのです。子供はおむすびが食べたいと弱々しい声で泣きます。きっと、干ばつの被害で食うに困った家の人が、口減らしに捨ててしまったのでしょう。
旦那さんの方もいつも食べるに困るような暮らしぶりでしたから、子供はありませんでした。
旦那さんは大変優しい方でしたから、子供のことがとても哀れになり、連れて帰って奥さんに事情を説明しました。
奥さんもそんな旦那さんの奥さんですから同じ気持ちになり、なけなしの最後のお米を炊いておむすびをこしらえてあげようとします。
しかし、とても悲しい事でございますが、子供はお米が炊き上がる前に息絶えてしまいました。
ふたりは子供を埋葬してやると、炊きあがったお米を自分たちで食べてしまわず、おむすびにしてお墓に供えてやりました。
それからというもの、不思議なことにふたりの暮らしぶりが少しづつ良くなってい参ります。
旦那さんが山で食べ物を拾うと余分に籠に入っていたり、奥さんの身体の具合が悪い時に洗濯や食事の支度を誰かが代わりに済ませておいてくれたり……。
まるでどこかに小さなお手伝いさんが居るようです。
ふたりはきっとあの時の子供が手伝いに来てくれてるのだろうと考えて、貧しくても欠かさずお墓におむすびをお供えするようになったそうです。
そのうち夫婦は暮らし向きが良くなり、さらには豊かな暮らしができるようになり、子宝にも恵まれ、末永く幸せに暮らしましたとさ。
「……というお話でいこうと思うんだ」
「設定かい! おばちゃんちょっと泣きかけたわ」
「良いでしょう?」
「せやな。せやけど、座敷童が自分の出自を語ることってあるん?」
「ないよ」
「ないよなあ。それに嘘はあかんで亀ちゃん」
「でもこの方が生業にも身が入るってものだよ」
「まあ、それやったらええんかな……」
百々爺さんの家の縁側でおしゃべりをしているのは、紫の着物を着てアジサイみたいな頭をしたおばちゃんと、座敷童の男の子、亀麿でございます。
「いいの、いいの。誰も損しないんだもの。ねえおばちゃん、お腹が空いた!」
「生業のお稽古はええのん?」
「そんなの後回しだよ。寺子屋で頭を使ったからね。腹が減ってはいくさはできぬだよ。お手伝いをしている途中で目を回したら大変だろう? 我慢しながらお手伝いをするのは面倒だよ」
「武士は食わねど高楊枝とも言うけどなあ。……ま、ええわ。おむすびこさえたるわ」
「あたい、おむすびより茶漬けがいい!」
「ええ。さっきの話はなんやったん」
「だっておむすびって指に米粒がついて面倒なんだもの。そこにきてお茶漬けは良いよ。噛まなくたって、するすると食べられるんだからね」
「ものぐさやなあ」
「良いじゃないの。握らなくていい分、おばちゃんも楽でしょう? あっ、さっそくお手伝いしちゃった!」
「ほんま調子ええなあ」
「おう、亀次郎。今日も来たのかい?」
「お爺ちゃん、亀次郎じゃないよ。亀麿」
「そうだったかな。まあいいや、今日もしっかり働いてくれ」
「良くないよ。名前を間違えられちゃあ、他の妖怪の仕業みたいじゃないの。そんなことじゃあ、この家は座敷童には逃げられちゃうね」
「そりゃ困る。ここはひとつお手柔らかに頼むぜ、亀麿ちゃん」
「ふふん。ためになったでしょう? 座敷童もきっと喜んでるよ」
「……うん? 座敷童って、おめえのことじゃないのかい?」
「何言ってるのさ、あたいは見習いだよ? 玄人の座敷童は別の子だよ」
「へえ。知らなかったな。姿を見たことがないな。俺にも見つからないたあ、子供の癖になかなかやるね」
「そりゃあね。出て行ったもの」
「ええ?! そりゃまたどうしてだい」
「だって、店子のみんなが店賃としてお手伝いをするし、最近はおばちゃんも居るだろう? それにあたいもお稽古がてらにここに来るようになったし。やることがないからね。お暇を出しておいたよ」
「てめえがか!」
「あっ、いけないんだあ。げんこつなんか振り上げて。おっかない家主は嫌いだよ。あたいも出て行こうかなあ」
「くう……」
「あら、どうしたん? 爺ちゃん、そんな怖い顔して」
「な、何でもねえよ……。おっ、茶漬けかい? いいね。ちょうど小腹が空いてたところだったんだ。涼しい縁側で食べるのも乙だね」
「ちゃうよ。これは亀ちゃんの分。爺ちゃんのは座敷にお膳置いたるわ」
「お、おう、そうか……じゃあ、こっちに持って来てくれよ。俺もこっちで食べたい」
「何で? 自分で持ってきいや。はい、亀ちゃんお茶漬け。お昼からお稽古頑張ろうな」
「ちぇっ、子供にばかり甘くしやがって」
「あっ、爺ちゃん。お漬物持ってくるの忘れてたわ。ついでに取ってきて」
「へいへい。俺は大家だぜ? まったく……これでようやく食べられる……って、おや? 箸がねえぞ」
「あっ、ごめん爺ちゃん。お箸出すの忘れとったわ。取ってきて」
「へいへい」
「お爺ちゃん、ちゃあんとあたいの分も持って来てね」
「これじゃあ、あべこべじゃねえか。……店子連中はいつもこんな気分なのかねえ。店賃とはいえ何だか申し訳ないような気がしてきたな。今度からもうちょっと気を遣ってやるかな……」
「せやで、人をこき使ったらあかんで」
「そうだよお爺ちゃん。遊んでばかりいたら駄目だよ」
「俺はそういう妖怪だからいいの。おめえこそ座敷童なのに手伝うどころか手伝わしてるじゃねえか」
「何言ってんだい。使われる店子さんたちの気分が分かったろう? お爺ちゃんに為になることをしてやったんだよ」
「口の達者な奴だ……」
大家と言えど、貧富を左右すると言われている座敷童には頭があがらないようで……。
「やっぱり縁側でかきこむ茶漬けはいいね」
「おばちゃん。香の物もよく漬かっていておいしいよ」
「そうか。そら良かったわ。こっちに来る前にテレビで見た変わったやつ漬けてみてんけどな」
「変わったやつ? そういやこのキュウリ、赤いような……」
「それ、スイカやねん」
「スイカ?」
「最近、江戸に入って来たって言うて、お雪さんが持ってきたんや」
「へえ。キュウリみたいで良いじゃねえか」
「私が思てたスイカと、ちょっとちゃうねんな。うちらの時代やと、スイカは甘いもんなんやけど。こっちでは砂糖かけて食べる言うてたわ」
「ほう?」
「これ皮の部分でな。ほんまは赤い方食べて、皮は捨ててしまうねん」
「そりゃ勿体ないことをしてるな」
「せやで。もったいないおばけがでるわ」
「じゃ、こっちは何だい? 黄色いね……ひょっとして唐茄子かい?」
「ナス? ちゃうで。カボチャやカボチャ」
「やっぱりカボチャかい? ほーん。おもしろいじゃねえか。てっきり唐茄子は甘味だから飯には合わないかと思ったが、これならしゃきしゃきとして乙だね。今度、一杯やる時にもだしてくれよ」
「暑かったから火を使いたくなかってんな。カボチャは煮るの時間掛かるし。それで漬けてみたんよ。……けっこう何を漬けてもいける気がするわ。爺ちゃんも今度なんか漬けてみいや」
「いやあ。遠慮するね。俺は食べるだけでいいよ」
「ものぐさは良くないよ、おじいちゃん」
「ものぐさなんかじゃねえよ。臭えのはぬか床の方だ。おばちゃんがせっせと混ぜて、俺がせっせと食べる。ふたりで役割分担。ナスとキュウリの夫婦漬けだ。ああ忙しいね」
「おじいちゃんは役に立たないなあ。どてかぼちゃにおたんこなすだ」
「なんだと!」
「きゃあ。げんこつは良くないよ」
「せやで。子供に手上げたらあかんわ」
「へいへい。ごめんなさいよ。すまねえな」
「それに、カボチャやナスに失礼やで。こんなおいしいぬか漬けになるのに」
「おばちゃんまで。ぬか漬けでもないのにしょっぱくなってきやがったぜ畜生っ」
百々爺さんは袖で顔を拭うと少し考えこみ、それから膝を打ちました。
「……よし分かった! それなら俺が今から、店子連中に親切を売ってきてやるよ」
「えっ? 爺ちゃんが?」
「あっはっは!」
「こら亀! 笑うんじゃねえ。ついでだ、大人の俺が本物の親切ってもんを見せてやるよ。おめえの稽古の手本になっていいだろ。ふたりともついてきやがれ!」
……という訳でございまして、なんとあのけちで妖怪使いの荒い百々爺さんが親切をなさるそうで。
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