1-おばちゃん
はい、どうもみな様初めまして。わたくし、豆だぬきの“マメダ”と申します。
豆だぬきといえばみな様ご存知かと思いますが、人をばかすのを生業にしており、変化の術に長けている妖怪一族でございます。
ところが、わたくしめは女でございます。狸の化け道具のひとつである立派なふぐりがございませんでして……おっとうが「たまの無い分男どもに化けで引けを取るだろう」と仰ったので、しゃべりの方も磨いて立派な豆だぬきを目指そうと思っております。
そういった次第で、稽古がてらにこの噺の『なれーしょん』を務めさせていただくことになりました。
みな様方にもわかりやすくお話できるよう、努めてまいりますので、是非ともよろしくお願いいたします。
しゃべりというものは、当然ひとりではできないものでございます。
今でこそみな様方が聴いてくださっていますが、普段わたくしがどこで軽口の腕を磨いているかと申しあげますと、ずばり“妖怪寺子屋”でございます。
寺子屋があるのは、みな様方のお住まいになる現世とは少々異なる不可思議の世界、幽世です。
見たところは現世とあまり変わらない様相で、方々に妖怪の一族の村や、鬼や天狗の修錬場などがございまして、そのほかの多くは山々や草原が広がり、獣の遊ぶ風景の見られるというのどかな土地です。あら、小鹿が遊んでますね。
のどかな里の中にございます妖怪寺子屋。現世で流行りになっている学問の学び舎の名を借りましたそこには、方々から新米妖怪が手習いにやってまいります。
寺子屋の傍には長屋のような形の寄宿舎がございまして、寺子屋に通う多くの妖怪は家や親元を離れてそちらで暮らしております。
ひとくちに妖怪といっても実に様々でございます。
雪女にろくろ首、猫又、狐にわたくし狸。のっぺら坊、一つ目小僧に唐傘おばけ、鬼火に河童に天邪鬼。一本だたらに手長足長……挙げていけば、きりがございません。
そんな寺子屋ですから、とても賑やかにやっておりますし、妖怪のすることですから不可思議な出来事も珍しくありません。
ところが、そんな妖怪たちもびっくりするような出来事が飛び込んできたのです!
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寺子屋と長屋の大家を務めていらっしゃる百々爺さんが、裏庭で葉っぱを除けていた時のことです。
「葉っぱ、葉っぱ、ほい。よくも毎日これだけ葉っぱを落とせるもんだ。俺の頭じゃあ、こんなに散ったらつるてんになってしまうよ。……これだけ落ち葉が集まれば焼き芋するには不足が無いね……どれ、ちょいと休憩がてらに芋でも……」
枯れ葉の山を背にしたところ、そこに強い風がびゅ~と吹いてきました。
「おいおい、嫌な風だ! せっかく集めた芋の……じゃなかった、せっかくの俺の仕事を邪魔して! さてはいたずら者のかまいたちの小僧どもだな! ひっぱたくぞ!」
なんて頭をヤカンみたいに真っ赤にして怒ります。普段でしたらそこで小僧の笑い声が聞こえてくるのですが、風も止んで辺りはしんとしてしまいます。
「なんだいまったく!」
地面を踏んづける大家さん。気を取り直して掃除をやり直そうとしたところ……。
「……なんなん!? なんやの!?」
声が聞こえたかと思うと……なんと、人影が空から降ってまいりました。
「ぎゃあ!」どしーん! 百々爺さんは人影の下敷きに。
「あいたあ! ……いや、そうでもないわ。何や知らんけど、クッションがあって助かったわあ。あんな高い所から落ちたら死んでまうわ」
空から降って来たのはなんと人間の女性。わたくしたちの幽世に人間が迷い込んでくることは珍しいことながら、ないことではございません。農民や町民、果ては御武家の方まで見かけることができます。
ですが、こちらの女性はどうもこれまで迷い込んできた方とは少々違うようで……。
「おい! どいてくれ! 早くどいてくれ!」
「あっ、クッションかと思ったらお爺さんやったわ! えらいすんませんな。お爺さんのお陰で命拾いしたわ。堪忍してなあ」
「なんだくっしょんって。やや、おまえは人間。てえことは、また迷い人だな」
「そら、人間やけども。私が鳥や犬に見えるんか?」
「豚になら見えないことも無い」
「なんやて!? 爺ちゃんそないな失礼な事、言うたらあかんわ。お年寄りは大事にせなあかんけど、さすがにしばくで」
「しばく? 妖怪百々爺に向かって大層な口を利くなあ、このおばちゃんは。ほら、早くどいてくれよ。このままじゃ俺は一反木綿になっちまうよ!」
「はいはい、分かりましたよ。どっこいしょ」
「はあ、生き返る。漬物の気分が分かった」
「それじゃまた、どっこいしょ」
「ぐえ! なんでまた乗っかるんだい!?」
「いやだって、あんたいったんどけって言わはったやん?」
「ばかやろう! 一反木綿だ! 木綿みたいにぺらぺらになっちゃちまうってことだよ!」
「あら、そういうこと。爺ちゃんはげてるから気付かんかったわ。そう言われたらちょっと変わった顔してはるな」
「はげ? ……ええ、驚いたね。なんだ重ねて失礼に!」
「外人さんなんやろ? おばちゃんが潰したからぺらぺらになったんやな」
「そっちのぺらぺらでもねえ! ぺっちゃんこ! 外人じゃなくて人外! おばちゃんいい加減にしてくれよ! だいたい、おばちゃんだって妙な髪色と着物じゃねえか!」
「あんたかて、時代劇みたいな恰好してるやん。江戸時代でもないのに」
「時代劇? なんだいそりゃあ? 江戸はこっちにはねえよ。ここは幽世だってんだ」
てんで話が合いません。こちらの女性、おばちゃんは大家の百々爺さんのおっしゃるとおり、アジサイのような紫の髪色と、これまたアジサイのようなふわふわした髪型をなさってます。着物もやっぱり紫ですとか、なにやらトラ猫の毛皮模様のものもお召しになって……。
「ああ、これ? 美容師さんにやってもろてん。この方が若く見えるって言わはるから。ええやろ?」
「生え抜きじゃねえのか、てえとおばちゃんは日本人か。口調からして大坂の出だな?」
「正解! 爺ちゃんよう見とんなあ。おばちゃん大阪から来たんよ。大阪言うても広いから色々あるけど。せやけど、こんなところ見たことあらへん。ここはどこですのん?」
「おうおう。人間のおばちゃん。何度も言わせるな。ここは俺たち“よ・う・か・い”が住む幽世ってんだ!」
「はあ」
「なんでえ。もっと驚いたらどうだい」
「お爺ちゃん、抜け出して来たらあかんよ。家族の方はどこやろか?」
「ぼけ老人じゃねえよ!」
「せやけど、爺ちゃん、どこをどう見てもただのお爺さんやで。妖怪やなんて言われてもなあ」
悲しいかな、おばちゃんのおっしゃるとおりでございます。
百々爺さんは確かに妖怪ではありますが、見てくれは人間のご老人と特に違いがございません。生業の方も、街でちょっとしたいたずらをするか、野原や辻で遊んで通行人を驚かせたり、悪くても病気にさせるくらいのものですから、目に見えた不可思議を操る妖怪ではないのです。
「ちぇっ、これは痛い所を突くなあ。……それならあんたの肝を潰すような恐ろしい妖怪を見せてやるよ! ついてこい!」
「ほーん、めっちゃ愉しみやわ」
ここは幽世、妖怪寺子屋の大家さんですから、妖怪の知り合いには事欠きません。大家さんは袖を捲っておばちゃんを案内しようとしますが……。
「あいててて!」
「あら、どないしはったの?」
「腰が! おばちゃんに乗っかられたときに腰を痛めちまったみてえだ!」
「大丈夫なん?」
「いてて……大丈夫じゃねえが、……おばちゃんの肝っ玉を潰さなきゃ気が済まねえ。とにかくついてこい!」
「はいはい。足元気い付けてな」
百々爺さんはほうきを杖に、その上おばちゃんに支えてもらいながら長屋の方へ向かっていきます。
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さてさて、大家さんたちが出発したのは長屋の裏手、出入り口のある表の方へとぐるっと大回りをして行きます。とはいえ、ここは妖怪たちの住まいですから、表へ行くまでにもちらほらと妖怪たちの姿が見えてまいります。
珍妙不可思議な彼らとすれ違う度におばちゃんはびっくり仰天。
「猫がおるわ。可愛ええなあ。私も生まれ変わったら猫になりたいわあ」
「おっ、そこに居るのは化け猫のミケさんじゃねえか。ちょいとここに居る人間のおばちゃんをばかしてやってくれよ」
大家さんが猫に声を掛けてみました。
……ですが化け猫とはいえ猫は猫。その気性は現世と変わりありません。ミケさんは顔をごしごしやって肉球をぺろぺろやったあと、ぷいと尻尾をふりふりどこかへ行ってしまいました。
「なんだい、大家が困ってるというのに人情のないやつだね」
「猫やから人情はないやろなあ。でも、悔しがることあらへんよ。爺ちゃん、私、驚いたで」
「今のどこに驚くくだりがあったってえんだ?」
「ミケさん、りっぱなたまたまがあったやん? オスの三毛猫はえらい珍しいんやで。初めてみたわあ」
「かあ! その驚きとはちょいと違う!」
お次に現れたのは着物を着て笠を被った小僧さん。彼はおばちゃんを見つけると、てくてくと近づいて手に持ったお盆を差し出しました。
「おばちゃん。豆腐おあがり」
「はあ、可愛らしいぼっちゃん。いまどき、食べ物を分ける子供なんてめったにおらへん。うちの近所では、おまけのシールだけ引っこ抜いてお菓子をゴミ箱に捨ててまう不届きながきんちょがおるんやで。食べへんなら誰かにあげたらええのになあ。食べ物を大切にするなんて感心なあ」
「お豆腐、おあがり」
「せやけどぼっちゃん。それは食べられへんわ」
「どうして?」
「箸があらへん。おばちゃん上品なつもりやないけど、さすがに手づかみで豆腐は食べられへんわあ。ごめんなあ」
断られた小僧さんは豆腐をしばし見つめた後、しょんぼりと肩を落として立ち去っていきました。彼は豆腐小僧という妖怪で、人に豆腐を勧めることを生業としております。次からはお箸もつけた方がよさそうですね。
「まったく地味な奴ばっかり現れやがって。もっと景気の良い妖怪はいないのかい?」
大家さんはかんかんです。さて、お次は……。
「ばあ!!」
らんらんと輝く一つ目に、破けた張り紙から飛び出した大きなべろ。みな様ご存じ、提灯おばけでございます。
「わっ、おでれえた!」
腰を抜かして尻もちを突く大家さん。
「てめえ! 俺を脅かしてどうするんだ! あいたたた!」
「そんな事言われても知りませんよ。手前、提灯おばけは通りかかる者なら誰でも驚かすのが生業ですもの」
べろべろ笑う提灯おばけ。
「はあ! 今度こそ驚いたわ。提灯がしゃべっとる。それに浮いとるな。糸で釣ってるわけやないの? ……あら、ちゃうわ。ほんまにおばけや。……せやけど、こんな真昼間に出てきても風情がないんちゃう?」
「これは手厳しい。紫のおかみさん。この辺りでは見かけませんが、その鋭いご指摘、先輩妖怪とお見受けいたしました。手前、もっと精進いたしますので、何とぞご鞭撻のほどを……」
「私は妖怪ちゃうよ。人間や」
「ひゃ、ひゃあ! 人間!? た、助けて!」
提灯おばけは大きな目をさらに大きくして、風に飛ばされたようにぴゅーっと逃げ去っていきます。これではあべこべです。
ですが、それも仕方のない話。ここは“妖怪寺子屋”。未熟者の妖怪が集まるところなのですから。
彼もおばけだというのに真昼間から驚かせに出かけるくらいには間が抜けてしまっておりました。人間のことも、まだ見慣れていなかったのですね。
「どっか行ってもうた。爺ちゃん、立てるか?」
「やあ、ありがたい。あ! いたた! だめだ。今ので完全に腰が」
大家の百々爺さん。見かけ通りにご高齢。おばちゃんの“どしーん!”に、提灯の“べろべろばー!”ですっかり腰を痛めてしまいました。
「困った。これじゃ仕事ができない」
「爺ちゃん仕事は何してはるん?」
「ああ。俺はここの妖怪寺子屋と長屋の大家だ。掃除だの修理だの、連中に晩飯を支度したりだの、やることがいろいろある」
「そら、えらい申しわけないことしたわあ。でも、私もそろそろ帰って晩御飯の支度せんと。……そうや。なんで私はここに居るんやろ? スーパーのセールに行こうとしてたはずなんやけど?」
「すーぱーのせーる? まあ、なんだ。さっきも言ったが、ここは妖怪の住む幽世ってところだ。どういうからくりかは妖怪大王さまもご存じないが、たまに現世の人間が迷い込んでくることがある。おばちゃんはどうもその類だな」
「はあ。そんなん困るわあ。帰られへんの?」
「妖怪大王さまが帰してくださる。だが、大王さまはお忙しい身分でいらっしゃるから、少しばかり時間が掛かるだろうね」
「そうかあ。じゃあ、それまでどないしてようかしら……」
「……そうだなあ。どうせ行く当てがないなら、俺の仕事を手伝っちゃくれないかい? おばちゃん、いい歳してそうだし、家のことはたいがいできるだろ? 俺はこのざまだし、大家の仕事といったら嫁さんがやることに毛が生えたようなもんだ。大王さまの手がすくまで、ここで働いたらいい。部屋も貸すし、おまんまも出すぜ」
「えらいおおきに。爺ちゃんが腰いわしたのも、私が半分悪いようなもんやし、是非やらせてもらうわ!」
……はい! ということで、このわたくしたちが住む幽世、妖怪寺子屋に現世から紫のおばちゃんがやってまいりました。
わたくしがこれから語るは、おばちゃんと妖怪たちとの奇妙奇天烈、“あっとほーむなすとーりー”にございます。
笑いあり、涙ありの、小咄の数々。
是非とも、最後までお付き合いくださいませ。
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