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Ascension  作者: 黒部雅美
15/17

15??

 寺院の静かな側廊を歩く。

 数人の僧侶達が何か言いたげに僕を止めようとしたが、それに構わず歩みを進める。

 誰も僕を止められない。当然だ、ぼくの半分は彼らの崇める神と同質なのだから。

 細い記憶の線を頼りに歩き続け、僕はようやく目的の扉を見つける。

 黒鉄の重厚な扉。取っ手は血汗で醜く錆びている。僕は扉を開け、中の暗い空間へと入る。

 そこはつい数日前、赤毛の女、クドウと共に訪れた「処理路」の部屋だった。部屋の様子はほぼ変わってない。ただ最近使用したのからか、血の匂いがまだ微かに漂っている。

 部屋の中央へと進み、鉄の蓋をこじ開ける。虚が合った。真っ暗な肉食動物の口、そんなイメージが沸きあがる。

 僕はその中、処理路へと降り立つ。

 大量の死体を押し流すためか、穴の直径は大きく、僕は余裕で立って歩くことが出来た。

 僕は瞳孔の大きさを調整し、十分な明度を確保しながら歩く。

 側面や床を特に入念に観察しながら、ゆったりと穴を進む。

 風の音だろうか? 女のすすり泣くような音が遥か遠くから聞こえる。

 温度は外の気温よりも随分高いようだった。何処から熱を吸収してるのか鉄の導管自体が温みを持ち、湿度も高いその空間は悪臭の深いさも相まって体感温度がかなり酷い事になっている。

 10分ほど歩くと、それは見つかった。導管の壁の一部が盛り上がってる。よく見ると小さなバルブが埋め込まれていた。隠し扉だと一目でわかる。

 バルブをゆっくりと廻すと、壁の一部が開き始め、細い石造りの通路が現れた。僕は銃を抜き、それを両手でしっかりを構えながら通路を進む。

 熱はより高くなり、臭いも濃く粘っこくなる。通路の終わりは見えない、ただただ長い。 変化の無い景色、延々と続く無の通路。

 それはまるで、話に聞くキョウゴクの人生のように思えた。

 何も持たずに産まれ、さらに全てを奪われた男の人生。この通路はそれを象徴してるようにも思えた。

 感傷的になっているのは自分と重ね合わせてるからだろうか? 昇華者になった後に何かを期待してこの街に戻り、多くを失い無になった。

 いや、多分それは僕だけの話じゃない。この街の住人、全員が無の中で生きている。生きる意味や価値を否定された、何も望めず何も願えない、ただ上位存在達に作り物の祈りを捧げる事しか認められない。

 誰も彼もが虚無の影の中、幽鬼のように彷徨っている。

 通路は終わり、開けた空間につながった。

 いくつかのストレッチャーが乱雑に放置されている。それぞれにはシーツに包まった人のような何かが乗せられていた。

 部屋の中央には一人の男が僕に背を向けるようにして立っていた。

「おかしいな、君がここに来るのはもう少し後のはずだったんだが……」

 男が振り返る。

 ずっと探していた、写真の男の顔がそこにあった。

 キョウゴクカズヒト

 脂ぎった黒髪、彫のはっきりとした面持ち。

「恐縮だが、どうやってここを探り当てたか教えてくれないかい、ディクロノーシスさん」

 僕はゆっくりと銃の照準を彼の頭部に合わせる。

「村上ビールの倉庫で剥離体を見ました」

「あぁ、なるほどね、それでか。寺院のクドウキョウコを使って剥離体を手に入れてると推測したのか。面白い」

 彼はニヤニヤと笑っている。とても楽しそうだ、この状況を心から歓迎してるように見えた。

「貴方を逮捕します」

「そんなくだらない事を言うためにわざわざここへ?」

「黙って膝を突いて両手を頭の後ろで組んでください」

 彼は膝を折らず、その場で手を頭の後ろに組む。

「確実に逮捕したいなら警察を連れて来たはずだ。だが違う、何故か、君は知りたいからだ」

 僕は何も答えず、銃の照準を彼の額に合わせ、引き金に指を掛ける。

「俺が作った物に興味があるんだろ?」

「人殺しの毒だ、知ってますよ」

「そんなのチャチな毒じゃない、そんなつまらない物じゃない事は君も察しているだろ。あれは……そうだな僕が守堂に勤めていたころから話すか――」

 キョウゴクは、まるで何かに取り付かれたかのように早口で喋り始めた。

「――俺達は五年前、守堂の機関で上位存在の組織に見られるある種の細胞、輸送体についての研究を行っていた。その輸送体は、通常ありえない構造でタンパク質が連結した奇妙な構造体であり、この細胞は上位相から何らかの物体を運ぶ、いわば門のような役割をしていると推測されていた。そんな細胞の分析を俺達は行っていた」

 上位存在オズリアックの表面組織における、熱流積分法によるチャネル状態の推定。彼が昔書いた論文のタイトルが僕の脳裏をよぎった。

「俺の担当していたパートは『染色』だった。その特殊な細胞に色素を沈着させ、観察を容易にすること。輸送体の持つタンパク質の結合に特異的な反応を示し、定着するような色素の開発だった。研究は順調に進んだ、だが最終段階になって予想外の出来事が起きた。俺の色素はただの沈着で終わらなかった、沈着した色素が細胞を変性させた、変性は連鎖的に広がり、最終的に組織全体が壊死してしまった」

 彼は瞳をギラギラと輝かせながら、熱狂した口調で言葉を並べる。策略や欺瞞の影は何一つ見えない、自分の物語を恍惚とした様でに語っている。

 何故だ? 何のために?

 どうして僕にこんな話を聞かせる?

「俺は殺したんだ、上位存在の剥離体を、決して殺せないと言われていた上位存在の細胞を死滅させた、人類の救済者たる上位存在を殺す技術を開発してしまったんだ。この事態を警察や守堂は重く見た、だから奴らは過激な手段に打って出た。研究メンバーの俺以外全員を『災厄に巻きこまれた』として処分し、俺の思考にも『上位存在や人への悪意を持たない』という制約を掛けた」

「……それで、復讐ですか」

 自分の研究仲間たちを殺し、自分の自由な思考までも奪った守堂と警察への復讐。それが今回の全ての真相か?

 上位存在を殺した毒をエサに人間至上主義者や守堂に取り入り、こっそり人殺しの毒を大量生産したのか?

「復讐? バカにしないでくれよ。俺はそんなくだらない事に入れ込んだりしない」

「くだらない……だと?」

「あぁそうだ、くだらない――」

 彼の声が大きくなった。そして僕に一歩近づく。

「――まさか、君は復讐のためにここに来たのか? あの守堂の、旧友の敵討ちだっていうのかい?」

 僕は銃のサイト越しに彼を睨みつける。

「バカな真似を、もう君はそんな感情を失ってるはずだ」

「動くな、そう言ったはずです」

 彼は構わず僕に近づく。

「どうして人の感情を持つ演技をしているんだ、なぜそんな下らない思考の制約を受けてるフリをするんだ」

 僕のこの瞳には殺意が宿っていないのだろうか?

 友人を殺された憎しみを、僕は持てているのだろうか?

 答えはもう、出てる。

「復讐が無価値ならば、なぜ貴方はこんな事をしてるのですか」

「確かめるためだよ――」

 彼の瞳には殉教者特有の恍惚とした光が浮かび上がっている。

 自分の意思を、使命を、行動を、確かな物と信じそれに殉ずる人間の色。

 僕とは、さぞ対照的な色をしているだろう。

「――言っただろ、俺は悪意を持てない。俺の行為は全て人類に対する奉仕でしかないんだ」

「嘘だ、それではあのカタヤマの最期の説明がつきません」

 カタヤマの最期、血反吐を吐き散らしながらもがき苦しんでいた。

 アレが奉仕だと?

「誰かがやらなくちゃいけない事だった。それを俺が引き受けただけだ」

「質問の答えになってません」

 彼はまた一歩近づく。

「俺だけができる事だ。俺がやらなければならないことだ。何も持たず思考の自由も持たない俺だけができる事、それは上位存在に『問い』を放つこと、純粋無垢な感情で問いを放つこと」

「止まれ」

「『問い』、上位存在は真に我々人間より高知能なのか、そして如何なる危機に見舞われても我々人間を庇護してくれるのか? 誰かがそれを確かめなければならない」

「止まれと言っている!」

 僕は思わず一歩後ずさった。背後のストレッチャーに背中が当たった。

 と、その瞬間、濃厚な人の気配を背に感じた。そして肩に鋭い痛み。

 振り返ると、ストレッチャーの上の毛布が立ち上がっていた。布の隙間からは細い右腕と人の頭部が覗いてる。

 右腕には注射器が握られ、それが僕の肩に突き立てられていた。顔は女の顔、赤毛の――

「――クドウか!」

 僕は力任せに振り払う。彼女の体がストレッチャーから落ちる。

 肩に突き刺さった注射器を抜く、中は空だ、全て体内に打ち込まれたか?

 僕は直ぐに銃を構え、キョウゴクに向けて発砲しようとする。

 だが、できなかった。

「俺は毒を改造した。上位存在だけじゃなく人間にも効く様に、人間と上位存在どちらの体も汚染できるようにね」

 力が入らない。

 僕は膝からその場に崩れるようにして倒れこむ。

「……キョウゴク……お前……ずっと、これを」

 視界が急激に狭くなる。

 そして、内臓が引きちぎられるような、強烈な痛みが胸の中で膨れ上がる。

「毒の性能を確かめたかった、半分上位存在半分人間の昇華者にも効果があるのか。そして、不死の特性を持つ者も殺せるのか。だからずっと人間至上主義者をつかって貴方の外傷への反応を調べていた。おかげで貴方が『予期せぬ攻撃には多少のダメージを受ける』という事に気づけた」

 僕は吐血する。

 ボタボタと大量の血が床を濡らす。血はゼリーのように硬く、赤黒い小山を形成した。

「こんな事を……なぜ……」

「確かめるんですよ。この毒を大量に撒いて人や上位存在や昇華者を虐殺する。上位存在はそれを防げるのか? そしてそんな事を試みた人間を赦すのか? それが『問い』だ。そして俺達は判断する、彼らの奴隷となってる今の人間の生き方が本当に正しいのかを、俺達は魂を失っていないのかを、確かめる」

 再び洪水が世界襲ったとき、その洪水が神をも飲み込む人災であったとき、ノアの箱舟には誰が乗り込むのか?

 神は人を救うのか? いや、そもそも神も逃げられるのか?

 試してる、神の力を、神の人間へ対する愛を。

「狂って……る」

「そうだよ、だから俺がやるんだ」

 背後で足音が鳴り響く。

 振り返ろうとしたが力が入らず、僕はつんのめるようにして前に崩れた。

 体中の組織の崩壊が進む、必死に再生させようとするが、破損していることを認識してくれない。再生力も急速に劣化していき、循環系の機能が故障し、次々と局所閉鎖が始まっていく。

 視界に数人の男が映った、顔に「毒」と描かれたレイヤーを装備し、全身を黒いマッスルスーツで覆っている。カタヤマを拉致した奴らか。

「お前達……が……」

 毒の男達は僕を一瞥するとキョウゴクに話しかける。

「どういう事だキョウゴク、コイツ生きてるぞ」

「即死量は打ち込んでない」

「何をやっているんだお前は」

「興味ないのか? 不死の死だぞ」

「抗体ができたらどうするつもりだ、上位存在が介入してくるかもしれんぞ」

「その時は、その時だ」

「気狂いが」

 毒男の一人が吐き捨てるように言った。

「お前達……が……キュレイターか」

 僕の言葉に、一瞬彼らが怯む。

「この死に損ない、そこまで知ってるのか」

 顔を強打される。

 僕の皮膚の一部が剥がれ落ち、抜けた歯が床に散らばる。

「さっさと殺すぞ、首を切断しろ」

 男の一人が僕の毛髪を掴む、だがそれらは全て抜け落ちボロボロと崩れる。

 ぬたぬたとした血が毛穴から漏れ、男の手を濡らした。

 クドウは楽しそうにその光景を見ている。

 キョウゴクは満足気にその様子を見ている。

 無から生まれた物達が、有を生み出す価値の権化である神々を推し量っているのだ。

 これほど皮肉な光景はない。

 男達がブレードを振り上げる。

 それぞれが僕の大動脈を狙っていた。

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