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Ascension  作者: 黒部雅美
14/17

14?

 地獄が広がっていた。

 灼熱によって溶けた大地、体の節々を痛めひっくり返り金切り声を上げる7本足の怪虫、そしてその風景の中心で蹲る全裸の僕。

 僕の背中には大きなカサブタのような物が張り付いていた。それが日光を浴びて鈍く光っている。

 そっとカサブタに手を触れてみる。それはパリパリと剥がれ、落ちていく。一部をはがして見る、赤茶けたその肉片には白い骨欠片と黒い体毛が溶けるようにして混ざっていた。

 それはオギワラだった。

 高熱で一瞬にして溶けきったオギワラの死体が、薄く僕の背中に張り付いていた。

 ゆっくりと立ち上がる。背中の死体がぱらぱらと剥がれ落ちていく。

 世界は歪んでいた。

 波打ったマーブル模様の地面が遠くまで続いている。建造物は全て消滅し虚無の風景が広がっている。

 僕は暫く佇んでいた。

 考えていたのは、オギワラの最期の言葉だった。

『身構えろディクロノーシス!』

 彼はそう言って僕を覆った。

 不死身の僕を、爆風から守ろうとした。

 奇妙な……話だ。

 バカみたいな話だ。

「無事だったか、ディクロノーシス様」

 どれくらい立っただろうか。

 気が付くと僕の背後に一人の男が立っていた。

 巨漢、全身を重厚な防護服で覆っているため強い圧迫感を感じる。

「どなたですか?」

「警視庁捜査4課のコガだ」

 巨漢の男はそう言うとポケットの中から名刺入れを取り出す。僕は右手を上げてそれを制止する。

「随分とダメージを負ったようだね。意識や記憶の方は大丈夫か?」

「大丈夫ですよ、核爆弾程度では僕の脳髄は焼けませんよ」

「正確には中性子爆弾だよ。まぁこんな話はどうでも良い、それよりも――」

 彼はそう言いながら手に持っていたメタルケースを降ろし、開く。

「――貴方がここ数日出入りしていた於臥の守堂だけど、先ほど強制捜査が実施された」

 メタルケースの中から衣類や食料などを取り出していく。

「捜査?」

「えぇ、人間至上主義者への協力加担、国家反逆罪その他もろもろの嫌疑。恐らく黒だよ」

「守堂が、人間至上主義者に加担した?」

 僕は衣類を受け取る、着ろという事だろう。とりあえず僕は背中の死体を丁寧に剥がしていく。

「キョウゴクがそそのかしたようだ『上位存在をも殺せる毒がある』と。それを聞いた於臥の守堂長ズシ達はある昇華者を殺そうとした、焼けた地平線から帰ってきた、上位者信仰を揺るがす邪魔な昇華者を」

 それはもちろん僕の事だ。

 あぁ、なるほど。と合点がいく。

 そんな話、聞いた覚えがある。

 僕が恨まれていること、僕が……

「安心してくれ、かならず彼らは処刑する。私達は貴方の味方だ」

 僕は服を着ながら考える。

 やつら、倉庫のテロリスト達は迷彩布なんて高価な装備を持っていた。

 罠と気づいていながら僕とオギワラという少数で敢えて乗り込ませた。

 クドウキョウコの父親はキョウゴクと人間至上主義者のつながりに気づいていたが、守堂に報告できなかった。

全ての理由は『守堂と人間至上主義者が組んでいたから』なるほど。

「キュレーターという組織について、知ってますか?」

 ズシは静かに笑った。

 まるで子供をたしなめる大人のような、棘の無い笑い声だった。

「もう結構だよディクロノーシス様。この件の捜査は私達に任せてくれ」

 貴方は早く焼けた地平線に帰ると良い。言外にそう伝えようとしてるように思えた。

「もう少しだけ、この件に関わりたいんですよ」

「キョウゴクを恨んでるのかい?」

 僕は答えない。というよりも、答えられない。

 自分の感情が、よく理解できない。

 そんな僕に男は優しい口調で諭す。

「友人であるオギワラを殺されたから……仇討ちのつもり?」

「まぁ、そういう考えもあるかもしれませんね」

「無意味なことは止したほうがいい」

 彼は僕に携帯食料を差し出す、僕はそれを断る。

「無意味?」

「オギワラが何も知らなかったとでも? 彼も貴方を殺そうとしていた」

「そういうのじゃないですよ」

 僕は立ち上がる。コガの方は見なかった。

「ディクロノーシス様、貴方は人間を逸脱して神の領域へと足を踏み入れた。早く人の世から離れた方が良い」

 僕は歩き出す。彼が追って来るが振り返らない。

 久しぶりに自分の心が波立つのを感じていた。

 怒っているのだろうか? 僕は一体何にこれほど心を動かされているのだろうか?

 かつての友人を殺されたこと?

 友人に裏切られていたこと?

 キョウゴクに勝てないから?

 何もわからない。僕の脳の大半を覆う上位存在の思考は、それらの意図を解さない。

 だからこそ僕は、自分の足で行く必要があった。自分に残った人間の残滓の願いを叶えてやりたいと思った。

 気が付くとコガの姿は消えていた。

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