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Ascension  作者: 黒部雅美
13/17

13?

 車が突然停止した。

「どうしました?」

「まずいな、人だ」

 僕は運転席に身を乗り出し、前方を見る。

 道路の中央に、誰か立っている。

 全身を白い法衣で身に包み、顔には亜鉛製と思われる法具仮面で覆ってる。

「避けられないんですか?」

「アイツの直ぐ後ろの倉庫見えるか?」

 オギワラが指差す方向を見る。

 見覚えのある苔むした廃墟が目に入った。

「……見えます、あれがひょっとして例の?」

「そうだ、チェレンコフ放射の確認された倉庫だ」

 そうこう話してる間に法衣の男が近づいてくる。

「くそ、どうする?」

「とりあえず様子を見ましょう、ホットワーカーの起動準備をお願いします」

「了解」

 オギワラが後部座席に移動させ、入れ替わるように僕は運転席に移動する。

 法衣の男はもう目の前に来てる。僕はこっそり持ち込んだ拳銃を右手に持ち、準備を整える。

 男の歩調はかなり速い、視線の動きも硬く、攻撃性があるように見えなくも無い。

 戦闘か? もうこの段で?

 白い男は運転席のドアの横に付くと、乱暴に窓を叩いた。

「おい、開けろ」

 とりあえず黙って従う。

 彼は開いた窓から半身を乗り出すと、僕と後部座席のオギワラを交互に眺めた。

「……どうした? エンストか?」

 回答に迷う。

 そんな僕の様子を見て、彼は仮面をずらして素顔を見せる。

「警戒するな、キョウゴクから全部話は聞いてる」

「話?」

「お前がオクダだろ?、後ろに居るのがオギワラだな。車が動かないなら早く降りて来い、守堂の連中に気づかれる」

 僕はオギワラの方を見る。彼も困惑の表情を浮かべてる。

 どういうことだ……この男は何を言ってる?

「はやくしろ!」

 僕は覚悟を決めると銃を座席の下に投げ捨て、車を降りる。

 少し遅れてオギワラも続く。

 仮面の男は足早に歩き出す、一刻も早くこの場を離れたいように見る。

「キョウゴクは僕らの事をなんて?」

 必死に彼の背中を追いかけながら、僕は彼の背中に質問を投げる。

「キュレーターの人間と聞いてるぞ、毒の最終確認に来たんだろ?」

 博物館学芸員( キュレーター)だと?

「毒」ってなんだ?

 僕の疑問を他所に彼は喋り続ける。

「現場は混乱してるぜ。先のトラックの一軒、作業員は今にも守堂や警察の連中が突入してくるんじゃないかって戦々恐々だ。それで今度はなんだ? 今更の人体実験に外部からの来賓? まったくこっちの身にもなってくれよ」

 彼の言う言葉の意味は判らない。それでも現状が思わしくないことに僕は気づき始める。

 キョウゴクは、僕らの来訪を予測していた。罠にかかるのが僕と「オギワラ」の二人だけだと正確に予想していたのだろう。どうやって?

「キョウゴクが今どこにいるか知ってるか?」

 僕の背後からオギワラが質問を飛ばす。

「知るかよ。だが、俺らも切り捨てられてないのなら明後日地下の三叉路で合流する予定だ」

 彼はそういうとくぐもった笑い声を仮面の下からもらす。

「どうしました?」

「いやなに、お互い疑心暗鬼で大変だなってな。お前も人間至上主義者の捨てられようにびびったんだろ? せいぜい俺達だけでも仲良くしようぜ、な」

 僕は彼の言葉に曖昧に頷く。

 話は何も見えてこない、ここは状況に流されるしかないだろう。

 確かなことは「僕らを仲間と勘違いしている」ことと「キョウゴクはここにはいない」こと。

 そうこうしている間に倉庫にたどり着いた。

 仮面の男が正面のシャッターを乱暴に叩く。

 シャッターが少しだけ開き、男が這うようにして中に入っていく。

 僕もそれに続く。

 中は完全な廃倉庫だった。

 壊れた醸造樽、廃棄された消毒散布機器、なにかが入ってたと思われるジェリ缶の山、アスファルトを破り地表から巨大な芋虫のように地表に突き出る上位存在の一部。

 絵に書いたようなボロボロの廃墟。

 だが直ぐにその風景に違和感を憶える。

 景色が……微かに波打っている。

「迷彩布か」

 後から来たオギワラがそう呟いた。

 仮面の男が倉庫の中へ進んでいく、そして何も無い虚空に手を掛ける。

 すると世界はパラリと捲れ、別の世界が一部覗いた。

「これは、また随分手の込んだ」

 倉庫の中にテントが張られているのだ。それはただのテントじゃない。迷彩布でつくられ、偽の風景を外に向け映し出すテント。

 欺瞞工作としてはありふれた物ではある。だが、これほどの大きさになると高額なコストは勿論、入手することさえ困難なはずだ。

 ただのテロリストたちが、どうやってこんな……

「行くぞ」

 オギワラに促され、僕もテントの中に入っていく。

 中はもはや廃墟ではなかった。

 奇妙な重低音を上げる大型の機械が大量に並べられ、その間を埋めるようにガラスの巨大な円形水槽が置かれている。

 奥には数多の小型端末を並列に繋いだ奇怪な計算機が置かれ、仮面をつけた複数の男達がそのディスプレイを眺めている。

 二人組みの男が、円形水槽の一つを取り外している、中の水を排水溝に流し込んでいる。水槽の中身が零れる、肉の塊のような物、僕はそれをもっとよく見ようと――

「おい何してる、ちゃんと付いて来い」

 先ほどまでの仮面の男がそうこちらに呼びかける。見ると彼の傍らには地下に延びてると思わしき階段がある。

 仮面の男が降りていってしまう。僕とオギワラは急いで後を追う。

 アルミ製の階段。後付で増築された物なのだろうが、やけに作りがしっかりしている。

 階段を下りながら僕は思い返す。迷彩布、先ほど一瞬みた機材の山、作りの良い増築物。

 こいつら、ただのテロリストじゃない。そんな確信が僕の胸に沸く。

 階段を下りると、そこにはやや広めの部屋があった。

 部屋はビニールの幕によって中間で仕切られている。ビニールの向こうに人影があった。

「じゃあ、ごゆっくり。なんかあれば呼んでくれ、俺は上で撤収作業をやってる。お前達も終わり次第手伝ってくれ」

 仮面の男は早口にそう言うと階段を駆け上がっていった。

 地下室には、僕とオギワラとビニールの向こうの人影の3人だけになる。

 ビニールの向こうの影が立ち上がる。

「遅かったじゃないか、ディクロノーシス」

「カタヤマ……」

 幕の先にいた男はカタヤマだった。

 その外見は異様だ。顔の右半分が膿溶け、全身の血管が太く濃く浮かび上がり黒い敗血を垂れ流している。

 手の爪は剥がれ落ち、体毛の大半が抜け、歯はグラグラと歯茎の上で踊っている。

「どうしたのですか、その……」

「毒を打たれたんだよ」

 瞳は黄色く濁り、生気が抜けたようだ。

 オギワラは僕の後ろで言葉を失っている。それほどに壮絶な様相だった。

「キョウゴクに裏切られたんですね」

 弱弱しいうなづき。

「味方だと、思ってたんだ。なんてったって作ったからな、毒を、そういう触れ込みだったんだ。騙されたんだ、知らなかった――」

 彼はそう言うと幕に体を押し付ける。

 皮膚がぬるぬると剥がれ幕に付着していく。

「昇華者を殺す毒、それを開発してると聞いてた。そう信じた。嘘だったんだ、アイツが作った毒は見ての通りだ、人間を殺す毒だった。俺達は利用されてた、資金源として、研究場所の確保として、組織間の連絡係として……実験材料として」

 激しい嘔吐、黄色い胆液をごぼごぼと口から漏らす。

「なんでそんな嘘を信じたんですか?」

「そういう噂があったからだ、あの男は守堂で英雄と崇められた研究者だった、だが昇華者を殺す毒を開発してしまい追放されたと。だから……信じた、彼のその話を」

 毒の開発者として、人間至上主義者はキョウゴクに入れ込んだ。結果裏切られこのざまになったという事か。

「この施設は……毒の精製所ですか」

「精製所であり、実験場でもある」

「作られた毒は何に使われるのですか?」

「わからない」

「誰が使うのですか?」

「キュレーターと呼ばれる組織、詳細は知らない」

 僕は察する。

 この男はただの駒だ。キョウゴクにいいように踊らされた小間使い、何も真相は知らない。

「悪意だ……」

 カタヤマの声が大きくなる。

「強い悪意を、まがまがしい悪意をキョウゴクは解き放とうとしてるんだ」

 その時肩に重みを感じた。

 振り返るとオギワラが神妙な面持ちで僕を見ていた。

「どうしました?」

「早く逃げよう、嫌な予感がする。これは全部キョウゴクが仕組んだことなんだろ?」

 そうだ。

 キョウゴクは僕ら二人をここに招待したのだ。僕ら二人にここでカタヤマに会わせ真相に気づかせ……なんのために?

「お前、上の階で水槽の中身を見たか?」

「何かの肉塊のように見えましたが」

「あれは上位存在の肉塊、剥離体だった、間違いない。コイツの話は嘘だ、作ってる毒は上位存在を対象にした物だ。もう十分話は聞いた早く引き上げて本部に――」

「俺は、自分の役割を、やっと理解したんだ」

 カタヤマの大声が彼の言葉を遮った。

「俺の役割、なんで、お前を何度も襲撃するよう命じられたのか、時間稼ぎと言われてたでもそれは嘘だった。俺はお前の外傷へ対する反応を見るために利用されてたんだ」

 彼はそう言うと床から何かを拾いあげる。小型の機械のような何かを

「引き上げるぞディクロノーシス、早く! 嫌な予感がする」

「チェレンコフ放射ってしってるか? 昔はこれの発生源を人為的に作って発電も行ってたらしい。技術が失われた今はただの爆弾だ」

 彼が手に持つそれは、起爆装置だ。

「何故……そこまで彼に従うのですか?」

「ディクロノーシス! 早く逃げるぞ!」

 カタヤマは血を滴らせながら弱々しく微笑んだ。

「侵略者共が、大嫌いだからだ」

 次の瞬間僕は床に引き倒された。

 オギワラが、僕の上に覆いかぶさっていた。そして装置の作動音がした。不気味な機械音が上の階から響き渡ったかと思うと青い光に包み込まれた。

「身構えろディクロノーシス!」

 次の瞬間、強烈な熱波に覆われた。

 

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