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Ascension  作者: 黒部雅美
12/17

12?

 真昼の強い日差しが、薄汚れた町の空気に突き刺さる。地面がジリジリと熱を放ち、地表の生物を痛めつける。

 夏季特有の異様な暑さのせいか、休日の昼間だというのに人の気配は少ない。

 僕は道路を歩く、視線の先には一台の移動機があった。その移動機には製菓輸送に偽装したペイントが施されている。運転席の中ではオギワラがやる気無く丸まっていた。

 移動機の元にたどり着くとドアを軽く叩いた。鍵の外れる音、僕は重い扉を開き中に入る。

「準備はいいな?」

 オギワラは運転座席で正面を見つめたまま僕に尋ねる。僕は後部座席の中央に座ると、バックミラー越しに彼へと微笑んでみせる。

「ええ、大丈夫ですよ」

 エンジンが唸る、パーキングが外され、車が動き出す。それと同時に重い音が背後でした、何か物体同士がぶつかるような。

 僕は振り返り、背後の小さな覗き窓を開けた。

 移動機の後部には、大量の機械が積まれていた。

「ホットワーカーですか?」

「あぁ、そうだ」

 1m程の楕円筒のようなシルエットの機械、それが複数体無理やり詰め込まれている。よく見ると木製の脊椎のような部品を、鉄製の4つの脚部のような物が包むようにして折りたたまれている構造が確認できる。

 木と鉄の入り混じった昆虫のようなその機械は、何処と無く間抜けさがあり緊張感がまるでない。

 素人目には、とてもこれが殺戮に特化された凶悪な兵器には見えない。

「4台ですか」

「あぁ、たったの4台だよふざけやがって」

 ホットワーカーは端的に言えば「豹」だ。

 極限まで重量を切り詰めた胴体部で敵の攻撃を潜り抜け、その鋭い手足で相手を殺す。

 戦場に混乱と熱狂をもたらす、名前どおり「暖め役」だ。

「少ないですね」

 この兵器は所詮霍乱が主目的だ、実行制圧能力はかなり低い。

「法華局の締め上げが尋常じゃなかった、やつら『禁足地に兵器を持ち込めるだけありがたく思え』とでも言いたげだったよ」

 法華局は上位存在の監視、禁足地の守護を担当する国の部署だ。彼らの基本方針は「触らぬ神に祟り無し」いかに人を神から遠ざけるかに知恵を絞ってる。

 今回の作戦に法華局は難色を示しているのだろうか? まぁ無理もない、警察を出し抜こうと躍起になって昇華者まで持ち出しているこの地区の守堂が、快く思われているわけがない。

「法華局はこの作戦をどう思ってるんでしょうかね? 警察に情報を廻さず守堂独自でこんな武力行使を行うなんて」

「大賛成だよ、『強力昇華者がいるならば、少ない戦力で状況を制圧できるだろう』局長の奴は嬉しそうにそう語ってたよ」

 僕は思わず苦笑してしまう。

「いやはやそれは……強力なって……」

「法華局だけじゃない、守堂も、みんなお前の事を過大評価してる。お前がただ死なないだけのポンコツ人間だって知ってるのは俺だけだよ――」

 言いながら彼はハンドルを乱暴に切った。後部の機械たちがぶつかり合いガチャガチャと音を鳴らした。

「イラついてますか?」

「当然だろ、頼りないボンクラと、ポンコツ機械4体で敵の巣に飛び込むんだ。イラつかないわけがないだろ」

 彼の言葉は何時に無くトゲトゲしい。その苛立ちは濃く強く、僕に向けられてるように感じる。

「そんなに嫌なら、来なければいいでしょう」

「はッ、『こなければいい』? それはこっちのセリフだよ」

 彼は口角泡を飛ばしながら、僕を横目に睨む。

「お前は来るべきじゃなかった」

「……どういう意味ですかそれは」

「とぼけんなよ、お前だってこれが罠だってことはわかってるんだろ?」

 罠。

 ――あぁ、そうだろう。

 チェレンコフ放射、村山ビール、死にかけの人間至上主義者のボス。今回の倉庫街での騒動、どう考えても相手の目的は僕だ。

 全てが僕を、僕だけを呼び出すための道具としてしか思えない。

「いやなに、こんな熱烈なラブコールは初めてでしてね、会いに行ってあげるのが礼儀だと思ったんですよ」

 僕の軽口に、彼は燃えるような強い侮蔑の視線で答える。

「いつまでバカの振りしてるんだ、やめろ不愉快だ」

 そこで車が止まる。

 窓の外を見る、汚れたガラスの向こうに詰め所が見えた、中では儀式武装に身を包んだ警備兵が注意深くこちらの様子を伺ってる。

 どうやら検問所に着いたようだ。

 オギワラが車を降りる、寄ってきた位の高そうな警備兵に紙切れを一枚差し出す。

 通行証明書だ、警備兵は祝詞が刻まれた手袋でその表面を軽くなで、真偽を確かめている。

「要件は?」

 短い問いかけ。

「不確定事象の対処」

「連れは?」

「昇華者」

 警備兵がこちらを向き、深々と一礼をする。

 僕はそれに何も反応を示さない。冷たいようだが、このほうがお互い気楽だ。

「積荷を確認させていただきます、運転席にお戻りください、そしてハンドルの中に手を」

 オギワラは言われたとおり運転席に戻り、ハンドルの隙間に手を入れ、無抵抗を示す。

 何人かの警備兵達が後部座席に乗り込み、積載されたホットワーカーの確認を始めた。

 祝詞で覆われた外套を身にまとった大柄の男達が、ただでさえぎゅうぎゅうの後部座席の中を必死に蠢き、なにか確認している。

「随分念入りな確認ですね」

 彼らの気を悪くしないよう、小声でオギワラに言った。

 ところがオギワラは僕の意に反して、大声で返答を始めた。

「そりゃそうだ、なんとかケチをつけてホットワーカーを引きずり降ろすよう命じられてるんだろうからな」

 僕は振り返り警備員を見る、彼らは今の言葉を気にする様子も無く黙々と作業を続けてる。

「彼らが人間至上主義者側だと?」

「違う、だからバカの振りをやめろ――」

 彼は首を廻して僕を見る。

「――あいつらもお前に死んでもらいたいんだよ。守堂や人間至上主義者達と一緒だ、みんなお前の死を望んでるんだよ」

「へぇ……」

 言葉に詰まる。

「ディクロノーシス、お前は上位存在に選ばれた。だが焼けた地平線から戻って人間世界にしがみついた。できそこないの生贄、上位存在への侮辱、昇華者の完全性の否定、お前をそう捉えてる人間は少なくない」

「なるほど。上位存在信仰の邪魔なんですね」

 罠と解っていても現地に送り込む。

 ただ不死なだけの弱い存在と知りつつも装備を削る。

 全て、それが理由か。

「いまさら理解したのかよ」

 彼の口調は相変わらず固い。

「オギワラさんも、僕に死んで欲しいと?」

 その時、ノックの音がした。

 運転席の横に、警備兵が立っている。

「積荷の確認が完了しました、どうぞ」

 いつのまにか後部座席に乗っていた警備兵の姿がない。

「ご苦労」

 オギワラはハンドルから手を引き抜き、エンジンを再起動させる。

 正面にあった禁足地へのゲートが開き始める、道路に設置しあった大量のスパイクベルトも丁寧に片付けられていく。

「……ディクロノーシス」

 彼が僕の名を呼ぶ。その声は暗く弱い。

「なんです?」

「なぜ戻ってきたんだ」

 僕はシートに深く座り込む。布は硬く体はめり込まない。それでも僕は可能な限り体を沈めようとした。

 そうやることで、ここから逃げられる気がした。

「俺は聞いたぞ。お前が何故この街に拘っているのかを」

「へぇ、どんな噂ですか?」

 アクセルが踏み込まれた、車が動きだす。

「『KID作戦』の話だ、8年前ゆりかごで行われた。お前達はそこで自分の遺伝子をつかって二百の子供を作り、謝肉祭へと送った。結果は誰一人生還できなかった――」

 彼は僕の方を見ない。

 まるでそれが礼儀だと思ってるかのように見えた。運転に集中してるフリをして、僕の様子を探らないことが気遣いだと思ってるように見えた。

「――罪滅ぼしのつもりか? だったら大人しくこの煙の街から出て行け」

 彼は、僕が酷く深刻な表情を浮かべてると思っているのだろう。

 自分の言葉が僕をどれ程傷つけているのか、その逞しい想像力で思い浮かべ、罪悪感に浸っているのだろう。

「だんだん判らなくなってきたんだ――」

 バックミラーに移るオギワラの眉が、不思議そうに持ち上がった。

「――自分の事に思えくなってきてる。KID作戦そのものも、そして、それに罪の意識を感じていたことも」

「……は?」

「遠い世界、他人の出来事にしか思えないんだ」

 あの時僕は赤子を抱いた、自分によく似た赤子を。

 彼らは弱く小さな手で僕の指を握った、僕はそれをいとおしく思った。数年後それらはただの血肉になった、僕は慟哭した。

 そんな事があった気がする。

 それは僕のことだった気がする。

 昇華者としての変質が強まった僕の脳は、もうそれらを些事としてしか受け取れない。

「お前……」

「だから、KID計画のことは、あまり意味が無いんだ」

 彼はやっと振り返った。

 そして僕の顔を見つめた。

 酷い表情だ。驚愕と悲壮感の歪みが広がってる。

「自分が何を言ってるのかわかってるのか?」

「どうだろう……わからない」

 オギワラが僕から目を逸らし、運転に意識を戻した。

「俺は……お前がディクロノーシスとかいうふざけた名前になってからも、お前はお前だと思ってた。お前は何も変わってないと、信じてた」

「僕もそのつもりさ」

「いいや違う」

 オギワラはもう、僕を見ない。

「お前、誰だ?」

 遠い昔の事、一人の僧侶の言葉を思い出す。

 人間とは、人間と思われた時、人間になるのだ。

 その言葉が僕の頭蓋の中で響く。

「ディクロノーシス、それが今の僕の名だ」

 僕はもう、人間じゃない。


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