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第8話 自慢の弟

 4歳下の弟は人懐っこくてお調子者で、なんでもすぐにこなしてしまう器用なやつだった。

 小さい頃の弟は僕によくついて回っては、僕のやることをなんでも真似をして始めていた。

 弟は飽きっぽい僕とは対照的で、始めた事はとことん突き詰めるタイプだった。

 思いつくものは大体、先に始めた僕よりも弟の方が上達していた。

 僕は弟に勝てないって確信すると『飽きた』とか『つまらない』という適当な理由をつけてすぐに辞めたりしていた。

 次第に弟は僕の真似で何かを始めることをしないようになっていた。


 弟は陰気な僕とは対照的で、社交的な性格だった。

 いつもすぐに友達が出来たり、近所のおばさん達にちやほやされたりしていた。

 いつも僕の後ろについて回っていた弟は、僕が中学に上がった頃には僕について回ることをしなくなった。

 僕が大学受験を控えていた頃の弟は、僕にすごく気を遣って、ばたばたと騒がしい妹を外に連れ出したり、母が病弱だったので率先して家事を手伝ったり、多忙な仕事で不在だった大黒柱の父の代わりに家族を支えていた。


 母親に似たのだろう僕と妹は勉強はからっきしだった。

 しかし、弟は父親ゆずりで頭が良かった。

 出来の悪かった僕は、母方の親類達の色眼鏡で屈折してしまった父親の学歴コンプレックスの煽りを受け、高い学費さえ払えば入れるような私立の大学になんとか進学出来たのだが、弟の学校の成績は群を抜いてとても良く、各所から色々と期待されていた。


 僕たち家族の期待を背負った弟だった。

 僕にとっても自慢の弟だった。


 それなのに弟は大学への進学を選択せず、バイト先のカフェレストランへそのまま就職するという進路を決めていた。

 もともと弟に進学は視野になかったらしい。

 当時の僕には、弟が何を考えていたのかまったく理解できなかった。

 数年経った今だから弟のその考えを理解できた。


 弟が進路を決める少し前に、父の勤務していた会社が倒産した。

 倒産の原因は明らかだった。

 母方の祖父が経営する会社は、家具メーカーである父の会社の主要取引先で、執拗な嫌がらせとともに取引の打ち切りを行ったのだ。

 更に社会的に有力な奴らが揃っている母方の親類達から、理不尽な圧力を受け一気に父の務める会社の経営状態は悪化し倒産に拍車をかけた。

 もちろん路頭に迷った父はすぐに再就職のために走り回っていた。

 弟が進学の道を選択しなかった理由は、それが一番大きかったのかもしれない。

 僕が私立の大学へ進学した事によってじわじわ逼迫させていた家計の状況と、後に控える妹の高校受験という問題もあった。

 恐らくその3点が、弟が比較的かかる費用の少ない公立の大学や、奨学金制度を使うという選択肢ではなく、働いて収入を得るという結論に至らせたのだろうと思う。



 弟がアルバイトでお世話になっていたカフェレストランは、昔からうちの家族とかかわりがあった。

 そのカフェレストランは近所でもすごく人気で、遠方からも客が来るくらい有名なシェフがいて、外装も内装もとても洒落たカフェレストランだった。

 我が家では昔から必ず誕生日やクリスマスなどのおめでたい行事がある時は、決まってそのカフェレストランに家族で訪れていた。

 僕が一人暮らしの大学生活を送っている頃、弟は高校に通いながら家事も疎かにすることなく、そのカフェレストランでアルバイトをしていた。

 後でカフェレストランのオーナーさんから聞いた話なのだが、病弱な母親の代わりに家事をこなしていた弟は、料理の腕も良く、とても手際がよかったそうだ。

 昔から人懐っこいところがある弟は、その人柄も良さと機転が利いて器用なところを、オーナーはとても気に入り、卒業後は社員として是非来ないかと、ものすごく弟を口説いたらしい。



 弟は色んな事を器用にこなす奴だったのに、自分の肝心なことは、家族の誰にも相談もせずにひとりで勝手に決めていた。

 今だから僕はそう思うのかもしれないが、もしかすると弟は自分の将来に何が起きるのかを悟っていたのかもしれない。

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